平成29年5月7日 荒らしが再発したため、匿名編集を制限しました。編集依頼やアカウント作成依頼はburaku[at]protonmail.chまで。
平成30年9月23日 システムの複雑化とCloudflare Onion Serviceの導入に伴い、編集用onionURLに関しては順次廃止します。今後は同和地区.comから直接編集を行っていただくことが可能です。
宮瀧順子(杉本順子)
1959年5月30日、東京都国立市生まれ、国立市育ち。旧姓、杉本。兎唇のためにいじめを受けて育つ。八王子実践高等学校、東京都立川高等保育学院出身。父親の代から部落解放同盟東京都連合会国立支部長。無認可保育園「ごんべのお宿保育園」の保育士もつとめる。解同の支部長として実名で活動し、ネットを通じて経歴を全世界に公開し、SNSも実名で登録し、ツイッターやフェイスブックを公開設定にしているにもかかわらず
SNSのアドレスなどは、当然ながら知り合いにのみ開示するものです。解放同盟の役職についていることについても、信頼できる人にしか話をしていません
などと意味不明の発言をしている。また、旧姓が杉本であることも言わなければわからないのにわざわざ自分で言及し、
私の親戚のように『部落』を隠して結婚したり生活していることが多いのです。今も不当な差別に苦しみ、『いつバレるか…』という気持ちの中で生活しているのが現実です。示現舎や宮部らが行っていることは部落差別をいよいよ煽り立てるものであって、許せません
と支離滅裂な発言をしている。誕生日パーティの告知文では
宮瀧順子「このゆびとーまれ」代表 1959年東京国立市内の被差別部落に(略)生まれる。今は亡き父が部落解放運動をしており、父母のその姿から、高校時代に部落解放運動に入る。1980年に南葛飾高校定時制、部落研に在席していた義弘さんと結婚。1999年に父が他界し後を継いで支部長を歴任する。「このゆびとーまれ」は正式名称「-くにたちの被差別部落出身者とその仲間たち-このゆびとーまれ」。
と自らのプロフィールをすべて暴露している。Google+でも住所を「東京都国立市谷保」と暴露している。また、地元の杉本部落には「杉本荘」「コーポ杉本」など杉本一族の経営するアパートが複数あるにもかかわらず、
私はアパートに住んでいます。例えば不動産会社や大家がこの事件のことを知って出ていってくれと言われたらどうしようと思います。他のところを探しても貸してもらえるのだろうかと本当にいつもそんなことを思いながら生活しなきゃならない気持ちをわかってほしいと思います
(2017年4月12日の「許すな!『全国部落調査・復刻版』出版差別事件 4.12くにたち集会」)などと意味不明な発言をしている。宮瀧順子は『部落解放』の寄稿で
今そこには、「同和」対策事業の一環として建てた「下組公会堂」がありますが、私が小学校一、二年くらいまでは、狭山事件に出てくる荒神様のような感じでまつられていました。下組公会堂を建てる際に白山様をすこし動かして、その後に現在の公会堂が建てられました。
と述べ、「谷保下組公会堂」(東京都国立市谷保4133-11)周辺が同和地区だと暴露している。[1]
このように宮瀧順子は同和地区の場所を暴露しておきながら、それを告発する同和地区Wiki側を差別サイトとして提訴している。 http://www.facebook.com/junko.miyataki
http://twitter.com/nikonikojunjizo
http://plus.google.com/101549834826397506684
- ↑ 『部落解放』(第281号、解放出版社)60-61頁「どこにも負けねえぞ-下組のお囃子」(東京都連・国立支部 宮瀧順子)
- ↑ https://web.archive.org/web/20161229131220/http://swingmasas.exblog.jp/7888142/
- ↑ http://megalodon.jp/2013-1116-0836-36/www.jca.apc.org/~itagaki/reconcile/
- ↑ http://web.archive.org/web/20040306044843/http://members.at.infoseek.co.jp/trotzdem/kunitachi.htm