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宮崎県

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延岡市の古地図。現在の塩浜町にあたる地域に「夏井」の地名が書かれており、屠畜場や火葬場の存在も記されている。

概況[編集]

1976年、宮崎県はえびの市、小林市、延岡市など8市1町で23の同和地区を指定した[1]。その後、同和地区指定の追加が進み、1979年には9市9町で33ヶ所が地区指定されるに至った[2]。1979年8月当時の調査では県内の被差別部落の世帯数は約1200戸、人口は約4200人にのぼるが、隠された地区を掘りおこせば実数は6000人を越えるのではないかと推定されている[3]。世帯数が一番多いのは都城市で、次いで延岡市、宮崎市の順となっている[4]

えびの市には3ヶ所の同和地区があり、戸数は約60戸、人口は約180人を数える[5]。戸数24~25戸の部落と、戸数30戸近い部落と、戸数5~6戸の部落の3つである[6]

小林市には戸数80数戸の同和地区がある[7]。「小林市の同和地区はこの268号線の南側の約52ヘクタールであり、かなり広い面積である」[8]、「地区のほぼ中心に部落の氏神様がある」[9]などの記述、ならびに小集落改良住宅の位置(小林市細野2144)や上町教育集会所の位置(小林市細野2213-4)から判断すると、この氏神様は小林市大字細野2131の建設神社と思われる。

宮崎県の被差別部落の統計[10]

調査年 地区数 戸数 人口
1921年 23 485 2590
1935年 9 211 1055
1985年 36 1512 5169

ただし部落解放同盟宮崎県連合会は、県内に75から80地区の被差別部落の存在を主張している[11]

なお、宮崎県では1985年の段階で9市9町に36ヶ所の同和地区が指定されていたが、全解連書記長の村尻勝信によると、その3分の1は同和予算目当てに捏造された「えせ同和地区」であるという[12]。たとえば児湯郡都農町には被差別部落が存在しないにもかかわらず、1976年7月に同和会支部が結成され、1地区(9世帯、30人)が同和地区指定を受けた[13]。1921年の内務省調査による23ヶ所という数字は、村尻勝信の指摘とほぼ一致する。

事件[編集]

部落解放同盟支部長・愛人殺人事件[編集]

岸本勝 - Yourpedia

岸本 勝(きしもと まさる)とは部落解放同盟宮崎県連合会延岡支部元支部長、暴力団石井組系山崎組系岸本組(構成員46名)元組長。覚醒剤取締法違反、賭博、銃砲等不法所持、火薬類不法所持などの前科を持つ。

1976年9月、部落解放同盟宮崎県連合会延岡支部結成。同年10月、土木請負業「同和産業」を設立。県の指定業者として毎年1億数千万円の官公庁工事を受注する一方、息子名義の「同和商事」を設けて金融業にも進出。1980年4月、漁業の経験がないにもかかわらず、同和特別措置法に基づき大瀬川漁業協同組合を設立。

当初、県水産課は既設の延岡五ヶ瀬川漁協に「大瀬川漁業協同組合に漁業権は絶対に与えない」と説明していたが、のち「同一河川に二つの漁業権はやれない」との理由で延岡五ヶ瀬川漁協に大瀬川漁業協同組合との合併を強要。しかし、ヤクザの組長を組合長にもつ漁協と合併すれば組合の実権を乗っ取られるのは自明であるとの理由で既設の三漁協は猛反対した。

さらに県は前言を翻し、1985年2月、大瀬川漁業協同組合に漁業権の共有を認可。このため、同月、延岡五ヶ瀬川漁協が宮崎県を相手取って大瀬川漁業協同組合への共有漁業権の認可取消を求め、宮崎地裁に提訴する。

1985年5月、右翼団体「大日本勝政会」結成。同月中旬、愛人をピストルで射殺し、殺人と死体遺棄で指名手配を受ける。1987年に逮捕。

出所後は延岡市に戻り、土建屋「大同建設」を経営している。

[14]

文献[編集]

全國部落調査(1935年)[編集]

宮崎縣 昭和十年二月現在

331頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
延岡市 夏井 夏井 四〇 二〇九 商業 農畜業 延岡市 塩浜町 井下姓2件、木原姓6件。2000年電話帳。
南那珂郡 福島町 上高野 上高野 二五 一〇八 農業 日稼、竹細工 串間市 西方 上高野 蓑部姓9件。2000年電話帳。全日本同和会宮崎県連合会2代目会長、蓑部修の出身地。
宮崎郡 廣瀬村 上江 上江 二五 一二五 俳優 農業 宮崎市 佐土原町下田島 佐土原町下田島4009に上江・佐賀利地区学習等供用施設あり。
北諸縣郡 中郷村 川ノ上 川ノ上 四四 農業 都城市 梅北町 『角川日本地名大辞典』に梅北町の小字として川ノ上が記載。
〃 沖水村 高木 高木 三六 一八〇 行商 藁仕事 都城市 高木町
西諸縣郡 飯野村 上江 上江 四〇 一九二 農業[15] えびの市 上江 村之脇 時吉姓3件、竹本姓11件、2000年電話帳。部落内に死苦権現(しくのごんげん)という祠があると伝えられる[16]。『柳田國男集』(柳田國男、鶴見和子、筑摩書房、1975)357頁には、『部落内に死苦権現と称する小祠あって、毎月二回此が大字上江字村之脇の四十三戸は、皮細工を業とする者が多して見よう。』とある。
東諸縣郡 本庄町 竹原 竹原 三二 竹細工 農業 東諸県郡 国富町 本庄 竹原
東臼杵郡 富高町 石櫃 石櫃 一〇 五四 商業 日向市 塩見 塩見の山に石櫃山の呼称あり。
宮崎市 平家 平家 一九 一一一 農業 靴修理 宮崎市 平家の範囲は要調査。屠場、火葬場、墓地、自由同和会宮崎県本部、教育集会所が集中する下原町から青葉町にかけての一帯である可能性あり。
計九 二一一 一〇五五

ただし『ルポルタージュ部落 四国・九州編』181頁によると延岡市内には塩浜地区を含めて3地区、約200戸の部落があるという。塩浜地区以外の部落は新宮と中島である[17]。新宮は竹細工の部落であり、部落の中には延岡市共同作業場(延岡市北小路3847番地1)がある[18]。新宮の部落民は「延岡いうよったら塩浜とここの二つでしょ。中島地区はこことひととこになった」と発言している[19]。中島地区の部落姓は井下である[20]

また同書によると、えびの市には13地区700世帯の部落があり、そのうち部落解放同盟に組織されているのは1981年の段階で4地区であった[21]。その一つが岡松北岡松であり総戸数は97、そのうち部落解放同盟北岡松支部員は28戸、支部長の姓は加藤、支部員の姓は下原、岡田、藤元、嶋名、原などである[22]。北岡松には「寝た子を起こすな」論者も多く、そのような住民は北岡松の地名を拒み、天神を名乗っている[23]。なお「農事組合法人北岡松養豚生産組合」(えびの市大字坂元1666番地457)は1980年6月に同和対策事業で作られたものである[24]

施設等[編集]

県内の屠殺場[編集]

部落に密接な関係のある宮崎県内の屠殺場である。屠殺場があるところには県の食肉検査場があり、近隣には同和地区が存在する。宮崎県と畜場法施行規則により作業員は知事に氏名、住所、年齢等を届け出る決まりである。県は部落民リストを整備している。

  • 都城食肉衛生検査所 - 都城市平江町38号1番
  • 高崎食肉衛生検査所 - 都城市高崎町大牟田
  • 小林食肉衛生検査所 - 小林市細野2472番地1
  • えびの分室 - えびの市大字大河平
  • 都農食肉衛生検査所 - 児湯郡都農町川北
  • 日向食肉衛生検査所 - 日向市財光寺字長江
  • 延岡分室 - 延岡市塩浜町
  • 宮崎市食肉処理場 - 宮崎市青葉町[25]

管内にある三セクや民間の食肉工場も部落に集中している。[26]

宮崎市食肉処理場があった宮崎市青葉町は、市営の火葬場があった宮崎市下原町に隣接している。なお下原町には下原墓地もある。

小集落改良住宅[編集]

小林市[編集]

  • 町東団地 - 小林市細野2144番地

えびの市[編集]

  • 名称不明 - えびの市岡松804

教育集会所・同和対策集会所[編集]

  • 日向市立社会同和教育集会所 新財市会館 - 日向市大字塩見1057番地1
  • えびの市立北岡松集会所 - えびの市大字岡松連花寺985-1
  • えびの市立みどり集会所 - えびの市大字上江421-2
  • 延岡市立塩浜教育集会所 - 延岡市塩浜町二丁目1855番地3
  • 延岡市立高千穂通教育集会所 - 延岡市高千穂通3855番地7
  • 延岡市立ささめ教育集会所 - 延岡市塩浜町四丁目1725番地17
  • 宮崎市立宮崎教育集会所 - 宮崎市下原町395番地1
  • 宮崎市立宮崎東教育集会所 - 宮崎市高洲町24
  • 日南市立日南教育集会所 - 日南市大字星倉3451-1(日南市吾田東十丁目3451番地1)
  • 都城市立広原教育集会所 - 都城市広原町26番地2
  • 都城市立梅北教育集会所 - 都城市梅北町3943-1
  • 都城市立高崎教育集会所 - 都城市高崎町大牟田585-1
  • 都城市立笛ヶ水教育集会所 - 都城市高崎町笛水312
  • 小林市立上町教育集会所 - 小林市細野2213-4
  • 小林市立永田町教育集会所 - 小林市細野2390-1
  • 串間市立教育集会所 - 串間市大字西方7247-80(串間市西浜2丁目7247番地80)
  • 西諸県郡高原町教育集会所 - 西諸県郡高原町大字西麓1552-1
  • 東臼杵郡門川町宮ヶ原教育集会所 - 東臼杵郡門川町大字門川尾末9985(門川町宮ケ原5丁目47番地)

延岡市立教育集会所設置条例に「第1条 同和地区及びその近隣の住民(以下「地域住民」という。)の教育の充実を図り、もって生活の改善、向上に資するため、教育集会所(以下「集会所」という。)を設置する」と明記されている。

共同作業場[編集]

  • 延岡市共同作業場[27] - 延岡市北小路3847番地1

人権啓発センター[編集]

  • 宮崎県人権啓発センター - 宮崎市橘通東2丁目10番1号 県庁8号館6階

関連団体[編集]

もともと宮崎県には融和運動も水平社運動もなかったが、1975年に部落解放運動がおこり、1976年2月、3支部92世帯で部落解放同盟宮崎県連合会準備会を結成、ついで9月には宮崎県に同和地区指定を決定させ、1977年2月、9支部300世帯により宮崎県連が組織された[28]

  • 部落解放同盟宮崎県連合会 - 宮崎県宮崎市大字恒久2963 城ヶ崎コーポB103 ℡0985-25-8201 → 宮崎県宮崎市神宮1丁目252−102 神宮コーポビル 1F ℡0985-25-8201
  • 解放同盟えびの支部 - 宮崎県えびの市栗下51
  • 自由同和会宮崎県本部 - 宮崎県宮崎市下原町216-1-3F 0985-65-5055
  • 自由同和会宮崎県本部 - 宮崎県宮崎市大橋1丁目7-7F 0985-48-6223
  • 自由同和会宮崎県本部 - 宮崎県宮崎市上野町4-4-1F 0985-48-6223
  • 全日本同和会宮崎県連合会 - 宮崎県宮崎市永楽町10-1

出典[編集]

  1. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  2. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  3. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  4. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  5. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  6. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  7. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  8. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  9. 山名伸作「長崎県と宮崎県の同和地区現地研修記」
  10. 『部落問題・人権事典』部落解放・人権研究所
  11. 『部落問題・人権事典』部落解放・人権研究所
  12. 中原京三『追跡・えせ同和行為』p.106-110
  13. 中原京三『追跡・えせ同和行為』p.106-110
  14. 中原京三『追跡・えせ同和行為』p.115-117
  15. 柳田國男「夙の者と守宮神との関係(毛坊主考の八)」によると、大字上江字村之脇の43戸は、革細工を業とする者が多いという。
  16. 柳田國男「夙の者と守宮神との関係(毛坊主考の八)」
  17. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』199頁、203頁
  18. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』199-200頁
  19. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』203頁
  20. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』204頁
  21. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』206頁
  22. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』207-209頁、213頁、229頁
  23. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』208頁
  24. 『ルポルタージュ部落 四国・九州編』218頁
  25. 『宮崎市史: 続編』第2巻、1033ページ
  26. 宮崎県食肉衛生検査所業務概要
  27. 1979年設立。新宮の部落産業である竹細工を行っている。『ルポルタージュ部落 四国・九州編』199-204頁参照。
  28. 『解放新聞』1981年10月26日付「宮崎県の部落で 1」