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秋田県

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概況

久保田城下絵図(宝暦13年=1763年)。鱗勝院の真西(この地図では下方)にあたる獄(羅く丁牢)の前に三箇所の穢多町の位置が記されている。一方、寛文年間(1661年から1672年)の製作と推定される城下絵図(秋田県立博物館所蔵の守屋家資料)には穢多町の記載がなく、牢舎のみが記載されており、この点から秋田藩における穢多身分の確立を17世紀初頭を下るものと推定する向きもある[1]
上掲の絵図における穢多町の部分を拡大。現代の地図と照らし合わせると、獄(羅く丁牢)の位置は秋田市山王2丁目10-29のハイツ鈴木I,IIや秋田市山王2丁目10-33のブレジオ山王の辺り。穢多町の位置は秋田市山王2丁目10のブロックの北半分ならびに秋田市高陽幸町1のブロックの南半分にあたる。高陽幸町1-31に「高橋喜八郎靴修理店」あり。

1869年、秋田藩から朝廷への提出書に、穢多89戸、386口とある(『秋田沿革史大成』)[2]。県内には14ヶ所の被差別部落があり、その所在地は全て旧城下町である[3]。具体的には、秋田市、仙北郡角館町(現・仙北市角館町)、本荘市(現・由利本荘市)、湯沢市、北秋田郡十二所町(現・大館市十二所)、横手市、由利郡象潟町(現・にかほ市象潟町)などの町外れに被差別部落があり、大きいものでも20戸程度である[4]。「集団的のもの秋田市の一部に2、30戸及本庄(ママ。正しくは本荘)に20戸、其他多くは散在し居れり」[5]とする資料もある。被差別部落には農業に従事している者はおらず、皮革業が中心である[6]

本田豊は『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』に秋田市と角館町の被差別部落の探訪記事を載せている。前者は戸数20戸で、旧称は花立町(羅く町、下町とも[7])、現在は高陽幸町と山王二丁目に分かれているが、江戸時代は一つの穢多町であった[8]。羅く(らく)とは「ゑた、皮はぎのわざをせるものをいふ」[9]。野本武一によると秋田市の鉄砲町も部落であり戸数は20[10]、現在は秋田市大町六丁目の一部にあたる[11]

角館町の部落は戸数30戸で通称二区[12]、通りを挟んで仙北市角館町西勝楽町と仙北市角館町小館に跨っていることが本田豊『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』57頁の図から読み取れる。

秋田県の被差別部落の統計[13][14]

調査年 地区数 戸数 人口
1869~70年 - 117 534[15][16]
1907年 6 100 592[17]
1923年 不明 150 640
1922~28年 - 約150 約640[18]
1929~30年 14 110 不明[19]
1935年 1 16 105[20]
1967年 3 49 -[21]
1993年 4(かつて存在したことは明らかだが近年まだ確認されていない地区は10) - -[22]

本田は『新版 部落史を歩く 非人系部落の研究』79頁で「私は、1935(昭和10)年の全国部落調査に、どうして秋田市にある部落ではなくて、角館町の部落がのっているのか疑問に思っていた。規模からいえば、当時でも秋田市内の部落のほうが角館町の部落の三倍は大きかったのに、なぜ統計にのっていないのか」と書いており、これによると秋田市の被差別部落は1935年の段階で48戸以上だったことになる。

『全国部落調査』に角館町の地区が載ったのは、戦前の角館町に県内唯一の融和事業と思われる「児童学園保育部」(被差別部落の横にある寺の住職が部落児童の不良化防止のためにおこなった欠食児童救済事業)が存在したためと伝えられる[23]

本田は「私の調査したかぎりでは秋田、青森、岩手の部落には白山神社はみられない。ほとんどが稲荷神社をまつっていた」と記している[24]。成沢栄寿もまた、秋田や弘前の部落にあるのは稲荷神社であると記し、「秋田の部落の神社にたてられている一対の狐の石像の台石には、片方に『万歳組合』、もう一方に『靴職人組合』と刻まれていて、同部落の往時の姿をとどめている。城下の外郭、主要往還沿いにあったこの部落は(略)青森の部落と婚姻関係がある」と述べている[25]。ただし下記に示すように、県下に稲荷神社は極めて多く、県下の部落の数が最大14地区に過ぎないことに照らすと、ほとんどの稲荷神社は部落と無関係と考えるほかない。

文献

全國部落調査(1935年)

秋田縣 昭和十年二月現在

149頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
仙北郡 角館町 西勝樂寺 下町 一六 一〇五 靴製造 仙北市 角館町西勝楽町、角館町小館
計一 一六 一〇五

県内の稲荷神社

秋田市

  • 稲荷神社 - 秋田市新藤田高梨台101
  • 与次郎稲荷神社 - 秋田市千秋公園1-8
  • 将軍野稲荷神社 - 秋田市将軍野南1丁目
  • 馬口労町稲荷神社 - 秋田市旭南2丁目7-16
  • 招福稲荷神社 - 秋田市保戸野通町3-22
  • 御蔵町稲荷神社 - 秋田市土崎港南1丁目10-68  
  • 三嶋稲荷神社 - 秋田市土崎港南1丁目1
  • 地主稲荷神社 - 秋田市土崎港中央5丁目
  • 鴨川稲荷神社 - 秋田市土崎港中央3丁目9
  • 満光稲荷神社 - 秋田市大町4-6
  • 上亀ノ丁稲荷神社 - 秋田市大町1丁目4番地
  • 玉の井稲荷神社 - 秋田市八橋本町2丁目
  • 福栄稲荷 - 秋田市大町5丁目4
  • 稲荷神社 - 秋田市大町5丁目2
  • 南東稲荷 - 秋田市大町5丁目1
  • 正一位稲荷神社 - 秋田市大町5丁目
  • 正一位稲荷神社 - 秋田市太平黒沢稲荷61付近
  • 南東稲荷神社 - 秋田市大町5丁目
  • 立身稲荷神社 - 秋田市大町3丁目3番地
  • 稲荷神社 - 秋田市大町1丁目3番地
  • 土崎病院稲荷神社 - 秋田市土崎港中央4丁目4-26
  • 池田稲荷神社 - 秋田市寺内鵜ノ木
  • 三光坊稲荷神社 - 秋田市柳田字推子
  • 藤稲荷神社 - 秋田市旭南3丁目-3-35

大館市

  • 稲荷神社 - 大館市川口横岩台31
  • 稲荷神社 - 大館市釈迦内福館12
  • 高山豊年稲荷神社 - 大館市豊町4-12
  • 上岩瀬稲荷神社 - 大館市岩瀬上岩瀬34
  • 代野稲荷神社 - 大館市岩瀬代野122
  • 岐美二柱稲荷神社 - 大館市花岡町神山208-2
  • 羽貫谷地稲荷神社 - 大館市岩瀬羽貫谷地中島38
  • 蛭沢稲荷神社 - 大館市岩瀬蛭沢2
  • 田ノ沢稲荷神社 - 大館市岩瀬田ノ沢志賀渡67

男鹿市

  • 稲荷神社 - 男鹿市角間崎楢沢15

鹿角市

  • 稲荷神社 - 鹿角市十和田末広上屋敷29
  • 幸稲荷神社 - 鹿角市花輪稲荷川原56

北秋田市

  • 稲荷神社 - 北秋田市根田屋布岱101
  • 八幡岱稲荷神社 - 北秋田市八幡岱新田伊豆館41
  • 福田稲荷神社 - 北秋田市福田福田7

仙北市

  • 稲荷神社 - 仙北市角館町広久内下中川原24
  • 藤ノ下稲荷神社 - 仙北市角館町岩瀬
  • 尾白稲荷神社 - 仙北市角館町西勝楽町
  • 七色稲荷神社 - 仙北市角館町古城山

大仙市

  • 稲荷神社 - 大仙市協和峰吉川小平沢出口28-1
  • 稲荷神社 - 大仙市大曲中通町
  • 稲荷神社 - 大仙市大曲大町
  • 高花稲荷神社 - 大仙市北楢岡茨野

にかほ市

  • 稲荷神社 - にかほ市象潟町家の後135

能代市

  • 稲荷神社 - 能代市田子向89
  • 脇廼澤稲荷神社 - 能代市柏子所58-4
  • 大森稲荷神社 - 能代市能代町日和山下
  • 稲荷大明神 - 能代市御指南町 日吉神社内
  • 赤沼稲荷神社 - 能代市赤沼15-2

湯沢市

  • 稲荷神社 - 湯沢市稲荷山10
  • 湯沢稲荷神社 - 湯沢市柳町2
  • 泉光院稲荷神社 - 湯沢市古館山152
  • 御囲地稲荷神社 - 湯沢市御囲地町383

由利本荘市

  • 稲荷神社 - 由利本荘市金山金山25
  • 稲荷神社 - 由利本荘市日役町5

横手市

  • 田中稲荷神社 - 横手市平城町
  • 稲荷社 - 横手市平和町 延命地蔵尊隣
  • 稲荷社 - 横手市神明町 横手神明社内
  • 稲荷神社 - 横手市神明町 横手高校東
  • 稲荷神社 - 横手市上内町
  • 蛇王神社 - 横手市大町
  • 蛇の崎稲荷神社 - 横手市四日町
  • 稲荷神社 - 横手市大森町袴形影取115
  • 稲荷神社 - 横手市雄物川町南形町屋敷161

郡部

  • 城神山稲荷神社 - 雄勝郡羽後町足田城神巡り62
  • 稲荷神社 - 雄勝郡羽後町足田野際2
  • 稲荷神社 - 鹿角郡小坂町小坂鉱山尾樽部57
  • 稲荷神社 - 北秋田郡上小阿仁村堂川鵜頭坂2
  • 稲荷神社 - 仙北郡美郷町鑓田稲荷55

県内の太鼓店

  • 小笠原はくせい店 - 秋田市楢山太田町6-21
  • 有限会社鈴木太鼓店 - 大仙市堀見内字中田茂木9

出典

  1. 『東日本の近世部落の具体像』405頁
  2. 原田伴彦『日本封建制下の都市と社会』215ページ
  3. 本田豊『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』47頁
  4. 本田豊『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』47頁
  5. 『部落問題・水平運動資料集成』第2巻392頁
  6. 本田豊『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』47-48頁
  7. 原田伴彦『部落差別史研究』第4巻、213頁
  8. 原田伴彦『日本封建制下の都市と社会』205ページ
  9. 『菅江真澄全集』第1巻「小野のふるさと」
  10. 『全国同和地区実態調査抽出地区精密調査報告 農山漁村型』140頁
  11. 『角川日本地名大辞典 5 秋田県』
  12. 本田豊『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』57頁
  13. 本田豊『部落史を歩く ルポ東北・北陸の被差別部落』48頁
  14. 『東日本の被差別部落』(明石書店)17頁
  15. 統計集誌(明治15年)
  16. 『藩制一覧表』による。高橋梵仙によると1870年9月の県の調査で穢多・番主・非人の総計が944人。
  17. 留岡幸助「特種部落と其人口」(『人道』69号所収、1911年刊。1907年調査)
  18. 『部落問題・水平運動資料集成』第2巻392頁、協調会への報告書。
  19. 三好伊平次による調査。
  20. 中央融和事業協会『全国部落調査』(1936年刊。1935年調査)
  21. 野本武一による調査。
  22. 『東日本の被差別部落』17頁
  23. 本田豊『新版 部落史を歩く 非人系部落の研究』78頁
  24. 本田豊『白山神社と被差別部落』81頁
  25. 『歴史地理教育』1977年7月号61頁