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荻上チキ(乙川知紀)

提供: 同和地区Wiki
移動先: 案内検索

荻上チキ

荻上チキは兵庫県出身の評論家である。特定非営利活動法人「ストップいじめ!ナビ」代表理事。人権問題やいじめに関する論評で知られる。

荻上チキはフェミニストとしても知られており、アンチフェミニズムを「バックラッシュ」(反動)と断じている。[1]

しかし荻上チキ自身は子どもがいながら不倫をし、妻と別居する一方で不倫相手と同居するという、信じがたい人権感覚の持ち主であることを『週刊文春』に暴露されている。[2][3]

自ら公表した実名でプライバシー侵害されたと主張

荻上チキは本名が「乙川知紀」であることを小谷野敦に暴露されたと主張し、小谷野氏を批判している。

小谷野敦さんに実名を晒された件/および匿名と顕名の擁護 - 荻上式BLOG

なお、この荻上氏の見解は事実誤認であり、濡れ衣だとの逆批判もある。

荻上チキの正体 - 猫を償うに猫をもってせよ(小谷野敦氏のブログ)[4]

チキは私が小山エミと論争している時に、「小谷野さんがぐずぐずになっている」と書いているし(私はぐずぐずになどなっていない)、林道義をも批判しているから、匿名批判は卑怯だという考えのもと、明かすべきだと思うのだが、一点、躊躇されるのは、私がチキの実名を知っているのは、当人が本を送ってきた時に封筒の裏に書いてあったからで、当人が知らせてきたのを、当人が嫌がっているのに明かすのは、どうか、と思うからだ。もっとも当人は、封筒の裏に書いたことは忘れていたらしく、筑摩書房から聞いたと思ったらしいが、それは個人情報保護法違反だから、ない(筑摩の編集者とはもちろん時々電話で話すから、「本名知ってるんですが、明かすとまずいですかねえ」みたいな話はした。それがチキ担当編集に伝わり「小谷野が名前を知りたがっているみたい」になったのだろう)。現に私はパオロ・マッツァリーノの実名を知らない。筑摩では当然知っている。

 しかし、それから三ヶ月たって、やはり、東大の院修了という身分を明かし、なおかつ変名というのは、卑怯だという念が消えない。それでチキにまたメールして訊ねたが、やはり困るという。そして私が実名を明かしたらそれは卑怯だという。私はそうは思わない。

https://ameblo.jp/seijotcp/entry-10077253951.html

TBSラジオ荻上チキ不倫相手は誰?これが本名非公開理由か - ヒストリア・ワーク

荻上チキ(乙川知紀)は酷い人だった。 - 日記

「荻上チキの実名は乙川知紀」とネットの情報より引用する - 日記

■後だし「非公開要望」を受容することの弊害

そもそも、事の発端は乙川氏が小谷野氏に献本した際に、自分で本名を記したことに始まる。当然ながら、「荻上」と名乗ることは十分可能だった。非公開を望むなら、普通そうするだろう。なんでも乙川氏自身が本の中で

    ――「炎上」に関して、こういうことだけはやっちゃいけないような、まずいことってありますか?

    インターネットというのは「つながる」ものなのだということを忘れてはいけないということでしょうか。違うコミュニケーションに接続されることがあるのだから、手紙の宛先に注意をしすぎるということはない。

と、書いているのだから、余程の間抜けで無い限り、自ら望んで本名を明かしたということだろう。もしギャグのような恥ずかしい失敗であるとしても、非公開を望むならば、この件について、ちゃんと説明をすべきと思うが、乙川氏は何も説明していない。名前を明かし、小谷野氏との、学術的もしくは学閥的な関係構築を目的としたものの、そういう関係構築に失敗したのだろうか。ともかく、小谷野氏は名前と所属を事実上公表したし、これは有名人としての荻上チキ氏の活動をトレースする上でも非常に貴重な公益に適う情報である。

乙川氏は、発端を説明せずに、非公開を望むとだけ言っていてるが、このような後出し非公開要望を受け入れると様々な弊害が出てしまう。例えば、高校歴史教科書の文部省の検定意見の変遷に付きid:lovelovedog(細田均氏)が村瀬信一氏の経歴を書いていたりする。村瀬氏が『経歴・史学の師弟関係に付きネット公表を望まない』とか『沖縄タイムスの記事と自分を結びつけるエントリを削除せよ』とか言うような無茶な主張をしだしたら、乙川氏や、彼の言い分を支持する人たちも同意するのだろうか?

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070621/murase


このように荻上チキ自身が既に実名を公開していたにも関わらず、他人が実名を使用すると「プライバシー侵害だ」と被害を主張し始めるのは、「解放新聞」や「NTT電話帳」によって既に自ら公開していた個人情報を用いられたとして同和地区Wikiを提訴した部落解放同盟と相似である。なお「解放新聞」や「NTT電話帳」に掲載されていた部落解放同盟の個人情報を同和地区Wikiに投稿したのは上川多実であることがほぼ確定しており、上川多実荻上チキが編集責任者であるネットメディア「シノドス」で個人情報暴露の被害を訴えているが、このように自作自演のプライバシー暴露により他人を「加害者」に仕立て上げる「冤罪」の手口を、荻上チキ上川多実に教唆したか否かは不明である。[5]

部落や部落民の暴露(アウティング)

荻上チキは小説家の中上健次を被差別部落出身だと暴露(アウティング)している。[6]

荻上:そうですよね。芥川賞作家でもある、中上健次という作家がいますよね。彼は被差別部落出身でしたが、中上の友人でもある批評家の柄谷行人は、私が以前聴講した講義の際に、「部落差別があったから中上の文学が生まれたという人がいる。しかし、部落があったから中上が生まれたと語られるのなら、文学などいらない」ということを言っていました。それと同じく、内藤さんにそのような経験があったからこの本が書けた、という人もでてきそうな気がするんですが、こんな本は出なくてもよかったから、内藤さんは幸せに生きたかった、内藤さんには幸せに生きてほしい、そういうところはありますね。

また荻上チキは自らが司会するラジオ番組「session-22」で、作家の高山文彦と共に、長崎の原爆投下地が被差別部落だと暴露している。荻上チキは兵庫県出身であり、長崎に在住しているわけでもない。このような被差別部落出身者でないと者により、他人が部落民であったり、ある場所が被差別部落であることを暴露する行為はアウティングと呼ばれ、部落解放同盟が差別的言動として批判しているものである。番組では一見被差別者や被爆者に寄り添う人道者のように振る舞いつつ、実態は無神経にも被爆者を「部落民」だと暴き、プライバシーを侵害する「セカンドレイプ」に荷担している。

【音声配信】特集「原爆、被差別部落、そしてキリシタンをめぐる長崎の物語〜ディレクターズカット版」高山文彦×中園成生×荻上チキ2018年8月9日(木)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」22時~)

部落解放同盟への極端な肩入れ

齋藤直子は評論家の荻上チキが司会するTBSのラジオ番組「荻上チキ・session22」に2017年8月16日に出演する。荻上チキが部落解放同盟員や(齋藤直子のような)関係者を度々自身のラジオ番組に出演させる政治的意図は不明である。荻上チキが自身のメディアで取り上げた部落解放同盟関係者は

  • 齋藤直子 (部落解放同盟の協力により、大阪市内の同和地区を把握する。部落解放同盟の研究所に所属。)
  • 岸政彦[7] (部落解放同盟の協力により、大阪市の同和地区「矢田地区」の実態調査を実施。)
  • 上川多実(部落解放同盟東京都連・長谷川三郎の娘。部落解放同盟が『部落地名総鑑』を発刊した事実を告発する同和地区Wikiに対し、同和地区Wikiこそ差別サイトであると言いがかりを付け提訴している。)
  • 角岡伸彦 [8]
  • 北口末広[9]
  • 川口泰司(部落解放同盟山口県連書記長。川口は自らは部落地名総鑑『40年の歩み』等を出版した部落解放同盟系の人権団体に所属しながら、その事実を認めず、その事実を告発する同和地区Wiki側を差別サイトなどと言いがかり付け提訴している。荻上チキは、川口泰司が部落解放同盟山口県連書記長であることをあえて隠蔽し、中立を装った上で自らのネットメディアで川口泰司に同和地区Wikiを批判させるという人権侵害に荷担している。このようにまとめサイトを悪用して他者の発言を借用し批判させることも人権侵害と司法は判断しており、人権擁護を騙った荻上チキの悪質な人権侵害は断じて許されるものではない。)
  • 奥田均(自らは数多くの同和地区を書籍・インターネットを通じて暴露しながら、同和地区Wikiによる同和地区の公表(部落解放同盟や奥田均のような研究者による同和地区の暴露に対する告発)は差別だとの意味不明な主張をしている。奥田均が暴露した同和地区の一例が以下のサイトで閲覧可能である。近畿大学学術情報リポジトリ)[10]

等である。なお荻上チキは部落解放同盟が創設した団体である部落解放・人権研究所で講演もしている。

また荻上チキは以下のように部落解放同盟への党派性を表明している。[11]

路地をテーマにした記事や書籍は、しばしば「闇」「タブー」「暴露」「告発」といった言葉でそのインパクトを強調されてきた。著者・上原自身も、そう理解される文章を書いてきてもいるし、そこには評者が同意できない議論も含まれる。そのため、本書の取材対象についてもまた、よりスキャンダラスに、あるいはより攻撃的に取り扱うことはいくらでもできただろう。

なお社会学者の齋藤直子は政府による部落実態調査の報告書である『全国部落調査』が差別図書であり、それを掲載した同和地区Wikiは差別サイトであると批判する一方、「部落差別の実態に係る調査」の必要性を訴える、支離滅裂で矛盾した主張を展開している。[12]しかし、荻上チキはその矛盾を知りながら、自らが司会するTBSのラジオ番組「session-22」にあえて齋藤直子を出演させ、同和地区Wikiを批判させている。

部落解放同盟の西島藤彦は部落差別解消推進法の国会審議において以下のように述べている。[13]

○参考人(西島藤彦君)部落解放同盟の本部の西島です。どうぞよろしくお願いします。
今日は私どもピンク色の資料を用意しまして、これは、この間、今年になって発覚をいたしました部落地名総鑑の原典、全国部落調査復刻版というものが今年の二月にネット上で出てまいりました。戦前の融和事業の際に、融和事業協会が全国の被差別部落五千五、六百の同和地区の調査をしています。そこの部落の地名、世帯数、人口、そして主な職業、生活程度、こういうものを書いた本を彼がどこから入手をしたのか、それをネット上からそれぞれの地方にどんどん発信しながら、もちろん戦前でありますから地名も変わっております。そういうものを変えながら、本にして販売しようという状況が生まれました。
 現在、私たち、もちろん本人に直接抗議もしましたけれども、それをやめないという状況が繰り返し起こっておりましたので、出版の差止めの裁判を争っている状況であります。このように、現行法では、このことを取り締まるに当たって、名誉毀損とか損害賠償とかでしか差別であることを理由としての裁判をすることはできないわけであります。

このように西島は融和事業の為だという理由で『全国部落調査』を作成した中央融和事業協会を差別者と認めず、一方で当該調査資料を復刊しようとした一部の者(部落解放同盟関係者は対象外扱いである。)を差別者扱いし、さらに中央融和事業協会が融和事業の為に調査したのと同様の「同和地区」調査を「部落差別解消推進法」制定により実施しようとする、矛盾に満ちた支離滅裂な主張を展開した。このような主張の矛盾については部落解放同盟による部落差別を検証するの頁で検証している。

なお社会学者の齋藤直子と評論家の荻上チキはこの西島の国会発言を根拠に『全国部落調査』の復刊や同和地区Wikiの運営を差別扱いしている。その齋藤自身も、あろうことか「部落差別解消推進法」制定による部落調査の必要性を主張している。齋藤直子は部落解放同盟の協力により大阪市内の12の同和地区を掲載した「部落地名総鑑」を入手しており、部落解放同盟の「御用学者」と言えよう。

荻上チキはデマ報道の研究、批判でも知られており、著書に『検証 東日本大震災の流言・デマ』(荻上チキ)がある。しかし、部落解放同盟や行政が部落差別を助長する「部落地名総鑑」を作成・出版していた事実を告発する同和地区Wikiに対し、荻上チキはマスメディアの権力を悪用して「同和地区Wikiこそが差別サイトである」とのデマ報道に荷担している。

荻上チキ責任編集のネットメディア「シノドス」では、明らかに嘘だと分かる証言、つまり「自身の住所が鳥取ループ(宮部氏)により晒された」とする上川多実の証言や、組坂繁之宛に届いた脅迫状は住所の記載が無いにも関わらず「同和地区Wikiに住所が晒されたことで脅迫状が届いた」する川口泰司のような証言を、宮部氏を差別者・加害者に仕立て上げる目的で悪意をもって報じており、荻上チキ氏にもデマ報道について名誉毀損の責任が問われることになる。

但し、荻上チキ齋藤直子上川多実川口泰司にメディアでの発言機会を提供しただけであり、自身は鳥取ループに対する名誉毀損の発言はしていない等と言い逃れを謀る可能性がある。

荻上チキはラジオ番組「session-22」で以下のように発言している。

TBSラジオ『荻上チキ・Session-22』伊藤詩織さん インタビュー全文書き起こし ① | Shiori-Black-Box

南部広美: 検察審査会に申し立てを行った詩織さんへのインタビューから考える性暴力被害をめぐる問題とは。元TBSの記者でフリージャーナリストの山口敬之氏による性暴力被害を訴えているジャーナリストの詩織さんが検察の不起訴処分に納得がいかないとして、5月29日、検察審査会に不服申し立てを行い記者会見をしました。
南部広美: 詩織さんは、山口氏と飲食をした後に記憶が途絶え、性暴力の被害を受けたと主張。一方、山口氏は法に触れることは全くしていないと否定しています。今国会では性犯罪への厳罰化などを求める刑法の改正案が審議されていますが、そんな中、番組では、伊織さんへのインタビューを行いました。今夜はその模様を中心に、性暴力被害と刑事司法やメディアの問題などについて考えます。
荻上チキ: 普段わたくしは、ニュースのコメントをする際に個別の事件についてはコメントを控えるといった立場をとっているんですね。そういった場面においては、例えば一般的な議論、例えば推定無罪の原則の重要さであるとか、統計的な現状の説明であるとか、そうしたようなことにコメントを注力するようにしています。
このニュースについても、このニュースが取り上げられた当日のオープニングで、一般論として性暴力について語る際には、いろんな角度の注意が必要だと。一つは、一般的な犯罪に関する語りとして推定無罪の原則。司法手続きの中で、色々な取り調べであるとか捜査が行われて、司法の手続きの中で捜査する際には、司法及び国家というのは強力な権力を持っているので、その権力が無罪の人たちを有罪にしてしまう、あるいは冤罪が起きるわけですね。だからそういったその権力の乱用というのを避けるために、具体的な犯罪についての議論というのは、推定無罪の原則は守りましょう、ということになっているんですね。他方で、当日話もしたんですけれども、性犯罪に関しては一般的にその強姦神話などがあって、その被害者に落ち度があるとか、被害者の訴えに嘘があるという形で被害者を責めるというような格好が割と起こりやすい部分ですよね。だからこう言ったその性暴力の問題について議論する際には、その双方に丁寧な配慮した上での議論が必要だ、というふうに述べました。ただ個別に踏み込んだ議論はしなかった。
今日このテーマを取り上げるのは個人的な理由付けもあるんですけれども、まずですね、一つは普段はその具体的な事件を取材したいから、そのことはコメントできないという立場なんですが、今回は具体的に被害を訴えている方と、それを訴えられてる方の双方の取材ができたということになるのでまず取り上げます。それからもう一つなんですけれども、推定無罪の原則とその強姦神話に関するこの辺りの理解というのがなかなか行き届いてないということも感じるので、そうした情報発信をしたいということもあるんですけれども、同時に今回、一つの疑惑として司法手続きが歪められたんじゃないかという議論もあったりするわけですね。となった時に、その司法手続きが正当なのであれば推定無罪の原則で議論することが必要でもあるんですけども、しかしその司法手続きが問題があったのではないかという疑惑があった場合には、それを検証するのもまたメディアのひとつの手がかりということになってくるわけですね。
あらかじめ断っておくと、今回の特集は特定個人を糾弾するようなものではありません。推定無罪の原則の重要さというものは、冒頭から繰り返しているようにしっかりと多くの人に共有したいと思います。他方で、被害を訴える過程の中で、当事者が司法や捜査機関やあるいは周囲や、場合によってはメディアから、どういった形で取り扱われるのかというような証言から、今のその形而上の問題とかそれからこういった問題の語りにくさ、声の上げにくさ、こういいったことをやっぱり真正面から考えるということは、とても大事なことだと思うんですね。なので今日はですね、この詩織さんのインタビューから性暴力被害を巡る問題について考えたいと思います。ではまずはですね、最初に一連の事件の経緯について振り返りたいと思います。

このように表明しつつ、荻上チキが鳥取ループを取材した形跡はなく、一方的に「部落差別者」に仕立て上げている。

絓秀実の「部落民は存在しない」説を黙殺

荻上チキと絓秀実は「革命待望!―1968年がくれる未来」等の共著に携わっている。また荻上チキはブログで絓秀実の書籍刊行イベントを宣伝する等、両者は親密な関係である。[14]

絓秀実は自著で以下のように述べている。[15]

被差別部落民など存在しないのだ。そもそも、明治国家はいちはやく、「解放令」(一八七一年)によって、部落民は存在しないと宣言していたのではなかったか。近代国民国家の論理によっては、部落民を定義できないからである[16]

メディア:絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』404-422頁.pdf

メディア:絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』451頁.pdf [17]

 部落差別が批判されなければならないのは、それが近代国民国家の法に照らしてさえ、何の根拠もないからである。しかし、より詳しく見てみれば、部落民とはいかなる定義も不可能な存在だということが知れる。繰り返していえば、それは他の日本国民に対して、いかなる意味でも差異を持たぬ無徴なのだ。たとえば、それは職業差別だという言い方がある。しかし、部落と呼ばれるもののうちには、一般的な農業に従事していたところも多々存在する。非定住者や芸能者のみが被差別者なわけでもない。さまざまな部落起源があり、それらを共通の定義でくくることは不可能なのだ。
 だとすれば、部落民の定義とは、「それが部落民と言われてきたから、部落民なのである」、すなわち「部落民は部落民である」というトートロジーにしか帰結しはしない。(注18)しかも、明治政府のいわゆる解放令(一八七一年)以来、部落民なるものは制度上、存在しないのだ。部落差別糾弾とは、この、差別の根拠を欠いた部落民なる存在を差別してあげつらう者に対して、「部落民は存在しない」と言いつづける批判にほかならないだろう。これは、フェミニズムが「女」なるものは男のへゲモニーによって表象された、男性支配に都合のよいイメージに過ぎず、それゆえ「女は存在しない」(ラカン)と言うことに等しい。
 ところが、部落解放運動は、資本制国民国家における報酬配分の要求のなかでは、この「部落民は存在しない」というテーゼを放棄しなければならない事態に逢着するほかない。われわれ部落民は、部落民であることによって経済的な不利益をこうむってきたのだから、それを補填せよという要求は、自らを部落民として認める以外にはできない主張だろう。われわれは日本国民であるが、同時に、部落民であるという主張は、全き矛盾のはずである。なぜなら、日本には部落民なるものは存在しないはずだからだ。しかし、経済的要求のためには、その矛盾は隠蔽される。その要求のためには、われわれは部落民であると認めながら、同時に、これまでになされてきて今なおなされている部落差別に対する、「部落民は存在しない」という立場からの批判も随伴されざるをえないという悪循環が生起してしまうのである。
 存在しない「無」であるにもかかわらず存在してしまう「何か」、これを「もの」(フェティッシュ)と呼んでおこう。部落民とは、日本の「国民」(ネイション)に穿たれた亀裂としての無であり、なおかつ、その亀裂をふさぐ「もの」でもあり、ラカンの用語を用いれば対象aであるということができよう。それは、近代において「国民」が統一的な全体として成立しようとする時(去勢されようとする時)、その全体化する欲望が向かう「剰余享楽」(ラカン)である。[18]

絓秀実によれば部落民は存在しない為、部落差別の被害者も加害者も存在しない。しかし荻上チキは絓秀実の見解を黙殺し、自身が司会するラジオ番組で部落解放同盟の川口泰司にありもしない部落差別について語らせ、デマを拡散している。

【音声配信】特集「ヘイトスピーチ解消法施行から2年。ネットはヘイトにどう向き合うべきか」明戸隆浩×ハン・トンヒョン×荻上チキ2018年5月31日(木)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」22時~)


なお「世の中全て分かっている系」という言葉を生み出した『現在ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)では評論家の荻上チキ自身が評論されている。

「世の中全て分かっている系」が厄介な理由 (1/2) - ITmedia ビジネスオンライン

Ceron - 「世の中全て分かっている系」が厄介な理由 (1/2) - ITmedia ビジネスオンライン

このように荻上自身が評論の対象にされるのは、部落解放同盟の運動家によるデマをメディアで紹介しつつ、絓秀実のような学術的な分析に一切反論しない、卑怯な立ち位置にいるからであろう。もしこのような(同和地区Wiki含めた)批判こそデマだと反論するのであれば、少なくとも荻上チキは同和地区Wikiのみならず絓秀実もデマを発信していると批判した上で、「部落民は実在する」と「自ら」主張する必要があるのではなかろうか。

荻上チキによる部落差別に対する批判

荻上チキは朝日新聞に「ウェブ上であおる敵意「沈黙は肯定に」」と題し寄稿している。この中で荻上は以下のように述べている。

ウェブ上であおる敵意「沈黙は肯定に」 荻上チキさん:朝日新聞デジタル

ウェブ上であおる敵意「沈黙は肯定に」 荻上チキさん
2018年8月21日07時55分

他方、ウェブ上には多くの流言・デマが拡散されていた。そうした「悪貨」を中和し、より適切な知識を提供するため、複数の「まとめサイト」を作り上げた。人々のオピニオンを変えるのは難しい。しかし誤った知識に基づいた雪崩現象(サイバーカスケード)に対し、議題の変更を提案することはできる。

荻上チキが言う「ウェブ上であおる敵意」とは同和地区Wikiのことか、他WebサイトかSNSか、単なる一般論かは不明である。少なくとも荻上チキは同和地区Wikiに対する反論は一切していない。(嘘情報を拡散し鳥取ループ氏を差別者扱いしていた件は早く弁明していただきたいものである。)荻上チキがこの時期にこのような評論をしたのは、自身が以下のように差別者として批判された為と見られる。このサイトは同和地区Wikiを差別者として批判しているが、重要な論点を含んでいる為全文引用する。

長崎原爆投下地が「被差別部落」だと暴いたNHKと荻上チキらの責任 | スラド Submission

長崎原爆投下地が「被差別部落」だと暴いたNHKと荻上チキらの責任
タレコミ by Anonymous Coward 2018年08月21日 3時37分
 あるAnonymous Coward 曰く、

    アメリカによる原爆投下から73年目となる2018年8月9日に長崎市で平和祈念式典が開催された。被爆者の声に耳を傾け、平和への誓いを新たにした方も多いだろう。

    式典の模様を報じたのはNHKだが、1年前には驚くべき番組を報じていた。長崎の原爆投下地であるU地区が「被差別部落」だと大々的に報じていたのである。番組名は「原爆と沈黙」。全国放映で「被差別部落」を、さらに被爆者の多数が「被差別部落民」であることを暴露するという前代未聞の内容だった。

    番組では被爆者や被差別部落民の当事者が受けてきた差別の苦しみを紹介していた。このように被害者の声に耳を傾けるのは大事なことだ。だが、「被差別部落」の暴露は重大問題である。「被差別部落」の暴露により、隠しているにも関わらず「被差別部落民」だと発覚した人が結婚差別や就職差別を受けるおそれがあるからだ。

    その為、被差別部落と共存する西日本の小・中学校では、「被差別部落を他人に聞いてはならない」「被差別部落の住所を掲載した『部落地名総鑑』を購入してはならない」ということを人権教育を通じて教えられる。被差別部落の場所は誰も知らない前提なのに、NHKはその方針に真っ向から反抗し、部落差別を煽動したのだ。被差別部落の場所を明らかにしなくても、当事者の声を聞く方法など幾らでもあったはずである。

    インターネットでも重大な人権侵害が起きている。部落の住所は誰も調べてはならないにも関わらず、「同和地区Wiki」というWebサイトが全国の被差別部落の住所を掲載したのだ。『部落地名総鑑』のインターネット版である。作成者の差別拡散の意図は明確である。同サイトの差別行為に対しては、評論家の荻上チキがラジオ番組「荻上チキ・Session-22」で批判している。

    しかし、この度、荻上チキは重大な間違いを侵している。2018年8月10日に、荻上チキ自身がラジオ番組を通じて長崎のU地区が被差別部落だと暴露して報じたのだ。これではNHKや差別サイトと何も変わらないではないか。被爆者や被差別部落民の気持ちを斟酌したのであれば、被差別部落の暴露など決してあり得ないはずだ。

    差別サイトの「同和地区Wiki」も荻上チキをバッシングしているようだが、五十歩百歩である。
    https://xn--dkrxs6lh1g.com/wiki/%E8%8D%BB%E4%B8%8A%E3%83%81%E3%82%AD(%E4%B9%99%E5%B7%9D%E7%9F%A5%E7%B4%80)
    「同和地区Wiki」は即刻閉鎖し、NHKや荻上チキは被差別部落の暴露を番組を通じて謝罪すべきである。

自身の差別に対する批判を「敵意」だとレッテルを貼る荻上チキの傲岸不遜が窺える。

「しばき隊リンチ事件」との関係

岸政彦が「しばき隊リンチ事件」の隠蔽工作に荷担したことを、ブログ「世に倦む日日」が告発したのは2016年5月30日である。

しばき隊リンチ事件を知っていた北田暁大 - 岸政彦にも関与の疑惑が浮上 : 世に倦む日日

一方、岸政彦による「しばき隊リンチ事件」隠蔽工作発覚以降も荻上チキは自身が編集するネットメディア「シノドス」に何度も岸政彦から寄稿させた。また自身が司会をつとめるTBSラジオ「session-22」にも「2017年02月16日」に岸政彦を出演させ「芥川賞候補作家」などと宣伝している。[19]このようにして荻上チキ岸政彦の名誉回復に積極的に協力している。人権感覚が無く事件の渦中にある岸政彦荻上チキは「人権派」であるかのように宣伝したことで、「しばき隊リンチ事件」更なる隠蔽工作に荷担している。

脚注

  1. 『バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』 (双風舎、2006年)
  2. 評論家・荻上チキ氏、“二股・不倫報道”で謝罪 女性と交際も「現在は関係を解消」 | ORICON NEWS
  3. http://gossip-gaga.livedoor.biz/ogiue-chiki-furin.html
  4. 本を送り付けておいて「プライバシー侵害」を主張する荻上チキの言動が、本を送り付けて購入を拒否すると「差別だ」と言いがかりを付ける「えせ同和行為」と相似なのは要注目である。
  5. 匿名や筆名で他者を批判していた者が実名を晒されることは逆批判やプライバシー侵害の対象となるおそれが有るとして抵抗する人もいる。しかし荻上氏の場合はむしろ筆名でマスメディアに顔出しして出演しており、荻上チキと乙川知紀が同一人物であることは実名を知る者には周知のはずである。ここで何故荻上氏がそこまでして実名を知られることに反発したのか、理由は定かではない。
  6. http://d.hatena.ne.jp/izime/touch/20070401/p1
  7. http://synodos.jp/society/19246
  8. http://www.hrn.gr.jp/news/594/
  9. http://www.jinken.ne.jp/flat_event/2017/04/post_1303.html
  10. 土地差別――なぜ、同和地区を避けるのでしょうか? / 奥田均 / 土地差別問題 | SYNODOS -シノドス-
  11. http://archive.fo/qzcnt
  12. 『共生社会研究』(大阪市立大学、2017年第12号)
  13. http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/192/0003/19212060003012a.html
  14. すが秀実『吉本隆明の時代』刊行記念イベント - 荻上式BLOG
  15. https://twitter.com/kameiasami/status/1002105690280755201
  16. 『小ブル急進主義批評宣言: 90年代・文学・解読』169頁
  17. 絓秀実は以下のようにも述べている。
    しかし、『橋のない川」に対して、長期にわたり激しく全国的に展開された上映阻止闘争は、異様といえば明らかに異様であった。灘本もいうように、上映阻止を叫ぶ者のほとんどが、その映画を見ていないのである(そもそも、目標が上映阻止なのだから、これは笑うべき当然の矛盾である)。そのことは、監督の今井正が共産党系の監督であるという一事を抜きにしては捉えられないし、なおかつ、共産党とのあいだの報酬配分をめぐる、「窓口一本化」闘争との相関を踏まえずには理解しがたい事態だろう。(絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』410頁)
    (注17)『橋のない川』上映阻止闘争が実は「窓口一本化」のタメにする闘争だったのではないかという疑惑の傍証として、その映画が今日、ヴィーナオで公然と販売されているにもかかわらず(二○○一年七月、ほるぷ労組=大映から発売)〔現在は紀伊國屋書店からDVDが発売されている―後注〕、解放同盟がそれに対して何のリアクションもおこしていないという事実がある。少なくともかつての上映阻止闘争のようなものは起こっていない。また、柳町『愛について、東京』のヴィデオも公然と流布している。

    (注18)この部落民の定義が、第九章で触れた、「だれかがそれを芸術だと言えば、それが芸術だ」(ジャッド)という、ポストモダン的な芸術の定義と相似的であることに注意せよ。( 絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』451頁)

    同和利権の真相』に対して部落解放同盟は組織をあげて批判している。一方 、『同和利権の真相』と同等の記述もある絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』に対しては一切批判していない。部落解放同盟が絓秀実を批判できない理由は不明である。

  18. 絓秀実『増補 革命的な、あまりに革命的な』411-416頁
  19. 「社会学者・岸政彦が語る。芥川賞候補作『ビニール傘』を書いた理由(完全版)」【音声配信】▼TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」(2月16日放送分)