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部落解放同盟による部落差別を検証する

提供: 同和地区Wiki
部落差別の条件から転送)
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目次

部落解放同盟は「在特会」並みのヘイトスピーカーである

部落解放同盟は人権団体、反差別主義を自称しているが、実態は「在特会」同様のヘイトスピーカー(差別主義者)の集団である。

「在特会」(在日特権を許さない市民の会)といえば、「在日朝鮮人・韓国人は特権を得ている」と言いがかりを付け、デモ活動と称しては全国各地のコリアンタウンで「朝鮮人は出ていけ」等の差別発言を拡声器で流し、地域住民の平穏な生活に恐怖を与えている差別主義者の集団である。

ヘイトスピーカーとはヘイトスピーチをする人を指す言葉であるが、ヘイトスピーチとは以下のような意味である。[1]

ヘイトスピーチ(英: hate speech、憎悪表現)とは人種、出身国、民族、宗教、性的指向、性別、障害など自分から主体的に変えることが困難な事柄に基づいて個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動のことである。

朝鮮人であるとい変えられない属性を元に侮辱発言を浴びせる「在特会」の言動は犯罪的であり、断じて許してはならない。

一方、「在特会」の差別行為を批判している「部落解放同盟」自身も同様の「ヘイトスピーチ」を犯している。

部落解放同盟は国内の特定の地域住民を「部落民」「同和地区出身者」だと暴露(アウティング)している。さらに悪質なことは、自らこのような差別行為を繰り広げながら「部落差別反対」を唱え、差別を解消する団体であり正義の味方であるかのようにアピールする自作自演を行っていることだ。

部落差別とその解消の自作自演を批判した者に対して、部落解放同盟は「差別者」のレッテルを貼り、まさしく『差別』している。在特会が「在日特権反対!」を唱えて在日朝鮮人・韓国人を『差別』しているように、部落解放同盟は「部落差別反対!」を唱えて部落解放同盟による差別の自作自演を批判した相手を『差別』しているのである。

ヘイトスピーチとは「自分から主体的に変えることが困難」な事柄に基づき「個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動」であった。在日朝鮮人という属性が「自分から主体的に変えることが困難」であるのと同様、部落民・同和地区出身者という属性も「自分から主体的に変えることが困難」である。後述するが、部落解放同盟は部落民が部落民だと分かるような書籍を出版したりインターネットに公開したりすることで「○○は部落民」だと暴露する「ヘイトスピーチ」をしている。

さらに、このような悪質な人権団体を批判した者に対しては集会を開き「○○は差別者だ!」「○○を糾弾しよう!」などと呼び掛け、集団で誹謗中傷を行っている。在特会は言いがかりを付け汚い言葉を集団で街中を大声で喚いて個人を誹謗中傷しており、部落解放同盟は言いがかりを付け集会やマスメディアで特定の個人を誹謗中傷している。メディアが違うだけで、在特会と部落解放同盟はやっていることは同じである。

部落解放同盟による「ヘイトスピーチ」で起きた「弓矢事件」

弓矢事件とは以下のような事件である。

 1999(平成11)年 12月15日午前7時すぎ、三重県立松阪商業高校の永井久男校長が自宅の庭で首を吊り、同8時18分、山田赤十字病院で死亡。この事件は、同高校の弓矢教諭による発言が解同により「部落差別発言」と一方的に断定されたことに端を発している。弓矢教諭ともども永井校長も糾弾に巻き込まれ、連日連夜の心労から鬱病に陥り、もう許してやってくれとの遺書を残して自殺したものであった。

 2000(平成12)年 11月24日、三重県立長島高校の弓矢伸一教諭が解同を相手取り、津地裁松阪支部に慰謝料請求訴訟を提訴。そして松阪警察署には、やはり解同を相手取って脅迫・強要・名誉毀損で刑事告発・告訴をも行った。提訴された者は総勢13名。内訳は同和教育推進教員5名、解放同盟は書記長以下5名、その他3名(県教育長、松阪市、津法務局長)というものであった。

永井校長は部落解放同盟に「差別者!」と罵られた「ヘイトスピーチ」の被害者である。「自分が差別者ではない」という事実は「自分から主体的に変えることが困難な事柄」である。差別をしない者に「自分を差別者だと認めろ」と要求して認める訳がないだろう。そのような魔女狩り裁判を近代日本でやっているのが部落解放同盟である。このような魔女狩り裁判は「部落解放同盟が差別者と認定した相手は徹底的に叩きのめして良い」という、部落解放自身の『差別』により起きているのである。魔女狩り裁判の被害者が産み出されるのは被害者のせいではない。部落解放同盟という『差別』者側の問題である。

[2]

部落解放同盟による「ヘイトスピーチ」の尻馬に乗る著名人

同和地区Wikiは部落解放同盟による差別の自作自演の告発を目的に、部落解放同盟により「部落民」と暴露(アウティング)された被害者により運営されている。やはり、同和地区Wikiが部落解放同盟による部落差別を告発したところ、部落解放同盟は同和地区Wikiに「差別者!」のレッテルを貼っている。

しかし、部落解放同盟が言う「差別」とは具体的に何かの説明は未だ一切なされていない。 一応、部落解放同盟が同和地区Wikiに差別だと主張したことは以下の通りである。

 →全国部落調査は部落解放同盟が政府に作成を要請したもので、同和地区Wikiはその差別性を逆に批判している。

 →それらの情報は自治体の議員名簿や部落解放同盟の機関紙、NTT電話帳で部落解放同盟員が自ら公開している。これらの情報で自身が「部落民」だと発覚するおそれがあると主張するのであれば、電話帳を出版したNTTを提訴すべきだろうし、大阪市大国町にように部落解放同盟が自ら「同和地区」を作り出した件はどう説明するのか?部落解放同盟が自ら「被差別者」を生み出したのではないか。同和地区を生み出した加害者・差別者は匿名で活動し、「同和地区出身者」にさせられら本当の差別の被害者は電話帳等で住所も氏名も晒されるという非対称な関係は許されて良いのか、ということを問い質している。

  • 「ABDARC人物一覧で批判されたことが差別だ!」

 →ABDARCのメンバーは在特会に匹敵するような差別活動をしているので批判している。現にABDARCのメンバーは、同和地区Wikiで批判されらこと自体を槍玉にあげているが、同和地区Wikiで批判したABDARC自身の差別活動という「内容」には一切批判をしていない。

在特会のヘイトスピーチも、一人で言うのは躊躇するが集団で言えば怖くないという心理が働いてのことであろう。同様に部落解放同盟の尻馬に乗っているのが李信恵荻上チキ星野智幸香山リカ等の著名人である。彼等も「同和地区Wikiは差別サイトだ!」とは言わず「○○が同和地区Wikiは差別サイトと言っている」とメディアで紹介している。実に姑息で卑劣なやり方ではないだろうか。

部落解放同盟による「ヘイトスピーチ」に協力する朝日新聞

数多くの部落地名総鑑を出版して部落差別を拡大させたのは部落解放同盟だけでなく朝日新聞も同様である。朝日新聞は部落解放同盟と共同で岡山県内の全同和地区を列挙した部落地名総鑑『同和対策審議会答申』を作成している。また朝日新聞長野支局は『ルポ 現代の被差別部落』を出版しているが、本書には被差別部落が地図上で明示されている。(詳しくは『長野県』の頁参照のこと。)

長野県上田市上塩尻のアクサイ地区。部落の位置と地番を朝日新聞の記事が詳細に記載している。数字は番地を示し、矢印は番地が振られた順序を示す。
長野県上田市上塩尻の地図。部落の位置と地番を朝日新聞の記事が詳細に記載している。ただし現在は地番が一部変更されており、たとえばこの地図で1327番地が振られている上塩尻集会所には、今日では276番地12が振られている。
長野県須坂市の二睦区の地図。部落と一般の境界線を朝日新聞の記事が詳細に記載している。
長野県長野市若穂保科の矢原区。部落である矢原区と一般である町滝崎区の境界線を朝日新聞の記事が詳細に記載している。

同和地区Wikiは部落解放同盟や朝日新聞が差別的で犯罪的な図書「部落地名総鑑」を出版した事実を告発している。その同和地区Wikiを「差別サイト」と呼び「ヘイトスピーチ」を浴びせている差別者集団「ABDARC」(アブダーク。部落解放のメンバーや研究所員で構成される。)の活動を称賛する記事を朝日新聞は度々特集して部落差別の片棒を担いでいる。

引用元が「部落差別」ならば引用も「部落差別」

同和地区Wikiは部落地名総鑑を引用してWebサイトに掲載しており、部落解放同盟はこれを部落差別だとして提訴していた。同和地区Wikiが部落地名総鑑を引用しているのは、その作成者が部落解放同盟であることの告発の為である。

この件について、部落解放同盟内の良識派である住田一郎氏も、引用が部落差別ならば引用元の書籍も部落差別を誘発しているのではないか、との疑問を呈していた。

その住田氏の見解が正しいことを示す画期的な判決が下った。

[3]

「保守速報」の記事掲載、差別と認定 地裁が賠償命じる
大貫聡子
2017年11月16日19時41分

 ネット上の差別的な投稿を集めて掲載され、名誉を傷つけられたとして在日朝鮮人の女性が、まとめサイト「保守速報」を運営する男性に2200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が16日、大阪地裁であった。森田浩美裁判長は、運営者に名誉毀損(きそん)や差別の目的があったと認定し、200万円の支払いを命じた。
 訴えていたのは、大阪府東大阪市在住のフリーライター李信恵(リシネ)さん(46)。原告の弁護団は、まとめサイト運営者への賠償命令は「我々が知る限りで初めて」と評価した。運営者側は控訴する意向。
 判決によると、運営者の男性は2013年7月から約1年間、保守速報に、匿名掲示板「2ちゃんねる」などに書き込まれた李さんを差別や侮蔑する投稿を、編集した上で掲載した。
 判決は、李さんへの「頭おかしい」「朝鮮の工作員」といった表現は、社会通念上許される限度を超えた侮辱にあたると認めた。「日本から叩(たた)き出せ」などの記述は排除をあおり、人種差別にあたると判断。容姿などの揶揄(やゆ)も挙げ「名誉感情や女性としての尊厳を害した程度は甚だしく、複合差別だ」と述べた。
 運営者側は「情報の集約に過ぎず違法性はない」と主張していた。しかし判決は、表題の作成や情報量の圧縮で内容を効果的に把握できるようになったと指摘。「2ちゃんねるとは異なる新たな意味合いを有するに至った」とし、引用元の投稿とは別に、憲法13条が認める人格権を侵害したと結論づけた。
 判決後に会見した李さんは「大人も若い世代も見るまとめサイトに差別があふれていてはいけない。被害が認められてほっとしている」と述べた。「ネットにはフェイクニュースやデマもあふれている。判決が自浄効果をもたらせばいい」とも語った。
 ヘイトスピーチに詳しいジャーナリストの安田浩一さんは「ほかのまとめサイトへの抑止力になることを期待したい」と話す。だが訴訟のハードルは高く「掲示板やSNSの運営者自身が、差別的書き込みを取り締まるなどの取り組みが必要だ」と指摘する。(大貫聡子)

差別表現のある書籍を他のメディアに引用すれば差別であるという、至極真っ当な判決である。差別表現だと「知って」引用し、引用するだけなら差別で無いなどという被告・保守速報の言い分は屁理屈でしかない。

後述するように、部落解放同盟は全国各地の部落の地名や地図を網羅した「部落地名総鑑」を出版し、インターネットにも掲載している。部落解放同盟は政府が作成した部落地名総鑑『全国部落調査』から引用して出版しただけだ、差別の意図は無かった、研究の為だった、というように様々な屁理屈を捏ねている。しかし、部落を公開する表現が差別だと「知って」いることは明白だ。なぜならば、部落解放同盟は「部落地名総鑑」の作成者や購入者を「差別者」として批判し続けているからである。部落解放同盟がしていることは「保守速報」と変わり無い。

また、部落解放同盟は『全国部落調査』を利用し、各地に同和地区を作るよう画策している。差別図書を利用し、新たな「部落民」を生み出そうとしている。他人を身勝手に「部落民」の身分貶めるのは重大な人権侵害である。部落解放同盟に人権団体を名乗る資格など無い。

「部落情報の独占」を志す部落解放同盟

部落解放同盟が東京都に同和地区を作ろうとしている件

部落解放同盟東京都連の長谷川三郎(上川多実の父親)は『全国部落調査』の復刊やインターネットでの公開は差別だと言いがかりを付けて鳥取ループ氏や同和地区Wikiを提訴している。

その長谷川三郎は、あろうことか差別図書だと名指した『全国部落調査』のデータを部落解放運動に利用しようとしている。

メディア:部落解放2017年10月号.pdf

特集 東京の部落問題と解放運動の課題
長谷川三郎 部落解放同盟東京都連合会執行委員長
 東京には多くの被差別部落が存在する。政府などがときどきに行った部落の調査記録が残されているが、東京の場合その数が調査によって大きく異なっている。
 一九一二年(大正一○年)の内務省による調査では、四六地区・一六五一戸・七六五八人とされている。この調査は一九一八年(大正七年)に起きた「米騒動」に多くの被差別部落民が参加していたことを重視し、治安対策的な観点から行われたものと思われる。
 中央融和事業協会が一九三五年(昭和一○年)に行った調査は、現在鳥取ループ・示現舎が差別の拡散を目的にインターネット上に公開している「全国部落調査」で、東京の数は二○地区・一三七八戸・七二四八人である。東京府社会事業協会が一九三八年(昭和一三年)に「東京府社会事業要覧」に掲載した報告によれば、「融和事業対象地区」として、東京市内三、西多摩郡内二、北多摩郡内七、南多摩郡内八、計二○地区をあげており、(これらの)「地区は、現在、本府に於いて融和事業の対象地区として各種の施設を施行しつつあるもののみ」としている。そのうえで、「混住等で融和事業の対象地域としなかった地域」として浅草区二カ所、荒川区一カ所、葛飾区一カ所、板橋区一カ所の具体的な被差別部落の地名をあげ、さらに「府下には一○戸前後の地区が数か所存在している」と、述べている。

このように、長谷川三郎は部落の住民の同意を全く得ずに、誰でも購入できる刊行物に突如東京の部落を暴露したのだ。これは東京高裁が認定した「人格権侵害」「プライバシー権侵害」に該当すると判決が下った直後であるにも関わらずに、である。

さらに長谷川三郎は以下のようにも述べている。

 「特別措置法」の適用をしない独自方式の問題
 一九六九年「同和対策事業特別措置法」が制定され、各地で「法」に基づいた同和行政が展開されるが、東京都は「法」の適用をしないで、独自の方法で「同和」行政を開始した。美濃部都政は社会党と共産党が与党の革新都政であった。共産党は同和対策審議会答申の内容に対しては批判的で、それを積極的に評価し運動に結びつけようとする部落解放同盟とのあいだで、全国的な対立が起きていた。東京では具体的に事業執行のあり方をめぐって、決定的な対立となった。それはついに一九七五年の「美濃部三選問題」へと発展していった。同和行政を見直さない限り美濃部都知事の三選を支持しないとの共産党の揺さぶりゆがが功を奏し、以後の同和行政は大きく歪められていく。一九七八年「東京都同和問題懇談会」は「東京都においては、同特法に定める『対象地域』の指定は前述の高い混住状況や当該区市町村当局及び同和地区出身者を含めて住民の中に見られる慎重論又は反対論のため、現在に至るまでなし得ない状況」として、「法」の適用を受けない独自の方式を答申した。

 都は「同和」行政を行ううえで、部落の存在を認めないあるいは暖昧にするという政策をとってきた。都の方針に従って、「部落はない」という建前をとってきた部落を抱える多くの自治体は、困惑している。これまで同和行政を行ってきていないため、専任の窓口のおかれているところはほとんどなく、部落問題での市民啓発も乏しい内容である。これらの自治体には「全国部落調査」にかかわって起き得るさまざまな問い合わせや相談に対応できるような体制を強く求めたい。東京都連の支部が東部に多く、多摩地区に少ないため、今回の事件で多摩地区への対策の強化が求められた。部落のなかは「寝た子を起こすな」意識が強い。地域の実情を踏まえた丁寧な取り組みを行い、地元行政への働きかけも含めて、この差別状況を克服する取り組みを前進させなければならない。

「部落差別の実態に係る調査」は、困難は多いが何らかの形で実現しなければならない。戦前の融和事業の対象とされたところをはじめ、多くの同和事業が実施されなかった地域が、またそのまま放置されるのを看過できない。

長谷川三郎は『全国部落調査』の公開を差別扱いしながら、一方で『全国部落調査』を理由に「東京に部落はある」「行政は対応せよ」などと要求しているのだ。しかも同和地区の存在を拒否した東京都に対し、同和地区の存在を認めろ、同和地区を作れと主張しているのだ。同和地区の存在が認められると、その住民は「同和地区出身者」として未来永劫差別されると東京高裁が判断したばかりであるにも関わらずに、である。

今後、東京都の『全国部落調査』に記載された地域に住む住民は、長谷川三郎ら部落解放同盟東京都連及び東京都により「同和地区出身者」にさせられることになるだろう。大阪市の大国町が部落解放同盟により「同和地区」にさせられたように、部落解放同盟は「同和地区」を決める権限のある団体なのである。

既に一般地区であるにも関わらず、部落解放同盟が差別図書『全国部落調査』のデータを悪用し、「同和地区」にしたがっている地域は以下の通りである。

部落解放同盟が同和地区化を目論んでいる地域 同和地区化により「同和地区出身者」になる人数(地区人口)[4]
練馬区 練馬 4丁目1~5、3丁目20~23、2丁目7~10、1丁目8~16、同39~44 14,219
墨田区 東墨田 2,360
府中市 清水が丘 3丁目 2,401
昭島市 宮沢町 2丁目 2,695
国立市 谷保 11,391
東久留米市 下里 12,690
東村山市 久米川町 4、5丁目、諏訪町 1、2丁目 10,485
世田谷区 喜多見 5丁目 1,808
国分寺市 東元町 1丁目 3,817
昭島市 拝島町 6,966
府中市 是政 2丁目 1,491
多摩市 連光寺 9,585
町田市 相原町 15,332
町田市 本町田 25,640
稲城市 矢野口 7,889
町田市 下小山田町 3,908
八王子市 小比企町 6,680
八王子市 泉町 3,524
青梅市 藤橋 5,683
青梅市 今井 3,764
合計 152,328人

また長谷川三郎が参考にした『部落問題・水平運動資料集成第三巻』は、全国の部落の地名を網羅して掲載した「部落地名総鑑」である。本書には『全国部落調査』を出版した中央融和事業協会が調査した地名も列挙されているのだ。

『部落解放』(2017年10月号)。中央融和事業協会が発刊した『全国部落調査』を鳥取ループ氏が復刻しようとしたところ、復刻は部落差別だとして長谷川三郎ら部落解放同盟が提訴していた。一方、参考文献に長谷川三郎は『部落問題・水平運動資料集成第三巻』を挙げている。

メディア:部落問題・水平運動資料集成第三巻.pdf

長谷川三郎が入手した『部落問題・水平運動資料集成第三巻』。
大和同志会『大和同志会の三十年』。奈良県内の部落(同和地区)を「全て」掲載している。
『部落問題・水平運動資料集成第三巻』124頁.jpeg
『部落問題・水平運動資料集成第三巻』126頁.jpeg
『全国部落調査』と同じ、中央融和事業協会により出版された『経済更正指定地区施設概況』(昭和10年)。本書によって「復刻」されている。全国の部落(同和地区)の位置と状況を報告している。
『部落問題・水平運動資料集成第三巻』130頁.jpeg
『部落問題・水平運動資料集成第三巻』132頁.jpeg

長谷川三郎の娘である上川多実も東京都に同和地区を作るよう主張している。[5]

東京は被差別部落の存在を感じにくい街だ。関東大震災や東京大空襲で街がめちゃくちゃになり、人口の流出入も多い。さらに、被差別部落に対して同和地区(注)の指定を都が行わなかった。そのため、集落としての部落の存在が見えにくい。
  • 中央融和事業協会の『全國部落調査』を鳥取ループ氏が復刻した

のと、

  • 中央融和事業協会の『経済更正指定地区施設概況』や大和同志会『大和同志会の三十年』を渡部徹・秋定嘉和が復刻した

のとでは何が異なると言うのであろうか?

他人を差別者呼ばわりしながら自分は差別図書を利用するという厚顔無恥な言動と言えよう。差別図書を廃棄せず利用するのは差別者のやることだ。同和地区が出来ると部落解放同盟や関連する人権団体は東京都から補助金を受けられるが、それ以外の住民は何も知らされないまま子々孫々含め未来永劫差別されるだけである。差別の被害者を増やして飯を食う部落解放同盟の言動は犯罪的であり断じて許されない。

同和対策審議会答申

部落解放同盟東京都連は『同和対策審議会答申』を以下のように解説している。[6]

部落差別の解消が「国民的な課題」であり、「国の責務である」と明記した政府審議会の答申です。1965年に出されました。今日の視点から見れば不十分な点も多くありますが、日本政府が「部落問題の解決を国策として取り組む」ことを初めて確認した歴史的な文書といえます。

「同和対策審議会」とは同和問題の審議の為、1960年に設置された総理大臣の諮問機関である。『同和対策審議会答申』には全国各地の同和地区、岡山県内の同和地区一覧等が掲載されている。すなわち『同和対策審議会答申』は『全国部落調査』同様、政府が部落差別解消を標榜しつつ、部落差別の原因となる「部落地名総鑑」を作成していた決定的証拠といえる資料である。

また部落解放同盟東京都連はウェブサイトに『同和対策審議会答申』の一部を掲載していることから、本資料を入手し閲覧していたことが窺える。明らかに本資料は「部落地名総鑑」であるにも関わらず、部落解放同盟東京都連はその差別性を批判しないばかりか、むしろ称賛している。また、本資料から同和地区を隠蔽して引用したことで、部落解放同盟東京都連は同和地区の情報をほしいままに独占していたことも窺える。

部落解放同盟や行政が「部落地名総鑑」を作成した事実を同和地区Wikiが告発していることに対し、部落解放同盟は「同和地区Wikiこが差別サイト」などと言いがかりを付け、提訴することで隠蔽工作をはかっている。一方、部落解放同盟は『同和対策審議会答申』のように政府や行政が「部落地名総鑑」を作成したことを部落差別として批判していない。すなわち部落解放同盟の意志は「部落情報の隠蔽」ではなく「部落情報の独占」にあることが窺える。


「同和対策審議会」の委員は以下の通りである。[7]

磯村英一(東京都立大学教授)
伊藤昇(朝日新聞論説委員)
石見元秀(姫路市長)
尾形匡(新生活運動協会評議員、中央職業安定審議会委員)
北原泰作(部落解放同盟常任中央委員)
木村忠二郎(全国社会福祉協議会副会長)
高山英華(東京大学教授)
田辺繁子(専修大学教授)
柳井政雄(全日本同和会会長)

「調査部会」の構成員は以下の通りである。

部会長
 磯村英一(東京都立大学教授)
委員
 伊藤昇(朝日新聞論説委員)
専門委員
 大橋薫(明治学院大学助教授)
 小沼正(厚生省社会統計課長)
 竹中和郎(日本社会事業大学専任講師)
 野本武一(部落解放同盟中央執行委員)
 藤範晃誠(和歌山県人事委員長)
 山本政夫(全日本同和会常任理事)
 米田富(部落解放同盟奈良県連合会委員長)

部落地名総鑑である『同和対策審議会答申』は、驚くべきことに部落解放同盟、全日本同和会のような同和団体のみならず、朝日新聞論説委員の伊藤昇氏までもが作成に関与している。朝日新聞は『全国部落調査』の復刻版や同和地区Wikiを部落差別だと報じており、『同和対策審議会答申』との整合性が問われることになる。

全国部落調査』は部落解放同盟の要請によるもの

政府の外郭団体である中央融和事業協会が「全国部落調査」を実施したのは、全国水平社(現在の部落解放同盟)の要請によるものである。[8]

3 第三回中央委員会
時 昭和九年一月十二日
所 総本部
出席者 松本治一郎、下田梅次郎、高倉寿美蔵、小林治太郎、生駒長一、上田晋一、朝田善之助、山口賢二、松田喜一、米田富、筒井貞三、木村安一、守山伊ヱ門、岡本磯吉、小西松之助、上田和康、山本凡児、中村政治、松田清次、綾部倉吉、吉岡募、泉野利喜蔵、井元麟之、吉竹浩太郎、北井正一
3 ❲議案❳
第 号案件

全国部落調査に関する件

理由 全国に散在する吾が被差別部落民に関する精確、細密な調査は未だ曽って一度も行はれてはゐない。従って吾々は誤りなき闘争と戦術を決定するために極めて緊要な基準となるべき権威ある資料を有せない状態にある。
(1) すべての部落民の生活状態が如何に窮迫して居り其の要求がどんなに切実であり、その叫びが如何に悲痛なものであるか?
(2) 全国六千部落三百万と称せられる吾々兄弟の内、現在全国水平社支部として登録されてゐるものは、総部落数の五分の一の壱千百であるが、その組織人員は何程であるか?そして又実際影響下に幾程保有してゐるか等の全国水平社の現勢
(3) 吾々の解放戦線を攪乱し、部落民を去勢するために全力を尽して居る(原文七字抹消-編者(ママ))融和団体に組織されてゐる層は如何なるものか? また其の影響はどれほど部落大衆に及ぼされてゐるか?
未組織大衆は如何なる状態にあるか?

以上列記した事項を充分精確に調査することによって吾々の正しき闘争方針が樹てられ具体的な戦術が決定力されるのである。故に全国各支部の責任ある協力と活動による部落現勢調査の完成を切望し本議案を提出するものである。

このように昭和9年(1934年)の全国水平社(部落解放同盟)の第三回中央委員会で「全国部落調査」の実施要請が議題に上がり、可決され、結果翌年の昭和10年(1935年)に財団法人中央融和事業協会が「全国部落調査」を実施している。第三回中央委員会には、後に部落解放同盟中央委員執行委員長(即ちナンバーワンの地位)になる朝田善之助も参加している。

同様に「全国部落調査」の発案者の一人である米田富(部落解放同盟奈良県連合会委員長)は『同和対策審議会答申』の調査委員でもある。

朝治武も著書『アジア・太平洋戦争と全国水平社』で以下のように述べている。

『アジア・太平洋戦争と全国水平社』54頁.jpeg
 一九三三年三月三日の全国水平社第一一回大会でも、中央常任委員会から提出された「闘争方針書決定に関する件」においては、中央融和事業協会の調査に依りながら「部落の全農家の六割乃至七割は全く土地を所有しない極貧農である」「部落農業の収入の四割は農業外の収入となってゐる」「日傭労働者と農村労働者とを合計すれば部落総一戸数の一割五分に相当する」「部落の皮革産業は日本の皮革総生産額の約六割を占めており、皮革労働者の六割乃至七割は部落民である。だが部落の後れた零細工業及び小資本経営の商業は、独占資本の発展に伴ふて急速な没落の道を辿りつゞある。これらの中小商工業者の破産は部内の失業者を増加させてゐる」と具体的に指摘した。また一九三四年二月一五日には、全国水平社総本部は部落民衆の状況について「部落民の窮迫した状態を数字的に挙げれば、△土地を有せざるもの各部落民の七割△土地所有面積一般の平均八分の一△資産は一般の平均三分の一△耕作面積は(農民一戸当り)五反三畝で一般の平均五分の一△山林は最も少く一般の平均百分の四△耕地の四割までが居住から二十五丁以上の遠隔地△借金は部落民の六割までが五百円以上を負ふてゐる」と農業を中心に説明した。このような認識をふまえて一九三四年四月一三・一四日の全国水平社第一二回大会では「全国部落調査に関する件」が提出され、七月一日の『部落委員会活動に就いて』では部落民衆の生活状況が具体的に説明され、「部落大衆は経済的に悲惨な地位に置かれて居る為に、その生活は極めて低く、殖民地以下の水準へ追ひ込まれてゐる。この部落大衆の低い生活状態が、部落民を差別したり侮蔑したりする観念を生み出すところの一つの、主要なる条件となってゐるのである」と部落民衆の生活状況の厳しさと部落差別の関係を纏めた。この纒めは一九三五年五月四・五日の全国水平社第一三回大会と一九三七年二一月一二日の全国水平社第一四回大会にも引き継がれ、改善費闘争と融和事業完成十ヵ年計画反対の前提となっていった。

『解放理論の創造』(第2集、部落解放同盟中央本部編)には以下のようにある。なお論者の北原泰作は『同和対策審議会答申』の委員である。

『解放理論の創造』(第2集、部落解放同盟中央本部編)122頁.png
部落の実態調査について
北原泰作(部落解放同盟中央執行委員)

 解放同盟の運動でも、行政闘争として、地方自治体や国に対して、いろいろな施策を要求する場合に、ただその部落の大衆の要求をそのまま問題として提出するのではなく、個炎の部落の状態はそれぞれ違っているので、それぞれの部落の具体的事情に則して効果のある施策を計画的に総合的に行なう必要がある段階に進んできている。そういう見地から考えて、実態調査は非常に大きな意味をもっている。

 明治四年四月新戸籍法か発布せられ、翌五年から実施されることになったが、そのときつくられたのが問題の「壬申戸籍」である。大正時代になって、米騒動が勃発し、全国水平社が創立されるに及んで、部落問題が重大な社会問題であることを認識した政府は、大正九年はじめて五万円の地方改善費を国の予算に計上し、十二月一日現在をもって全国部落調査をおこなった。その調査では部落数、部落に本籍を有する者の戸数及び人口、部落に現住する者の戸数及び人口、職業別戸数、宗教別戸数のほか、抽象的に資産状況や犯罪発生件数なども調査された。
 昭和年代になってからは、関係府県及び融和団体の手によって、四年十一月と六年十月の二回に「部落産業経済概況」の調査がおこなわれたが、その調査では土地家屋所有状況、農耕地面積、副業の状況、農業経営収支計算、一般農家との比較、部落農業の特性、部落中小企業の生産、経営状況、製造業と商品販売業の形態、従業者の状況、担税能力、公費救助を受くる者、教育状態などの多方面にわたり、かなり綿密に調べられた。さらにまた、昭和十年中央融和事業協会によって全国部落調査がおこなわれ、各府県別に部落所在地、部落の俗称、戸数、人口、職業(主業・副業)および生活程度を明らかにした資料が出された。けれども、これらの古い資料は現在ほとんど保存されておらず、入手困難である。
 最近になって、昭和三十七年に「同和」対策審議会が全国部落調査をおこない、翌三十八年に十五部落の精密調査をおこなった。

部落解放同盟中央執行委員の北原泰作は、中央融和事業協会の『全国部落調査』も、『同和対策審議会答申』も、同列に「部落の具体的事情に則して効果のある施策を計画的に総合的に行なう」為の「非常に大きな意味」を持つ「実態調査」だと捉えていたのである。

部落解放同盟の発案により部落地名総鑑『全国部落調査』が作成されたにも関わらず、現在部落解放同盟はあたかも他人事であるかのように本書を差別図書と批判している。また中央融和事業協会の「全国部落調査」の目的は実態調査であったが、一方部落解放同盟の目的はそれだけでなく、他の融和団体への妨害、弾圧目的にあったことが窺える。このように他の融和団体を否定するような宗教紛争のような活動は「融和」団体の名に相応しくなく、差別的で恥ずべきものと言えよう。

全国部落調査』事件の「A級戦犯」は「法務省」か

全国部落調査』の復刻やインターネットへの掲載は部落差別だとして、部落解放同盟は同和地区Wikiを提訴している。『全国部落調査』は戦前に政府の外郭団体である「中央融和事業協会」が作成したものであった。

「中央融和事業協会」の会長は平沼騏一郎氏である。中央融和事業協会が発刊した『融和事業年鑑』にその旨が記載されている。[9]

平沼騏一郎(中央融和事業協会長、枢密院副議長)東京市淀橋区西大久保1丁目429-1(四谷1181)

平沼騏一郎氏の経歴は以下の通りである。 [10]

平沼 騏一郎(ひらぬま きいちろう、慶応3年9月28日(1867年10月25日) - 昭和27年(1952年)8月22日)は、日本の司法官僚、政治家。位階は正二位。勲等は勲一等。爵位は男爵。学位は法学博士。号は機外。大審院検事局検事総長(第8代)、大審院長(第11代)、日本大学総長(第2代)、大東文化学院総長(初代)、財団法人大東文化協会会頭(第3代)、司法大臣(第26代)、貴族院議員、枢密院副議長(第11代)、枢密院議長(第17・21代)、内閣総理大臣(第35代)、国務大臣、内務大臣(第62代)などを歴任した。

東京控訴院部長や大審院検事局検事を務めたのち、司法省にて民刑局の局長などを経て次官に就任した。その後、大審院検事局にて検事総長に就任し、さらに、大審院の院長を務めた。法曹界で権力を持ち、保守・右派勢力の中心人物として暗躍し、帝人事件や企画院事件の黒幕ではないかと見なされた。

第2次山本内閣にて司法大臣として入閣を果たす。貴族院議員、枢密顧問官などを経て、枢密院の副議長や議長を務めた。内閣総理大臣に指名され、平沼内閣を組閣した。これにより、三権の長のうち2つを務めたことになる。内閣総理大臣退任後は、第2次近衛内閣にて国務大臣や内務大臣を務めた。太平洋戦争後、極東国際軍事裁判でA級戦犯として訴追される。終身刑の判決を受け、獄中で死去した。

「司法省」とは現在の「法務省」の前身である。[11]

 法務省の起源は、明治維新後の1869年(明治2年)に設置された刑部省にまで遡るが、直接の前身は1871年(明治4年)7月9日に設置された司法省とされている。司法省は、裁判所の監督など、司法行政事務を含む広範な法務・司法に関する事務を司っていた。

司法省の中でも検事局が主流を成しており、平沼騏一郎による検事主導の積極介入主義のもと、検事は、政党・軍部・官僚と並ぶ一大勢力に成長し、検察権力を第一義とする司法権の独立が明確化する。大正期から昭和戦前期には、「検尊判卑主義」が公然と囁かれるようになり、検事局・司法省・裁判所の要職を、検事がほぼ独占するようになっていた[2]。

1940年前後には、「司法権の独立」は、軍部の「統帥権の独立」と並ぶ政治的イデオロギーとなり、陸軍三長官会議をモデルに、司法大臣・大審院院長・検事総長による三長官会議の設置まで提唱されるようになる[2]。

第二次世界大戦での日本の敗戦から2年が経った1947年(昭和22年)4月の裁判所法及び検察庁法の成立、また三権分立体制を謳った日本国憲法の施行、また12月の法務庁設置法の成立に伴い、司法官僚は、司法省・検察庁・最高裁判所事務総局など、大きく分けて3つに分散し、裁判所関係の司法行政事務は最高裁判所事務総局の所管に移されることになった。

翌1948年(昭和23年)2月15日、司法省は廃止され、法務全般を司る政府の最高法律顧問府として法務庁が設置された。法務庁設置法(昭和22年12月17日法律第193号)はその後に改正を重ね、中央省庁再編が始まる1999年まで存続した。

その中で、1949年(昭和24年)6月1日の行政機構改革では、法務庁は法務府に改称され内部部局が簡素化された。

また、1952年(昭和27年)8月1日の行政機構改革では、法務府は法務省と改称され、法制に関する事務を内閣法制局に再び移管するなど、機構の大幅な整理が行われた。この行政機構改革の頃から、国家行政組織法別表において各省の筆頭に掲げられ、法務省は政府の各府省の建制順(列記する際の序列)では、内閣総理大臣が主任の大臣を務める総理府に次ぐ位置であった。

現在法務省は同和問題に対する人権擁護を唱えている。[12]しかし、起源を辿れば法務省を生み出した平沼騏一郎氏こそが、「中央融和事業協会長」として差別図書である部落地名鑑『全国部落調査』を作成していたのである。

「同和地区Wiki」が部落地名総鑑の作成者を公開し批判している。しかし部落解放同盟のような「えせ人権団体」は、部落地名総鑑の作成者を差別者として批判せず、差別者を批判する同和地区Wikiこそ差別者だとの信じがたい言いがかりを付け、裁判まで起こして同和地区Wikiを弾圧している。部落解放同盟がこのような不可解な行動を取る理由は後述する。

極右でありA級戦犯でもある平沼騏一郎氏が、史上最大の差別図書『全国部落調査』を作成した事実を部落解放同盟どころか朝日新聞も批判していない。しかもその事実を証明した同和地区Wikiこそが差別者だと報じることで、権力におもねり、差別の告発を弾圧している。朝日新聞は戦前も国会権力におもねり、戦争を煽動する報道ばかりしていたが、その組織体質は今でも引き継がれているようである。部落解放同盟も権力の犬であり、決して弱者の味方ではない。

部落解放同盟による「差別糾弾」を騙った営業妨害の事例

上原善広氏に対する業務妨害

部落解放同盟が部落情報を専売特許として独占したがっていることは、『日本の路地を旅する』の著者・上原善広氏が証言している。上原氏によると、糾弾すると脅迫してきた部落解放同盟の幹部は「一般地区」出身であった。このように一般地区住民が部落民を騙ること、さらに部落民を名乗り不当要求することはいずれも「えせ同和行為」の典型例である。

註)

  • 上原善広(ノンフィクション作家)
  • 久田将義(実話ナックルズ編集長)
  • 藤井誠二(ルポライター)
  • 西村ひろゆき

ニコ生ノンフィクション論 01 ~被差別部落3/8

藤井 久田さん、ずっと連載してきて、何か露骨な行為とかどうですか?
久田 公には京都市役所だったかな、確か地名出しちゃったのかな。
上原 あれ、東大阪市。
久田 東大阪市役所からは正式に抗議が来ましたですね。
藤井 地名を出したことで差別を助長するという。
久田 本当はあれなんだよな、酒鬼薔薇聖斗事件の時ですよね。
上原 東大阪市で酒鬼薔薇聖斗の事件もあったんです。東大阪市で殺人事件があった。その殺人事件のあった犯人が被差別部落の人だということがマスコミでぶわーっと広まったんで、僕がその検証記事を書いたんです。その時東大阪の部落の地名を書いたんです。それで東大阪市の方から、地名はちょっと書かないでもらえないか、という申し入れ書が来たんです。
ひろゆき それは申し入れの理由は?
上原 名前が出てしまったから。
ひろゆき その理由は?
上原 理由は書いてあります。とにかく同和地区、被差別部落なので地名は書かないでほしいと。
ひろゆき それは書面では被差別部落とは書いていない?
上原 書いていないです。
ひろゆき 口頭で何か言われるけれども。
上原 それはちょっと止めてもらえないかな、ということです。
藤井 行政が一番ナーバスになるのは地名ですよね。
久田 そうです。そこが一番正式な行為で後は普通に電話で「これどういうことやこらあ」みたいなのは怒鳴り付けられましたね。団体名は出したくない。
周囲 (笑)
ひろゆき それは特定の誰と分かっている人がやってくるわけですか?
久田 「わしは何とか団体の奈良支部の何とかじゃ」と。
上原 名乗ったんですか?
久田 名乗った、名乗った。
藤井 今「奈良支部」と言いましたよね。
上原 (笑)
久田 だから団体名は名乗ってないです。
ひろゆき 具体的にはどういう要望だったんですか? どういう要望の電話だったんですか?

ニコ生ノンフィクション論 01 ~被差別部落4/8

久田 ナックルズという雑誌はコンビニで売っているじゃないですか。買いやすいと。買ったら上原君の連載を見て、「何やこの差別、俺らを馬鹿にしとるんか」。今でも思い出しますよね。「馬鹿にしてる」という言葉だんたんですね。「今から来んかい」と言うから、「いや、今から行けないですね」と言うと余計激怒してまして、「じゃ行きます」、みたいな感じになったんですけれども。「行かないとコンビニに圧力かける」と。これが一番キツイんですよね。僕ら編集には。弱みをよく知ってますね。
藤井 やり方知ってますね。恫喝の。
ひろゆき コンビニの本部に行くんですか?
久田 じゃないですか。まず店舗に行って...。
ひろゆき セブンイレブンだったりローソンだったりの。
上原 本部の方に電話入れるんじゃないですか。実話ナックルズにこんな記事が載っててけしからん、みたいな。
久田 通報されると痛いんで、勘弁してください。
ひろゆき コンビニの本部は折れて、もう本出さねえよ、みたいになるんですか?
久田 なる可能性があると思います。
上原 結構エログロだから、置きたくないんと違います?
ひろゆき 元々コンビニが。
周囲 (笑)
藤井 それは関係無いじゃないですか。
久田 そういうのとか、後細かい行為がよく来ましたよ。
上原 糾弾するぞと言われたでしょ。
久田 糾弾来ましたねえ。これも団体名出したくないですけれど、糾弾するぞ。僕関西弁苦手なんで捲し立てると、すいませんと言う。僕も気が短い方なんで「はあ?なんでですか?」。
藤井 喧嘩買っちゃうタイプですもんね。
久田 買っちゃう。「なんでいけないんですか」となるのはしょっちゅう。
ひろゆき それは具体的にはどういうのが問題なんですか?
久田 上原君に書かせてる、ということ自体が問題みたいだったんですよ。
ひろゆき 上原さんが書くだけでまずいんですか? 内容関係無く?
久田  まずいんですよ。
上原 さっき言いましたように、書くこと自体が利権なんですよ。
ひろゆき それは上原さんが部落問題を書くからまずいのか...。
上原 そう。
ひろゆき 関係無いことだったら全然良い?
上原 関係無いとこだったら良いんですよ。
ひろゆき 部落問題を上原さんが書くだけでまずい?
上原 部落問題をうちではない人が書くのは...。
藤井 専売特許なわけでしょ。
上原 ぶっちゃけた言い方すると、「うちには一銭も入ってこないじゃないか、おまえが書くと。書くな。書くんだったらうち通せよ。」
ひろゆき それって正式に文章にしたら、ものすごく恐喝にしかならないじゃないですか。
周囲 (笑)
ひろゆき うちには金払ってないから上原には書かすな、みたいな話ですよね。それを糾弾会みたいなのやっちゃったら、論旨通じないじゃないですか。
上原 その時糾弾すると言ってきた人が、何か「仲直りしたい」と言ってきたんですよ。その人が。ちょっと大きな団体の人なんですけれども。だから僕がその人に会いに行った時に、でもその人は一般地区の人なんですよ。そういう大きな団体の幹部の人なんですけれども、一般地区の出身で、60年代、70年代の運動から入っていって、解放運動やって、そういう人って『解放同盟』の中にいっぱいいるんですよ。
ひろゆき そういう人が「差別するな!」と被差別部落出身の上原さんに言っているんですか。
上原 「糾弾するぞ」と。
ひろゆき 意味が分からない。
上原 だから僕はその時に、一般地区からやってきて、僕より随分上だけど、「糾弾してください。面白い。ロフトプラスワンくらいでやりましょうよ。公開で。公開で、一般地区である貴方が僕を糾弾すると。それをやりましょうよ。それは部落解放の一つの道筋ですよ。是非やりましょう。」と言ったんですよ。そしたらそれから来なかったですね。
藤井 糾弾を受けたことはない?
上原 ないです。
久田 糾弾はないですね。

部落解放同盟は同和地区Wikiを「業務妨害」を理由に提訴しているが、「部落の取材、部落地名の公表、部落に関する書籍の出版の権利は部落解放同盟のみが有する独占的・排他的権利である」という認識が「業務妨害」の根拠であるのであれば辻褄が合う。勿論任意団体である部落解放同盟にそのような権利が有るという法的根拠は無く、独占的・排他的権利を主張することで他者に対して業務妨害・営業妨害しているのは部落解放同盟自身である。

鳥取ループ氏に対する業務妨害

部落解放同盟が部落差別者を恣意的に判断している事実を、部落問題研究家の鳥取ループ氏は著書『部落問題入門』で告発している。これに対し組坂繁之は各地の自治体宛に『部落問題入門』の出版を「えせ同和行為」と断じる書面を送付する、正真正銘の「業務妨害」「えせ同和行為」を実施した。[13]

なお部落出身の上原善広氏が一般地区出身の部落解放同盟幹部から差別者呼ばわりされたのと同様に、部落出身の鳥取ループ氏は一般地区出身の部落解放同盟幹部である片岡明幸から差別者呼ばわりされ、提訴された上にマンションまで差し押さえられている。

【鳥取ループ裁判】「なんちゃって部落出身の解放同盟幹部」が「同和地区出身者」は部落差別者だと訴える摩訶不思議な展開へ : Birth of Blues

鳥取ループは「同和地区出身者」であることを表明します | 示現舎

部落解放同盟埼玉県連書記長・片岡明幸の二枚舌について

部落解放同盟埼玉県連書記長の片岡明幸は、自身が部落出身だと知らなかったが為に結婚差別を受けた女性の存在を上げ、差別に抗う為には「部落の場所を教えるべきだ」と主張している。

『解放新聞埼玉版』(第350号、1988)
家庭内同和教育支部座談会を終えて 県連書記長 片岡明幸

2.隠したための不幸な事件
 さて今回の座談会を通して第二に明らかになったことは、部落を隠しているために、さまざまな不幸な事件が生まれているという現実です。座談会の出発点は「隠しているために不幸な事件が生まれている。だからそうした事件をなくしてゆくためにも、きちんと教えてゆこう」というものですから、もちろん隠している為に不幸な事態が生まれていることは、ある程度前提とされていたわけで、またそうした問題が座談会の中で出されることも予想されていたわけですが、隠していることがこれほど深刻な問題を生んでいることは誰も予想できなかったに違いありません。それほど深刻な問題が報告されました。
 じっさい、私自身は、八つの支部の座談会に出席しましたが、その座談会だけでも五件の事件が報告されました。特に印象に残っているのは、熊谷市のA子さんの話です。
 熊谷市のM地区に住むA子さんは、高校を卒業して市内のある建材会社に就職しました。彼女はそこで同じ職場の一人の男性と交際し、互いに結婚を誓う間柄となりました。ところが彼女は、ある日突然、その男性から交際を断られたのです。部落を理由に。それまで知らされてこなかった彼女は、このときはじめて自分が部落出身であることを知ったのです。そのため、彼女は二重のショックを受けました。それがどのくらい大きなものであったかは今となってはわからないのですが、彼女はそのショックで精神的に深い傷を負い、それが障害として残りました。この時以降、彼女はその精神病を克服することが出来ず、家に閉じこもった淋しい日々を送っているのだということです。聞けば、彼女の家は、お母さんが若い頃病気で亡くなったため、父親と二人で暮らしてきたようですが、すでにその事件から八年くらいたち、彼女も三十代後半になっているそうですが、彼女の病は回復する見通しがないそうです。この話は、A子さんのおじさんが、座談会の中で報告してくれた話ですが、そのおじさんの話では、彼女の父親は、いっかんして解放運動に反対しているために、どう働きかけても「放っておいてくれ」の一点張りで、どうにも手が付けられないということでした。部落を教えないために起きた事件の一つであるとはいっても、あまりにも残酷な話ではありませんか。まだ詳細に調べてはいないので、細かい点は分りませんが、一人の女性の人生が差別によっていとも簡単に踏みにじられるこんなむごい話が許されてよいはずがありません。それにしても、もしきちんと部落問題と部落出身を教え、差別に負けないような指導をしておけば、と悔やむのは私一人ではないでしょう。
 この話は、しかしほんの一例にすぎません。じつはこれほど深刻でないにしても、似たような話が行く先々の座談会で出されました。例えば、結婚相手の女性の実家の奈良県までいって結婚を申し込もうとしたら、そこで相手の親から「おたくは同和ですね」といわれ、はじめて聞かされたその言葉に返す言葉もなく真っ青になって埼玉に引き返し、家に帰るなり親に真相を問いただして、あらためて親から聞かされた「部落出身」に悲しいやらくやしいやら、一晩中泣きあかしたというB君の話。好きだった彼から、部落を理由に結婚を断られ、そのときはじめて自分が部落出身であることを知って、四日間、自分の部屋に閉じこもったきり、食事もとらずに泣き続けたC子さんの話...。どれもこれも本当につらい話ばかりでした。
 このように隠しているために、さまざまな不幸な事件が起きているという実態、これが座談会を通して明らかにされた第二の問題です。

一方で片岡明幸は、「部落を隠さずに教えるべき」との持論を意図的に裁判では隠蔽し、同和地区Wikiによる部落の公開は差別だと言いがかりを付けて同和地区Wikiを提訴している。[14]

『全国部落調査』提訴を報じる朝日新聞。ボードを持っているのが片岡明幸である。

元々部落解放同盟が同和地区Wikiを提訴した「請求の趣旨」は、「部落の暴露により部落民だと暴露されることでプライバシー侵害が生じる」というものであった。しかし、片岡明幸の二枚舌を同和地区Wikiが告発して以降、部落解放同盟は「住所の暴露自体がプライバシー侵害だ」として、「請求の趣旨を変更」している。この論理が正しいのであれば、あらゆる住民の住所が電話帳で把握できる今日において、同和地区でない場所を同和地区に指定し、部落民を指定しようとする部落解放同盟の運動こそ犯罪的なプライバシー侵害と言えよう。

部落情報を提供するビジネスが差別なのか

部落解放同盟は鳥取ループ氏による『全国部落調査』の復刊の意思について金儲け目的だと批判している。その鳥取ループ氏に対する批判の急先鋒とも言うべき、部落解放同盟大阪府連池田支部の南健司ですら、このように「ビジネス」を擁護している。[15]

>小林は部落解放同盟として上原ルポを批判すべきだと考えていたらしいけど、部落解放同盟はそこまでやらなかったらしい。

ウィキペ「上原善広」によれば彼は被差別部落出身で『被差別の食卓』(2005年、新潮新書)など被差別部落関係の著書が多いそうです。まあ、被差別部落出身なのだから彼の文章は少なくとも主観的には「差別助長」ではないのでしょう。
またウィキペ「上原善広」によれば
『部落解放同盟中央本部執行委員などを歴任した西岡智は(上原との対談で)「小林さんも、ちょっとわかってないところがあるよな。ええ機会やから、「西岡のおっさんがそう言うてる」ってちゃんと書いとけ。文句あるならいつでも僕のとこに来いと」と小林を批判し、上原に味方している。また、部落解放同盟大阪府連池田支部の「みなみあめん坊(ペンネーム)」こと南健司も上原に味方し、「差別売文家・上原善広」との小林の発言について「物書きは皆売文屋だよ。その上前を撥ねてメシ喰ってるくせによく言うよと思う」「(被差別部落を取材した上原の著書『日本の路地を旅する』に)大宅賞を与えた出版社(文藝春秋社)の見識を疑うとまで書いているが、ここまで抱く憎悪の根拠こそ記すべきだ」と小林を批判している』そうですから、小林の意見に批判的な人間、上原に好意的な人間も同盟内部にいて意思統一ができなかったんでしょう。
なお、「日本の路地を旅する」は橋下ルポより前の著書なので、橋下の件に関係なく、小林と上原には意見対立があったことや「少なくとも上原は主観的には橋下潰しのために出自を書いたわけではおそらくないであろうこと」がわかりますね。

また大阪市立大学の

  • 野口道彦
  • 齋藤直子[16]
  • 古久保さくら
  • 島和博
  • 妻木進吾
  • 上杉聡
  • 櫻田和也
  • 吉村智博
  • 大賀喜子[17]

の研究グループは「大阪市内12地区の同和地区関係資料を基礎に(略)地区の範囲の変化(略)を分析した」論文を公表している。同論文は大阪市人権協会から資料を寄託され作成された。大阪市人権協会は部落地区総鑑(大阪市内12地区の同和地区の住所を掲載)を発刊した部落解放同盟員で構成される団体である。研究グループは同論文の作成に当たり科学研究費1820万円を獲得した。

大阪市ではかつて中津と舟場が同和地区に指定されたものの、この2地区では同和対策事業が実施されず、同和地区自体が消滅している。この事実を鳥取ループが「2011年2月」にブログに掲載している。(川口泰司が批判したGoogleマップ上の大阪市の同和地区の区域に関する報告である。)

齋藤直子らはその直後である「2011年4月」から全く同じ情報源を利用し、全く同じ研究を実施していることが窺える。

部落地名総鑑は差別図書であり廃棄しなければならず、大阪市人権協会が発刊した『40年の歩み』『50年のあゆみ』も全国の公共図書館、大学図書館から閲覧制限図書に指定されている。それにも関わらず研究グループは部落地名総鑑が差別図書との認識も無く、入手後も廃棄もせず、同和地区を特定する研究に利用した上金儲けにも利用している。[18]

「部落差別解消推進法」により排除された部落解放同盟

部落解放同盟の研究所に所属している齋藤直子は2016年に可決成立した「部落差別解消推進法」について以下のように報告している。[19]

最後の論点として、付帯決議の問題については述べておきたい。参議院法務委員会の付帯決議では、この法に基づく施策を実施するにあたり、3つの事項について「格段の配慮をすべきである」と注記している。ひとつは、「過去の民間運動団体の行き過ぎた言動等、部落差別の解消を阻害していた要因」であり、それを防ぐための対策を含めた施策にすることである。ふたつめに、教育・啓発の実施にあたり、「当該教育及び啓発により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう」求めており、3つめに、調査においても教育・啓発と同様の留意を求めている。 
「民間運動団体の行き過ぎた言動等」という文言は、1986年の地域改善対策協議会「今後における地域改善対策について(意見具申)」における「行政の主体的欠如」、「民間運動団体の威圧的な態度に押し切られて、不適切な行政運営を行うという傾向」という記述を坊佛とさせる。この付帯決議をめぐっては、今後も議論や批判が続くと思われる。

齋藤直子はあえて隠しているが、この「民間運動団体」とは「部落解放同盟」のことである。部落解放同盟こそが部落差別解消推進法により「排除」された団体なのである。

法律は、制定上の「審議過程」に拘束力は無いが、「付帯決議」には拘束力がある。齋藤直子荻上チキは法律の「審議過程」で「参考人」に召喚された西島藤彦(部落解放同盟京都府連)の意見を理由に同和地区Wikiを差別サイトだと報じたが、これは「法律の根拠無く」単に「部落解放同盟の見解を垂れ流している」だけである。

また部落解放同盟は「部落差別解消推進法」を理由に同和地区Wikiを差別サイトだと主張しているが、これは法律そのものに差別の事例や定義、要件が記述されているわけではなく、あくまで部落解放同盟の「主観」で差別だとレッテルを貼っているのである。

法律により排除された団体が、その法律を理由に他者を排除しようとするのは笑止千万である。

「部落はガラが悪い」という情報を広めているのは誰か

ABDARCの三木幸美は以下のように述べている。[20]

それと同時に、「ガラ悪い」とされる地域に住んでいる私はとてつもなく気まずくなったのを覚えています。
現在はインターネット上でも同様の言葉や質問を目にしますが、「ガラが悪い」ということについての定義や具体的な説明はないにも関わらずどうして今も昔も同じ事を言う人がいるんだろう、と不思議に思っていました。

おそらくその原因のひとつは、親切心に似た「善意」です。
そういった言葉を口にする人の中には「自分には差別意識はない」と思っている人も一定数います。

ですがその言葉によって、「〇〇は〜らしい」というイメージを押し付けられる人がいるというのも事実です。
いつの時代も、「〇〇は〜らしい」という実態を伴わない語りが、マイノリティへの偏見を強くしながら、広めてきました。
そこに住む当事者を無視したり、ないがしろにするような「善意」は、本当に必要なのでしょうか。
仮に、誰かに聞いた言葉や内容だったとしても、その言葉を同じように使ってしまうことで、あなたが新たな差別を拡散する加害者になってしまう可能性があるのです。

しかし、差別解消という「善意」を盾に、部落の「環境の劣悪さ」を客観的に調査し、差別されている地域だという情報を広め、行政に同和地区指定を要請したのは他ならぬ部落解放同盟である。

同和地区指定要請の根拠となった、部落解放同盟による浪速部落の実態調査を見てみよう。

部落内の道路が危険であり、騒音が大きいことを示す調査。
部落で大気汚染があることを示す調査。
部落で消火活動が困難であることを示す調査。
部落内住民による部落の不利益のアンケート調査。

このように、部落解放同盟は「部落は差別されている場所」「部落の環境は劣悪」だと積極的にアピールしているのだ。部落内外の格差が大きかった1970年代に(「同和対策事業」という選択が妥当か否かは置いておくとしても)アファーマティブ・アクションは一定の根拠があったといえよう。

しかし、部落解放同盟は多額の公費を投入した同和対策事業について、根拠法が失効した今でも、新たなる同和対策事業実現の為に「部落は差別されている場所」「部落の環境は劣悪」と主張し続けている。しかもほとんど「重箱の隅をつつく」ような「あら探し」となっている。

福島県でも部落解放同盟は嫌がる住民を無視し、同和対策事業を強行し、同和地区を作り出している。[21]

会津坂下町では、部落側だけが側溝が細くなるという現実がいまだに残されている。
(略)
かつて町は、同和対策事業を住民に黙って実施した。住民側は「同和地区実態調査除外申請」を出すまでの事態になり、それ以降、政府の問い合わせに町は応答していない。

差別サイトなどと言いがかりを付けて同和地区Wikiを提訴した部落解放同盟東京都連合会国立支部支部長の宮瀧順子は、裁判の陳述書で以下のように述べている。

部落は、その周囲を交通量の多い道路と崖などで固まれています。行政区としては国立市に属しますが、結果として国立市の隅に追いやられた位置になり、交通アクセスが極めて悪い状態です

しかし、鳥取ループ氏によると、当該部落は駅から10分ということである。[22]

部落解放同盟は部落の「ガラの悪さ」を、他者が指摘すると差別者扱いする一方、自らは積極的にアピールするという、矛盾に満ちた思考に陥っていると言える。

部落解放同盟は人権団体でなく「カルト宗教団体」である

このように部落解放同盟による部落差別を告発する鳥取ループ氏や同和地区Wikiを、部落解放同盟は差別者のレッテルを貼り、侮辱・名誉棄損している。現在の同和地区Wikiは部落解放同盟らが作成・出版した「部落地名総鑑」により部落民(同和地区出身者)だと暴露された被害者で運営・編集している。勿論裁判でも鳥取ループ氏の関与が否定された判決が下っている。それにも関わらず、判決が下った後にも、部落解放同盟は機関誌を通じ、現在の同和地区Wikiも鳥取ループ氏が運営しているなどと証拠も無く言いがかりを付け、狭山事件の石川被告さながらの「推定有罪」を主張しているのだ。

部落解放同盟は以下のように報じている。[23]

「全国部落調査」復刻版出版事件裁判の第6回口頭弁論が9月25日午後、東京地裁でひらかれ、110人が集まった。弁護団は2つの準備書面を口頭で説明し、証拠とともに提出。復刻版のデータなどを載せた被告Mのウェブサイトについて、サイトへの投稿・編集も、記録の残っている16年3月にはほぼMがしていた事実、同サイト削除の仮処分命令後に同じ内容を載せた別サイト(ミラーサイト)でも、Mが積極的に情報を変更している事実などを明らかにした。
 提出した準備書面4では、不動産仮差押へのMの異議申立棄却決定(7月11日・横浜地裁相模原支部、2821、2828号に既報)に言及してMの責任を指摘し▽復刻版データを載せたサイトはMが14年5月7日開設。匿名の通信システムを使う編集しかできない環境を作出▽Mがほとんど(68回中65回)を編集(16年3月29日の過去30日間の利用者一覧から)▽ミラーサイト上の「部落解放同盟関係人物一覧」変更にもMが深く関与。Mに原告目録が届いて9日のうちに149人の名前・住所が原告目録に沿い変更。原告目録は閲覧制限されており16年8月25日時点で閲覧・謄写者はいない。可能なのはMらだけ、と指摘。「部落差別解消推進法」成立の意義や復刻版出版の責任、原告らの損害、なども盛り込んだ。
 準備書面5では▽Mは部落の情報収集へ5つの裁判をおこし全敗訴▽電話帳の個人情報のネット公開にも執着▽本件は差別助長を認識した確信犯、違法性はきわめて高い、と指摘した。

これに対し、Mこと鳥取ループ氏は以下のように反論している。

鳥取ループ氏反論.jpeg

このように部落解放同盟は加害者に貶めたい相手のウェブサイトに個人情報を掲載し、被害者を装って相手を訴えるという冤罪事件を積極的に生み出しているのである。

部落解放同盟は「自作自演」の差別事件も引き起こしている。

立花町連続差別ハガキ事件 - Wikipedia

部落解放同盟は権力による恣意的な捜査により冤罪が生み出されるのに対抗するような「人権団体」ではなく、部落解放同盟に従う者は擁護するが、異議を唱える者は冤罪によってでも社会的に抹殺しようとする「カルト宗教団体」であることが窺えるだろう。

部落解放同盟が今日までずっと「未解放部落は解放されなければならない」と主張している。すなわち「未解放部落を同和地区に指定せよ」と叫んでいるのだ。しかし、行政に同和地区と指定されたら『同和地区出身者』として未来永劫差別されなければならないと東京高裁が判断しており、部落解放同盟の主張は人権擁護どころか人権蹂躙である。現在、『全国部落調査』を差別図書と名指しながら、一方で未解放部落(同和地区として行政から指定を受けなかった部落)を同和地区に作り替える為に長谷川三郎ら部落解放同盟は『全国部落調査』を利用しようとしている。まさか東京高裁も部落解放同盟がこれ程悪質な人権感覚の集団とは思っていなかったであろう。東京高裁の「同和地区出身者は差別される」との判断と、部落解放同盟による「未解放部落の解放運動」により、新たに「同和地区出身者」という被差別身分へ堕とされる被害者が生み出されるのだ。

「部落の解放」とは、被差別の身分が無くなることである。その為に必要なことは、国民が共有している「被差別の身分という『概念』」は「幻想」でしかないと、行政等の公的機関が宣言するだけで良い。はからずも、この事実は日本共産党が主張していたことと同じである。部落解放同盟は日本共産党と敵対している為に、この事実を受け入れられずにいるのである。

部落解放同盟が今していることは、被差別者でない一般地区の住民を、強制的に被差別の身分に堕とすことで、「部落の解放」とは真逆である。部落解放同盟員は自らが部落民(同和地区出身者)だから、「仲間を増やす為に」「当事者の意思は一切無視して」強制的に「同和地区出身者」に身分を変えさせようとしているのである。これはカルト宗教団体の信者の増やし方と同じでしかない。

「思想差別」としての部落差別

単に被差別部落出身や同和地区出身であることを理由に侮蔑・侮辱する部落差別がある一方で、思想的に敵対する相手に対して「部落民」と罵ったり、逆に「部落差別者」とレッテルを貼ったりすることで、持論が支持されているかのように印象操作する手法がある。これは「人格攻撃論法」や「藁人形論法」と呼ばれる詭弁術である。しかし、このような詭弁術を用いて相手を侮蔑・侮辱したところで

  • 「部落差別」発言をした者は部落差別者でしかなく、
  • 「部落差別者でない者を部落差別者としてレッテルを貼った者」は「えせ同和行為」に加担している

ことに変わりはない。これらの詭弁は、ある思想に論理的な反論ができないが故のラベリング(レッテル貼り)でしかない為、全く反論にならないばかりか、「部落差別者」「思想差別者」であることを公に曝す恥ずべき行為である。この項では部落差別をさらに悪用した「思想差別」の事例を挙げる。

東京新聞の差別的な二枚舌報道

東京新聞20160421.jpeg
東京新聞20121023朝刊18面.jpeg

東京新聞(2016年04月21日)は以下のように報じている。

ネット上に被差別部落情報 戦前の調査書を復刻
(東京新聞「こちら特報部・ニュースの追跡」2016年04月21日)

被差別部落の所在地などの情報を公開した出版社と同社幹部を部落解放同盟が提訴した。出版社は、被差別部落の情報が含まれる書籍の発行を予定するとともに、ウェブサイトにも情報をアップしたが、裁判所は出版禁止と削除を命じる仮処分を決定していた。(沢田千秋)

川崎の出版社 書籍化も計画

出版社は川崎市の「示現(じげん)舎」。今年2月、戦前に作成された調査報告書「全国部落調査」の復刻版の出版を発表した。同社ウェブサイトは「昨年12月、部落地名総監の原点である『全国部落調査』(1939年 財團法人中央融和事業協會作成)を発見し、電子化に成功しました」と記載している。

部落地名総監とは、被差別部落の地名などが記された書籍群で、1970年代、解放同盟によって存在が明らかにされた。大企業が極秘に所有し、採用時に参照していたことが問題となり、法務省が回収を勧告。大半が焼却処分された。

解放同盟が今年3月、復刻版の出版禁止を横浜地裁に求めたところ、同地裁は禁止の仮処分を決定した。示現舎は復刻版のデータをウェブサイトに公表したため、横浜地裁相模原支部は、解放同盟の申し立てを受けて今月18日、削除を求める仮処分を決定した。そして19日、解放同盟は、示現舎と代表の宮部龍彦氏(37)らを相手取り、「全国部落調査」の一切の公表の禁止と、プライバシー権の侵害などによる慰謝料約2億3000万円を求める訴えを東京地裁に起こした。

解放同盟が提訴「許し難い差別助長行為」

解放同盟の片岡明幸・中央執行副委員長は「示現舎が公表した情報には被差別部落の住所、戸数、人口などが記載されていた。40年前、就職差別、結婚差別を生み、所持すら許されなくなった闇本を今、公にするとは、許し難い差別助長行為だ」と批判する。

示現舎は現在、ウェブサイト上から関連情報を削除している。宮部氏は「こちら特報部」の取材に「情報を公開することで、同和地区への施策が正しいか検証する材料になり、歴史研究目的にも使える。資料を隠すことが逆に差別の固定化につながる。平家の落人部落や忍者の隠れ里部落のように公にすれば差別解消につながる」と主張した。

一連の問題は5日の参院法務委員会でも取り上げられた。有田芳生氏(民進)は「同和問題をおちょくると言って、就職差別、結婚差別をこの21世紀になっても、まき散らそうとする人物がいる」「ネット上でいまだ、差別の流布が、人間を苦しめ尊厳を否定する行為が行われていることをどうして止められないのか」と問うた。

岩城光英法相は「特定の地域を同和地区とする情報がネット上に掲載されることは人権擁護上、看過できない問題。同和問題に関する偏見や差別をなくすための啓発活動にも取り組みたい」と答弁した。

具体的な対策は講じているのか。法務省人権擁護局調査救済課は「東京法務局が人権侵犯事件として調査し、本人とも接触した」と説明する。同省は宮部氏に対し、反省を促し善処を求める「説示」を行ったが、「強制力や処分性はない」としており、現行法での対応には限界がある。

部落解放運動家で「人間出版」代表の小林健二氏は「示現舎の被差別部落情報の公開で一番怖いのは、自分が被差別部落出身という自覚がなく育ち、この情報を元に結婚や就職で身元調査をされて知ってしまった時。非常なショックを受け自ら命を絶ってしまう若者もいる。被差別部落出身者にとって、この情報は凶器だ」と指摘した上で、日本の差別状況に警鐘を鳴らす。

「ここ十数年、在日朝鮮人や被差別部落、性的少数者、アイヌ民族などを、攻撃性を持って排除する差別扇動が広がっている。不安定な社会で抱える悶々(もんもん)とした意識が社会的弱者に向かっているようで恐ろしい」

一方で東京新聞(2012年10月23日時朝刊18面)は以下のようにも報じている。

「週刊朝日の連載中止 どうみる?」【こちら特報部~ニュース追跡】2012/10/23(東京新聞)

20日付「こちら特報部」で取り上げた橋下徹大阪市長についての「週刊朝日」の連載記事が打ち切られた問題。出版元の朝日新聞出版は理由に「同和地区などに関する不適切な記述が複数」あったことを挙げたが、具体的な説明はなかった。唐突な連載中止はともすれば、「寝た子を起こすな」という問題のタブー視により、逆に部落差別を助長しかねない。(佐藤圭記者)部落差別へのタブー視助長・表現の自由抹殺・懲りずに取り上げるべきだ

今回の連載について、兵庫県の被差別部落に生まれ育った東京部落解放研究所研究員の浦本誉至史さん(47)は十九日、一読者として「週刊朝日」編集部に公開質問状を郵送した。(※下記参照)

浦本さんは今回の記事について「重大な部落差別行為」と断じる。それは「不適切な記述」というようなレベルではなく、「すべてが『血筋の問題』ということで構成されている。橋下氏にとどまらず、被差別部落そのものへの批判になっている」とみるからだ。

公開質問状では「『被差別部落=やくざ=ファシスト』と安易に結び付けられ、心の傷を負った全国の被差別部落民への説明責任」を果たすよう迫った。

大阪府の被差別部落出身で「『最も危険な政治家』橋下徹研究」の雑誌記事もあるノンフィクション作家の上原善広さん(39)も、今回の記事について「部落出身者が読めば傷付く。私たちの先行記事に乗っかった安易な企画」と指摘する。

ただ、「今回のような質の悪い記事でも、部落問題について書かれるのは非常に良いことだ。もし差別を助長することになっても、差別意識をあぶり出すことになる。裏に隠れて、差別されるよりは表立って議論される方がいい」と語る。

橋下氏が「公人なら部落差別報道を甘受しろというのか」と反発していることについては「橋下氏はスーパースターだ。部落差別などは軽く乗り越えてしまっている。そんな人に『私は差別された』と言われたくない。本当の差別はもっときつい」と一蹴した。

浦本、上原両氏ともに納得がいかないのは、今回の連載打ち切りという「週刊朝日」の対応だ。議論による差別についての認識、解消への道から遠ざかり、「触れなければいい」という形で差別を助長することにつながりかねないからだ。

浦本さんは「(連載中止には)腹を立てている。連載は絶対に続けるべきだ」と憤る。

「差別するつもりはなかったが、ミスをしたので中止するという言い訳は、言論機関として最低だ。なぜ差別を是認、助長する連載が許されるかを堂々と説明すべきだ。差別をするつもりがないのであれば、その根拠を示してもらいたい。何の説明もなく、連載をやめたのは表現の自由の抹殺行為にほかならない」

親会社の朝日新聞社に対しても「トカゲの尻尾切りでは済まされない。記事掲載の責任、説明責任を欠いたまま、連載を中止した責任をどう考えているのか」と批判する。

上原さんも連載中止には「情けない。また、部落問題へのタブー感が増した」と懸念を深めつつ、こう提起した。

「(各メディアは)今回の問題に懲りず、どんどん部落問題を取り上げるべきだ。部落問題を書けば傷付く人はいるが、それをあまり気にしていると前に進まない。橋下氏のような権力者の人物研究をする際は、ルーツをたどることは欠かせない。そこに部落問題があれば書けばいい」

東京新聞の佐藤圭記者はtwitterで以下のように発言している。

    橋下市長に関する週刊朝日の連載打ち切り問題1。10/23付東京新聞特報面で、東京部落解放研究所研究員の浦本誉至史さんとノンフィクション作家の上原善広さんの意見を紹介しました。俎上に載せたのは週刊朝日の対応です。(続 posted at 08:37:00

    承前) 浦本さんは、今回の連載記事について「重大な部落差別行為」と断じる。それは週刊朝日が言うような「不適切な記述」レベルではなく、「すべてが血筋の問題ということで構成されている。橋下氏にとどまらず、被差別部落そのものへの批判になっている」からだ。(続 posted at 08:38:30

    承前) ただ浦本さんは、連載中止には批判的。「差別するつもりはなかったが、ミスをしたので中止するという言い訳は言論機関として最低だ。差別をするつもりがないのであれば、その根拠を示してもらいたい。何の説明もなく、連載をやめたのは表現の自由の抹殺だ」 (続 posted at 08:41:36

    承前) 上原さんも今回の記事を「安易な企画」と批判するが、「質の悪い記事であっても、部落問題について書かれるのは非常に良いこと。差別を助長することになっても、差別意識をあぶりだすことになる。裏に隠れて差別されるよりは表立って議論される方がいい」と主張する。(続 posted at 08:44:34

    承前) 言わんとすることは今回の騒動で「部落問題へのタブー視助長」ということがあってはならないということ。 (続 posted at 08:48:42

    承前) 「各メディアは今回の問題に懲りず、どんどん部落問題を取り上げるべきだ。部落問題を書けば傷付く人はいるが、それを気にしていると前に進まない。橋下氏のような権力者の人物研究をする際は、ルーツをたどることは欠かせない。そこに部落問題があれば書けばいい」と上原さん。 (続 posted at 08:50:10

    承前) 浦本さんも上原さんも被差別部落に生まれ育ったことを公言しています。週刊朝日の連載中止の件では、ツイッターでもさまざまな議論が飛び交っているものの、どうもピンとくるものがなかった。浦本さんと上原さんの見方は、とても腑に落ちました。 (続 posted at 08:54:04

    承前) 上原善広さんは部落問題のエキスパートであり、新潮45の昨年11月号で「『最も危険な政治家』橋下徹研究 孤独なポピュリストの原点」も発表している。週刊朝日の連載中止問題を語るのにふさわしい方です。 (続 posted at 09:03:21

このように東京新聞は橋下徹氏のような保守政治家は毛嫌いしている為、部落の出身を暴くアウティングをしても部落差別には当たらない等という差別的な扱いをしていることが窺える。

有田芳生議員による橋下徹氏に対する部落差別発言

同和地区Wikiを差別サイトと批判している有田芳生議員は、あろうことか自らはtwitterを利用して橋下徹氏に差別発言を浴びせている。[24][25]

有田芳生差別発言.jpeg

組坂繁之・部落解放同盟委員長による橋下徹氏に対する「部落の鬼っ子」発言

組坂繁之は橋下徹氏が一時期同和地区に住んでいた事実を元に、橋下徹氏に「部落の鬼っ子」と差別発言を浴びせている。[26]

組坂 パフォーマンスでしょう。私は直接、橋下市長と話したことはありませんが、本当に弱者の気持ちを理解しているなら、先ほど言った部落解放・人権研究所への補助金カットなど考えられません。同研究所は単に部落問題をやっているだけではなく、性差別、障害者差別、在日差別、アイヌ民族差別、ハンセン病・エイズ問題など、幅広くやっている。予算の使われ方に異議を唱えるなら「予算を出す代わりに、この点をしっかりやれよ」と指導したり、「予算はここまでしか出せないから、対応策をしっかり考えろよ」と提案したり、リーダーとしてやりようがあるはずです。それをゼロにするのは、彼の部落問題などに対する考え方が非常に偏っている証拠でしょう。
(略)
 ところが、小泉さんは弱者の痛みがわかる総理だと国民は錯覚した。その支持を背景に小泉さんは「痛みを分かち合おう」などといって、強者がますます力を持つエセ改革をした。
 
 橋下さんも似たようなところがある。ある意味では、「部落の鬼っ子」みたいな感じでしょうね。ただでさえ、安倍政権は相当右傾化する可能性があるわけですから、橋下市長率いる日本維新の会が、その流れにどういう影響を与えていくのか、私はそれを心配しています。

組坂氏が橋下氏を単なる「鬼っ子」ではなく、「部落の鬼っ子」と呼称したのはどういう意図であろうか。この「部落」は侮蔑の意図を込めているのではなかろうか。この発言は「人格の批判」によって政策的な批判をしようとした「人格攻撃論法」ではなかろうか。

「結婚差別」は「『部落』差別」か

社会学者の齋藤直子は著書『結婚差別の社会学』において次のような「結婚差別」を報告している。とある人権団体職員が『部落』出身の『部落解放同盟員』と結婚する意思を両親に告げたところ、両親から反対されたという事例である。齋藤はこれを『部落』差別と断じている。

しかし、この見解は妥当であろうか。『部落』出身だからでなく、『部落解放同盟員』だから結婚に反対された可能性もある。その仮定について齋藤は両親にヒアリングした記述が無く、検証不能である。

しかしもし『部落解放同盟員』だという理由で結婚に反対していたとしたら

  • それは「『部落』差別」なのか
  • そもそも『部落解放同盟員』を理由に結婚に反対する言動は『差別』なのか

という問題が生じる。

すなわち、ある思想や属性を理由に結婚に反対していたことを『部落』差別と同等に扱えるかどうか、という問題である。勿論「いかなる思想や属性によっても当事者の結婚に反対することなど、『差別』と断じるしか無く、有り得ない」というリベラリズムを貫徹した主張も有り得るだろう。

では次のような想定はどうであろうか。

  • 自分又は子どもの婚約相手が『暴力団員』だった場合
  • 自分又は子どもの婚約相手が『共産党員』だった場合

2番目の仮定は是非部落解放同盟員に答えていただきたい問いである。部落解放同盟は日本共産党と敵対し、部落問題に関する共産党の主張を出鱈目だと主張し続けている。では、自分や子どもの交際相手が『共産党員』だと判明し、部落解放同盟を批判したとしても、結婚に賛同するのか否か。 『暴力団員』の場合はどうか。『オウム真理教信者』の場合はどうか。『殺人犯』の場合はどうか...。 これらあらゆる属性、思想をすべて包容できるのはもはや慈悲の心を持つ釈迦しかいないのではなかろうか。

『部落解放同盟』は差別者と認定した相手に対して暴力による『糾弾』(集団リンチ)を是認している。差別的な『思想』や『発言』に対して、『暴力』を振るう行為はあらゆる法令の量刑を逸脱しており、そのような違法な量刑を適用できる対象を『差別』扱いしていることが窺える。部落解放同盟は暴力を振るえる相手を選別するが、差別者として指弾されたくなければ暴力とは無縁の釈迦のように振る舞え、という思考は非対称である。

『部落解放同盟』はそのような理由で『差別』されているのではなかろうか。それは部落解放同盟が共産党を『差別』するように、である。

思想や属性による選別はどこまでが妥当なのかという、リベラル・コミュニタリアン論争を論じる為に部落問題を引き合いに出すのならまだ理解できよう。しかし齋藤の著書は

  • あらゆる選別の中で、なぜ『部落』のみが『差別』問題として論じられるべきかについて答えず
  • 結婚差別のサンプルが『部落』差別なのか『部落解放同盟員』差別なのか判別不能

という二重の論理の欠如がある。このような社会調査は適正と言えるのか、甚だ疑問である。

部落差別の解消に必要な「対抗言論」

「対抗言論」とは、相手方からの言論などの表現活動によって自らの社会的評価が低下しかけた場合、相手方に対して平等な立場で反論が可能であれば、評価の低下を避けるために行うべきであるとされる表現活動をいう。言論などの表現活動について安易に侮辱や名誉毀損による民事責任、刑事責任が成立するとすれば、表現の自由の保障が阻害され、自由な表現活動に対する萎縮効果が生じるという問題意識を背景として、両者の調和を図る観点から認めるべきとされる法理である。[27]

部落差別や犯罪は「えせ同和行為」批判にはならない

部落解放同盟等による事件にあるように、部落解放同盟は数多くの犯罪や不祥事、「えせ同和行為」に関与している。それらの不祥事を法律に則って批判するのは正当な言論活動である。しかし一方で差別発言を浴びせたり、脅迫的な郵便物を送りつける等、部落差別や犯罪によって部落解放同盟を「批判」する事件もある。これらは言論による「批判」と呼べるようなものではなく、単なる侮辱、名誉毀損、業務妨害等の違法行為である。同和地区Wikiはこのような部落差別者、犯罪者を断じて許さない。言論には言論で対抗すべきである。

部落解放同盟に対する業務妨害の事例

部落解放同盟山口県連の川口泰司が業務妨害の被害を受けた事件がある。[28]

大阪の私鉄駅名に「部落」付け加え 
毎日新聞2017年6月3日 12時02分(最終更新 6月3日 13時07分)

何者かが書き換え 私鉄側はグーグル日本法人に削除要請

 地図検索サイト「グーグルマップ」上で、大阪市内の私鉄の駅名が何者かに書き換えられ、本来の駅名に「部落」という言葉を付け加えた状態で、表示されるようになっていたことが3日分かった。2日午前、私鉄側は「部落差別を助長する不適切な書き込み」として、グーグル日本法人(東京都)に削除を要請。グーグル側は削除する意向を示したが、3日午後1時現在も削除されていない。

 2日午前、ネット上の書き換えに気づいた複数の人から私鉄側に連絡があった。また、部落解放同盟大阪府連も私鉄と大阪市に知らせた。この私鉄の広報部によると、グーグルに削除を要請し、正しい駅名に修正するよう求めたが、グーグルは「削除には時間が掛かる」と回答したという。

 グーグルマップを巡っては2015年、特定のキーワードで検索すると原爆ドーム(広島市)が「核実験場」、警視庁本部(東京都千代田区)が「警視庁サティアン」などと表示されるようになっていたことが発覚。マップを改ざんしたとして、男3人が警視庁に軽犯罪法違反(いたずらによる業務妨害)容疑で書類送検された。【林由紀子】

 赤井隆史・部落解放同盟大阪府連委員長の話 やり方が悪質で度を超えている。ネット上の差別書き込みは一度流れると拡散し規制が難しい。部落差別解消推進法ができたが理念法にすぎず、罰則規定など法的規制の必要性が浮き彫りになった。

この事件の直後にはグーグルマップ上で、部落解放同盟山口県連書記長の川口泰司が勤める「山口県人権啓発センター」が「市民防衛組織」という名称に書き換えられる悪質ないたずらが報告されている。犯人は部落差別をしたばかりか、部落解放同盟の業務妨害を謀った疑いがある。このようないたずらは刑法上の偽計業務妨害罪(233条)違反、軽犯罪法の「悪戯による業務妨害」違反である可能性があり、一刻も早い犯人逮捕が望まれる。[29]

部落差別の告発により「えせ同和行為」批判を封じ込めた事例

「連続大量差別はがき事件」という差別事件がある。[30]部落関係者やハンセン病患者に対する差別はがきの送付などの嫌がらせ行為が、2003年から2004年の間数百回にわたり繰り返された事件である。犯人は逮捕され、法廷で以下のように発言している。

事件前にたまたま図書館で読んだ部落問題の図書に強い影響を受けた。特に『同和利権の真相』という本を読んで、その内容を頭から信じ込んでしまった。

同和利権の真相』は部落解放同盟による犯罪、不正行為、利権等の「えせ同和行為」をまとめた書籍である。犯人は本書により部落解放同盟に敵意を抱き、「部落差別」という形で部落解放同盟に対抗しようとしている。勿論これは部落差別や犯罪以上の何物でもなく、「えせ同和行為」批判にはなっていない。

一方、被害者となった部落解放同盟は以下のようにコメントしている。[31]

「同和の人は怖い」
『同和利権の真相』読み
「部落解放同盟に反感もった」と
「連続・大量差別ハガキ事件」第5回公判で
「解放新聞」(2005.5.16-2218)
 「連続・大量差別ハガキ事件」の第5回公判が5月6日午前、東京地裁の第511号法廷でひらかれ、犯人Aの本人尋問と、Aの父親の証人尋問がおこなわれた。Aは、部落問題を「怖いもの」とイメージさせる話をアルバイト先で聞いたことや、『同和利権の真相』から部落の人を「怖い人」として部落解放同盟に反感をもっていたこと、学生時だ代に同和教育を受けたことはなかったことなどを語り事件の経緯などを語った。

機関紙『解放新聞』の報道により、部落解放同盟は『同和利権の真相』の内容に対して反論せずに、「『同和利権の真相』を読むような者が部落差別事件を引き起こしている」と読者を印象操作している。これは「藁人形論法」と呼ばれる手法である。差別行為や犯罪などを起こしても部落解放同盟を利するだけであること示す象徴的な事件である。「えせ同和行為」を批判できるのは言論のみである。

部落差別の条件

差別にならない部落地名掲載の条件とは

部落解放同盟は書籍に部落の地名・場所を掲載できる条件として以下のものを挙げている。[32]

  • A0 「出版物の性質」(全国の部落をリストアップすることを目的に出版、ウェブサイトへ掲載するものでないこと)
    • A1 特定の都道府県、市町村等、限定された地域の「同和地区(部落)」に関するものであること
    • A2 現存しない郡中の村の大字であること
    • A3 調査が教育環境の改善のため、「同和」の目的のために行われたもの
    • A4 実態報告
    • A5 学術的な資料であること
  • B0 「頒布される範囲」(ウェブサイトの宣伝により頒布対象が広範でないこと)
    • B1 公衆に流布されることが予定される一般的な刊行物とし出版されたものではないこと
    • B2 非売品であること
  • C0 「頒布対象」(無制約でないこと)
    • C1 頒布対象が行政関係者や解放運動の従事者、研究者であること
    • C2 特定の都道府県、市町村等、限定された地域の教育に関心を有する人が読み手として想定されたもの
  • D0 「一般人のアクセス容易性」(出版物を購入できないこと、またはウェブサイトの情報に接することができないこと)
    • D1 図書館に所蔵されているとしても、一般人には当該資料を知り、アクセスすることは極めて困難であること
    • D2 出版物の体はとってはいても流布することは想定されていないもの
  • E0 その他
    • E1 調査から100年が経過したものであること
    • E2 手書きであり、活字でないこと
    • E3 昭和初期の地名に加えて、現在の地名を掲載しないこと

[33]

資料名 A0 A1 A2 A3 A4 A5 B0 B1 B2 C0 C1 C2 D0 D1 D2 E0 E1 E2 E3 解放同盟の判断
同和問題資料 No.3 × × 差別でない
山陰之教育第20号 × × 差別ではない
特殊部落改善資料 德島縣 × × 差別ではない
10年の歩み × × × × × × × 差別ではない
4地区実態調査報告書 × × × × × × × × × × × × × × 差別ではない
大阪の同和事業と解放運動 × × × × 差別ではない(twitter社は差別図書と判断)
人事極秘 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 差別である
部落リスト(大阪版) × × × × × × × × × × × × × × × × × 差別である
上川多実らによる北芝部落の暴露 × × × × × × × × × × × × × × × 差別ではない
国会図書館、Googleによる融和事業年鑑公開 × × × × × × × × × × × × × × × × 差別ではない
同和地区Wikiによる全国部落調査公開 × × × × × × × × × × × × × × × × 差別である
同和団体によるSNS会員への全国部落調査公開 × × × × × × × 差別である

このように部落解放同盟が差別を断定する根拠は依然として不明である。しかし、もし基準があるとするならば「部落解放同盟が容認すれば差別ではない、容認しなければ差別である。」ということではなかろうか。

「一般人のアクセス容易性」について

部落出身かどうかを確認する目的で他人の戸籍謄本を入手することを部落解放同盟は差別事件として糾弾している。戸籍謄本を入手可能な者は法令上「弁護士、司法書士、税理士、行政書士、土地家屋調査士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士」の8つの有資格者に限られ、手数料の支払いを要する。

一方公共図書館の資料は閉架資料であっても、請求さえすれば無料で誰でも閲覧可能である。しかし部落解放同盟は図書館の資料は「アクセスするのが容易でない」為差別に利用されないと主張している。

すなわち、部落解放同盟の認識では「一般人のアクセス容易性」については 『戸籍謄本 >>> 図書館資料』 であることが窺える。

「実態報告」について

部落解放同盟は『同和問題資料 No.3』は「実態報告という資料として作成されたことは明らか」として、本資料の公開は差別でないと釈明している。しかし政府の外郭団体である中央融和事業協会が発行した『全国部落調査』も「実態報告」に該当する。部落解放同盟の片岡明幸らは『全国部落調査』の復刊に対し差止請求しているが、同じ実態報告を担う資料でありながら、『同和問題資料 No.3』が差別でなく、『全国部落調査』が差別である根拠を説明する必要があろう。

同様に中央融和事業協会が発行した『融和事業年鑑』も全国の部落の地名が掲載された「実態報告」であり、部落解放同盟の村越末男により復刊・販売が実現されている。なぜ『融和事業年鑑』の復刊が差別でなく、『全国部落調査』の復刊が差別に該当するのか、部落解放同盟は説明する必要があろう。

中央融和事業協会が『全国部落調査』を発刊した経緯について以下のような報告がある。(『解放理論の創造』(第2巻、1968)より引用)

大正時代になって、米騒動が勃発し、全国水平社が創立されるに及んで、部落問題が重大な社会問題であることを認識した政府は、大正九年はじめて五万円の地方改善を国の予算に計上し、十一年一月一日現在をもって全国部落調査をおこなった

すなわち『全国部落調査』が実施されたのは部落差別解消を目的に、部落の現状を把握すべく政府が主導で実施した「実態調査」であることが窺える。今日、この「実態調査」は部落解放同盟が制定を国に要求した「部落差別解消推進法」に謳われている。

(部落差別の実態に係る調査)
第六条 国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係る調査を行うものとする。

中央融和事業協会の『全国部落調査』が差別文書であるならば、「部落差別解消推進法」により国や地方自治体が「実態調査」の為の差別文章を作成するよう部落解放同盟は要求していることになる。部落解放同盟は同和地区Wikiを「業務妨害」を理由に提訴しているが、部落解放同盟の「業務」とは「部落の場所を特定するような部落差別を推進すること」であろうか。仮に「部落の場所を特定せず」「全国部落調査」等文献も用いずに部落差別の実態調査が可能であるとするなら、どのような手段を用いるのか部落解放同盟は説明すべきである。

なお社会学者の齋藤直子は政府による部落実態調査の報告書である『全国部落調査』が差別図書であり、それを掲載した同和地区Wikiは差別サイトであると批判する一方、「部落差別の実態に係る調査」の必要性を訴える、支離滅裂で矛盾した主張を展開している。[19]

また齋藤直子は高知県東洋町の研修報告書において

野根の町には被差別部落Hがある。
われわれは、H地区の人々が働く野根漁協を訪れた。野根港の漁師は数人を除くとすべてH地区の人々である。

と報告し、部落や被差別部落民を暴露している。[34]このように齋藤は著書『結婚差別の社会学』により差別解消の崇高な理念をアピールする一方で、結婚差別・就職差別を煽るような「差別調査」や「インターネットでの部落の暴露」「部落民のアウティング」をする部落差別者であることを同和地区Wikiが指摘していたので、その事実を隠蔽する為に同和地区Wikiは差別サイトとレッテルを貼っているものと思われる。なお齋藤直子が同和地区Wiki批判の根拠にしている国会議員の発言とは、橋下徹氏に部落差別発言を浴びせた有田芳生によるものである。[19](「実態調査」は差別を固定・助長するという主張は日本共産党と同一である。一体何時から部落解放同盟は共産党に寄り添うようになったのであろうか。)

「記念誌」について

大阪市同和事業促進協議会10年の歩み』同様、「1つの任意団体の5年史を振り返るというものであって、公衆に流布されることが予定される一般的な刊行物とし出版されたものではなく、仮に図書館に所蔵されているにしても、一般的には当該資料を知りアクセスすることが極めて困難である」資料として『小林健治と有田芳生に対抗する全国部落解放協議会5年のあゆみ』(全国部落解放協議会、示現舎)が挙げられる。部落解放同盟に従うところによると、本書も差別図書(部落地名総鑑)でなく、国立国会図書館の複写郵送サービスの対象であるので遠慮なく利用可能である。

小林健治と有田芳生に対抗する全国部落解放協議会5年のあゆみ (示現舎): 2016|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

一方、部落解放同盟は鳥取ループが復刊しようとした『全国部落調査』の差し止めの裁判において以下のように述べている。 [35]

註)債権者=部落解放同盟、債務者=鳥取ループ(宮部氏)。

(1)債務者の主張

債権者らが、債務者が本年4月、『小林健治と有田芳生に対抗する全国部落解放協議会5年のあゆみ』(以下『あゆみ』という)を発行しネット上で販売していたこと(疎甲19)を指摘し、本件出版予定物を出版しようとする債務者の意思はきわめて頑固であることが窺え、本件出版予定物が出版されるおそれが高いことを主張したのに対して、債務者は『あゆみ』と本件出版物とは異なる旨主張している。

(中略)

さらに、宮部氏は、「全国部落解放協議会」をこの書籍の作製名義として利用したばかりでなく、会員限定で同書籍を頒布するという手法をとり、4月23日には、「裁判所が、全国部落調査を公表してはいけないというなら、全国部落解放協議会の会員限定で共有するならいいのではないかと思ったわけ」と、全国部落解放協議会という集団を隠れ蓑にして「会員になれば、『復刻 全国部落調査』の頒布が受けられる」旨宣伝した(疎甲42)。

部落解放同盟の主張をまとめると以下のようになる。

  • 部落の地名を掲載した書籍であっても、任意団体の記念誌であれば、図書館に配架して良い。
  • 但し当該記念誌を当該任意団体のメンバーに閲覧させてはならない。
  • 図書館に配架して良く、かつ任意団体のメンバーが閲覧できない書籍は「公衆に流布されることが予定される一般的な刊行物とし出版されたものではない」。

大阪市同和事業促進協議会の役員は部落解放同盟大阪府連合会の役員を兼ねているが、記念誌『10年の歩み』『40年の歩み』『50年のあゆみ』は大阪市同和事業促進協議会の会員に配布せず、図書館に配架する為に発刊されたのか、甚だ疑問である。

それでもなお、仮にも『小林健治と有田芳生に対抗する全国部落解放協議会5年のあゆみ』を図書館に配架するのが差別であると部落解放同盟が言いがかりを付けるのであれば、『大阪市同和事業促進協議会10年の歩み』も差別図書である証左であり、大阪市同和事業促進協議会の役員であった部落解放同盟員は大阪市内の同和地区住民にプライバシーを侵害したことによる謝罪及び損害賠償をすべきである。

「カミングアウト」について

裁判では争点になっていない要件、すなわち「カミングアウト」(部落民が自分が部落民であることを対外的に宣言する行為)によって部落の場所も暴露されてしまうことを中井雅人弁護士は容認している。[36]

しかし、カミングアウトとアウティングは違います。カミングアウトとは、自分の立場を自らの意思で表明することです。アウティングとは、部落差別について言えば、他者が本人の意思を全く顧みることなく、被差別部落出身等の情報を公開して晒すことです。まったく意味が違うことはご理解いただけるでしょう。被告のやっていることは、アウティングにあたり、許されないものだと考えます。

しかし、同和地区Wikを提訴した原告の一人である上川多実は以下のような見解を示している。[37]

例えば、週刊朝日で当時大阪市長であった橋下徹氏の出自に関する記事が書かれた問題を受けて、BURAKU HERITAGEサイト内で、「部落の名前や場所を、報道することってアリ?ナシ?」という座談会記事を公開した。以下、一部を引用する。

たみ この中で、実際に今現在部落に住んでるのは、みどりんとC?

みどりん 生まれ育った部落には、今は住んでない。春から実家に戻るからまた住むことになるけど。

C 住んでる。

たみ 自分が住んでる部落の地名が雑誌とかで出されるのはどういう感覚?

C 問題ない。お父さんとかBH(BURAKU HERITAGEの略称)とかセーフティネットがあるから。自分に関してだけだったら問題ない。差別されるのはイヤだけど、自分のルーツや家族を誇りに思っているし、何も恥じることはないから。

たみ それはでも「自分に関しては」なんだよね?

C うん。そう、自分にはセーフティネットがあるからそう思えるんだと思う。でも、部落出身を隠したい人がいて、地名が公表されることによって差別される恐怖を感じてしまうんだったら良くないのかなと思う。

みどりん 地名を出す、とか、出てOKとする、というのは、地域ぐるみでのカミングアウトみたいな意味をもつと思うねん。

たみ なるほど。

みどりん 例えば、地域のリーダーが、地域の取り組みを取材してくれた新聞やテレビに「この地域は○○市の●●」という情報を出してOKと言って、実際に報道されたとするやん?その場合でも、住民全員に同意をとって出すのは無理やんね。

同じように、私個人が、自分のこととして、地名や場所を含めてカミングアウトしたら、同じ地域の人のことも、カミングアウトしちゃった意味合いを自動的にもってしまう。それは難しいことだな、と思う。けど、実際は、ええい、言っちゃえ、と思って言ってる。

たみ 躊躇したりとかはあまりなく?

みどりん 最初はあまり、そのことの意味に気付いてなかったんだけど、気付いたときは躊躇は、した。

たみ でもまたそこから変化があって今は言っちゃえ!になってる?

みどりん 今は、やっぱり差別を避けるよりも、オープンにして発信していくほうが大事だと、考えてるからかな。

たみ それで地域のほかの人に何か言われたりとかはない?

みどりん 今のところは。 

(中略)

たみ あと私は、隠したい人は地名をオープンにされることに対してどう思うのかなっていうことを、どうしても考えちゃう。私自身は隠したらいいと思っているわけじゃないんだけど、隠したいっていう人の権利はどう守るのか、守れないのか、守られないのか…。

りゅうし オープンにしたい人と隠したい人がぶつかるね。

たみ そこがひっかかって、私はイマイチ、オープンでいいんじゃない?とは開き直れない。

みどりん だから、「私のことでもあるんだから、勝手にオープンにしないで」って言われたら、謝ると思う。単純に、ごめんなさい、ってなる。

りゅうし でも、出したい私もいると。

たみ 引き裂かれる感じだね。気持ち的にも。

これをまとめると、「個人として自分の住む部落の地名を表明したのだとしても、それは結果的にその地域に住む人すべてを巻き込むことになる。表明したい人と隠したい人の想いは両立し得ない」という数行で済むのかもしれない。

このように上川多実は「カミングアウト=アウティング」だと認識しているが、上川が所属する「ABDARC」の一員であり部落解放同盟山口県連の川口泰司は「カミングアウト≠アウティング」であり「カミングアウトは差別でない」と強弁し続けている。 [38]

なお民進党の蓮舫代表は「二重国籍でないことを証明する」ため戸籍の写しを公開している。これは蓮舫氏自身による自発的な「カミングアウト」であるにも関わらず、川口泰司は以下のように「カミングアウト」を批判している。[39]

部落解放運動に関わってきた川口泰司・山口県人権啓発センター事務局長[40]は「『差別につながる恐れのある個人情報は開示しない』というのが現在の到達点」と語る。蓮舫氏の説明を聞いて「婚外子など事情がある人ほど、戸籍を出すことが怖い。今回の決断は、『出せないなら、やましいことがある』という見方に屈してしまった。マイノリティーの側に立つ野党としての期待が裏切られた」と話した。

カミングアウトを「強要」した部落解放同盟

一ツ橋小学校事件(ひとツばししょうがっこうじけん)とは、1988年から1989年にかけて、高知市立小学校の教諭が部落解放同盟高知市連絡協議会(解同高知市協)から人権侵害を受けた事件。高知市一ツ橋小事件とも呼ばれる。

経緯

1988年1月から同年4月にかけて、高知市立一ツ橋小学校の周辺の電柱などに「おしんエタせんこうしね」「一ツばしエタ先生のヒステリー」などという差別落書が発見された。そして同校には、被差別部落出身者を父親に、高知市教育委員会同和教育課長を夫に持つ女性教諭(以下、女性教諭)が勤務していた(ただし女性教諭自身は部落出身ではなかった)。これに対して解同高知市協(森田益子議長)は、高知市教育委員会と共に、この落書に書かれた教師は女性教諭であると決めつけ、"部落民としての誇りを持てば苦しみがなくなる"と同教諭に部落民宣言を強要。同教諭がこれを拒絶すると、解同側は同教諭のプライバシーに関わるビラをばら撒いた上、同教諭とその身内を"部落民なのに部落民宣言を拒む差別者である"と『解放新聞』紙上や街宣車で中傷し、同教諭とその一族の人格権を侵害した[41]。森田はまた、同教諭が部落民宣言を行わないなら、同教諭の夫を100人の部落解放同盟員で糾弾すると脅迫したという[42]

1989年7月18日、同教諭は部落民宣言を強要されたことによる人格権侵害とプライバシー権侵害ならびに名誉毀損の損害賠償を求め、解同高知市協ならびに森田を高知地方裁判所に提訴。一方、解同高知市協らの側でも、同教諭がこの事件を報道機関に報じさせたことは名誉毀損にあたると主張して反訴をおこなった。

第3回口頭弁論の直前、同教諭は夫を病で失ったが、夫の通夜の晩、解同は朝倉地区解放会館で一ツ橋小学校事件の裁判劇を上演した。この劇は、解放同盟員女性の演じる女性教諭が法廷で発狂し、暴れて床を這いずり回り、解同幹部演じる裁判長から「つまみ出せ」と命じられ、警官によって法廷から引きずり出されるという内容だった[43]

高知地裁(裁判長・溝淵勝)は、1992年3月30日、解同の意を体した高知市教委が同教諭に「部落民宣言」を強要した事実を公に認定し、プライバシー侵害について解同高知市協ならびに森田に50万円の損害賠償と10万円の弁護士料の支払を命じた(ただし謝罪広告の要求については退けた)[44]。一方、解同の反訴は全面棄却された。1994年8月8日、高松高等裁判所における控訴審でも女性教諭側が全面勝訴[45]。この判決は、1997年3月14日、最高裁で確定した。

落書の犯人について

この事件の発端となった差別落書について女性教諭は、

  1. 解同が、落書を書いた犯人の特定ではなく、書かれた者の調査のみを命じたこと。
  2. 落書事件が起る前から、森田益子が女性教諭の主人に対して"妻に部落民宣言をさせよ"と要求していたこと。
  3. 落書の犯人が捕まっていないにもかかわらず、解同が被害者を女性教諭と断定していること。
  4. 1988年1月から同年4月にかけて3回にわたり連続発生した落書が、解同による女性教諭への部落民宣言の強要開始以降、急に止まったこと。
  5. 森田益子が実行したように他人のプライバシーをビラでばら撒く行為は、発想が差別落書と共通していること。

などの根拠により[46]、解同が解放教育の推進を目的として自ら仕組んだものと疑い[47]、法廷でもそのように発言した。この点につき、高松高裁判決(裁判長・上野利隆)は

「なお、原告は、本件講演中で、被告らが原告に部落民宣言をさせることを意図して本件落書をした疑いがある旨の発言をしているが、以下認定の一連の事実経過の下において、そのような疑いを抱くことは一般にあり得ることであり、原告がそう疑ったことは無理からぬところと考えられる」[48]

と述べた。

森田益子の発言

2012年、森田益子は自伝『自力自闘の解放運動の軌跡』(解放出版社)の中でこの事件に触れ、「仏になってもまだ(父親を─引用者註)憎まないといけないというのは、さびしい人生観だなあと今でも思います」「心豊かな人生だったとはとても思えません」「一ツ橋小事件を振り返って、私は一切自分自身が間違っていたとは思っていません」(p.241)と断言している。

なお、この自伝の中で森田は、みずからがビラや『解放新聞』や街宣車で女性教諭のプライバシーを侵害したことや裁判に全面敗訴したことには一言も触れていない。

部落解放同盟による評価

部落解放同盟の立場から編纂された『戦後 部落問題関係判例[解説編]』では、本事件が「一ツ橋小学校部落民宣言『強要』デッチ上げ事件」と呼ばれており、森田の行為が「『反論』ということの性格上、ある程度の限度をこえることはやむをえないであろう」と是認されている[49]

[50]

カミングアウトの強要はアウティングではないのか

部落解放同盟はいまだに一ツ橋小学校事件を「女性教諭による差別事件」として取り扱っている。カミングアウトを拒否する者にカミングアウトを強要する行為は「アウティング」に他ならない。部落解放同盟はアウティングを差別と断罪しているにも関わらず、このような差別行為を正当化し続けているのである。

HUFFPOSTの富谷瑠美は森田益子議長を取材し、以下のように報告している。[51]

「書き捨て」られる苦しみ 部落差別は眠らない

「寝た子を起こすな」――。知らない者はそっとしておけば、差別は自動的に消滅するという考え方だ。部落差別については、古くからそんな考え方が提唱されてきた。しかし近年、そこに波紋を広げているのがインターネットだ。ネットの書き込みは削除しない限り、半永久的に消えることがない。あそこは部落だ、あいつは部落だ、と書かれたらその情報が一人歩きを始める。書いた方はすぐに忘れてしまっても、書かれるほうにとっては深刻そのもの。逃れられないもう一つの「部落」がネット上で広がり始めている。
(取材・文・写真/富谷瑠美)

差別を力に変え、福祉の分野でその力を発揮している人々もいる。

高知市内にある「やさしい里グループ」は、グループホームやデイサービスセンター、高齢者向け住宅など、高齢者福祉関連の施設群。高知市の部落解放同盟の母ともいえる社団法人高知市労働事業協会の森田益子さん(90)によって作られた。

インターネットによる部落のアウティングを差別と断罪する富谷瑠美が、何故アウティングを強要した森田益子を取材したのかは意図不明である。

差別にならない資料の閲覧制限をする図書館の矛盾

部落解放同盟大阪府連役員らが発刊した『40年の歩み』は大阪市中央図書館では閲覧制限図書に指定されている。本書が差別を誘発したり差別目的に利用されたりするものでないのであれば、大阪市立中央図書館はそもそも閲覧制限図書に指定しないはずであり、堂々と公開すべきであろう。著者の許諾もなく著書を差別図書に指定したのであれば、部落解放同盟は大阪市立中央図書館により「差別者」に認定されたのであり、不服があれば名誉毀損を理由に提訴すべきである。

差別にならないはずの資料を閲覧させた図書館を「糾弾」した部落解放同盟の矛盾

広島県立図書館蔵書隠匿裁断事件

「自治体」が「部落差別の解消の為」作成した資料を「図書館に配架」したところ「部落解放同盟」から「差別」だとして「糾弾」された事件がある。 [52]

5−3 広島県立図書館蔵書隠匿裁断事件(1984年)
 1985年1月12日、広島県立図書館で所蔵している「同和行政の実際』(同県民生労働部社会課編 1966年発行)に、同和行政の推進に適切でない部分が含まれていると利用者から指摘された。これは県の同和行政担当者がまとめた部内資料で、問題の箇所は「差別事件の解決方法」という他県の資料の転載部分と、広島県内422箇所の被差別部落の地名・戸数・人口を詳細に記録した部分である。このような資料が、不用意にだれでも利用できる状態で公開されていたことに対し、図書館および行政各部門の同和問題に対する理解の浅さと、関係資料管理のずさんさについて、部落解放同盟から厳しく追及された。
 その追求の過程で新たな事実が明らかになった。県立図書館では1977年以降、一課長が「表現・内容に問題がある」図書を書架および移動図書館から抜き取り、ロッカーに別置していたのである。その図書が1985年1月末で162冊に達していた。同様に受入れを保留していた図書も22冊あった。これらの図書のうち14冊が除籍処分され、35冊が課長によって表紙や表題紙が破り去られ小口が切断されていた。これらの図書の中には、山本政夫、土方鉄、八木晃介らの同和問題に関する資料や『橋のない川』、さらにスモン関係図書などが含まれていた。
 この事実が報道されると、再び図書館界は大きな衝撃を受けた。このような問題が起る背景には、次々と「問題のある資料」について「適切な措置」を求める通知文書を出す県教育委員会の姿勢、そういう資料を充分な検討もなく排除してしてしまう県立図書館の体質、そしてそれを醸成してきた土壌があった。行政や権力からは自由であるはずの県公共図書館協会までも、県教委同和教育課の資料に基づき「差別を助長する問題図書」を県内の公立図書館長に通知する無節操さなのである。実際、県立図書館で閲覧できないように別置された図書を見ると、多少でも部落問題に関わりがあるものと差別用語を含むものを見境無く取り込んでいった形跡がある。とても「国民の知る自由」あるいは「知る権利」を守るべき図書館ないしは図書館員の仕業とは思えないものであった。

[53]

広島県立図書館問題に関する報告
事件の概要
1985年1月12曰,同館所蔵の「同和行政の実際」(広島県民生労働部社会課編 66年刊)に同和行政の推進に適切でない部分が含まれていることを,利用者である部落解放同盟員から指摘された.

『毎日新聞大阪版』(1984年7月31日)は以下のように報じている。

ところが、今年一月、同図書館郷土資料室に県行政の内部資料「同和行政の実際」が配架され、コピーもとれる状態で一般閲覧に供せられている事実が部落解放同盟広島県連から指摘された。これは県下の被差別部落の模様を詳述した資料で、使い方によっては「部落地名総鑑」的な差別性を発揮する。それゆえ解放同盟は指摘したわけだが、図書館側は差別撤廃の社会的要請と表現の自由を対立的にとらえる誤りを犯した。
『毎日新聞大阪版』(1984年7月31日).jpeg

部落の場所を掲載した資料の図書館への配架は部落差別を助長するおそれがあることを部落解放同盟が認識していた証拠となる事件である。部落解放同盟は同和地区Wikiを提訴した裁判において「図書館資料は差別を助長しない」と主張しているが、この主張は自らの差別的言動(「部落地名総鑑」発刊等)を認めたくないが為の場当たり的な言い逃れでしかない。

広島法務局との対立

部落解放同盟広島県連合会は「被差別の地名のみが書き込まれた図書に差別目的以外の利用価値はない」と主張している。経緯は以下の通りである。

2014年5月29日、広島県における委員研修会で広島法務局呉支局総務課長が講演を行い、「『部落地名総鑑』を配っただけでは人権侵害にならない」と発言した。この発言を受け、人権擁護委員が「『部落地名総鑑』の作成そのものが差別であり、(総務課長の発言は)おかしいと思うが、どうか」と異論を唱えた。すると総務課長の上司である広島法務局人権擁護部長は「『部落地名総鑑』を就職差別等を目的に利用したかどうかが問題で、使用しなければ人権侵害にはならない」と答えた。[54]この見解に対して部落解放同盟広島県連合会は抗議文を出し、「被差別の地名のみが書き込まれた図書に差別目的以外の利用価値はない」と主張した。

「部落地名総監」配るたけでは人権侵害にはならない 広島法務局人権擁護部長らが発言 解放新聞2014年7月28日号

「部落地名総監(ママ)」
配るたけでは人権侵害にはならない
広島法務局人権擁護部長らが発言
「解放新聞」(2014.07.28-2676)
 【広島支局】「「部落地名総鑑」を配っただけでは問題にならない」と広島法務局の幹部が耳を疑うような発言をしたことにたいして県連は7月1日、広島法務局を訪ね、「抗議文」を手渡した。
  発言は、5月29日に呉市の人権擁護委員を対象にした研修会であった。講師の広島法務局呉支局総務課長が人権侵害にあたらない例として「「部落地名総鑑」を配っただけでは人権侵害にならない」と発言。それにたいして研修会に参加していた人権擁護委員の一人が「「部落地名総鑑」の作成そのものが差別で、総務課長の発言はおかしい」と指摘した。すると同席していた広島法務局人権擁護部長も「就職差別に利用したかどうかが問題で、使用しなければ人権侵害にならない」と発言した。
  抗議文は、「被差別の地名のみが書き込まれた図書に差別目的以外の利用価値はない」とし、「被差別部落を特定するインターネット等への書き込みに有効かつ効果的な手を打つことができない法務局の防衛的な思いが露見したもの」と批判し、謝罪と信頼回復への方向性を示すよう強く求めている。
  抗議文を受け取った人権擁護部第1課長は、まだ成立もしていない「人権委員会設置法案」が人権侵犯事件を「人権侵害」(個人を対象)と「識別情報の摘示」(不特定多数を対象)に分類しているとし、「「部落地名総鑑」は後者であり、人権侵害ではない」などと詭弁とごまかしの説明に終始した。
  申し入れ後、川崎卓志・県連委員長は、「差別行為をする者を正当化するもので許されない。各自治体で部落の地名を書いてばらまく者が出てきたらどうするのか。今回の発言は人権擁護ではなく差別擁護。反省しない法務局の反人権姿勢を広く県内外に訴えていきたい」とのべた。

『全国部落調査』を公開した大学図書館を差別者呼ばわりしながら部落地名総鑑の図書館公開を正当化する部落解放同盟の二枚舌について

部落問題研究者の鳥取ループ氏は『全国部落調査』を日本社会事業大学図書館で発見し、ウェブサイトに公開した。『全国部落調査』を図書館に配架した日本社会事業大学を、部落解放同盟は差別者として吊し上げ「糾弾」しているそうである。

https://twitter.com/tottoriloop/status/967296326189887489

一方、部落解放同盟は『40年のあゆみ』等の自らが作成した部落地名総鑑は「人権啓発目的で差別図書でない」などと正当化し続けている。自らの差別行為を正当化しながら他者の差別を批判する厚顔無恥で卑怯なやり方は「えせ同和」の名に相応しいものと言えるだろう。

差別の「意図」と「機能」

原告(部落解放同盟)側の弁護士の中井雅人は以下のように述べている。[36]

神奈川県川崎市の出版社「示現舎」(実態は2名の個人)が、大部分が手書きによる「全国部落調査」を活字化する等の編集をし、『復刻全国部落調査部落地名総鑑の原典』(以下、復刻版)と題した書籍を出版しようとしました(2016年4月1日出版予定とされていた)。
「全国部落調査」とは、財団法人中央融和事業協会が1935年に調査し、翌1936年に刊行された内部の調査報告書で、全国の部落所在地、部落名、戸数、人口、職業、生活程度等が記載されています。1970年代に問題になった「部落地名総鑑」と同じく、部落差別を助長し、固定化する機能を有するものです。

部落の地名の公表が客観的に「部落差別を助長し、固定化する『機能』を有する」のであれば、「部落の地名を掲載した」時点で差別図書である。主観的な「部落差別の『意図』」の有無は問題にならない。中井雅人の主張は同和地区Wikiと対立せず、むしろ同和地区Wikiの告発に沿うものである。 部落解放同盟や解放出版社、部落研究者は直ちに部落名を掲載した書籍の出版を中止し、ウェブサイトは閉鎖し、市場に出回った書籍を回収の後、それら書籍やウェブサイトに掲載された部落の住民に対し、プライバシー侵害による損害賠償をすべきである。

出版又はウェブサイトに掲載された「部落地名総鑑」の一覧は部落地名総鑑の頁に記述されている。

部落解放同盟や中井雅人は、

  • 部落解放同盟や行政が作成した部落を暴露する図書は、差別の「機能」があっても、差別の「意図」が無いので容認され、
  • 『全国部落調査』は、差別の「機能」があるので、差別の「意図」が無くとも出版差止すべき

と、差別的な二重基準を設けているのである。

研究、差別解消目的の図書にも関わらず部落差別を助長した事例

『大阪の同和事業と解放運動』

編集者の財団法人大阪府同和事業促進協議会は現在の財団法人大阪府人権協会である。

発行所は奥付では社団法人部落解放研究所とあるが、本の外装には解放出版社とある。これは、社団法人部落解放研究所の出版部門がこの年に解放出版社として分離したためと考えられる。

部落地名総鑑事件の直後であるにも関わらず、同和地区名が躊躇なく記載されている。しかし、この後に出版された大阪府同和事業促進協議会史では、同和地区名が伏せられている。

本書に掲載された同和地区の場所は「大阪府版部落地名総鑑」として何者かがtwitterに投稿し続けていたが、当該アカウントはtwitterから凍結されている。このようにtwitterは本書『大阪の同和事業と解放運動』の内容は差別を煽動する不適切なものであると認定している。[55]

大阪府版部落地名総鑑 @osakaburaku

    Home: https://twitter.com/osakaburaku

    Description: 大阪府内の同和地区名をつぶやきます。出典は解放出版社が3000円で販売した「大阪の同和事業と解放運動」という本です。なお、最高裁判所判例によれば同和地区の住民は差別の対象となります。 部落解放同盟大阪府連が大阪府との行政交渉に使った資料は部落地名総鑑の元ネタの1つです。1人でも多くの人にこのことが知られますように。

なお、本書の発行人である村越末男は部落解放同盟矢田支部副支部長である。部落解放同盟は本書は差別図書に該当しないと釈明しており、twitter社との齟齬が浮き彫りとなった。

『江戸・東京の被差別部落の歴史』

浦本誉至史は著書『江戸・東京の被差別部落の歴史』に江戸時代の弾左衛門屋敷(部落)の地図を掲載している。[56]

著者の浦本誉至史(部落解放同盟東京都連合会執行委員)は以下のように述べている。[57]

最初に届いたのは1万7千円もする歴史の本だった。誰かが自分の名前を騙って注文をしていた。その次はもっと高価な英会話教材や、芝刈り機なんていう品物が続いた。そして「部落民は出て行け」と書かれたハガキが送られてきたそうだ。7年前のことだと東京部落解放研究所の研究員である浦本誉至史さん(44)は言う。彼は部落解放同盟東京都連の機関紙に『江戸・東京の被差別部落の歴史』を執筆していた。犯人は機関紙を読んでると推測できた。それ以降、浦本さんの自宅周辺の住民にも部落民を追い出せというハガキが届くようになったという。「ショックだったのは近所の人たちから出て行ってくれと言われたこと」そのうちの1人は浦本さんのアパートの経営者に何度も苦情を入れていた。あるとき経営者に呼ばれると、差別するつもりはないが部落の人は出て行ってほしいと頼まれた。

本書は部落の地図が掲載されているものの、明白な研究目的の書籍である。それでも部落差別を煽動しており、それを著者自ら証明している。部落解放同盟は研究目的の資料であれば部落の地名や場所を特定できるような情報を掲載しても良いと嘯いているが、それが誤りであることを浦本誉至史は身をもって証明したといえる。

部落差別が解消された事例

『大江戸今昔マップ』

部落解放同盟東京都連合会は古地図と現代地図を重ね合わせることのできる書籍『大江戸今昔マップ』に「穢多村」の表記があり、差別を助長すると告発した。[58] この件に関し

  • 部落解放同盟東京都連委員長・長谷川三郎
  • 部落解放同盟中央執行委員・和田献一
  • 東京都法務局人権擁護部第一課長・東博之
  • 東京都法務局人権擁護部第二課長・北村修
  • 東京都法務局人権擁護部第三課長・中嶋武彦

等が出版社と協議し、白抜きされた地図を出版することで合意した。 [59] [60]

『高田開府400年記念誌』

「高田開府400年祭」の記念誌に古地図や部落名が記載されていたことを石平春彦・上越市議が指摘し、同市は記念誌の販売を中止した。[61]後に「部落差別問題を解説するA4の文書1枚を添付」することで販売が再開された。[62]解説は部落名や部落の具体的場所を今まで知らなかった人にも知らせる内容となっている。この一件は部落名が含まれた書籍・地図を出版するのは解説書を添付することで可能であるという画期的な行政実例となった。

部落の地名の非公表が差別と判断された事例

『部落学序説』

部落史研究で知られるブログ『部落学序説』は以下のように述べている。[63]

部落解放同盟の方の批判に答えて - 部落学序説

この文章は、山口県の部落解放同盟の方から、「差別的」であると指摘された文章です。いままで、数回に渡って書き直してきましたが、「部落解放同盟の方」と「筆者」の間の議論は、決してわかりやすいものではありません。

その結果、筆者は、『部落学序説』第4章の執筆を中断し、第4章のすべての文章を削除しました。その文書は、部落解放同盟の方の筆者に対する不当な要求として認識し、後日、『部落学序説』(別稿)として、この「被差別部落と姓」という文章とともに、再掲上しました。

この「部落解放同盟の方」と「筆者」の間の齟齬の原因となった、「被差別部落と姓」という文章をそのまま温存して、修正・加筆で場をしのごうとしましたが、「部落解放同盟の方」と「筆者」の見解の違いを埋めることは難しく、筆者は、「被差別部落と姓」という文章を全文削除することにしました。

そうすると、筆者の『部落学序説』執筆に対する「部落解放同盟の方」の関与を葬り去ることになってしまいますので、筆者が理解できる範囲で、「部落解放同盟の方」と「筆者」の間の齟齬を明らかにすることにしました。


【部落学序説における地名・人名の取扱い方について】

『部落学序説』執筆に先立って、筆者は、「被差別部落」の地名・人名の実名記載はしないことを明言しました。そして、『部落学序説』の執筆に際しては、その方針を徹底してきました。「部落解放同盟の方」は、『部落学序説』の、被差別部落に関する地名・人名に対する「配慮」は行き過ぎで、返って、「被差別部落の地名・人名は触れてはならない」という差別的発想に陥っている・・・というのです。

彼は、「被差別部落」の側は、「被差別部落」の地名・人名を公表するかしないかの権利をもっているというのです。その立場から判断すると、『部落学序説』の筆者の「被差別部落の姓」についての文章は、彼らの持っている当然の権利を否定することになる・・・、と筆者を批判してきたのです。

『部落学序説』の筆者が、「被差別部落」の地名・人名に対して、実名記載をさけたのは、筆者の「表記規則」という自己規制によるもので、山口県の「部落解放同盟の方」の運動方針を批判したのものでないということはいうまでもありません。

【史料を公開する権利は誰のもの?】

筆者は、「部落史」に限らず、すべての史料は、すべての国民のものであると考えています。近世幕藩体制下の将軍・藩主・藩士に関する史料も、同心・目明し・穢多・非人に関する史料も、すべて、国民の文化的遺産であると思っています。

ところが、こと、「被差別部落」の歴史に関する「史料」の公開については、山口県の教育委員会の方や部落史研究者の方から、「部落解放同盟の方」やその他の運動団体の方に、その「史料」を公開していいかどうかの打診があります。多くの場合は、被差別部落の有力者・知識人がその窓口になるようですが、「部落解放同盟の方」が承認すれば、その「史料」は公開されることになり、承認しなければ、その「史料」は非公開扱いになり、一般の県民が閲覧することができなくなります。

「部落解放同盟の方」が、山口県の教育委員会や部落史研究者から、しばしば、「史料」公開についての了承をもとめられてきたことは想像に難くありません。彼は、「史料」の公開・非公開について、彼なりに、ある種の「権限」・「権利」を持っていること、そして、そのことに彼なりの情熱を注いできたことに対する「自負」の思いがあったのではないでしょうか。

「部落解放同盟の方」が、『部落学序説』の「被差別部落と姓」という文章を読まれて、筆者が、彼らの、これまでの運動を否定していると考えられ、その反論として、『部落学序説』の「被差別部落」の地名・人名に関する姿勢を批判はじめられた背景にはそのような事情があったのであろうと推測されます。

彼は、筆者の『部落学序説』の全文章読むだけでなく、『部落学序説』で引用されているすべての文献を入手されて検証されているということです。今回、『部落学序説』から、部落解放同盟山口県連・山口県高等学校同和教育研究協議会との関連を想定させる文章を削除することをきめたあと、「参考文献」の一覧表を公開しました。その理由のひとつに、『部落学序説』の執筆途中で、執筆の前提となる文献の一覧表公開することで、「部落解放同盟の方」の『部落学序説』に対する批判を容易ならしめる・・・というのがあります。

しかし、そのことは、「部落解放同盟の方」の批判を、無条件に『部落学序説』に反映するというものではありません。むしろ、まったく逆で、そのことを通して、「部落解放同盟の方」に、彼と筆者の間の視点・視角・視座の違いを認識してほしいだけです。

『部落学序説』の筆者は、これまでの、部落研究・部落問題研究・部落史研究に従事してきた学者・研究者・教育者のように、部落解放運動の基本方針やその運動の枠組みの中で、その部落解放運動を支援・補強するような形で、研究をすすめ、『部落学序説』の執筆を継続していくことはありません。

筆者は、無学歴・無資格(部落解放運動が価値を認めない)の「しろうと学」として、運動団体の運動方針や、日本の歴史学に内在する差別思想である「賤民史観」に依拠することなく、「被差別部落」に関係する史料・伝承の批判的検証を通じて、『部落学序説』を展開していきます。

山口県の「部落解放同盟の方」にとって、この『部落学序説』に関する極度の「思い入れ」は、「部落解放同盟の方」にとっても、『部落学序説』の筆者にとっても、このましいものではありません。筆者の『部落学序説』の差別性や論理的矛盾を批判することで、『部落学序説』を「廃刊」させるため多くの時間をさくより、「部落解放同盟の方」の独自の運動論・歴史理論を展開された方が、双方にとって、より多くの果実を入手することだできるのではないでしょうか・・・。

孤軍奮闘しながら、『部落学序説』を執筆している筆者と違って、「部落解放同盟の方」の背後には、県内外に、多くの学者・研究者・教育者がおられるのですから・・・。

INDEX(目次) - 部落学序説

【部落学序説】(別稿)

※「部落解放同盟」の方から、被差別部落の人名・地名の実名記載をしないのは、被差別部落の地名・人名をタブー視することで返って部落差別を助長するとの指摘を受け、執筆を中断した『部落学序説』旧第4章の文章群です。筆者は、検証の結果、33年間15兆円を費やして実施された同和対策事業・同和教育事業終了後も、部落差別が現存している状況に鑑み、今後も、被差別部落の地名・人名は実名記載しないのが妥当と判断しましたので、一端削除した文書群を再掲することにしました。『部落学序説』が被差別部落の地名・人名の実名記載に踏み切るためには、まず「部落解放同盟」の方が地区・人名の一覧表を公開されることが必須です。筆者は、その一覧表に則して、合致する地名・人名がある場合には地名・人名の実名記載を敢行します。

7.被差別部落と姓

      「部落解放同盟の方」の批判に答えて(旧文書名:「被差別部落と姓」)

1.はじめに - 被差別部落の地名とタブー

『部落学序説』の筆者の頭の中にある「被差別部落」は、近世幕藩体制下の司法・警察であった非常民として、空間と時間を超えて、場所と歴史を超えて、普遍的に存在していた、今日「被差別部落」という概念に集約されてしまった「穢多」の在所のことです。つまり、『部落学序説』の描く「穢多村」は、部落解放同盟新南陽支部のある旧徳山藩北穢多村に還元しつくしされることは本質的にありえないのです。

『部落学序説』の章立て・内容を、部落解放同盟新南陽支部の部落解放運動の枠組みの中に縮減させようとする試みは、『部落学序説』の筆者に対する不当な介入でしかありません。

部落解放同盟新南陽支部のブログ『ジゲ戦記』は、部落解放同盟新南陽支部の部落解放運動の本質を示しています。その名称通り、所詮、かりものでしかありません。部落解放同盟新南陽支部は、部落解放運動のまねごと・・・、それに終始してきたのではないでしょうか。

『部落学序説』の筆者の、部落差別を完全解消に追い込みたいという熱意は、部落解放同盟新南陽支部の及ぶところではありあません。

部落解放同盟新南陽支部の「当事者-部落民の自主運動を否定するような論法におちいっている」という批判の根拠になっている、被差別部落の地名の取り扱い方は、戦後の部落解放運動の中で、部落解放同盟が主張し続けてきたことではないでしょうか。被差別部落の地名を不用意に取り上げているということで、部落解放同盟から差別事件として糾弾を受けた学者・研究者・教育者も少なくありません。被差別部落の「地名」をタブー視しつづけ、被差別部落の「地名」を部落研究・部落問題研究・部落史研究に際しても禁忌状態におき続けてきたのは、とりもなおさず、部落解放同盟自身です。

●部落解放同盟新南陽支部のある被差別部落に関する資料は破棄・・・ - 田舎牧師の日記

今日、部落解放同盟新南陽支部のある被差別部落に関する史資料は、すべて破棄しました。

『部落学序説』とその関連ブログ群を、リライトして出版するとき、部落解放同盟新南陽支部とその被差別部落に関する言及はすべて削除することにしています。

また、筆者のブログ『部落学序説』に対して、一部の読者の方からの誹謗中傷・罵詈雑言に満ちた批判も同じく削除することに・・・。それらの批判が、筆者に何ももたらさなかったのは、それらの批判が、終始一貫して、筆者が差別思想と断定する賤民史観に依拠した批判でしかなかったからです。

<賤民史観>に依拠する限り、被差別部落住民にとって、ふるさとは、離れることによってしか、それにまとわりつく差別の鉄鎖から解き放たれることはないのでしょう。

●不思議な世界・・・ - 田舎牧師の日記

今振り返ってみますと、実に不思議な世界です。

筆者、27年前、日本基督教団西中国教区の小さな教会に赴任してきてはじめて、部落差別問題とかかわるようになりました。そして、設立したばかりの西中国教区部落差別問題特別委員会の委員をさせられるようになり、4期8年、その委員として、部落差別問題に取り組みました。

筆者、部落差別問題については何も知らなかったので、<わからないこと・・・>はすぐ、関係者にたずねることにしていました。筆者の質問に一番戸惑われたのは、当時の部落解放同盟山口県連の松浦委員長でした。

松浦委員長から、<君、ほんとうに部落差別のこと知らないの? それで、委員させられているの?>と問いかけられることが何度かありましたが、筆者、<はい、ほとんど知りません・・・>と答えるのみでした。松浦委員長・・・、ストレートに質問してくる筆者にていねいに答えてくださいました。そして、部落解放同盟の同和地区調査や対市交渉・対県交渉などの場面にも陪席を許してくださいました。

もちろん、部落解放同盟新南陽支部の支部長・書記長の方々の<支援>があったためですが・・・。

しかし、あるとき、差別事件があり、その対県交渉のときの筆者の文章が問題になり、筆者、山口県連の諸集会に参加することを禁止されてしまいました。松浦委員長からいわれたのは、<君は、徹底的に差別意識・差別行為を追求することをよしとしているようですが、我々の運動は、そのこと自体を目的としていない。差別事件の真相解明ではなく、差別事件を通して、部落差別の解消のため行政にいろいろな施策を要求する行政闘争を目的としている。部落差別について何も知らなかった君が、部落差別完全解消のためにいろいろ調べるのはいいが、部落解放運動とはなじまないので、今後、部落解放同盟山口県連の集会・行事に参加することは自粛するように・・・>ということでした。

部落解放同盟山口県連といえば、部落の地名を公表する差別サイトであるとして同和地区Wikiを提訴までした川口泰司の所属団体である。「部落差別」に関する見解が真逆の人物がいるとなると部落解放同盟山口県連としての統一的な見解を示せなくなるのではなかろうか。

当の部落解放同盟新南陽支部員のブログ『ジゲ戦記』は以下のように述べている。[64]

 グーグルの新サービスは、古地図を現在の地図と重ね合わせることができるという。それが新たに人権侵害につながると部落解放同盟が抗議しているらしい。 

 昨今の江戸ブームと中高年の歴史散歩ブームを念頭においたサービスであろうと想像する。

 歴史好きにとっては、知的好奇心を刺激されてとてもうれしいサービスである。

 現在の日本の地図でも、被差別部落をたどろうと思えば簡単にできる。それなのに、なぜ、古地図をたどってはいけないと言うのだろう。

 思うに、彼らは「穢多の在所」を消すことのできない染みとみるからだろう。わたしにはそれがただの記号にみえる。それも、部落差別を無化する記号に。

 古地図の穢多の在所と現在の被差別部落が重なれば、その被差別部落は江戸時代から存在する古い部落だというのがわかる。重ならなければ、明治以降につくられた新しい被差別部落だということだ。

部落解放同盟新南陽支部員が何者かを『部落学序説』は明かしていない。但し、関係性は不明なものの、『部落学序説』は「部落解放同盟新南陽支部」について以下のように言及している。

田所蛙治に関する一考察(2の2) - 部落学序説

田所蛙治氏に類似した人に、部落解放同盟山口県連新南陽支部の福岡秀章氏がいます。

彼も、自らを研究者ではなく運動家であるといいますが、その言葉と違って、彼の書斎には、部落解放運動に関する貴重な資料が多数並べられています。時々、貴重な蔵書をお借りして読ませていただいたことがありますが、研究者ではなく運動家に過ぎないという言葉と違って、その研ぎ澄まされた感性は、部落史研究者のとうてい及ぶところではないと思っています。

一方、『部落学序説』は公表した研究内容に「被差別部落の地名・人名の実名記載をしないこと」が差別的だと「部落解放同盟山口県連新南陽支部」の一員から批判された為、削除した旨公表している。当該人物が福岡秀章かどうかは不明である。しかし川口泰司とは真逆の批判を受け『部落学序説』は研究自粛を余儀無くされており、川口泰司は部落解放同盟山口県連書記長として何故『同和地区Wiki』を批判した場合と真逆の理由で『部落学序説』が表現規制を強いられたのか、説明責任があるだろう。

『南海大震災誌』復刻版

 高知県が発行した南海大震災の県下の被害を伝える「南海大震災誌」(昭和24年)の復刻版に賤称語が記載されていた事件で、高知県は賤称語を削除する方針であった。しかし野島達雄ら部落解放同盟高知県連は「削除するのはおかいしい」と賤称語の記載を残すことに固執する要求をしている。長谷川三郎ら部落解放同盟東京都連が江戸時代の地図に賤称語が記載されていたのを削除要求した事件とは真逆の対応である。このように書籍への賤称語の掲載を「差別」とするか否かの統一的な判断基準を部落解放同盟は提示していない。部落解放同盟は賤称語を記載しても差別として糾弾されるリスクがあり、記載しなかったとしても差別として糾弾されるるリスクがある状況を生み出しており、双方のリスクを回避・規制しようとすればあらゆる表現、出版は不可能となるであろう。[65]

2005年4月19日

「差別表現削除するな」? 部落解放同盟県連が南海大震災誌復刻版の不適切表現で県に要求 「賤称語残し」に固執 
     南海大震災誌復刻版 一部修正して再配布されることに

 県が昨年12月に発行した南海大震災の県下の被害を伝える「南海大震災誌」(昭和24年)の復刻版に一部不適切な記述があった問題で、部落解放同盟高知県連(野島達雄委員長)の要請に基づく県との話し合いが4月19日、高知市内でもたれました。不適切な表現を削除する県の方針に対し、解放同盟側は「削除するのはおかいしい」と賤称語の記載を残すことに固執する要求をしました。県からは十河清・企画振興部長、宮崎利博・危機管理担当理事、解放同盟からは野島委員長、山戸庄治書記長、藤沢朋洋・中山研心高知市議らが出席しました。

 「復刻版」は約1000ページにも及ぶ膨大なもので、当時の被災の様子が克明に記されていることから、震災への備えを県民に啓発するために県危機管理課が復刻して発行したもの。問題の箇所は2カ所。県は県民から指摘を受けて特定の地域を指した「差別を助長するおそれがある表現」(十河部長)を削除したうえで再配布する方針を集団的な討議を重ねて決定しています。

 不適切な表現が記載された要因について危機管理課は「事前に全文を読んでいなかった。怠慢だった。古い文書は現在の人権意識に配慮していないという視点がなかった」と事前のチェックができていなかったことを陳謝。十河部長は「(部落問題の)歴史を伝える本であればきちんと書く責務があるが、この復刻版は南海大震災の恐ろしさを一般県民に広く知ってもらうためのPR用資料であり、問題のある記述を修正する行政としての対応を理解してもらいたい」と県の考え方を説明しました。

 解放同盟側は「問題のある表現を見過ごしたことに県の体質があらわれている」と県の人権問題への「意識」の不十分さを追及する一方で、「(問題の箇所を)隠しても問題の解決にならない。隠蔽ではないか。生きた教材にすべきだ」と県の削除方針に強く反発。注釈を加えるなどして原文のまま配布するようこだわりましたが、県は規定方針通り問題箇所を削除して再配布する構え。また解放同盟側は「痛みを受けた被差別当事者に一言も謝罪がない」などと、該当地域の解放同盟支部に県から連絡がないことを問題視し、「被差別当事者」=部落解放同盟という立場を繰り返しました。

 解説
 南海大震災誌復刻版に不適切な表現があったことが判明したのが今年2月。特別措置法の期限切れから3年経過し、「同和行政」が終結したなかでの「事件」対応は県人権行政の真骨頂が問われるものであり、対応の内容が注目されました。過去の県行政では、「事件」が発覚すれば反射的に解放同盟に連絡し、確認学習会に県幹部をはじめとする多数の職員が参加。「行政の差別性」を糾されて、啓発の強化を確約するというパターンが繰り返されてきましたが、今回の県の対応は解放同盟ペースではない主体的なもので、今後の教訓になるものでした。

 この日の解放同盟側の要求は、県行政の「意識」の不十分さの追及よりも、問題の記述を「削除せず残せ」ということに力点が置かれていました。県は問題のあった記述の具体的な内容について、解放同盟のくり返しての要求にもにもかかわらず内部の対応方針が固まるまで明らかにせず、この日の席上初めて内容を解放同盟側に知らせ話し合いをしています。県庁内部では人権課を中心に橋本大二郎県知事も加わった人権施策推進委員会を開き、集団的に対応を協議して修正内容を決定。県人権課は記述のあった自治体に事情を説明していますが、解放同盟に「詫び」を入れるようなことはしておらず、「被差別当事者」=解放同盟とは認めていない対応をとっています。

 解放同盟が賤称語を削除することに抵抗するのは今回に限ったことではありません。学校で児童生徒に賤称語を教えておいてふざけて発言すれば「差別事件」と大騒ぎする、「差別落書き」を消すのではなく保存して差別の厳しさを「証明」する教材にするため写真を機関紙に掲載するなど、部落差別の解消と逆行する解放同盟の基本方針と同一線上のものです。

 県民が広く目にする冊子に不適切な表現があれば、なくすのは当然。震災対策の啓発に特定の地域を「ここはかつて被差別部落だった」と蒸し返す必要はありません(当該地域は地元解放同盟幹部も被差別部落とは知らなかった)。解放同盟の「差別表現を消すな」という主張は、多くの県民や「いつまで部落民扱いするつもりか」という思いを持つ多くの旧同和地区住民にも受け入れられるものではないでしょう。

『名古屋市史』復刻版

[66]

5−2 『名古屋市史』復刻版問題(1979年)
 1979年10月23日に復刻、配本された『名古屋市史』(大正4年〜昭和9年刊)の風俗編について、名古屋市同和対策室が、被差別部落を示す地名と差別表現があることを発見し、復刻版発行元の出版社に問題箇所を削除し白紙にして出版し直すよう指導し、出版社もすでに販売したものを回収することに同意した。図書館には「市史の中で問題のある巻の利用は研究者などに制限し、住所・氏名・利用目的をたずねること」と依頼してきた。
 図書館では、資料の部分削除の問題および利用者の秘密保持について異議を表明すると同時に自由問題委員会を開き、先行した『目黒区史』問題 や部落問題の資料集を作成して全職員に配布し検討と研修を行い、一方では部落解放同盟愛知県連や愛知県部落解放連合会の意見を聞いた。「一括削除は差別の歴史的事実の抹消につながり、解放の戦いの源流を否定することに通じる」という意見も出て解放運動団体も対応を変え、完全復刻の方向に向った。1980年5月、名古屋市は「名古屋市史復刻版の取扱いについて」という方針をあきらかにし、次のような基本的な考えに基づいて「あとがき」をつけて、完全復刻の形で続刊されることになった。
  差別的表現があっても、歴史的事実として、手を加えることなく、原文のまま復刻出版する。
  ただし、いたずらに差別意識を助長することのないように、あとがきで解説する。
  内容は、史料から封建支配の実態を正しく読みとり、同和問題を理解できるものとする。
 「あとがき」は行政の主体性において解説する。
 「あとがき」は、問題が指摘された風俗編・政治編二・地理編・地図編に付され、全巻が完全復刻された。図書館では、「あとがき」のある復刻版は開架し、「あとがき」のない旧版は閉架資料とした。

タウンページは差別図書か

gooタウンページは全国の「部落解放同盟」「隣保館」等の住所一覧が検索可能であり、地図まで表示可能である。

部落解放同盟は自らは部落解放同盟員や部落の住所を公表しないと説明しているにも関わらず、何故このような差別的な住所一覧が作成されたのかについては以下の可能性が考えられる。

1.NTTタウンページやgooが部落解放同盟の許可得ずに部落解放同盟の場所を掲載した可能性。

 この場合、部落解放同盟はプライバシー侵害を理由にNTTタウンページ、gooを提訴すべきである。NTTやgooのような大企業は提訴せず、逆に彼等による差別の実態を告発する同和地区Wikiを提訴するのであれば、部落解放同盟は部落差別の片棒を担ぎ、個人を恫喝するような「スラップ訴訟」を是認する組織ということであろう。 [67]

2.「部落解放同盟は部落の住所を公表しない」という部落解放同盟の説明が詭弁である可能性。

 この場合、部落解放同盟は自らの意思で住所をタウンページに掲載したのであり、部落解放同盟はNTTタウンページやgooに損害賠償する権利を保有しない。むしろタウンページというNTT加入者全戸に配布される資料に部落解放同盟の住所を掲載したことで、その周辺住民を「部落民」だと暴露(アウティング)しており、周辺住所に対しプライバシー侵害により損害賠償を支払う義務があるだろう。

3.「部落解放同盟」の所在地が部落ではない可能性。

 部落解放同盟大阪府連合会はの現在の所在地は「大阪市港区波除4-1-37」であるが、そもそも大阪市港区に部落(同和地区)が存在しないことは、部落解放同盟や大阪市が発行した資料により明らかである。このように、部落解放同盟の事務所があるからといって部落というわけではなく、gooタウンページのように部落解放同盟所在地一覧をインターネットに掲載しても部落差別には該当しない。よって部落解放同盟がNTTタウンページやgooを提訴しないのも当然の帰結である。

しかし、同様に部落解放同盟事務所一覧を掲載した同和地区Wikiを提訴した理由について部落解放同盟は説明が求められる。

部落を問い合わせるのは差別なのに教えるのは容認されるのか

部落解放同盟員のつばめ次郎こと川口泰司は以下のように述べている。[68]

③「全国部落調査は様々な部落研究の書籍で引用されている」
「同和地区の地名が列挙された書籍は行政や債権者(解放同盟)の関係団体から出版されている」のに、なぜ自分たちはダメなのか。
  
➡行政や解放同盟・関係団体の部落関連の書籍について、
「同和問題に関わる行政資料であるか、特定の都道府県内の同和地区にかかる調査・研究資料、同和問題に取り組む団体の報告資料等であり」
    
「一部の同和地区について、当該調査・研究等に必要な限りで、同和地区の地名等を記載したものであって、本件出版予定物とは、趣旨及び内容のいずれにおいても異なる」と、示現舎の主張を否定。

このように部落解放同盟は『40年の歩み』『50年のあゆみ』『群馬解放』『差別とのたたかい』は「一部の同和地区について、当該調査・研究等に必要な限りで、同和地区の地名等を記載したもの」である為、出版・頒布・図書館における閲覧は差別でないとの見解を示している。このような書籍を図書館等で閲覧することで興信所や(行政書士、司法書士でない)無資格者でも容易に同和地区の場所を調べられることを部落解放同盟は差別とは認識しておらず、容認していることが読み取れる。

部落の場所を部落解放同盟や行政に「問い合わせる」行為は、たとえ一箇所であったとしても、また部落の場所を教えてもらえなかったとしても、厳格に差別事件として扱い、部落解放同盟は問い合わせた者に反省を要求している。[69]一方で部落解放同盟は部落の場所を「公表」する行為については多数の場所であったとしても、「調査・研究」を理由に容認しており、「問い合わせる」行為に比べ「緩い規制」であることが窺える。部落の「公表」は差別的意図を持つ者も含む不特定多数が知る結果になるにも関わらず、「問い合わせる」ことに比べて非対称に、緩く運用されているのは、部落解放同盟が「差別の基準」を恣意的に決めている為である。

部落地名総鑑は「買った側」が悪いのか

部落地名総鑑「40年のあゆみ」の著者の一人である大賀正行[70]は以下のように述べている。[71]

部落解放研究所第4回合宿総会基調提案 ”76年部落解放研究の課題と方向 --「人権年」を闘い取ろう 大賀正行
この中で今一番、中央本部が狭山闘争のとりくみと並行して力を入れているのが、『部落地名総鑑』『特殊部落リスト』の糾弾であります。中央本部が全国的に指導して、法務局はじめ行政交渉及びリスト購入の企業の糾弾をすすめています。

このように大賀氏は述べているが、一方で大賀氏自身は部落地名総鑑を作っていた。部落地名総鑑を「作る」「売る」のは差別では無いが、「買う」のは差別であるという見解か。

小林健治は以下のように述べている。[72]

大阪府連の上田卓三委員長、向井正書記長、山中多美男政治共闘部長らが先頭に立って、この人事極秘『部落地名総鑑』の発行者「京極公大」こと「坪田義嗣」をさがしだし、直接、糾弾している。 

しかし後に大賀正行自身が部落地名総鑑『市同促協創立40周年記念誌 40年の歩み』の作成に携わっている。この件について大賀正行は一切弁明せず、大賀正行の実弟・山中多美男も大賀正行を一切批判・糾弾していない。同和地区Wikiを閲覧している部落解放同盟員も同様である。本書が大阪市の全同和地区を列挙した部落地名総鑑であるにも関わらず、部落地名総鑑を批判する支離滅裂な記述がある。[73]

 さらにこの9月には府下子ども会活動の急速な盛り上がりをうけて、「部落解放子ども会大阪連絡協議会」が設立、「すべての子どもを子ども会に」「すべての地区に子ども会を」のスローガンのもとに活動が展開され、府下すべての子ども会が結集されていくことになります。市同促協は当初子ども会事業に力をそそいでいた関係もあり、現在まで密接な連携を保っています。
 1974年(昭和49)年には再び衝撃的な事件が発生します。全国の部落の所在地を表した「部落地名総鑑」が何者かの手によって出版され、全国にわたって売られているという事実が大阪で発覚します。運動側は大阪法務局やこれを購買した企業に対し、激しい抗議運動を展開することになりますが、この抗議・糾弾行動を通して、この地名総鑑を購入した企業の反省に至り、これまで弱かった企業界へのとりくみと啓発が重視されていきます。またこの事件をとおしてこれらの企業が集まって、同和問題にとりくむ連絡協議会を設立(同企連)することになります。さらにこの後、地名総鑑に端を発して当初100名以上、大阪市ではその後30人以上の社員を擁する企業に同和問題の推進員を配置することが義務付けられ、「大阪府同和問題企業推進協議会(企同連)」も設立されるようになりました。

同和問題にとりくむ連絡協議会(同企連)について、部落問題研究家の鳥取ループは以下のように報告している。[74]

 さらに「大阪府下同和地区現況・大阪府下日共民青他全左翼組織一覧リスト」(第4の部落地名総鑑)という書籍も問題にされたが、これは実のところ部落解放同盟大阪府連合会が大阪府に出した解放同盟支部の一覧が元ネタになっていた。

 しかし、1977年5月10日に部落解放同盟の関連団体である「社団法人部落解放研究所」の出版部門(現在の解放出版社)から発刊された「大阪の同和事業と解放運動」には、「大阪府下部落概況」として大阪府下の同和地区の地名、戸数、職業がリストとして掲載されている。

 そのため、特に「第4の部落地名総鑑」に対しては企業側の反発もあった。特に日本生命は、部落解放同盟が作成した同和地区リストがそのまま使われたことを指摘し、「これは部落地名総鑑ではない」という趣旨の説明をしていたという。しかし「買った意図が問題」ということで、容赦なく糾弾の対象とされた。

一方、『全国部落調査』の復刻版について部落解放同盟は出版差止請求している。『全国部落調査』は部落研究の基礎資料として部落問題研究者に利用され続けているにも関わらずである。部落地名総鑑を「買う側」が差別者になる場合とは何か、「売る側」が差別者になる場合は何か、部落解放同盟は明示していない。しかし一連の事件から推察可能である。

『部落解放同盟が認めない部落地名総鑑の売買は差別であり、認めれば差別にならない。』

差別か否かの客観的な基準など存在しない。部落解放同盟による主観的・恣意的な判断で差別か否かはすべて決まるのである。これが部落解放同盟の『本音』である。

部落の地名の公開は正当とする部落解放同盟員の存在

部落解放同盟大阪府連住吉支部の住田一郎氏は以下のように述べている。

インターネット上での公開

 次に、公刊された部落問題を扱う書籍の内容をインターネット上に掲載した場合、それは部落差別を社会にふりまく悪質な部落差別問題となるのだろうか。具体的に話を進めよう。鳥取ループというWebサイトに『大阪市同和事業促進協議会10年の歩み(1963年)』(以下『10年の歩み』)から、大阪市内の被差別部落の所在地を地図上に明示したページがそのまま「大阪市内の同和地区一覧」とのタイトルで現時点においても公開されている。

 「大阪法務局からブログ運営会社経由で削除要請がきました。下記記載の情報を掲載することは、同和地区住民に対する差別を助長する行為に該当するもので削除願います。」との削除要請がきたことを主催者は紹介する。同時に、主催者は大阪法務局に問い合せた事実を基に、「法務局によれば、『これは「お願い」であって行政指導ではない、従う義務はない』」「『ネットに同和地区の場所を書いても、削除要請には従わなくてもよい』と大阪法務局のお墨付きが得られました」ので、引き続き公開する、と宣言する。

 この『10年の歩み』から引用して、鳥取ループは被差別部落の顕在化を目的として「大阪市内の同和地区一覧」名でネット上に公開した。引用されたネット上の内容が部落差別を助長するというなら、原資料である公刊された書籍の内容は部落差別を誘引することにはならないのかとの疑問が起こる。ネット上の公開は、その影響力において小部数の書籍よりはるかに大きいが、公開されるという点では質的影響力に違いはないからである。

 私は公刊された『10年の歩み』(私の父は大阪市同促協の理事を勤めており、そのときに書いた著書である)は、当時の被差別部落の厳しい実態を、その改善に取り組む地区住民及び大阪市当局の動きに則して紹介するものであり、公開(広く読まれること)が前提とされており、ネット上に掲載されることも問題はないと考えている。

 しかし、私の立場(被差別部落をオープンにすることやカムアウト)に対する強力な批判が存在する。その批判の要点は「部落差別等」を禁止する国内法が存在しない中で、被差別部落・部落民を明らかにするカムアウトの提唱は、結果的に部落差別を拡大することにしかならない、ということらしい。しかしながら、一切のタブーを廃して被差別部落・部落民をオープンにすることと、部落差別がなされることとは本来次元が違う問題である。カムアウトすること、また被差別部落・部落民がオープンにされること、は差別を惹起するが故に、オープンにされてはならないのなら、極端にいうなら、被差別部落・部落民に関する古地図・文献・映像等々も一切オープンにされてはならないことになってしまう。それに対して、自主規制として「研究者のみ閲覧可」としていると抗弁するのだろうか、しかし、研究者と一般読者とどの様に仕分けするのか、そもそも何をもってその文献の内容が「部落差別」であり、「部落差別」を誘引するといえるのか。その議論もオープンにされないままでは疑問が増すばかりである。少なくとも、私にとって私の住む場所が被差別部落であると知られること、私が部落民であると明らかにされることは客観的事実でしかなく決して部落差別ではない。

[75]

 1)部落かどうか尋ねること。

 2)部落かどうか調べること。

 3)部落かどうか教えること。

 1)はダメで、2)「部落かどうか調べること」、これもダメだというのです。これ調べることは不可能じゃないです。国家行政に行けば殆んど揃っていますから、見ようと思えば見られるのです。これは閲覧自由ですから、『同和はこわい考』に関しては封書にしてありましたが、広島のある図書館では『同和はこわい考』は見せなかったそうですが、そんなあほなことをやったそうです。3)ですが、「部落かどうかを教えること。」教えない、これが一番罪なことと思いますね、何故かと言えば、「住吉は部落ですか」と聞いたときに、わたしは「うんそうだよ」と答える、部落民だということがあるからかもしれないけれど、ところが皆さんが、私が名乗って言うわけですから、「聞いたけれど住吉って部落ですか」とみなさんが聞かれて「うんそうや」と答えたら、「部落かどうか教えた」ことになりますから、差別者になるわけです。これでいえば、われわれの口を閉ざすだけじゃなくて、部落問題を解決しようとしている人の口まで全部閉ざしてしまう。こんなことおかしいとぼくは思って反対しています。

[76]

 最近、学生のプレゼンテーションで知ったのであるが、以前からあった「鳥取ループ」による大阪市内の部落の明示だけではなく、インターネット上では市町村に所在する部落(同和地区)の検索はいとも簡単に行えるのである。ちなみに、「鳥取ループ」とは別のルートから検索すると、私の地域もすぐに画面に映し出すことができた。ご丁寧にも、出典まで書き込まれており、その多くは部落解放同盟が設立にかかわった解放出版社によって発行された書籍やパンフレットなのである。それらの出典から客観的事実にかぎった引用なので、その引用をもって「部落差別」とは断定できないであろう。引用が「部落差別」とされるなら、引用元である発行された書籍やパンフレットも「部落差別」の誘因とされるのではないか。戦前、全国水平社は差別用語や部落地名総監のようなリストですら、研究者が使用して研究することを部落差別として糾弾することはないと言明していた。しかしながら、この研究者とそれ以外の人々との線引きは可能なのだろうか。また、今回のように、研究者によって記された書籍から「部落リストにつながる内容」等を利用する、引用することは「部落差別」と言えるのか。そうではなく、部落差別をする意図で、研究者が明らかにしたリスト・資料等を使うことが部落差別なのだとの反論が聞こえてきそうだが、では、「部落差別をする意図」がある、ないとの判断はいったい誰が行うのか、またその判断は簡単にできるものなのか、との疑問が起こる。

  私は以下の三点によって、部落の所在地はオープンにされるべきだと考えている。

  ①全国水平社が研究者に差別用語も含め、部落の地名明示について門戸を開いた時点で、被差別部落の所在地についてオープンにされたものと考える。いうまでもなく、水平社創立宣言には「エタであることを誇り得る時が来たのだ」と謳っている。

  ②1969年の「同和対策事業特別措置法」下の33年間、被差別部落は対策事業の受益者として、被差別部落である事実を部落住民は受け入れてきた。それ故、各自治体への「同和対策事業によってつくられた施設の所在地はどこですか」との問いに、自治体側は拒否できず、明らかにせざるを得ない。

  ③もともと被差別部落は地域社会に根差した差別事象である点から考えるなら、地域社会において「明示する」ことに蓋をしつづけることは困難であり、むしろ私たち自らが積極的に「寝た子を起こすな」とする人々と闘ってきた運動にも逆行するものである。

[77]

 部落解放同盟員の『一部』は同和地区Wikiに対し、部落(同和地区)の場所を掲載することは部落差別を助長するとして、『部落解放同盟に対する業務妨害』を理由に『損害賠償請求』しているが、住田一郎氏のような存在を無視していることが窺える。

 部落民でないことを明示した上川多実や、部落民を明示していない藤川正樹(部落解放同盟神奈川県連伊勢原支部支部長)、片岡明幸(部落解放同盟埼玉県連委員長)が同和地区Wikiを提訴した一方で、住田一郎氏は自身が部落民だとカミングアウトした上で、部落の明示は差別でないと主張しているのである。

  • 「部落の明示は差別である」と主張する者が部落民を名乗らず、
  • 「部落の明示は差別でない」と主張する者が部落民を名乗る。

「部落」を差別しているのは、実は「部落の明示が差別である」と主張する者ではなかろうか。

『関西大学人権問題研究室室報』(第48号、関西大学人権問題研究室)「部落解放研究第45回全国集会に参加して」(住田一郎)
『関西大学人権問題研究室室報』(第48号、関西大学人権問題研究室)「部落解放研究第45回全国集会に参加して」(住田一郎)
『関西大学人権問題研究室室報』(第46号、関西大学人権問題研究室)「被差別部落の明示は差別なのか」(住田一郎)
『関西大学人権問題研究室室報』(第46号、関西大学人権問題研究室)「被差別部落の明示は差別なのか」(住田一郎)

部落解放同盟による部落地名の暴露

部落解放同盟が作成に関与した「部落地名総鑑」には以下のものがある。


組坂繁之・部落解放同盟執行委員長は

例えば私の組坂っていう姓はね、これはだいたい『由緒正しい』部落民の名前なんですよ
中世の坂ノ者以来の『由緒正しい』部落民ではなかろうかと誇りを持っておりますけどねえ(笑)。しかし、昔は誇りを持てなかった。組坂っていったらね、私の町では部落と分かるんです。

と、「組坂」姓が部落姓だと暴露している[78]。なお組坂繁之は「被差別部落に伝える民話」と題した寄稿で、「目をつぶったお地蔵さん」という民話を紹介している。本書で「河上(筑後川より河北の地域をいう)御井郡井上村の高松八郎兵衛さんちうお方は、わずか四歳のお孫さんまでが首ば切られちですのう…。」と紹介し、福岡県小郡市井上を部落だと暴露した。[79]

部落解放同盟中央書記長・西島藤彦は、あろうことか被差別部落の地名を自ら公表している。西島氏は

「井手の部落史を学ぼう!」

という講演会を開催したり、 [80]

「おいで(井手)やす、ふれあいの集い」

というイベントを開催したりしたことで [81] 「京都府綴喜郡井手町」が部落だと暴露したのである。

部落解放同盟国立支部支部長・宮瀧順子は

今そこには、「同和」対策事業の一環として建てた「下組公会堂」がありますが、私が小学校一、二年くらいまでは、狭山事件に出てくる荒神様のような感じでまつられていました。下組公会堂を建てる際に白山様をすこし動かして、その後に現在の公会堂が建てられました。

として、「谷保下組公会堂」(東京都国立市谷保4133-11)周辺が同和地区だと暴露している。 [82]

部落解放同盟東京都連合会委員長・長谷川三郎の娘であり原告の上川多実は[83]

BURAKU HERITAGEのなかにも働いているメンバーがいるが、大阪府箕面市の部落「北芝」には「暮らしづくりネットワーク北芝」( http://www.hcn.zaq.ne.jp/kurashi-net/ )というNPOがある。

として、大阪府箕面市北芝の部落を無神経にも暴露している。[84][85]上川は部落出身ではなく、北芝に住んでいるわけでもない為、北芝地区の暴露は自発的なカミングアウトでなく(部落差別だと部落解放同盟が主張する)アウティングに該当する。

部落解放同盟山口県連合会書記長・川口泰司は

1978年 愛媛県宇和島市の被差別部落に生まれる

とカミングアウトしたことで愛媛県宇和島市の部落を暴露し、当該住民が部落民だとアウティング(暴露)している。[86]さらに

卒業後は、部落解放・人権研究所、大阪の日之出地区にある、新大阪人権協会に勤務し、低学力や課題を抱えた子ども達への学習支援(バッチリスタディ教室)や、青年部活動などに取り組み、現在は山口県人権啓発センターに勤務し、仕事の合間をぬって、執筆や全国各地へ講演で飛び回っています。

と、新大阪人権協会(大阪府大阪市東淀川区西淡路1丁目8−5)周辺が「日之出地区」という名の同和地区だと暴露している。[87]川口は愛媛県の部落出身の為、大阪市の日之出地区は後から一時的に移り住んだ部落であり、日之出地区の暴露は自発的なカミングアウトでなく(部落差別だと部落解放同盟が主張する)アウティングに該当する。

部落解放同盟中央本部中央執行委員・和田献一は宮城県仙台市内の

*河原町・白山神社
*曹洞宗福聚院(宮城県仙台市太白区門前町8−22)
*片平市民センター(宮城県仙台市青葉区米ケ袋1丁目1−35)

が被差別部落だと暴露している。 [88]

部落解放同盟大阪府連書記次長・赤井隆史は

市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している。

と、大阪市の同和地区の施設を暴露し、同時にその周辺を同和地区だと暴露している。[89] [90]

部落解放同盟和歌山県連書記長の池田清郎はインターネット上で和歌山市内に「平井地区」「芦原地区」「杭の瀬地区」「岩橋地区」という部落があることを暴露している。さらに「平井地区」については

これは、同和対策事業の関係で、多くの公営住宅が観音前・栄谷地区に建設されていることと、市小路への自然流出(持ち家)がその原因です。

と述べ、観音前・栄谷の公営住宅が部落であると詳細を暴露している。[91]

松井久吉(元執行委員長)は自著で

松阪市日野町二丁目全国水平社三重県連合会兄弟よ健闘せよ!この田園こそ差別のない我等が丘だ。団結せよ、被圧迫部落民大衆よ!
松阪市日野町二丁目全国水平社三重県連合会令生業資金償還金を公設市場の利益で出せ!令三、四〇〇円で下水道の改修と新設をしろ!

と記述し、日野町二丁目が部落だと暴露している。[92]

北口末広(大阪府連委員長)は「月刊ヒューマンライツ」において

私は、内閣同和対策審議会答申が一九六五年に出される九年前の一九五六年四月、大阪市旭区にある被差別部落・生江地区に生まれた。

と自己紹介し、生江の部落を無神経にも暴露した。[93]

田村賢一(大阪府連副委員長)が代表を、辰巳真司が事務局長を務める「若一の絵本制作実行委員会」は「ひらがなにっき」(若一の絵本制作実行委員会、2008)という絵本を制作した。本書には

This picture book is written as a diary and based on a true story about a Buraku woman who didn't have an opportunity to learn how to read growing up but starts taking literacy classes when she is 66 years old.

と記述されており、大阪府富田林若一町が「Buraku」だと暴露している。

大北規句雄(大阪府連財務委員長)は

うちの地域は、被差別部落です。その横に精神科の病院があります。子どもの頃には何か悪いことをしたら『病院から人が来るよ』と脅されて育ちました。

と発言し、三島地区に部落があることを暴露している。[94]

山本義彦(大阪府連浅香支部顧問)はインターネット上で

たかだか25年程前には、南を大和川、西に大阪市立大学、東が吾彦大橋、そして北を地下鉄我孫子車庫に囲われた陸の孤島として存在し、その上、大和川の堤防上と河川敷という極めて劣悪な立地条件におかれてきた浅香地区も、ほとんどかつての面影も無い程に整備され、環境面においての部落差別はほとんどその姿を消したといえる。しかも社会資源として、地区内には人権文化センターをはじめ、青少年会館や老人福祉センター、それに診療所や障害者会館、地下鉄車庫跡地には、外国人研修施設、中学校、スポーツセンター、知的障害者授産施設に特別養護老人ホーム、1万坪の中央公園とハード面が軒を並べ、住吉区東南部へと開かれている。

として同和地区「浅香地区」の具体的な場所を暴露している。[95]

浅居明彦(大阪府連執行委員)は大阪人権博物館(リバティおおさか)(大阪府大阪市浪速区浪速西3−6−36)について

この土地はかつて被差別部落の住民が、小学校設立のため無償で寄付をした経緯がある。

と発言し、施設と周辺が部落だと暴露している。[96]

矢野知(大阪府連生江支部書記長)は平成10年12月に関西大学の教職員や学生が部落「大阪市旭区生江地区」を訪れるフィールドワークが実施された際に地区内の施設を案内させ、部落の場所を暴露している。[97]

丸岡康一(大阪府連北芝支部支部長代行)は大谷大学で講演している。この中で

部落の人たち、北芝の地域の人たちの心を解き放していく。
これは、北芝のまちの人間だけじゃなくて、萱野で働く人、萱野で住む人、そういう人たちが、一同に集まってこのワークショップをやっていったということです。

と発言し、箕面市北芝(萱野)の部落を暴露している。[98]

井上泰子(大阪府連女性部副部長)は「きっと笑って会える日を」と題した詩を公表している。その一節には

私が「北芝」の人と 結婚がしないといった時 「親に こんな想いまでさせて…」と ショックで 床にふせた
そのお母さんも 今は “部落問題”にぶつかって 「人間にとって いちばん大切なことが 見えてきた 自分の中の何かが 変わってきた」 と言ってくれています

とあり、大阪府箕面市北芝の部落を暴露している。

塩根仁(大阪府連浅香支部長)はインターネット版部落地名総鑑『4地区実態調査報告書』で浅香地区という同和地区の場所が「大阪府大阪市住吉区浅香1丁目(7、8番除く)、2丁目、苅田10丁目8番及び11番」であると暴露した。

寺本良弘(大阪府連西成支部長)は

西成では同和対策として1970年に隣保館である解放会館、74年に老人福祉センター延寿荘、81年に青少年会館が建設されましたが、2010年に3館が統合され、現在の市民交流センターになりました。

と述べ、西成区内の同和地区の施設、及び施設の周辺が同和地区であることを暴露している。[99]

中西常泰(大阪府連下瓦屋支部長)は以下のように報じている。

下瓦屋南地区の保育所をフィールドワークする!
到着後さっそく中西常泰支部長と地域民衆史研究会の山中さんより、「地域の歴史と解放運動の成り立ち」の説明を受けました。1967年に部落解放同盟下瓦屋支部が結成され、71年に下瓦屋解放会館、73年に下瓦屋保育所、94年に青少年会館が建設されました。「特別措置法」期限切れ後の同和事業の縮小に伴う保育所統廃合問題に対して存続を求めた取り組みを展開し、2006年に社会福祉法人が経営する「下瓦屋保育園」となりました。解放会館も人権文化センターと改称、2008年からNPO法人「ゆまにて」が運営しましたが、2011年に指定管理が終了し、現在は自主管理で運営されているそうです。

このように中西常泰は同和地区の施設及びその周辺が同和地区があることを暴露している。[100]

西岡嘉裕(大阪府連加島支部長)はインターネット版部落地名総鑑『4地区実態調査報告書』で加島地区という同和地区の場所が「大阪府大阪市淀川区加島1丁目31~34番、36番(山陽新幹線以北のみ)、37~49番、58~60番」であると暴露した。

木村雅一(大阪府連浅香支部副支部長)は『部落解放』(1998-11、解放出版社)に「新しく始める--大阪市・浅香の地下鉄車庫跡地利用まちづくりの取り組み (特集 ムラ自慢・支部自慢)」題した寄稿をし、大阪市住吉区浅香の地下鉄車庫跡地が部落だと暴露している。

小林通弘(大阪府連)は「西成では同和対策として1970年に隣保館である解放会館、74年に老人福祉センター延寿荘、81年に青少年会館が建設されましたが、2010年に3館が統合され、現在の市民交流センターになりました。そのセンターも来年3月に閉館し、公設置の施設はなくなります。」と発言し、同和地区の施設及びその周辺が同和地区だと暴露している。[101]

前田秀男(大阪府連住吉支部長)は『部落』(1986-01、部落問題研究所)に「部落問題が提起する今日の教育的課題 和歌山県印南町切目からの報告」と題した寄稿をしており、和歌山県印南町切目を部落だと暴露している。

戸田寛(大阪府連矢田支部長)はインターネット版部落地名総鑑『4地区実態調査報告書』で矢田地区という同和地区の場所が「大阪府大阪市東住吉区矢田5丁目、6丁目(7番除く)、住道矢田3丁目1番及び2番」であると暴露した。

南健司(大阪府連池田支部書記長)は「第38回平和と人権・狭山を考える池田市民集会」で

今日はお仕事の後、このふらっとイケダまでお出でいただき大変ありがとうございます。この施設が「ふらっとイケダ」という名称になって3年目に入ります。最初は「池田市立解放会館」、同和対策特別措置法が終わり「人権文化交流センター」となり、施設のリニューアルを経て「ふらっとイケダ」として新しい施設に生まれ変わりました。これを契機に、これまで38回の回数を重ねてきました本集会は、市民文化会館を会場としてきましたけれども、この被差別部落の中で、平和と人権の問題を皆さんと共に考えていきたいとの趣旨から、街の中心から離された遠隔地で敢て開催しております。

と発言し、大阪府池田市の同和地区内の施設及び周辺が同和地区であることを暴露している。[102]

野村君一(大阪府連住吉支部)は「住吉部落の歴史と解放運動のあゆみ」と題した講座で

住宅があっちに建つ、こっちに建つで、歯抜けに歯を入れたようなもので、あっち向いたり、こっち向いたりしていた。これはあかん、町づくりをちゃんとやっていこうということで、「6つの原則」をつくった。地域の真ん中に公共施設をつくって、その両側に住宅を建てる、ということを基本理念として総合計画をつくろう、ということで、児童館、青少年会館、解放会館、保育所、総合福祉センターといった公共施設をつくった。その両方に住宅を建てるということで、進めました。

と述べ、住吉部落の場所を「児童館、青少年会館、解放会館、保育所、総合福祉センター」周辺だと暴露している。[103]部落地名総鑑『40年の歩み』の著者の一人である。

平井斉己(京都府連書記次長、千本支部)は以下のように報告している。

千本地区においては、1950年代半ば以降、都市計画道路の敷設に伴って、住環境の整備が進められてきた。しかしながら、戸建てを希望する層が地区外住宅へと流出し、困難を抱える層が地区内に滞留するという現象により、地区内の活気が失われていき、住民同士の付き合いも希薄になっていく。そこで新たな運動の必要性が議論され、住宅の建て替えを契機として、町内再生を目指した取り組みが展開された。1993年にはふるさと共生自治運営委員会(略称「じうん」)が結成され、基本構想・基本計画を地元案として策定し、1997年より、具体的な建替基本計画を作成する取り組みが進められた。この計画は、通常の建替えのプロセスとは異なり、住民の声を集約した住民本位の策定プロセスを経たものである。具体的には、2年半15回に及ぶワークショップを通じて、住民・プランナー・行政が一体となって作り上げていった。その結果、2002年1月に、「らくし21」(楽只市営住宅第21棟)が完成した。

このように平井斉己は「らくし21」(楽只市営住宅第21棟)周辺が部落だと暴露している。[104]

柳生雅巳(京都府連執行委員)は

改進地区は竹田の子守唄で知られているところで、その位置は、東は24号線、西は高瀬川、北は近鉄、南は七瀬川という立地にある。1600年の関ヶ原の戦いの後、徳川家康が伏見城再興のおり、丹波橋通にあった被差別集団を現在地に移したといわれている。当時は野田村といったが、本来、竹田村に属し管轄も京都町奉行所となるものが伏見奉行所の管轄に置かれた。これは明らかに人為的に移されてつくられた部落である。明治末頃に人口が増加し、深草地区に拡大していく。立地条件は極めて悪く、高瀬川と七瀬川の合流地点にあり、他地域の田を守るためそこの土手を高くし、増水すれば地区内に水が流入するという遊水地であった。1972年の全面的改修の終了までは、絶えず水がつくという厳しい状況にあった。

と述べ、京都市の同和地区「改進地区」の具体的な場所を暴露している。[105]

福島隆志(和歌山県連岩橋支部長)は2016年12月18日に開催された第3回近畿・東海・北陸ブロック青年交流会において、岩橋(いわせ)地区のフィールドワークを実施し、共同作業所「ピーンズわかやま」の納豆工場を見学させ、共同作業所の建設にいたる経過などの説明し、和歌山市岩橋と共同作業所を部落だと暴露している。[106]

藤野政信(滋賀県連委員長)は2013年9月26日~27日に開催された「人権資料・展示全国ネットワーク第18回総会」において来賓の挨拶をしている。このイベントは二日目にフィールドワークが実施され、「近江八幡コース・八幡靴と被差別部落の歴史を訪ねて コトワ製作所の見学」として部落の場所を暴露した上見学もさせている。[107]藤野政信はフィールドワークで部落の場所が暴露されるのを知りつつ黙認していた疑いがある。

藤本忠義(東京都連副委員長、墨田支部支部長)について、東日本部落解放研究所の第24回研究者集会では

各都県を回って開催してきた研究者集会を、今年は東京の木下川地区(墨田区立社会福祉会館)で、9月4日(土)・5日(日)に開いた。東京での開催は5回目となった。木下川地区は、明治期の強制移転政策で浅草の旧「新町」辺と「新谷町」から移動してできた皮鞣し業の町で、豚革では全国の7〜8割を産した。終了後に30余人のフィールドワークをしたが、日曜で工場が稼働しないので、「産業・教育資料室きねがわ」(旧木下川小内)の見学と、荒川地区の牛革工場を撮影した後掲のビデオによって補充した。・地元報告「木下川地区の現状」藤本忠義(部落解放同盟東京都連副委員長、同墨田支部)

とあり、藤本忠義は部落(木下川地区)の施設と場所を暴露している。[108]

部落解放同盟が同和地区Wikiを業務妨害を理由に提訴した裁判において、原告の代理人弁護士に河村健夫がいる。河村健夫は2016年11月24日、「部落解放・人権文化フォーラム2016」にて「ネットの人権侵害をなくすために」と題し講演している。同じイベントの25日の特別分科会では「八王子市の被差別部落フィールドワーク」が実施され、参加者に被差別部落の場所が暴露されている。河村健夫は特別分科会で部落の場所が暴露されるのを知りつつ黙認していた疑いがある。[109]

また河村健夫弁護士は部落解放の機関誌『解放新聞』(部落解放同盟、2014.12.22-2696)のインターネット版において「榛沢集会所」(埼玉県深谷市榛沢108)が同和地区だと暴露している。[110]

集会所の利用権主張
同和行政廃止無効裁判で
「解放新聞」(2014.12.22-2696)
 【埼玉支局】同和行政廃止無効裁判の第7回口頭弁論が9月10日、さいたま地裁でひらかれ、原告団をはじめ支援者ら72人が参加し58人が裁判を傍聴した。
  口頭弁論では、河村建夫・弁護士が、特別法廃止後も一般対策でおこなわれてきた同和行政の法的根拠を強く主張した。同弁護士は、部落差別が存在するかぎり、行政には問題解決に向けた責務があること、原告には同和問題解決の場として集会所を利用する権利があることを主張。また部落差別が現存する具体的事例として「榛沢集会所の存続の是非を問う自治会のアンケート」用紙への「あなたたちが使った物(集会所)はいらない」「めざわり・きたない・早く燃やせ」などの露皆な差別書き込みをとりあげ、「深谷市のなすべきことは、このような部落差別が発生しないよう同和行政を積極的に推進することに他ならず、同和対策事業の初期の目的は達成したなどといえるはずもない」と批判した。
  指宿昭一・弁護士は、「国は一般対策になったからやらなくていいといっていない。特別対策と違う形でやりなさいといっている」と指摘し、「原告には、これまでの経過からして集会所を利用する権利がある」と強調した。
  裁判終了後に埼佛会館でもたれた報告集会で、片岡明幸・県連委員長は「しだいに争点が明確になってきた。徹底的に反論していきたい」とのべ、弁護団は「今までは入口の論争だったが、権利を主張したことで裁判の論点が明確になった。本格的に反論していきたい」とのべた。最後に原告団を代表して倉林康雄さん、清塚護さん、黒澤幸夫さんが支援を訴えた。

同様に指宿昭一弁護士は部落解放の機関誌『解放新聞』(部落解放同盟、2016.10.24-2784)のインターネット版において「埼玉県本庄市、上里町、深谷市の教育集会所・隣保館」が「同和行政」によるもの(すなわち「同和地区」である)ことを暴露している。[111]

不当判決に怒りの声
同和行政廃止無効裁判で
「解放新聞」(2016.10.24-2784)
すべて切り捨てたさいたま地裁判決
  【埼玉支局】本庄市、上里町、深谷市による教育集会所廃止決定取り消しと一方的な同和行政廃止の無効を求め、3年半にわたって闘われてきた裁判の判決が9月28日、さいたま地裁でいいわたされた。当日は、70人が傍聴につめかけ、緊張した雰囲気のなかで判決を待った。
  午後1時30分、志田原信三・裁判長が「原告の訴えを却下す」と主文を読みあげただけで足早に退席。傍聴席からは不当判決に怒りの声があがった。
  裁判では、「同和問題解決のために必要不可欠な集会所を利用する権利」があるかどうかが争点になったが、判決では「(集会所や隣保館の)設置条例では同和問題の早期解決をはかることが明記されているが、原告ら特定の個人や被差別者に利用資格を限定していないし、具体的な利益・権利を保障したものではない」として、原告が求めた「利用する権利」を切り捨てた。
  また、廃止の処分性については「パブリックフォーラムに当たる公共施設を維持するかどうかは設置者の裁量権」であり、「廃止条例制定の行為は直接、原告ら特定の個人の権利義務や法的地位を左右するものとはいえない」として却下した。

11日に東京高裁に原告団が控訴した
  裁判終了後、さいたま市の埼佛会館でひらかれた報告集会では、県連の片岡明幸・委員長が「こんな判決が許されていいはずがない。全国でも似たような事態が起きており、全国の仲間のためにも原告、弁護団、支援者が一体になり、最後まであきらめないで闘いぬこう」と訴えた。
  指宿昭一・弁護士は、判決で示された争点4項目の概要を報告。「同和行政廃止の取り消しは入口で却下され、慰謝料も棄却という全面的敗訴となった不当判決だ」とのべたうえで「引き続き支援をお願いしたい」とよびかけた。
  県連は「9・28不当判決に対する声明」を発表。原告団は10月11日、東京高裁に控訴した。

「部落地名総鑑」と「認知バイアス」の関係

人が現実を直視しなくなる「認知バイアス」という現象について、以下のような研究報告がある。[112]

自分が「常日頃信じていること」や「世界に抱いている理解」が目の前の事実や新たに提示される一般化された情報によって「脅かされた」時、その人々の心の中で起きる不快な気分、「もう聞きたくないから黙れ!」と思わず叫びたくなるこの「不協和」と「ストレス」を取り除くために普通の人は、

(1)それ以上調べることはやめて、矛盾する情報は間違っていることにして払いのけるか、

(2)行動や信念を別の方法で正当化することになる。

この認知的不協和による精神的葛藤を経験した時、人々はこの葛藤の解決として「思考様式が行動と合致する方向に徐々に修正されていく」(自己正当化)。

1954年にフェスティンガーと二人の同僚が、あるグループ(カルト集団と呼ばれていた)に潜入した後に起きたことである。このグループは、シカゴのマリオン・キーチという女性を信奉していた。彼女は「宇宙人」と接触していたと言われており、宇宙人は、1954年12月21日の夜明け前に大洪水が発生して世界は終末を迎えると彼女に伝えたという。

彼女を信じる人々は、大惨事が起きる予定の数時間前である12月20日の深夜に宇宙船が救出に来てくれることを信じ、仕事や学校を辞めて、家族を離れ、お金も財産も寄付した。

フェスティンガーと二人の同僚は、洪水と宇宙船が実現しなければ、認知的不協和の絶好の事例になると考えて、そのグループに潜入したのである。そして、実際にその通りとなり、その経験と発見を1956年のWhen Prophecy Fails: A Social and Psychological Study of A Modern Group that Predicted the Destruction of the World.[邦訳『予言がはずれるとき―この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』勁草書房(1995/12)]という本に詳細に記した。

12月21日、いつも通りに夜が明けたとき、グループを去ったメンバーもいたが、なんとも奇怪なことに、預言が実現しなかったという極めて明白な事実にもかかわらず、ほとんどのメンバーはそのまま留まり、以前よりも熱心な信者になった。

宇宙人も洪水も現れなかったことにより、宇宙人と洪水を信じていた思考は、両方とも発生しなかったという事実と激しく感情的に衝突したため、不愉快で重苦しい認知的不協和(認識の不一致)をもたらした。

この内的な不調和は、騙されたことを認める(ことにより信念と経験を統合する)か、もともと信じていたことを維持できるように事実を説明する方法を見つけるか、のいずれかによって解決されることになる。最初の道を選んだものもいたが、大半は後者を選択した。

大半の人々は、その夜、彼らの小さなグループが光明を流布したことにより、神が世界を破滅から救ってくれたので洪水は起きなかったのだと言うことにより、信念と行動との関係を再構築した。

私はこれと似た多くのグループやニューエイジの異端の信仰システムから同じようなことを何度も聞いたことがある。
レオン・フェスティンガーは、以下のような場合には、相反する明らかな証拠や経験をしたとしても、信念は維持されるものであるという。

1.強い信念であり、その信念がその人の行動に影響を与えてきた。

2.その信念に基づいて、取り返しのつかないような行動が取られた(財産を全て放棄し、家族との絆も断ち切るというような)。一般的に言えば、取った行動が極端であるほど、その行動を促した信念にしがみつくことになる。

3.その信念が間違っていることを本人に示す明白で取り消せない証拠が発生する。これは信念と体験の間に認知的不協和を生み出す。

4.個人としては信念と体験の矛盾があまりにも明らかであり、言い逃れできない状態にある。そのような境遇の人が他にもいることにより、お互いの自己欺瞞を助長するので、どのような体験をしたとしても、信念は維持されることになる。

『When Prophecy Fails(予言がはずれるとき)』にはこう書いてある。

「信念を維持するには組織的な支えが必要である。孤立した信者が、我々が言及したような矛盾した証拠に耐え抜くことはあまりない。お互いに支えあうことができるグループの中で確信している場合には、信念は維持されるものと考えられる。そして、信者たちは、その信念が正しいものとして、組織外の人々を説得し、改宗させようとする」

これが群集心理の仕組みであり、「合意形成」と呼ばれるような、個人を集団の信念に従わせる圧力である。そして、皆の意見に疑問を持ち変わろうとする人が標的にされ、無視され、または、消される(タビストックの得意技だ)理由でもある。集団的な思い込みのシャボン玉に穴を開け、人々に矛盾を気付かせることで認知的不協和を煽る可能性があるそのような人々は「危険人物」である。

認知的不協和の発生に対してこのような精神的/感情的な再調整が常に働くことが、あらゆる宗教、政治、社会的信条の存続を確かなものにしている。旧来の信念を解体するようなものに遭遇しても、人々は信念が無傷で残るような矛盾を説明する方法を見つけるだけである。

部落解放同盟が同和地区Wikiを提訴した事件について言えば、以下のような対応関係になる。

  • 自分が「常日頃信じていること」や「世界に抱いている理解」が目の前の事実や新たに提示される一般化された情報によって「脅かされた」 → 部落解放同盟自身が部落の地名を掲載した書籍を出版したり、ウェブサイトに掲載したりしていた。
  • (1)それ以上調べることはやめて、矛盾する情報は間違っていることにして払いのける
  • (2)行動や信念を別の方法で正当化する → 部落解放同盟が出版した書籍は「差別の意図」が無く「研究」目的なので部落差別には該当しない、と主張する。
  • この認知的不協和による精神的葛藤を経験した時、人々はこの葛藤の解決として「思考様式が行動と合致する方向に徐々に修正されていく」(自己正当化) → 「全国部落調査」のみが差別図書で、部落の地名を掲載した他の図書は差別図書で無くなるような条件を提示する。


  • 1.強い信念であり、その信念がその人の行動に影響を与えてきた。 → 部落地名総鑑は差別図書であり断じて公開してはならないという信念。差別者は批判に晒し吊し上げなければならないという信念
  • 2.その信念に基づいて、取り返しのつかないような行動が取られた(財産を全て放棄し、家族との絆も断ち切るというような)。一般的に言えば、取った行動が極端であるほど、その行動を促した信念にしがみつくことになる。 → 同和地区Wikiを差別サイトとして提訴してしまった。
  • 3.その信念が間違っていることを本人に示す明白で取り消せない証拠が発生する。これは信念と体験の間に認知的不協和を生み出す。 → 部落解放同盟が部落の地名を列挙した「部落地名総鑑」を出版し、同和地区Wikiはそれを告発していたことを知った。
  • 4.個人としては信念と体験の矛盾があまりにも明らかであり、言い逃れできない状態にある。そのような境遇の人が他にもいることにより、お互いの自己欺瞞を助長するので、どのような体験をしたとしても、信念は維持されることになる。 → 同和地区Wikiは部落解放同盟へ「業務妨害」する目的で運営されているに違いない、と主張し始める。
  • そして、信者たちは、その信念が正しいものとして、組織外の人々を説得し、改宗させようとする → 朝日新聞、毎日新聞、東京新聞に同和地区Wikiがあたかも差別サイトであるかのように記事を書かせ、自分達が大衆に支持されているかのように喧伝する。
  • 集団的な思い込みのシャボン玉に穴を開け、人々に矛盾を気付かせることで認知的不協和を煽る可能性があるそのような人々は「危険人物」である。 → 「示現舎」の二名は差別者や危険人物と宣伝する。
  • 旧来の信念を解体するようなものに遭遇しても、人々は信念が無傷で残るような矛盾を説明する方法を見つけるだけである。 → 「部落解放同盟は差別を解消する団体であり、『部落地名総鑑』発刊により差別を助長などしていない。」という結論に行き着く。

「差別をする側」の視点からの差別論

富山大学の佐藤裕教授は『「差別をする側」の視点からの差別論』という論文を報告している。この中で佐藤は「差別される側」の視点に立つ差別論の問題点を以下のように指摘している。

 加害としての差別行為

 まず最初の問題点は、「被差別の現実」にのみ依拠した差別論では、差別行為を「加害行為」としてしか認識できないという点です。このことは、まず差別行為が「被差別者」に対する「悪意」や「攻撃の意図」によるものだという解釈を導きます。たとえば「偏見」や「差別意識」が差別の原因になっているという「素朴な」考え方がその典型だと言えるでしょう。もちろん、私も、「偏見に凝り固まっている人が攻撃的な行為をする」、という解釈がまったく根拠のないものだと言っているのではありません。しかし「リベラル」と見なされている人が差別に荷担してしまう、あるいは、ある反差別運動に関わっている人が別の差別問題に関しては「差別的な行為」をしてしまう、そういうような状況を、すべて「(潜在的な)差別意識」によって説明しようとするのは、かなり無理があるし、そのように「差別意識」をどんどん拡大解釈してゆくことが、今度は「差別意識」を特定しにくくしているように思います。
 理論的なレベルでは、このような「素朴な」考え方は、すでに過去のものになっていると思うのですが、それでもなお差別問題に関してこのような言説が多く見られます。これは、単に「正しい認識」が普及していないからだ、というように捉えるのではなく、「被差別の現実」に依拠することによって、必然的に導かれる考え方であるからなのだということを押さえておくべきだと思います。
 「加害の意図」によって差別行為を特定できないとするならば、差別行為は「被差別」との関連を証明することによってしか特定できなくなります。その場合、「被差別の現実」が不当であること(告発が正当であること)と、その「被差別の現実」が「差別行為」と直接あるいは間接的に結び付いていることが証明されて、はじめて差別行為の告発が可能になるのです。
 ところが、このような証明は、実際にはそれほど簡単なことではありません。「間接的な影響」を説明するために、抽象的な「社会構造」を持ちだしたり、場合によっては、ここでもまた「差別意識」を持ち出さざるを得なかったりします。
 さらに重要なことは、「告発の正当性」自体が必ずしもすぐに了解されるわけではない、ということです。「差別される側」の視点に立つ差別論は「被差別の現実」に依拠しているわけですから、「告発の正当性」を否定され、「被差別の現実」の存在それ自体を無化されれば、すべての主張の根拠を失ってしまいます。
 以上のように、「差別される側」の視点からの「差別行為」の告発は、問題の焦点を「差別行為」から「告発の正当性」へと押しもどされやすいという欠点を持っています。さらに、この論点を回避しようとするなら、「悪意」や「攻撃の意図」を見出すことによって差別行為を糾弾するというスタイルをとらざるを得ないのです。


 告発の正当性

 前の項で説明したように、「差別される側」の視点に立つ差別論にとって、「告発の正当性」の証明は、いわば生命線となっています。それでは、その証明はどのようになされているのでしょうか。
 まず1つの方法は、「低位性の証明」です。たとえば、「差別される側」がこんなに悲惨な状況に置かれている、「する側」と「される側」でこんなにも格差がある、こんなにひどいことが今も行われている、というようにして「差別の現実」を指摘してゆく方法です。
 これは私たちの素朴な「平等意識」に訴え、非常に大きな説得力を持ち得ます。現在でも社会啓発、人権教育などでこのような手法が用いられているのはそのためでしょう。
 しかし「低位性の証明」は反差別運動の進展などによって、目に見えやすい部分が徐々に改善されてゆくと、その「感性に訴える説得力」という最大のメリットを失って行きます。また、「低位性の証明」のみでは「告発の正当性」の十分な根拠とはされず、「格差」や「悲惨な現実」がなぜ不当なことなのか、「不当性の証明」をせざるをえなくなります。
 そのため、「告発の正当性」の証明は最終的に「不当性の証明」に行き着くことになります。「不当性の証明」は坂本さんが主張するように、いくつかの種類の規範のずれを指摘する作業であると思います。すなわち、「平等」という規範があるのに制度(の規範)はそうなっていない、あるいは満たされるべき「基本的人権」がある具体的状況の中では満たされていない、という形で告発が正当化されるのです。
 こういった作業は実際には容易なことではありません。さらに、現実的な困難性ということ以上に「高次の規範に基づく不当性の証明」は原理的な問題をかかえこんでしまっています。すなわち、「平等」や「基本的人権」に基づく告発は、それらの抽象度の高い規範(坂本さんによれば「根拠の規範」)の限界を越えられない、ということです。もちろん実際にはその限界を越えようとして、「根拠の規範」それ自体の変更を迫るような作業も行われていますが、今度は議論が抽象化することによって、問題にしているはずの具体的な「被差別の現実」が暖昧にされ、そのことによって告発自体も無化されてゆくという危険性があると思います。

 カテゴリー化の問題

 以上は、確かに「差別される側」の視点に立つ差別論の問題点なのですが、これらは、あらかじめその危険性について熟知しておけば、実践的にはある程度回避できる問題かもしれません。しかし、次に説明する「カテゴリー化」についての問題は、理論的にも実践的にも最も解決困難な点ではないかと思います。
 「被差別の現実」に依拠する告発は、実際にはある社会的カテゴリーに基づいて行われます。すなわち、「私が差別された」という告発には、「女として」「被差別部落出身者として」「障害者として」差別された、という含意があるのです。社会的カテゴリーを伴わない告発は単なる個別的な「ルール違反」として扱われるため、「差別の告発」としては意味をなしません。
 告発がある社会的カテゴリーに基づいて行われるということが、差別問題についての理論構成に2つの深刻な問題を引き起こします。第1の問題は、「差別する側」と「差別される側」の間の何らかの「実質的な差異」を差別の根拠として認めざるをえなくなるということです。しかし一方では、「実質的な差異」は差別を正当化する言説が依拠する「事実」でもあり、それゆえ、差別を告発する言説は「(実質的な)差異はない」といった主張もまた持たざるを得なくなります。
 このような状況に対して、「差別の告発」の言説は、差異を積極的に肯定し、価値の転換を図ったり、あるいは、差異の「次元」(身体的次元と社会的次元など)を分類することによって、一部を否定して一部を肯定するというような論理を立てることになりますが、いずれにせよ、「差別」を「差異」と関連づけて捉えることは避けられません。
 しかし、「差異」は差別の根拠なのでしょうか。これに関しては、江原由美子さん(江原:1985)、柴谷篤弘さん(柴谷:1989)などが、それぞれ別の視点から、はっきりと否定しています。ここでは詳しく述べませんが、ごく簡単に説明するなら、「『差異」がいくら実在的に存在したとしても、実際社会の中には実に多様な人々がそれぞれ固有の状況をかかえて生きているのであり、そのことを考えれば差別者と被差別者の間の「差異」だけがなぜカテゴリーとしての被差別者全員に対して適用される『差別」的処遇を必要とするのか」(江原:1985,p86)ということが説明できないからです。
 私もまたこういった主張を支持しているのですが、「被差別の現実」を根拠にした差別論では、「差異は差別の根拠ではない」という主張は困難です。なぜなら、「被差別の現実」そのものが「差異」を前提にしないと認識しえないものであり、差別行為もまた、「差異」に基づいた「加害行為」としてしか特定しえないからです。
 第2の問題は、「差別される側」を何らかの意味で「同質な」集団として認識せざるをえなくなる、ということです。「被差別の現実」の告発は、社会的カテゴリーに基づいてなされるために、「私が差別されている」ということではなく「そのカテゴリーに属する者全体が差別されている」という主張になります。そのため、実際には多様な人々で構成されているカテゴリー内部の異質性を無化し、同質性を保障することが、告発の正当性の根拠となってしまうのです。そのため、カテゴリーの同質性を否定するような「事実」、たとえば、少数であろうとも、「差別される側」の中に特に差別を告発する意志を持たない者がいる、とか、積極的に運動をしている人に対してむしろ反感を持っている人がいる、などの事例が、告発の正当性を弱めるような効果を持ってしまうのです。

そして『「差別をする側」の視点からの差別論』を以下のように提唱している。

 「差別する側」の視点に立つ差別論

 「共犯者」はもちろん所与のカテゴリーではありませんし、あらかじめ「差別する側」であったわけでもありません。「差別する側」に組み込まれようとしている者を「共犯者」と呼んでいるのです。「共犯者」の視点は、差別現象のそれがまさに生起する瞬間を、「内部」から捉えることのできる唯一の視点だと思います。そこで、「共犯者」の視点から差別問題を考える方法を、「差別する側」の視点に立つ差別論、と呼びたいと思います。
 また、重要なのは、社会的カテゴリーとして通常は「差別される側」だと考えられている人が「共犯者」となることもありえる、という点です。たとえば、先の障害者に対する「差別語」の例で、もしその言葉を投げかけられた人が、(発話者の意図に反して)自分がその言葉に「該当する(かもしれない)」と感じた場合はどうなるのでしょうか。この場合は、彼女/彼は「排除される対象」(被差別者)でもあり、共犯関係を求められているということによって、「共犯者」としての位置も占めているわけです。この場合は、「自分自身を排除することを求められている」という意味での「共犯者」です。たとえば「『ミスコン』に反対するような女なんて……」というような発言を投げかけられた女性は、「共犯関係」を要請されていると見ることができるでしょう。この場合は「被差別のカテゴリー」を一時的に特殊化し、その場にいる女性たちをも巻き込んで「普通」の「我々」を構成しようとしているわけです。
 「差別する側」の視点に立つ差別論は、このように、私が「共犯者」として巻き込まれていく状況を、内部からの視点によって明らかにしてこうとする考え方なのです。

 「告発」のオールタナテイプ

 私は第2節で「差別の主観的定義」を紹介し、それが「差別の現実」に基づく「告発」を前提にしていることを指摘しましたが、ここでもう一度そこで述べた問題に戻って考えてみます。
 私は、差別問題が「告発」によって構築されているという認識を支持します。しかし、「告発」は必ずしも「被差別の現実」に基づいたものとは限らないのではないか、というのが私の見解です。
 金子雅臣さんは『セクハラ事件の主役たち」の中で、職員旅行では決まって買春旅行をすることになっている職場で、中止を訴えた男性の言葉を紹介しています。

 こうした態度をとることで、公然と批判は受けなかったが、陰に陽に嫌がらせをされた。何よりもひどく、ショックを受けたのは「あいつは仲間ではない」「女に媚びている」「男らしくない」「あいつの前では大切なことは喋れない」など、男性としての合意からはずされることで、あたかも私が大切な人間関係を裏切ったかのような扱いを受けたことである。「男らしくない」というレッテルは、単に男の仲間ではないということではなく、裏切り者とか、信用できない奴とか、お喋りとか、悪いイメージをいっぱいひきずっていくことになるのだということを嫌というほど教えられた。(金子:1992,pl53)

 この事例は、「買春旅行」の「もう1つの不当性」を明らかにしています。つまり、「職場の人間関係」が「買春」によって維持されていることの不当性です。このような「関係の不当性」を直接告発することもできるのではないか、というのが私の考えです。
 ここで私が言おうとしているのは、「買う側の男性も抑圧されている」という告発ではありませんし、買春を拒否することによって生じる不利益に対する告発でもありません。上の事例で重要なことは、その状況の中での「男」カテゴリーが買春に依存しているということです。すなわち、「職場の仲間」という「関係性」が「買われる女」を媒介にして成立していることの不当性を告発するのです。
 「関係の不当性」の告発は「買春一般」についての告発ではありません。ある状況の中で買春がどのように位置づけられているのかということを告発するのです。また、権利主体としての個人を前提にした個人の被害に基づく告発ではなく、「関係性」を直接問う告発なのです。
 これまで説明してきた「差別する側」の視点は、「関係の不当性」の告発を可能にする有力な考え方だと思います。「排除カテゴリー」の「否定」「不在」によって示される「見えないカテゴリー」こそが、告発されるべき「関係性」なのです。
 このような別の形の「告発」をも視野に入れて考えることが、差別問題の研究には必要であると私は考えます。

 インサイダー・ソシオロジー

 この論文の考え方は、D.Smithの考え方に大きな影響を受けています。そこで、最後の節ではSmithの考え方を参照しながら、この論文で示したような方法が、単に差別論の問題としてだけではなく、社会学の方法論としていかなかる意味を持つのかという点にまで踏み込んで考えてみたいと思います。

 1)客体化の様式

 Smithはまずフェミニストソシオロジーが困難であることの要因として、社会学が伝統的に保持し、発展させてきた「客体化の様式」(objectified and objectifying modes of organizing the systematic consciousness of society (Smith: 1989,p35))を指摘します。客体化の様式とは、私たちが経験する事柄を、その経験の外部から眺めるという形で記述することによって、特定の個人に依存しない「共に知られた世界」として、社会についての知識を組織化する様式のことです。
 このような「客体化の様式」はどうして問題なのでしょうか。Smithの指摘するのは次の2点です。まず第一に、「現実の女性の経験から社会学を記述する試みを情け容赦なく無化し、そのために私たち(女性社会学者)は避けようとした当のものの見方にいつのまにか逆戻りさせられてしまう」という点であり、第二に、「現実世界の構造を、ジェンダーや人種や階級をすでにそこにあるものとみなすような、社会学に知られた世界として組織する」(Smith: 1989,p36)という点です。
 これを私なりの解釈でもう少しくだいてみると、およそ次のようになると思います。まず最初の問題は、社会の成員にとっては、それぞれの立場で違って見えるはずの社会を、「客体化の様式」によって、「誰にとっても同じに見えるはずの社会」として構成することによって、「別の見方」を抑圧し、「決められた特定の見方」を強制するということ、そして後の問題は、観察者が自らを現実世界から「切り離す」ことによって、その構造を分析対象としての「所与の条件」としてのみ扱い、その現実の構成に自らもまた参与していることを隠蔽している、ということだと思います。
 たとえば、ある「女性(たち)」が男性による「性支配」を糾弾している状況について私が語る場合を考えましょう。ここで重要なのは、その場の状況というのが私が立っている立場にも言及しているということです。すなわち、そこでは私が男性であるために私もまた「糾弾される側」に立たされ、「糾弾」に対して答えることを要請されているわけです。
 その要請に答えなくてもすむ方法が「客体化の様式」なのです。「糾弾」が行われている場と私がいる場を切り離し、私の視点を「現実社会の外」に置くという方法です。これによって、私は「糾弾する側」も「糾弾される側」も「公平に」観察対象として分析することが可能になるというわけです。しかし、このような「客体化の様式」がたとえば観察者が女性であったならば、どういうことになるのでしょうか。「正しい分析(記述)の仕方」としての「客体化の様式」を強制されることにより、「糾弾する側」の視点を、それがまさに自らの視点でもあるという立場で語ることを不可能にさせられる、これがSmithの提出する第1の問題だと思います。
 第2の問題は、この例で説明することはかなり困難です。というのは、私がこの事例を提出する際にすでに「女性が」「男性による」というように性(ジェンダー)をその場の現実を成り立たせている要素として記述してしまってるからです。つまり私の事例の提出の仕方がすでに「客体化の様式」に基づいたものであり、そのことが、その場にいる一人一人の人間をカテゴリー化していくプロセス自体の記述を困難にしている、ということなのです。
 「差別される側」の視点に立つ差別論の「差別される側」とは、たとえば性差別なら無条件に「女性」を、部落差別なら「被差別部落出身者」を指し示しているのでは全くありません。前に出した例で言うと、場合によっては「『ミスコン』に反対する女性」をも「共犯者」として巻き込んでいくような場の形成にこそ目を向けるべきだと思います。しかし、「客体化の様式」による「カテゴリーの実体化」はそれを不可能にするのです。

 2)インサイダーソシオロジー

 このような「客体化の様式」に対するオールタナティプとして、Smithはどのような方法を対置しているのでしょうか。Smithは、「インサイダーソシオロジー、すなわち、システマティックに発展させられた、内側から見た社会についての認識」(Smith:1989, p38)を提案しています。すなわち、社会の現実を「外側から見る」という試みを放棄し、「認識主体が現に立っているところから始める」ことを要請しているのです。
 「認識主体が現に立っているところ」というのは、やや抽象的な言い方ですが、これを差別論の場合にあてはめて具体化するならば、私が見ている差別一被差別の関係性の中に私自身がどのように位置づけられようとしているのか、という視点から考えることだと思うのです。これが「共犯者」の視点から見るということの意味です。 「差別する側」の視点に立つ差別論は、『外部」に目を向けきせることによって「内部」を不可視なものとして構成している「装置」を、私もまたそれによって「不可視な内部」に位置づけられようとしているという認識のもとに、内部から可視化し、解体してゆく方法論であるという意味で、「インサイダーソシオロジー」の1つのあり方だと思います。

東京高裁の判決の『差別性』

東京高裁は同和地区Wikiに関する裁判で以下のような判決を下した。

抗告人は,前記1に認定の事実は,政治的な背景であって,これを理由に出版物の発行を禁ずることは許されない旨主張する。しかしながら,政治は社会の必要性に応じて行われるものであり,前記1に認定の事実は,我が国において,同和地区出身者に対する差別的な感情が現に存在し,差別的な取扱いが行われてきたことを踏まえ,立法府や行政府等において,このような不当な差別を解消するために様々な対策が講じられてきたことを示すものである。本件ウェブページ等の公表が禁止されるべき行為であるか否かは,社会通念を踏まえて判断すべきものであり,その場合において,我が国における過去から現在に至るまでの同和問題への取組み状況は当然に考慮すべき一要素になるというべきである。
抗告人は,地名の公開が個人の人格権の侵害に結びつくというのは異例であると主張するが,同和問題においては,本来,人の人格的価値がその生まれた場所や居住している場所等の地名によって左右されるべきではないのに同和地区出身者であるということだけで差別的な取扱いを受けることがあるという点が問題なのであり,個人相手方らには,このような不合理な差別を受けないという人格的利益が認められるというべきである。

佐藤教授の論に従えば、東京高裁は、「同和地区出身者は差別される存在として取り扱わなければならない」という部落解放同盟の主張に同意した『共犯者』(部落差別者)であり、さらに判例とすることで国民全体に『共犯関係』を強要していることになる。すなわち「同和地区は差別される場所として取り扱わなければならない」という合意を東京高裁が国民に従わせようとしているのだ。

東京高裁は「本件ウェブページ等の公表が禁止されるべき行為であるか否かは,社会通念を踏まえて判断すべきもの」として社会通念を差別の判断基準として責任転換しているが、そのような『差別的な社会通念』を醸成しているのは東京高裁自身である。『差別的な社会通念』が原因で高裁が判決を下すのではなく、高裁の判決こそが『差別的な社会通念』の原因である。このようなマッチポンプを正当化できるのであれば未来永劫部落差別は無くならないであろう。

部落解放同盟はこの東京高裁判決を逆手にとり、同和地区が存在しない東京都に同和地区を作ろうと画策している。「不合理な差別を受けないという人格的利益が認められるというべき」なのであれば、部落差別解消の為、行政は「同和地区を指定」し、同和地区に金を出せ、と部落解放同盟はずっと要求してきた圧力団体である。自ら同和地区出身者になりたいと要求しておきながら、同和地区出身者であることを指摘されると「差別だ」などと騒ぎ立てる部落解放同盟の言動は正に「えせ同和」と呼ぶに相応しいものである。しかし、部落解放同盟以外の圧倒的多数の地域住民のプライバシーや人格権を考慮すれば、「同和地区指定」など許されるはずなど無い。

裁判所としてはこのように判断すべきではなかったのか。

「部落解放同盟の主張する人格権やプライバシー権の主張は、『同和地区指定』による『補助金支給』を目的としたものであり、かえって部落解放同盟以外の地域住民の人格権やプライバシー権を侵害し抵触するものである為、これを認めるべきではない。また『同和地区指定』を要求する団体は、その指定により『同和地区出身者』となることを既に受け入れているのであるから、人格権やプライバシーの問題は発生していない。」

しかし、東京高裁が公的に「同和地区出身者差別はある」などと宣言した為、本当に「同和地区が作られ」「同和地区出身者差別が起こる」という恐るべき未来が招来することになったのだ。

一方、つばめ次郎こと部落解放同盟山口県連書記長の川口泰司は、東京高裁の判決とは逆に、「同和地区指定によっては差別は起こらない」「部落調査により部落地名総鑑を作成しても差別ではない」などど開き直っている。

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宮崎県では同和予算獲得の為に被差別部落でない一般地区が「同和地区」に指定され、当該住民は強制的に「同和地区出身者」させられている。部落調査は同和対策事業を前提にする調査であり、同和対策事業により「同和地区」「同和地区出身者」が生み出されている。川口泰司の発言は、被差別者でないにも関わらず部落解放同盟の金儲けの為に被差別者にさせられた宮崎県民を侮辱する差別発言である。このような差別者が被害者の振りをして、さらに批判者に差別者のレッテルを貼るような名誉毀損は人権団体として最悪の対応であり、川口やその賛同者は全部落民、全同和地区出身者、差別者のレッテルを貼った相手に謝罪するべきだ。

今ある差別にどう対応するか

東京高裁は判決で以下のようにも述べている。

抗告人は,個人相手方ら情報記載部分は,特別の事情がない限り人が社会生活を送る上で他人に隠すようなものではないから,プライバシーに属する事実に当たるかどうか疑問である旨主張するが,このような個人情報についても,本人が,自己の欲しない他者にはみだりに開示されたくないと考えることは自然なことであり,個人相手方ら情報記載部分は,プライバシーに係る情報として法的保護の対象になると解すべきである(最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決民集57巻8号973頁参照)。

なお,抗告人は,個人相手方らの出身地は疎明されていない旨主張するが,甲2から甲6までの各陳述書により,個人相手方らが同和地区出身者であると一応認めることができるから,同主張も採用することができない。

要約すれば

  • (出身地、所在地のような)地名の公表は人格権が認められ、プライバシーに係る情報であり法的保護の対象として保護される。
  • その為の要件である部落や同和地区出身であることは証明を要せず「宣言」するだけで良い。

となる。

東京高裁の判決が正当なものであるならば、現在でも多くの部落差別が存在する。NTTの電話帳(タウンページ、ハローページ)は部落民(同和地区出身者)の住所を掲載しており、多くの公共図書館に配架されている。部落解放同盟は部落や同和地区の場所を列挙した部落地名総鑑を多数出版し、こちらも多くの公共図書館で公開されている。

これらの資料により部落民(同和地区出身者)だと暴露された被差別者の、一刻も早い救済が望まれる。まず、かつての部落地名総鑑同様、図書館資料であれ、部落解放同盟が率先して実行したように、例外無く廃棄・焼却しなければならない。また部落解放同盟は自らが出版した部落地名総鑑により部落民(同和地区出身者)だと暴いた全住民に、プライバシー侵害による損害賠償を払う義務がある。同和地区Wikiは部落解放同盟こそが部落地名総鑑を出版しプライバシーを侵害し続けていることを告発していたにも関わらず、その同和地区Wikiこそが部落解放同盟員のプライバシーを侵害したなどと言いがかりを付けて提訴していたので、その請求額に倣い、部落解放同盟が部落民(同和地区出身者)に払うべき損害賠償額は一人当たり200万円が妥当である。

まずは部落解放同盟自身が襟を正すべきだ。自らは差別した覚えは無いなどという言い逃れは許されない。「部落解放同盟による部落差別」の被害者は今も全国に多数存在するのである。

部落差別をしているのは誰か

評論家・元政治家でフェミニストでもある三井マリ子は、パソコンソフト「直子の代筆」の名称が女性差別に当たると主張した。彼女の論によれば、代筆業は単純労働であり、これに女の名前を冠したことが差別に当たるとのことであった。これに対し、「本来代筆業は知的職業であり彼女の論こそ職業差別である」と、反発する意見が女性側から寄せられた。以後、三井氏はこの件について特に発言していない。

同様の事例には以下のようなものがある。

http://archive.is/BBH6k

C1815.jpeg


ところで、鳥取ループ氏は部落解放同盟の西島藤彦書記長との面談を以下のように報告している。[113]

西島書記長の主張は、意識調査をすれば、未だに5,6割の人が結婚に際して相手の身元を調査すると答えたこと。そして、探偵や興信所に身元調査を依頼する人の8~9割は差別を目的としているということ。そのように差別が蔓延しているので状態で、部落の場所を暴露すると、差別者に利用され、差別を助長するということだ。

西島書記長が指摘するように、

  • 部落差別が蔓延する状況において
  • 差別を助長するので
  • 「特定の地域が同和地区(部落)である」との『事実の指摘』は差別になる

という論理が正しいのであれば、

  • 韓国人差別が蔓延する状況において
  • 差別を助長するので
  • 「100円と見せかけて100ウォンを支払う者がいる」との『事実の指摘』は差別になる

という論理も正しいのではないのか。しかし、このように差別に該当しない事実の指摘をあたかも差別発言であるかのように批判する行為は「藁人形論法」の典型例である。

水平社宣言には

全國に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ。吾々が穢多である事を誇る時が来たのだ。

とある。全国水平社は部落解放同盟の前身である。しかし部落民(穢多)であることを誇らず、むしろ部落地名の公表により「部落差別を受けた」と部落解放同盟の一部が訴えている。一体部落差別をしているのは誰なのか。

「部落民」でなく「部落解放同盟員」であることを隠したい部落解放同盟

部落解放同盟の川口泰司は、部落解放同盟員であることをあえて隠し、山口県人権啓発センター事務局長を自称している。社会学者の齋藤直子は部落解放同盟の研究所に所属したことをあえて隠し、部落差別の研究成果を公表している。

なぜ部落解放同盟にいることを隠さなければならないのか?

それほどまでに部落解放同盟の信用が社会的に失墜していることを自覚しての振る舞いと言えそうだ。

部落解放同盟は同和地区Wikiの部落解放同盟関係人物一覧により「自分が部落民だと暴露された」として同和地区Wikiを提訴しているが、本当に隠したがっていたのは「部落解放同盟員である事実」ではなかろうか?

出典

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  2. 「弓矢事件」とその後について(1) 弓矢事件とその後(2) 「弓矢事件」について(3) 「弓矢事件」とその後について(4) 弓矢「差別事件」の真相 本人が語る
  3. 「保守速報」の記事掲載、差別と認定 地裁が賠償命じる:朝日新聞デジタル
  4. 練馬区練馬1~4丁目の人口が14219人。
  5. 東京に部落差別はない?――見えない差別を可視化するBURAKU HERITAGEの挑戦 / 上川多実 / BURAKU HERITAGEメンバー | SYNODOS -シノドス-
  6. 部落解放同盟東京都連 - 同和対策審議会
  7. 『広報あしや』(昭和49年12月20日、334号、芦屋市役所)
  8. 『水平運動史の研究』(第4巻、資料編 下、部落問題研究所)93、99頁
  9. 『融和事業年鑑昭和十年版十巻復刻版』(部落解放研究所、中央融和事業協会)352〜356頁
  10. 平沼騏一郎 - Wikipedia
  11. 法務省 - Wikipedia
  12. 法務省:同和問題とは
  13. 組坂繁之委員長も「部落問題入門」に注目 | 示現舎
  14. 部落解放同盟中央執行副委員長 片岡明幸 陳述書 | 「全国部落調査」復刻版 出版差し止め事件裁判
  15. 部落解放同盟・小林健治の「言葉狩りの論理」に私は反対だけど - kojitakenの日記
  16. 部落出身者と結婚差別 齋藤直子 / 部落問題論・家族社会学
  17. 部落解放同盟の支部長だとを齋藤直子が暴露している。『都市型被差別部落への転入と定着』(齋藤直子)部落地名総鑑『40年のあゆみ』の著者である部落解放同盟の大賀正行との関係は要調査。
  18. KAKEN — 戦後大阪の都市部落の変容過程に関する総合的研究
  19. 19.0 19.1 19.2 『共生社会研究』(大阪市立大学、2017年第12号)  『「部落差別の解消の推進に関する法律」施行と今後の課題』(齋藤直子)
  20. Q.部落の人って育ちが悪くて怖いんでしょう? - ABDARC~鳥取ループ裁判支援サイト~
  21. 「部落はない」といわれ 会津地方と米沢市の現状 東北地方の被差別部落研修 「解放新聞」(2012.10.15-2589)
  22. 部落探訪(20)東京都国立市谷保 | 示現舎
  23. <「全国部落調査」復刻版出版事件裁判・第6回口頭弁論>サイト編集も被告が〜別サイトでも情報を変更:最新情報|部落解放同盟中央本部
  24. ジャーナリストの森功氏も橋下氏の「同和」報道に荷担したが、元部落解放同盟(除名)の小林健治は森功氏を糾弾していない。なお森功氏には飛鳥会事件の小西邦彦の生涯を描いた『同和と銀行』という著作があるが、本書は小西の関係者(例えば部落解放同盟、暴力団)でなければ知り得ないような小西の経緯、性格を詳述している。(よくぞ取材できたものである。)ここがヘンだよ部落解放同盟 「差別発言」糾弾の矛盾と謎 - NAVER まとめ
  25. 橘玲は以下のように述べている。

    だが、同和地区のタブーは絶対的なものではないはずだ。同和地区を特定することでそこに住むひとたちが被る不利益よりも、社会全体がより大きな利益を得ることができるならば(あるいはそう確信しているならば)、表現者は自らの意思でタブーを踏み越えていくことができる。

    同和地区を掲載することは「絶対に」許されないのか? | 橘玲 公式サイト

  26. [http://archive.fo/T89zu 「橋下徹は部落の鬼っ子」 部落解放同盟委員長に聞く | ビジネスジャーナル]
  27. 対抗言論 - Wikipedia
  28. グーグルマップ:大阪の私鉄駅名に「部落」付け加え - 毎日新聞
  29. Googleマップをイタズラで書き換えると罪になる?軽犯罪法について | いいねを押したい弁護士ブログ
  30. 連続大量差別はがき事件 - Wikipedia
  31. 「同和の人は怖い」『同和利権の真相』読み「部落解放同盟に反感もった」と|部落解放同盟中央本部
  32. 全国部落調査事件 第2回口頭弁論 原告(部落解放同盟)側書面
  33. A0,B0,C0,D0はいずれかを満たせば○、E0はいずれも満たして○にしている。
  34. 『人権問題研究』(10号、2010、大阪市立大学)131〜135頁
  35. 債権者準備書面2-H28-11-14.pdf
  36. 36.0 36.1 インターネット上の差別 裁判で明らかになる実態 弁護士 中井雅人さん | ふらっと 人権情報ネットワーク
  37. 東京に部落差別はない?――見えない差別を可視化するBURAKU HERITAGEの挑戦 / 上川多実 / BURAKU HERITAGEメンバー | SYNODOS -シノドス- | ページ 2
  38. 東京)部落問題・差別を語る公開授業 上智大:朝日新聞デジタル
  39. 朝日新聞は以下のように報じている。 「戸籍開示要求は差別」指摘も 蓮舫氏「特例」強調:朝日新聞デジタル

    1970年代には被差別部落の地名を記した「部落地名総鑑」が出回っていたことが明らかになり、就職の選考で戸籍謄本の提出を求めることは就職差別につながるとして、禁じられるようになった。2000年代以降も「総鑑」の電子版が出回ったり、戸籍情報の不正取得が発覚したりしている。

    全国部落調査』(復刻版)や同和地区Wikiは「部落地名総鑑」であるとして川口泰司ら部落解放同盟員は提訴し、朝日新聞の北野隆一編集委員も「部落差別を助長する悪質な行為」だと報じた。

    しかし今回の記事には「部落地名総鑑」の一例として『全国部落調査』(復刻版)や同和地区Wikiは挙げられていない。一体いつから朝日新聞は『全国部落調査』(復刻版)や同和地区Wikiは「部落地名総鑑」でないと判断するようになったのであろうか。デマ報道をした自覚があるのなら訂正報道、謝罪報道くらいしたらどうなのか。

  40. 川口泰司は「部落解放同盟山口県連書記長」だが、朝日新聞は何故か「山口県人権啓発センター事務局長」と一貫して報じている。
  41. 『解放新聞』1988年12月26日付では、同教諭について、"人間改革が必要で、自己解放されない人間のあわれさをしみじみ感じる"などと報道。『解放新聞』1989年5月22日付では"物事を科学的、合理的に見る習性が身についていないようである"などと同教諭を批判した。
  42. 部落解放研究所編『戦後 部落問題関係判例[資料編]』p.1081
  43. 『花の育たぬ里もなし』p.113
  44. 平成元年(ワ)第294号損害賠償等本訴請求事件、同年(ワ)第485号損害賠償等反訴請求事件。
  45. 平成4年(ネ)第177号。
  46. 『花の育たぬ里もなし』pp.148-149
  47. 「今回の事件は落書き事件が発端となっておりますが、私は落書きそのものが貴女達の考えに同調しない私に対する仕返しとしてデッチ上げられたものと当初から思っております」(1988年9月2日付、森田益子宛の女性教諭の書簡。『真実から逃げることなく』p.98)
  48. 部落解放研究所編『戦後 部落問題関係判例[資料編]』p.1086
  49. 部落解放研究所編『戦後 部落問題関係判例[解説編]』p.384。執筆者は弁護士の大川一夫。
    • 部落問題研究所編『「解同」は何をしてきたのか』(部落問題研究所、1994年 ISBN 4829810394)p.38
    • 小笠原政子『真実から逃げることなく──一ツ橋小・人権侵害事件の真相──』(部落問題研究所、1989年 ISBN 4829815183)
    • 小笠原政子『花の育たぬ里もなし──一ツ橋小事件とわたし──』(部落問題研究所、1995年 ISBN 4829815256)
    • 部落解放研究所編『戦後 部落問題関係判例[資料編]』p.1056-1086
    • 『赤旗』1989年3月6日・3月11日・3月13日・3月14日付の連載記事「許すな人権侵害 高知『解同』らとたたかう女性教師」
    • 『解放の道』1989年3月15日付「『解同』と市教委が世論の前に孤立」「『旧身分調査』したうえ『部落民宣言』強要する」
    • 『高知民報』1989年4月9日・4月16日付「私は忘れない 苦痛の人権侵害」
    • 『解放新聞』1988年12月26日付
    • 『解放新聞』1989年4月17日付
    • 『解放新聞』1989年5月8日付
    • 『解放新聞』1989年5月22日付
    • 全国商業教育研究協議会「高知の人権裁判」
  50. 「書き捨て」られる苦しみ 部落差別は眠らない | HuffPost Japan
  51. CiNii 論文 - 日本における「図書館の自由」の展開 : 公共図書館を中心に
  52. 『図書館雑誌』(1985年1月号)
  53. 連載差別表現 第138回 広島法務局人権擁護部長の差別的暴論を糾す①
  54. 大阪府版 部落地名総鑑 (@osakaburaku) | Twitter
  55. 大江戸八百八町 | So-netブログ
  56. 被差別部落〜その4 ( ノンフィクション、エッセイ ) - ☆ニーチェの髭こと、物かき屋・凛 七星の隠れ家ブログ☆ - Yahoo!ブログ
  57. 『古地図と現代地図を重ね合わせて被差別部落を特定する書籍が出版「大江戸今昔マップ」』(部落解放同盟東京都連合会)
  58. 『東京法務局交渉 戸籍等不正取得事件の再発防止策などを要請 法務局は「人権に関する法律の必要性がある」と回答』(部落解放同盟東京都連合会)
  59. ネット時代の新たな差別問題 江戸古地図ブームで浮上した差別問題の深刻1/2(月刊『創』2013年11月号)『創』編集部
  60. 被差別部落の旧町名記載の古地図掲載 高田開府400年記念誌販売見合わせ|上越タウンジャーナル
  61. 高田開府400年記念誌7月1日販売再開 差別問題の解説文添付|上越タウンジャーナル
  62. 部落解放同盟の方の批判に答えて - 部落学序説
  63. 染み それとも 記号  フー: ジゲ戦記
  64. 部落解放同盟県連が南海大震災誌復刻版の不適切表現で県に要求 「賤称語残し」に固執
  65. CiNii 論文 - 日本における「図書館の自由」の展開 : 公共図書館を中心に
  66. スラップ - Wikipedia

    スラップ(英: SLAPP、strategic lawsuit against public participation、威圧訴訟、恫喝訴訟は、訴訟の形態の一つで、大企業や政府などの優越者が公の場での発言や政府・自治体などの対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者や個人・市民・被害者に対して、恫喝・発言封じなどの威圧的、恫喝的あるいは報復的な目的で起こす訴訟である。

    平手打ち(英:slapp)にも通じる表現でもある。

    概説

    経済的に若干の力がある団体が原告となり、対抗勢力を被告として恫喝的に行うことが多い。

    被告となった反対勢力は、法廷準備費用・時間的拘束などの負担を強いられるため、訴えられた本人だけでなく、訴えられることの怖さから、他の市民・被害者やメディアの言論や行動までもが委縮し、さらには被害者の泣き寝入りも誘発され、証人の確保さえ難しくなる。仮に原告が敗訴しても、主目的となる嫌がらせは達成されることになる。そのため、原告よりも経済的に力の劣る個人が標的になる。あえて批判するメディアを訴えずに、取材対象者である市民を訴える例もある。

    そのため、表現の自由を揺るがす行為として欧米を中心に問題化しており、スラップを禁じる法律を制定した自治体もある(カリフォルニア州。「反SLAPP法」に基づき、被告側が提訴をスラップであると反論して認められれば公訴は棄却され、訴訟費用の負担義務は原告側に課される)。

    日本でも、2000年頃から、企業・団体と、その問題性を告発する市民や被害者、支援団体、弁護士、ジャーナリストらに、「業務妨害」や「名誉棄損」などによる訴訟の形式をとり、高額な損害賠償を求める民事訴訟が乱発されるようになり、次第にスラップとして、この形態の訴訟の社会問題性が認識されるようになった。

    しかし、市民・被害者側、ジャーナリスト側でこの概念を浸透させる動きが見られているが、日本の用語としては定着途上の段階である。また、訴訟提起された側が、「これはスラップ訴訟だ」と反論するのみにとどまり、それが本当にスラップ訴訟であるかを断言すべき基準は存在しない。

    共にデンバー大学教授のジョージ・W・プリングとペネロペ・キャナンは、成立し得る基準として以下の4要素が含まれることを挙げている。

    *提訴や告発など、政府・自治体などが権力を発動するよう働きかけること

    *働きかけが民事訴訟の形を取ること

    *巨大企業・政府・地方公共団体が原告になり、個人や民間団体を被告として提訴されること

    *公共の利益や社会的意義にかかわる重要な問題を争点としていること

  67. 鳥取ループの「保全異議申立」は棄却!~出版・ネット掲載はダメ!~ - 部落差別は、今 ~TUBAME-JIROのブログ~
  68. 同和地区を電話で聞いた人を部落解放同盟が糾弾した集会(平成22年2月2日)
  69. 大賀正行 - Wikipedia
  70. 部落解放研究所第4回合宿総会基調提案 ”76年部落解放研究の課題と方向 --「人権年」を闘い取ろう 大賀正行
  71. 第181回 部落地名総鑑糾弾闘争の教訓 | 連載差別表現 | 小林健治
  72. 40年の歩み』45頁
  73. あなたの会社が同和に狙われる 第1回 部落地名総鑑事件から始まった | 示現舎
  74. 『関西大学人権問題研究室室報』(第46号、2011年1月10日発行、関西大学人権問題研究室)「被差別部落の明示は差別なのか」(住田一郎)
  75. [http://www7b.biglobe.ne.jp/~bukatucenter/1110aki.pdf カトリック大阪教会管区部落差別人権センターたより]
  76. 『関西大学人権問題研究室室報』(第48号、2012年1月10日発行、関西大学人権問題研究室)「部落解放研究第45回全国集会に参加して」(住田一郎)
  77. 『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』(小林よしのり、解放出版社、1995)
  78. 『新日本文学』(No.151)
  79. 平成18年度人権問題講演会、研修会の状況(同和問題・差別論)
  80. 『解放新聞』(2014.12.08-2694)
  81. 『部落解放第281号』(解放出版社)60〜61頁「どこにも負けねえぞ-下組のお囃子」(東京都連・国立支部 宮瀧順子)
  82. SYNODOS 東京に部落差別はない?――見えない差別を可視化するBURAKU HERITAGEの挑戦 上川多実 / BURAKU HERITAGEメンバー
  83. 『月刊ヒューマンライツ No.303(2013年6月号)』13頁
  84. いーこんこん あやこんこん:BURAKU HERITAGE 全体ミーティング その1
  85. 川口泰司は以下のように述べている。

    当事者のカミングアウトと、他者が「暴く」アウティングは意味がまったく違います。カミングアウトは自身が差別を乗り越えるうえで、相手や状況を判断して主体的にするもので、アウティングは単なる「暴き」です。同和教育における部落民宣言、立場宣言は、部落の子どもたちが、差別に負けない力をつけ、肯定的なアイデンティティの確立、反差別の仲間づくりを目指しておこなわれてきました。その前提として、しっかりとした部落問題学習や仲間づくり、地元の当事者との協議・信頼関係のうえでおこなってきました。地元や当事者の同意もなく、勝手にアウティングする行為とはまったく異なります。

    このように川口泰司は自信が部落民であるとのカミングアウトが、愛媛県宇和島市の住民8万人全員の同意を得られたものと主張している。

  86. 山口県人権啓発センター
  87. 『解放新聞』(2008.04.14-2365)「東北・仙台の部落学ぶ 女性・青年部が県外研修」
  88. 『部落解放同盟大阪府連合会』「山場を迎えた「市民交流センター」存廃問題 橋下市長は差別撤廃のための方向を示すべきだ」
  89. 『大阪市市民の方へ 市民交流センター』(大阪市)
    • 大阪市立市民交流センターなにわ、大阪市浪速区浪速西1-3-10
    • 大阪市立市民交流センターよどがわ、大阪市淀川区加島1-58-8
    • 大阪市立市民交流センターひがしよどがわ、大阪市東淀川区西淡路1-4-18
    • 大阪市立市民交流センターあさひ西、大阪市旭区生江3-17-2
    • 大阪市立市民交流センターあさひ東、大阪市旭区清水5-6-32
    • 大阪市立市民交流センターすみよし南、大阪市住吉区浅香2-1-9
    • 大阪市立市民交流センターすみよし北、大阪市住吉区帝塚山東5-3-21
    • 大阪市立市民交流センターひがしすみよし、大阪市東住吉区矢田5-8-14
    • 大阪市立市民交流センターひらの、大阪市平野区平野市町3-8-22
    • 大阪市立市民交流センターにしなり、大阪市西成区長橋2-5-33
  90. 『和歌山市における人権条例制定と人権の街づくり運動』(部落解放同盟和歌山県連合会・書記長 池田清郎)
  91. 『被差別部落に生きる わが半生の記』(松井久吉、三一書房、1983)
  92. 部落解放・人権研究所「月刊ヒューマンライツ」No.266(2010年5月号)26〜29頁
  93. M-CAN - ココロンセンター 福岡市人権啓発センター
  94. 大阪市浅香地域におけるまちづくり活動 にんげんの街づくり これからへとつなぐ 浅香地区まちづくり協議会 山本義彦
  95. 人権の砦「リバティおおさか」を守る 〜裁判支援集会〜
  96. 『関西大学通信』(第268号)
  97. 人権交流京都市研究集会
  98. VOL14「隣保館について」 | フォーラムにしなり
  99. 『すみりんニュース』(2014/9/20発行、公益財団法人住吉隣保事業推進協会、理事長友永健三)
  100. 11月 | 2015 | フォーラムにしなり
  101. 第38回平和と人権・狭山を考える池田市民集会⑤ : 闇と光 * 差別と人権
  102. 『すみりんニュース』(2012/12/23発行、公益財団法人住吉隣保事業推進協会、理事長友永健三)
  103. 「人権のまちづくり」事例収集比較研究・提言プロジェクト
  104. 第35回部落解放研究京都市集会
  105. 近畿、東海、北陸の青年が交流会 学ぶ機会、仲間との出会い大切に|部落解放同盟中央本部
  106. 人権資料・展示 全国ネットワークニュース((公社)甲賀・湖南人権センター、(公財)滋賀県人権センター、草津市立人権センター、堺市舳松人権歴史館)
  107. 東京・木下川で第24回研究者集会を開く | 最新情報 | 東日本部落解放研究所
  108. 「部落解放・人権文化フォーラム2016」が開催されます ひろげよう人権
  109. 集会所の利用権主張 同和行政廃止無効裁判で|部落解放同盟中央本部
  110. 不当判決に怒りの声 同和行政廃止無効裁判で|部落解放同盟中央本部
  111. https://web.archive.org/web/20080914091416/http://www.davidicke.jp/blog/nl0128/
  112. 部落解放同盟中央本部との面談レポート | 示現舎