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大阪府

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概況

大阪府同和地区現況図(昭和41年12月).jpeg

大阪府の被差別部落の統計

調査年 地区数 戸数 人口
1907年 48 6272 34878[1]
1921年 60 9773 47909[2]
1935年 106 19565 104375[3]
1942年 - 9366 46597[4]
1946年 - - 61583[5]
1958年 64 26272 120134[6]
1963年 52 44905 地区全体183120、同和関係89114[7]
1967年 57 地区全体35870、同和関係35870 地区全体131516、同和関係131516[8]
1971年 62 地区全体41853、同和関係38890 地区全体143569、同和関係133484[9]
1975年 55 地区全体48173、同和関係46298 地区全体149157、同和関係143305[10]
1985年 55 地区全体48173、同和関係46298 地区全体149157、同和関係143305[11]
1993年 48 地区全体38367、同和関係33324 地区全体100092、同和関係87385[12][13]

大阪府は解放運動が盛んで、特に同和対策事業の予算規模は全国でトップクラスであった。そのため、文献が最も豊富に残されている地域であり、同和地区の特定も最も容易であると言える。

指定同和地区については、大阪の同和事業と解放運動に一覧が掲載されており、それによれば同和地区総数は64地区である。単純に計算すれば下記の『全國部落調査』の掲載地区の方が多いものの、泉佐野市の下瓦屋南地区のように、『全國部落調査』に出ておらず『大阪の同和事業と解放運動』に出ている地区もある。

なお木津川と尻無川の合流点にはかつて「木津ゑっ田が城」[14]こと穢多ケ島あるいは穢多崎の地名があり[15]、現在の大阪市大正区内とされるが、『全國部落調査』では大正区内に被差別部落の存在は記されていない。一方、社団法人部落解放・人権研究所理事長の寺木伸明は以下のように報告している。[16]

幕末に書かれた『摂津名所図会大成』には、「穢多崎(えたがさき)」の項に、「幸町の西木津川と尻無川の分れ口の辺をいふ。一説ニハ西浜町とも云。天正慶長の頃こゝに砦(とりで)ありしと云」とある。

これによると「穢多崎」とは西浜町、すなわち旧渡辺村、現在の浪速部落を指すことになる。

摂津河内国絵図(成立年代不詳、1644年作成の正保国絵図の写しか)の一部。中央に「皮多村」の表記が見える。現在の浪速部落に該当する。

日本三大部落の一つは大阪市の渡辺(のち西浜。現在の大阪市浪速区浪速西ならびに浪速東)であり、「大阪府西成郡藻刈町(舊渡邊村といひ穢多の部落なり)に岩田又兵衛といへるあり」との伝承がある。岩田又兵衛は太鼓屋又兵衛とも呼ばれ、太鼓を商う300人の従業員のいる豪商で、先祖は三韓征伐の際に神功皇后に従って来たと伝える。また、1883年2月20日の『報知新聞』を参照とする[17]

社団法人部落解放・人権研究所理事長の寺木伸明は論文において以下の部落を暴露している。[18]

  • 能勢郡余野村(皮田村)
  • 能勢郡下田皮田村
  • 豊嶋郡萱野芝村
  • 豊嶋郡片岡村
  • 豊嶋郡保正谷村
  • 豊嶋郡新免村(かわた)
  • 豊嶋郡麻田村山(産)所村
  • 嶋上郡広瀬村(かわた)
  • 嶋上郡梶原村(皮田村)
  • 嶋上郡西天川村(皮田村)
  • 嶋上郡富田村(皮田村)
  • 嶋下郡鳥飼村
  • 嶋下郡岸辺村
  • 嶋下郡道祖本(宿河原川田)
  • 嶋下郡沢良宜村川田村
  • 嶋下郡吹田村(かわた)
  • 嶋下郡中城村(かわた)
  • 嶋下郡西富田村
  • 嶋下郡水野村
  • 西成郡渡辺村(皮多)
  • 西成郡北中島宮崎村
  • 西成郡庄村外島皮多
  • 住吉郡平野庄皮田

大阪市立大学の

  • 野口道彦
  • 齋藤直子[19]
  • 古久保さくら
  • 島和博
  • 妻木進吾
  • 上杉聡
  • 櫻田和也
  • 吉村智博
  • 大賀喜子(部落解放同盟の支部長だとを齋藤直子が暴露している。[20]部落地名総鑑『40年のあゆみ』の著者である部落解放同盟の大賀正行との関係は要調査。)

の研究グループは「大阪市内12地区の同和地区関係資料を基礎に(略)地区の範囲の変化(略)を分析した」論文を公表している。同論文は大阪市人権協会から資料を寄託され作成された。大阪市人権協会は部落地区総鑑(大阪市内12地区の同和地区の住所を掲載)を発刊した部落解放同盟員で構成される団体である。研究グループは同論文の作成に当たり科学研究費1820万円を獲得した。 大阪市ではかつて中津と舟場が同和地区に指定されたものの、この2地区では同和対策事業が実施されず、同和地区自体が消滅している。この事実を鳥取ループが「2011年2月」にブログに掲載している。(川口泰司が批判したGoogleマップ上の大阪市の同和地区の区域に関する報告である。)

齋藤直子らはその直後である「2011年4月」から全く同じ情報源を利用し、全く同じ研究を実施していることが窺える。

部落地名総鑑は差別図書であり廃棄しなければならず、大阪市人権協会が発刊した『40年の歩み』『50年のあゆみ』も全国の公共図書館、大学図書館から閲覧制限図書に指定されている。それにも関わらず研究グループは部落地名総鑑が差別図書との認識も無く、入手後も廃棄もせず、同和地区を特定する研究に利用した上金儲けにも利用している。[21]なお野口道彦は『部落問題事典』(解放出版社、1986年)で「部落民とみなされる人、あるいは自ら部落民とみなす人を部落民という。この同義反復的なことでしか、部落民を定義することはできない」と述べているが、それならば何の為に同和地区を特定する必要があったのか甚だ疑問である。

また齊藤直子と岸政彦[22]は部落解放同盟と共同で大阪市東住吉区「矢田」の住民に「学歴」や「収入」を尋ねるなどプライバシーに関わる調査を実施し上に、「矢田」が被差別部落であることを以下のレポートとして暴露している。[23]

2010 年度,3 年生11名とTAの大学院生1名からなる社会学実習bチームは,大阪市内の被差別部落「矢田地区」住民の生活・労働実態を正確に把握することを目的とする生活実態調査(矢田地区実態調査)に取り組んだ。住宅のほとんどが公営住宅である矢田地区にはおよそ470世帯が居住している。調査はこの全世帯を対象とする悉皆調査であり,調査票を用いた訪問面接法により実施した。調査票は,世帯構造や世帯収入など世帯の状況,世帯員それぞれの学歴や就業状況などを尋ねる項目からなり,対象世帯の代表者1人から回答を得た。 矢田地区実態調査は,部落解放同盟大阪府連合会矢田支部が,岸政彦(龍谷大学准教授)を代表とし,齋藤直子(大阪樟蔭女子大学非常勤講師),竹村一夫(大阪樟蔭女子大学教授)と私からなる調査研究チームを組織して実施した。大阪市大の調査実習bチームは,岸政彦によって組織された龍谷大学の学生,竹村一夫の調査実習の受講生とともに,調査チームの一員として調査に参加し,実査,データ入力・クリーニング・分析と報告書の執筆を行った。

齊藤直子の著書『結婚差別の社会学』は2017年5月に発売されていることから、齊藤は自らが部落地名を公表し部落差別に荷担した自覚がないことが窺える。

大阪市立大学都市研究プラザ 4地区共同まちづくり研究会『4地区実態調査報告書』には、大阪市内の同和地区として加島地区、浅香地区、矢田地区、平野地区の大まかな位置が掲載されている。このうち加島地区、浅香地区、矢田地区は同和地区の地図まで掲載されている。正にインターネット版部落地名総鑑と呼べる報告書である。

この報告書作成には

  • 部落解放同盟 浅香支部支部長 塩根 仁
  • 加島支部支部長 西岡 嘉裕
  • 矢田支部支部長 戸田 寛
  • 矢田支部書記長 小野 栄一
  • 平野支部支部長 河内 幸治

が関与している。報告書は2012年に作成されており、部落解放同盟がいまだに組織的に部落地名総鑑の作成に関与していることが明らかとなった。

暴露された同和地区は

  • 矢田地区:大阪府大阪市東住吉区矢田5丁目、6丁目(7番除く)、住道矢田3丁目1番及び2番
  • 浅香地区:大阪府大阪市住吉区浅香1丁目(7、8番除く)、2丁目、苅田10丁目8番及び11番
  • 加島地区:大阪府大阪市淀川区加島1丁目31~34番、36番(山陽新幹線以北のみ)、37~49番、58~60番

である。

部落解放同盟が創設した研究機関「部落解放・人権研究所」のウェブサイトにおいて渡辺俊雄は以下の部落を暴露した。[24][25]

  • 三島郡島本村、豊能郡東能勢村、豊中市南新免、泉南郡淡輪村
  • 富田林の新堂水平社
  • 泉北郡南王子村
  • 東成郡住吉村
  • 泉南郡鳴滝村
  • 東成郡城北村
  • 有隣小学校
  • 徳風小学校
  • 豊崎などの勤労学校

部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、以下に記す大阪市の同和地区の施設を暴露し、同時にその周辺を同和地区だと暴露している。

  • 大阪市立市民交流センターなにわ、大阪市浪速区浪速西1-3-10
  • 大阪市立市民交流センターよどがわ、大阪市淀川区加島1-58-8
  • 大阪市立市民交流センターひがしよどがわ、大阪市東淀川区西淡路1-4-18
  • 大阪市立市民交流センターあさひ西、大阪市旭区生江3-17-2
  • 大阪市立市民交流センターあさひ東、大阪市旭区清水5-6-32
  • 大阪市立市民交流センターすみよし南、大阪市住吉区浅香2-1-9
  • 大阪市立市民交流センターすみよし北、大阪市住吉区帝塚山東5-3-21
  • 大阪市立市民交流センターひがしすみよし、大阪市東住吉区矢田5-8-14
  • 大阪市立市民交流センターひらの、大阪市平野区平野市町3-8-22
  • 大阪市立市民交流センターにしなり、大阪市西成区長橋2-5-33

[26][27]

一方、部落解放同盟大阪府連の赤井隆史はGoogleマップに部落と分かるような表現が掲載されていた事件について、差別として法規制を主張している。

http://archive.fo/e8mZ4

大阪の私鉄駅名に「部落」付け加え

毎日新聞2017年6月3日 12時02分(最終更新 6月3日 13時07分)

何者かが書き換え 私鉄側はグーグル日本法人に削除要請

 地図検索サイト「グーグルマップ」上で、大阪市内の私鉄の駅名が何者かに書き換えられ、本来の駅名に「部落」という言葉を付け加えた状態で、表示されるようになっていたことが3日分かった。2日午前、私鉄側は「部落差別を助長する不適切な書き込み」として、グーグル日本法人(東京都)に削除を要請。グーグル側は削除する意向を示したが、3日午後1時現在も削除されていない。

 2日午前、ネット上の書き換えに気づいた複数の人から私鉄側に連絡があった。また、部落解放同盟大阪府連も私鉄と大阪市に知らせた。この私鉄の広報部によると、グーグルに削除を要請し、正しい駅名に修正するよう求めたが、グーグルは「削除には時間が掛かる」と回答したという。

 グーグルマップを巡っては2015年、特定のキーワードで検索すると原爆ドーム(広島市)が「核実験場」、警視庁本部(東京都千代田区)が「警視庁サティアン」などと表示されるようになっていたことが発覚。マップを改ざんしたとして、男3人が警視庁に軽犯罪法違反(いたずらによる業務妨害)容疑で書類送検された。【林由紀子】

 赤井隆史・部落解放同盟大阪府連委員長の話 やり方が悪質で度を超えている。ネット上の差別書き込みは一度流れると拡散し規制が難しい。部落差別解消推進法ができたが理念法にすぎず、罰則規定など法的規制の必要性が浮き彫りになった。

この事件の直後にはグーグルマップ上で、部落解放同盟山口県連書記長の川口泰司が勤める「山口県人権啓発センター」が「市民防衛組織」という名称に書き換えられる悪質ないたずらが報告されている。犯人は部落差別をしたばかりか、部落解放同盟の業務妨害を謀った疑いがある。このようないたずらは刑法上の偽計業務妨害罪(233条)違反、軽犯罪法の「悪戯による業務妨害」違反である可能性があり、一刻も早い犯人逮捕が望まれる。[28]

赤井隆史自信は「大阪市立市民交流センター」が同和地区だと暴露しているが、毎日新聞でのインタビューは的を得たものと言えよう。Googleは全国の部落の地名を網羅した部落地名総鑑『融和事業年鑑』をインターネット上に公開する差別行為を現在も続けている。さらにGoogleマップ上で「部落解放同盟」や「隣保館」「解放会館」を検索すると、部落の場所の一覧を表示するようなサービスを提供し続けている。このように部落の施設を部落と分かるように表示することは当該住民のプライバシーを侵害し部落差別を助長するものであり、施設の利用者を減らす等のデメリットがあるとしても、検索結果に表示させないような措置が求められる。なお、この記事を執筆した毎日新聞の林由紀子氏は、『同和地区や児童養護施設の生徒が多く通う「京都市立弥栄中学校」を密着取材し、ルポ「弥栄のきずな」を連載』した旨を記事にし、同中学校の校区に同和地区が含まれることを暴露し[29]、『部落解放』(2011年5月号、645号、解放出版社)でも取材内容を報告している。[30]この件についてフリーライターの三品純は以下のように批判している。[31]

 私が初めて同校を訪ねたのは03年秋。1カ月前の文化祭で、部落差別などをテーマにした人権劇が上演されたが、それらを通して感じたことを発表する研究発表会を取材した。生徒たちは、同和地区出身であることや養育院(児童養護施設)で暮らしている事実を堂々と告白し、心の内を自分の言葉で語った。

→まずこの時点で、弥栄中学付近は同和地区と全国に広めたようなもんです。ただ問題はありません。部落解放同盟大阪府連の北口末広氏によると「差別をなくすためなら同和地区を知っても、聞いてもいい」そうです。で、問題はこの中学では「立場宣言」が行われていることが判明したことです。この記者さんおそらく「立場宣言」なる用語さえ知らないでしょう。実はいやいや立場宣言をさせられたケースがあることもご存知ないでしょう。また立場宣言によって無駄な軋轢が生じた過去も別段問題はないのでしょう。

大阪府立柴島高校では上級生が「部落民宣言」(立場宣言、カミングアウト)をする集会がある。[32] この際部落民宣言する上級生の近隣に住む下級生も同時に部落出身だと暴露(アウティング)されることになる。部落解放同盟山口県連の川口泰司のように「部落民宣言」を称賛する者もいるが、アウティングによりプライバシーを侵害される者を「見て見ぬふり」しており、このような人権教育に名を借りた人権侵害は即刻中止すべきである。なお林由紀子氏は「大淀病院事件」で捏造記事を執筆し批判されている。[33]大淀病院事件では、死亡した妊婦の夫は大淀病院を相手に民事訴訟を起こし敗訴している。夫は「部落解放同盟の主催の人権講演会で講演」しており、林由紀子氏と部落解放同盟の接点が多く、部落解放同盟を情報源としている疑いがある。

別冊フレンドの連載漫画「勉強しまっせ・STUDYS」は西成を「大阪の地名。気の弱い人は近づかない方が無難なトコロ」と記述し、部落解放同盟等から差別事件として糾弾された。この件につき部落解放同盟大阪府連合会書記長の赤井隆史は『ホームレスの街「西成」、治安の悪い街「西成」といったマイナスイメージは、96年以降払拭されたのかと言えば、そうではない。維新のビラが指摘しているように、“西成”の地名をなくせば、イメージが変わるという短絡的な問題ではない。』等と述べ、西成区のマイナスイメージ及び現状を認め情報発信しながら、他者が指摘すると差別扱いしている。[34]

著名人

どちらかというと硬い番組のテレビ司会者として活躍中のSさんは、Nさんという女性歌手と障害をのりこえて結婚した人である。Nさんは現在は歌手をやめて、テレビに出ることはほとんどない。
Sさんの父親はNさんが部落出身であることを理由に、大反対した。だがSさんは、『今はそのようなことは問題ではない』と宣言して、周囲の反対をおしきって結婚した。最近はテレビに出る機会もほとんどないSさんの父親は、一九七〇年ころまでは、よく主役をつとめるなど、テレビで活躍していた本人である[35]

Sさんは関口宏、Nさんは大阪府大阪市城東区出身(公称)の西田佐知子と解釈できる。ただし、大阪市城東区には同和地区はなく兵庫県出身とする記述がウェブ上にはある。

野球選手の廣岡大志の実家は大阪市阿倍野区昭和町2-6-10の廣岡精肉店だが、部落にルーツがあるか否かは不明。

女優の萬田久子(大阪市大正区生まれ)の父の出身地区は羽曳野市向野とも伝えられるが未詳。萬田の実家は松原市「肉のマンタ」との噂があるが、松原市にあったのは萬田ミートショップ(大阪府松原市上田6-292)。また大阪市城東区関目3-6-2に「肉の萬田」こと萬田精肉店がある。

新堂水平社同人による集団業務妨害事件

南河内郡富田林町大字富田林140の洋食堂「一富士」に対する新堂水平社同人の集団業務妨害事件(1926年)の被告人の氏名は以下の通りである[36]

  • 大串孝之助
  • 山岡喜一郎
  • 北井正一
  • 石田正治

文献

全國部落調査(1935年)

大阪市内同和地区の概況.jpeg
上掲の図より2地区多い14地区が計上されている。2地区の内訳は舟場地区と中津地区である。

大阪府 昭和十年三月現在

18頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
三島郡 吹田町 新町 六三 二七〇 日傭 下駄職 吹田市 高浜町 1963年に新町が高浜町に改称。米軍が作成した日本地図のうち吹田市の地図には「SHIMMACHI」(新町)の記述がある。[37]
〃 高槻町 西天川 五七 一四〇 農業 日傭 高槻市 春日町 1963年に西天川の一部から春日町が成立。
〃 島本村 広瀬 四九 三〇六 農業 藁細工 三島郡 島本町 広瀬 『島本の部落史 水無瀬川の蛍』(島本の部落史編集委員会)があることから、島本町に部落があることは確実である。[38]
〃 鳥飼村 鳥飼野々 一七 九二 商業 農業 摂津市 鳥飼野々 この地区から出た著名人に衆院議員で摂津市長の井上一成(自民党)がいる。一成の実弟の井上信也も摂津市長。井上姓なし。2000年電話帳。
〃 三島村 中城 三二 一六五 農業 日傭 茨木市 中総持寺町 1969年1月1日に中城が中総持寺町に改称。部落解放同盟大阪府連の大北規句雄は「うちの地域は、被差別部落です。その横に精神科の病院があります。子どもの頃には何か悪いことをしたら『病院から人が来るよ』と脅されて育ちました。」と発言し、三島地区に部落があることを暴露している。[39]
〃 豊川村 道祖本、西区 一三九 八三一 農商業 日傭 茨木市 豊川 茨木市道祖本はゴルフ場と山林ばかりで民家はほとんどない。1980年に道祖本から改称した豊川が「道祖本、西区」にあたる。井戸木姓33件。2000年電話帳。プロゴルファーの井戸木鴻樹の出身地区。同和地区における診療所として「豊川診療所(道祖本診療所)」があった。[40]バス停「道祖本診療所前」駅は現在「豊川四丁目」に名称変更しており、場所は豊川4丁目3及び豊川2丁目6-30にある。[41]部落解放同盟大阪府連の井戸木一英は『部落解放』(解放出版社、1973-07)に「もう犠牲者を出さない--大阪茨木・道祖本(さいのもと)支部高校友の会(差別の壁を打ち破って-1-)」という寄稿をしており、大阪府茨木市道祖本を部落だと暴露している。
〃 玉櫛村 南所 六五 三四五 農業 日傭 茨木市 沢良宜浜 小西姓37件。2000年電話帳。同和地区における診療所として「沢良宜診療所」(茨木市沢良宜浜3-13-28)がある。[40]
〃 五領村 梶原南町 二二 一五〇 農業 藁細工 高槻市 梶原
〃 富田村 新北町 二四二 一一三五 商業 藁細工 高槻市 富田町 小西姓12件。2000年電話帳。この地区から出た著名人に飛鳥会事件の小西邦彦がいる[42]。同和地区における診療所として「富田ひかり診療所」(高槻市富田町2丁目4−15)がある。[40]
〃 岸部村 小路 字南垣内 一五二 九一二 革職 農業 吹田市 岸部中 1975年に小路から岸部中に改称。光明町とも呼称。
豊能郡 麻田村 麻田 五九 二八一 農業 竹器製造 豊中市 螢池北町 1957年に麻田の一部から螢池北町、螢池南町、螢池中町、螢池西町が成立。劇画家の桜井昌一・辰巳ヨシヒロ兄弟は大阪市天王寺区から疎開して豊中市麻田1373に育った。

19頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
豊能郡 箕面村 新稲 一六 七四 農業 日傭 箕面市 新稲
〃 東能勢村 野間口 九六 四五四 農業 藁細工 豊能郡 豊能町 野間口 大西姓15件。2000年電話帳。
〃 萱野村 五四 二七三 農業 藁細工 箕面市 萱野 部落名は、古くは芝、現在は北芝と呼ばれる。部落解放同盟北芝支部、北芝まちづくり協議会がある。部落解放同盟東京都連合会委員長・長谷川三郎の娘の上川多実は「月刊ヒューマンライツ No.303(2013年6月号)」に「部落の所在地を明らかにする条件」と題した論考を寄稿している。その中で上川は『ただ、地名を明らかにするということは、私だけの問題ではない。そこにはたくさんの人たちが住み、それぞれ部落に対する思いがあり、考えがある。どんどんオープンにしていきたい人もいれば、隠してほしい、そっとしておいて欲しいと思っている人もいるだろう。』(9〜10頁)として、公表の判断を留保している。一方、同寄稿で『BURAKU HERITAGEのなかにも働いているメンバーがいるが、大阪府箕面市の部落「北芝」には「暮らしづくりネットワーク北芝」( http://www.hcn.zaq.ne.jp/kurashi-net/ )というNPOがある。』(13頁)と、箕面市北芝の部落を無神経にも暴露している。「月刊ヒューマンライツ」は多くの公共図書館で誰でも自由に閲覧可能である。NPO法人「暮らしづくりネットワーク北芝」は箕面市萱野2丁目11−4にある。また上川多実が運営するブログでも「BHは、メンバーが大阪、京都、東京、仙台とバラバラの土地で暮らしていて普段はなかなか会えないのですが、年に1回くらいはみんなで集まって、話し合いをしたり、一緒にわいわいご飯を食べたりしようということで、その試みの1回目はみどりんとさたやんが働くNPO暮らしづくりネットワーク北芝がある箕面市の北芝という部落で開催されることになったのです。」と、箕面市北芝の部落を暴露している。上川は部落出身ではなく、北芝に住んでいるわけでもない為、北芝地区の暴露は自発的なカミングアウトでなく(部落差別だと部落解放同盟が主張する)アウティングに該当する。[43]部落解放同盟大阪府連の丸岡康一は大谷大学で講演している。この中で「部落の人たち、北芝の地域の人たちの心を解き放していく。」「これは、北芝のまちの人間だけじゃなくて、萱野で働く人、萱野で住む人、そういう人たちが、一同に集まってこのワークショップをやっていったということです。」と発言し、箕面市北芝(萱野)の部落を暴露している。( www.kyoken.jp/43/houkoku43/1houkoku43.htm ) 部落解放同盟大阪府連の井上泰子は「きっと笑って会える日を」と題した詩を公表している。その一節には "私が「北芝」の人と 結婚がしないといった時 「親に こんな想いまでさせて…」と ショックで 床にふせた" "そのお母さんも 今は “部落問題”にぶつかって 「人間にとって いちばん大切なことが 見えてきた 自分の中の何かが 変わってきた」 と言ってくれています」"とあり、大阪府箕面市北芝の部落を暴露している。ノンフィクションライターの角岡伸彦も著書『ふしぎな部落問題』の中で大阪府箕面市北芝の部落を暴露している。
〃 歌垣村 杉原 三二 一五八 農業 日傭 豊能郡 能勢町 杉原
〃 細川村 北古江 一一〇 六八六 農園藝 行商 池田市 古江町 谷口姓23件、谷畑姓16件、谷端姓14件、東本姓10件、南姓15件。2000年電話帳。衆議院議員の谷畑孝(おおさか維新の会)や南健司(筆名みなみあめん坊。部落解放同盟池田支部代表)の出身地区。部落解放同盟大阪府連の南健司は「第38回平和と人権・狭山を考える池田市民集会」で"今日はお仕事の後、このふらっとイケダまでお出でいただき大変ありがとうございます。この施設が「ふらっとイケダ」という名称になって3年目に入ります。最初は「池田市立解放会館」、同和対策特別措置法が終わり「人権文化交流センター」となり、施設のリニューアルを経て「ふらっとイケダ」として新しい施設に生まれ変わりました。これを契機に、これまで38回の回数を重ねてきました本集会は、市民文化会館を会場としてきましたけれども、この被差別部落の中で、平和と人権の問題を皆さんと共に考えていきたいとの趣旨から、街の中心から離された遠隔地で敢て開催しております。"と発言し、大阪府池田市の同和地区内の施設及び周辺が同和地区であることを暴露している。( http://hageguma.exblog.jp/23402647/ )
〃 西能勢村 下田 五二 二五〇 農業 藁細工 豊能郡 能勢町 下田 中植姓6件。2000年電話帳。
〃 豊中村 南新免 一九八 九五〇 農業 履物職 豊中市 立花町 2丁目、宝山町 1番地、2番地、3番地 1964年に新免が立花町に改称。十三代目弾左衛門の父方の祖母がこの地区から出た。国土地理院の過去の航空写真で調べると市営岡町北住宅の所在地に部落がある。「今昔マップ」でも南新免部落の中心に位置しているのは立花町2-3-31の浄土真宗の信行寺であることが確認できる。土地差別調査事件の舞台。[44]
〃 田尻村 下ノ町 一七 農業 日傭 豊能郡 能勢町 下田尻
〃 東郷村 地黄 二九 一七一 農業 日傭 豊能郡 能勢町 地黄
〃 東郷村 野間㞮野 二六 一七五 農業 豊能郡 能勢町 野間出野 野間㞮野は野間出野(のましゅつの)。「㞮」は「出」の異体字。[45]
〃 豊津村 北之町 九〇 四二〇 園藝 吹田市 垂水町 垂水町は1966年に成立した地名。
泉北郡 信太村 王子 二三三 九八〇 農業 硝子玉職 和泉市 王子町 1960年に王子から王子町に改称。西岡智の祖父や森秀次(旧姓は西岡)の出身地区。蓮如の実母(氏名不詳)もこの地区の出身との説がある[46][47]。NPO法人DASHは大阪府人権協会のウェブサイト上で「JR阪和線北信太駅から徒歩20分にある聖神社と、同じく徒歩5分にある葛葉稲荷神社である。この葛葉物語にはもう一つ言い伝えが存在している。葛葉物語の舞台となった信太の森の近くには、全国的に見ても大変珍しい一村独立(一行政単位)の被差別部落があった。そこの言い伝えでは、葛葉は被差別部落の女性であるがために、離縁されたという。」と述べ、部落の場所の公表が結婚差別を助長することを知りながら、確信的に部落を暴露している。[48]西岡姓なし。中逵姓9件。2000年電話帳。
〃 南王子村 一〇一七 四六五九 和泉市 幸 中野三憲や岸田岡太郎の出身地区。1960年に八坂町が幸に改称。中野姓6件、岸田姓7件、堰口姓7件、逵田姓4件、中逵姓6件。2000年電話帳。同和地区における診療所として「和泉診療所」(和泉市幸2-6−37)がある。[40]
泉南郡 北中通村 鶴原 一九六 一七八〇 農業 漁業 泉佐野市 鶴原 「ドブスを守る会」事件(2010年)の浜永和希(東京大学大学院修士課程)の実家は鶴原4丁目1-7の浜永米穀店。
〃 南中通村 櫻井 一〇五 五五一 農業 日傭 泉佐野市 南中樫井 櫻井は樫井の誤記。一向一揆を戦った地侍の淡輪衆が祖と伝える。1585年(天正13年)に豊臣秀吉の軍勢と戦って討死にした樫井城主に奥将監久国がおり、同地の住民として奥姓の者の記載が文献の奥付にある[49][50]。「谷」の字を含む姓あり。泉谷姓14件、戎谷姓17件、大阪谷姓3件、篭谷姓3件、亀谷姓14件、北谷姓27件、住谷姓4件、竹谷姓6件、東谷姓42件、桝谷姓9件、万谷姓9件。他に東妻姓5件、奥姓19件、高松姓18件、二ノ井姓10件。2000年電話帳。
〃 淡輪村 峰地藏 一三五 六〇五 農業 日傭 泉南郡 岬町 淡輪 「原」の字を含む姓あり。坂原姓50件、末原姓34件、竹原姓49件、渕原姓25件。2000年電話帳。
〃 鳴瀧村 二九七 二五八五 農業 日傭 泉南市 鳴滝 市道姓10件、上中姓17件、川端姓9件、勘野姓3件、定野姓6件、辻野姓23件、中筋姓7件、中橋姓10件、巴里姓3件、東野姓11件、桝野姓9件、松野姓12件。2000年電話帳。
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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
泉南郡 貝塚町 三六五 一七一二 履物職 漁業等 貝塚市 東、堀の一部 泉納姓3件、中定姓4件、辻野姓3件。2000年電話帳。同和地区における診療所として「貝塚東診療所」(貝塚市東121−1)がある[40]。1920年代から1930年代にかけて朝鮮人と沖縄県出身者が流入したとする[51]。また、部落解放同盟貝塚支部長に辻野姓の者がいた[52]。岡映の自伝に「この近くでいちばん大きい部落は、貝塚の『島』とよばれていた部落であった」[53]とあるのはこの地区のこと。北出精肉店(貝塚市堀742-1)の北出新司氏は「ぼくは家族とともに大阪府貝塚市で精肉店を経営しています。うちは代々屠畜を生業としてきました。ぼくは7代目で、初代まで遡れば江戸末期になります。古文書によると、今ぼくたちが暮らす地域は江戸時代には岸和田藩に属し、「嶋村」と呼ばれていました。」と語っている。[54]
〃 多奈川村 小田平 二二〇 九四七 瓦職工等 草履作及農業 泉南郡 岬町 多奈川谷川 「坂」、「辻」の字を含む姓あり。今坂姓15件、歌坂姓11件、亀坂姓6件、嶋坂姓10件、辻川姓3件、辻河姓2件、辻里姓3件、辻下姓18件、辻瀬姓6件。2000年電話帳。
南河内郡 埴生村 向野 三〇七 一三八六 肉行商 農業 羽曳野市 向野 向野水平社の糸若柳子(出生名は東本柳野)の出身地区。東本姓5件、浅田姓7件、海原姓2件、馬引姓3件、音野姓13件、繁田姓16件、竹田姓10件、竹本姓4件、半田姓6件、風呂谷姓6件、万田姓8件、万(萬)野姓12件、和島姓16件。2000年電話帳。地区出身の著名人にハンナン事件の浅田満、海原壱一 (海原建設社長)、和島岩吉(日弁連会長)など。ダルビッシュ有の母のダルビッシュ・セフィット・郁代も向野出身との説がある。同和地区における診療所として「埴生診療所」があった。[40]部落解放同盟大阪府連の塩谷幸子は「私が生まれ育った大阪府羽曳野市の向野部落は、食肉加工を地場産業としています。」と発言し、大阪府羽曳野市向野が部落だと暴露している。( www.blhrri.org/old/info/koza/koza_0239.htm ) 部落解放同盟大阪府連の風呂谷幸蔵は"向野地区は、と場を中心とした食肉のまちとして発展してきました。食肉産業に対する差別や偏見がある中、先人達の長い苦難の闘いがあり、現在では、啓発活動としてミートセンター見学の受入れや、交流の場として畜魂祭(牛馬の供養)・とうろうまつりや、ミートミートフェア(肉・人との出会い)などに取り組んでいます。 ぬくもりのまちをスローガンに、1996年独居高齢者のつどう場・見守りなどを柱として、『「福祉と人権」のまち向野をつくる会』を発足しました。【住宅部会(市営住宅改善にむけ)】 ①入居者ニーズ、つぶやき拾い、「リフォームプロジェクト」ワークショップ全体会の開催。 ②高齢者向け・2戸1住宅などのモデル住宅改善及び市営住宅棟改善の事業。"等、大阪府羽曳野市向野について紹介している。 ( www.jinken-osaka.jp/matizukuri/pdf/shien/07/p03.pdf )
〃 道明寺村 沢田 一六九 八一九 農工商 雑業 藤井寺市 沢田
〃 〃 一九八 九六一 農工商 雑業 藤井寺市 林 1954年3月7日に藤井寺市林の部落民の松井政子(柏原中学教官)が、結婚差別から奈良県で男性の局部に硫酸をかける硫酸事件があったとする[55]。松井姓16件。2000年電話帳。
〃 〃 古宮 九五 四五五 農工商 雑業 藤井寺市 古室 古宮は古室の誤記。
〃 〃 道明寺 二五三 一二二四 農工商 雑業 藤井寺市 道明寺
〃 〃 國府 九八 四八二 農工商 雑業 藤井寺市 国府
〃 〃 舟橋 六五 三一七 農工商 雑業 藤井寺市 船橋町 舟橋は船橋の誤記。1970年に船橋から船橋町に改称。
〃 〃 北條 三二 一六三 農工商 雑業 藤井寺市 北條町 1970年に北條から北條町に改称。
〃 〃 大井 二五〇 一二〇四 農工商 雑業 藤井寺市 大井
〃 新堂村 新堂 二六八 一一八七 農業、履物商 履物職 富田林市 若松町 1丁目 1966年に新堂の一部から若松町が成立。若松町に桜井姓10件、石田姓8件、表利姓2件、北井姓1件。2000年電話帳。同和地区における診療所として「新堂診療所」(富田林市若松町1丁目19−10)がある。[40]部落解放同盟大阪府連の田村賢一が代表を、辰巳真司が事務局長を務める「若一の絵本制作実行委員会」は「ひらがなにっき」(若一の絵本制作実行委員会、2008)という絵本を制作した。本書には"This picture book is written as a diary and based on a true story about a Buraku woman who didn't have an opportunity to learn how to read growing up but starts taking literacy classes when she is 66 years old."と記述されており、大阪府富田林若一町が「Buraku」だと暴露している。
中河内郡 西郡村 北ノ辻 三九八 一六六〇 農業 鼻緒職 八尾市 幸町1~6丁目、桂町1~3丁目、泉町1~2丁目、泉町3丁目の一部、高砂町一部[56] 部落解放同盟大阪府連合会西郡支部は『西郡部落解放運動史』により同和地区の現住所を暴露している。1948年まで西郡村は存在。桂町は1960年に成立。
〃 矢田村 富田 三七〇 一六〇九 行商 藁細工 大阪市 東住吉区 矢田 5丁目、6丁目(7番除く)、住道矢田 3丁目1番及び2番[57] 左記の現住所を暴露したのは部落解放同盟矢田支部支部長・戸田寛、矢田支部書記長・小野栄一である。[58]部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターひがしすみよし(大阪市東住吉区矢田5-8-14)周辺を同和地区だと暴露している。 『大阪市東住吉区矢田部落調査報告書』4頁に「矢田部落は、行政区画上、富田町(旧大字富田)にほぼ該当しているが、しかし完全に一致しているわけではない。富田新田(明治44年、大字富田と改称)は、大和川堤より鷹合町まで、旧河床に沿って旧穢多村の中央部を南北に細長く占めていたのであるが、旧穢多村は居住地域について必ずしも大字富田と一致せず、富田の南半─現在の矢田小学校を南限とする地域─に限られていたようである。しかし、現在では、矢田部落は旧穢多村の富田の南半分を中心にして、東の住道、西の枯木、北西の矢田部のうち、それぞれ富田に隣接する地域に、枝状に広がっている。矢田部落は、旧穢多村の境界を越えて、それとは歴史的に共通性をもたない地域に拡大している」とある。同書68頁によると明治35年の共同浴場の出資者の苗字は石橋、村上、田村、大谷、南田、山崎、今井、沢井、森野、石田、山口、白川、森田、山本。矢田水平社の加盟員の苗字に山本、若本、松川、山崎、河合、吉岡、和田などがある(ただし若本は向野部落の出身)[59]。西岡智の出身地区。西岡姓7件。2000年電話帳。
〃 龍華町 東八尾座 一一五 六六三 日傭 行商 八尾市 安中町 橋下徹の実父である橋下之峯、ならびに丸尾勇の出身地区。丸尾姓5件。2000年電話帳。
〃 意岐部村 荒本 二三五 一三一五 履物修理 東大阪市 荒本 表利姓2件。2000年電話帳。同和地区における診療所として「荒本平和診療所」(東大阪市荒本2丁目6−21)がある。[40]

部落解放同盟全国連合会は「荒本住宅の14棟前に『差別者出てこい! 差別文書のまきちらし許さん! 差別糾弾闘争でたたかうぞ』の立て看板を設置し」同住宅(東大阪市荒本1丁目8−14)が部落にあることを無神経にも暴露している。[60] なお部落解放同盟全国連合会の連絡先は「東大阪市荒本2丁目14番5号」となっている。[61]荒本1-1-29に社会福祉法人人輪会がある。同法人には部落解放同盟全国連合会・中田潔、同全国連合会事務局長・楠木吉秀、同全国連合会荒本支部員で東大阪市役所事務職員の茶本浩之がいる。

〃 布忍村 更池 二五〇 一一五五 農業 履物職 松原市 南新町 1973年に更池町が南新町に改称。床本姓5件。2000年電話帳。この地区から出た著名人にノンフィクション作家の上原善広がいる。日の出地区出身の衆院議員の上田卓三(社会党)もこの地区に居を構えていた。部落解放同盟大阪府連の吉田小百合は『「部落の心を伝えたいシリーズ」“更池の語り部 吉田小百合”』という映画に出演し、松原市更池町(現・南新町)が部落だと暴露している。( www.theater-seven.com/2016/movie_tanaka.html )
江戸時代なかごろ(18世紀初め)の富田新田.jpg
日本橋、釜ヶ崎近辺での改良住宅の分布.jpeg
堺市同和対策事業総合計画書49頁.jpeg

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
中河内郡 長瀬村 北蛇草 三〇二 一五二〇 東大阪市 長瀬町 オセロ松嶋尚美の出身地区。松嶋姓4件。松島姓2件。朝田姓11件。2000年電話帳。東大阪市長瀬町(蛇草)では、朝鮮人が全体の三分の一を占めているといわれる[62]
北河内郡 水本村 燈油西ノ町 三五九 一八三七 日稼 商業 寝屋川市 明和、高倉、打上新町、打上宮前町、打上南町、小路北町、小路南町、高宮あさひ丘、太秦高塚町[63] 1961年に燈油が国守に改称。明和などは2006年に国守から改称した地名。木邨姓27件。2000年電話帳。
〃 四條村 北條 三三三 二一三〇 大東市 北条 明治新姓で方位を使用[64]。乾姓9件、乾口姓2件、艮姓12件、北井姓20件、西口姓14件、西辻姓9件、東口姓20件、東田姓8件、南口姓14件。他に木邨姓5件。2000年電話帳。この地区で育った著名人にプロ野球選手の牛島和彦がいる(父親は同じく被差別部落である福岡県八女市立花町山崎中州出身)。
〃 〃 野崎 一三八 八三二 大東市 野崎
〃 庭窪村 一八 七六 農業 雑業 守口市 金田町 1965年に梶を金田町に編入。
堺市 耳原町 八八一 三〇三三 日傭、商業 履物修繕 堺市 堺区 大仙西町1丁の全部、2丁79(陵西中学校)の一部、3丁90-1、4丁129(大仙西小学校)の全部、東湊町4丁252、協和町1丁(376除く)、2~5丁の全部[65] 1957年に耳原町、石津町、松原町、日之出町、東本通1~3丁から協和町が成立。舳松とも呼称した。この地区から出た著名人に将棋棋士の阪田三吉、水平運動家の泉野利喜蔵・泉野三男三の兄弟がいる。泉谷姓38件。阪田7件。泉野姓なし。2000年電話帳。同和地区における診療所として「ちぬが丘診療所」(堺市堺区協和町3丁128−4)がある。[40]同和地区の地図は『堺市同和対策事業総合計画書』に掲載されている。
大阪市 天王寺区 下寺町 三丁目 一四〇 六四〇 日傭、屑物 大阪市 天王寺区 下寺町、浪速区 下寺 1943年に天王寺区下寺町の松屋町筋以西は区をまたいで現在の浪速区下寺となった。この地区が松屋町筋以西にあたるかどうか要調査。通称、長町(名護町)スラムの一部。
〃 〃 北日東町 一四九 六八〇 日傭、下駄職 大阪市 浪速区 日本橋東 1962年に北日東町から下寺、日本橋、日本橋西、日本橋東に改称。この地区がどれに該当するかは要調査。日本橋東3丁目1-23の大阪市立日東小学校付近(正確な範囲は要調査)。[66]通称、長町(名護町)スラムの一部。
〃 〃 南日東町 一二七 五八〇 屑物 日傭 大阪市 浪速区 日本橋東 1962年に南日東町から下寺、日本橋、日本橋西、日本橋東に改称。この地区がどれに該当するかは要調査。日本橋東3丁目1-23の大阪市立日東小学校付近(正確な範囲は要調査)。[67]通称、長町(名護町)スラムの一部。
〃 浪花区 東関谷町 一丁目 七〇 四七〇 雑商工業 大阪市 浪速区 日本橋 4丁目、日本橋 5丁目の一部 1980年に東関谷町の一部から日本橋3丁目、4丁目、5丁目が成立。
〃 〃 〃 二丁目 一八〇 一三三〇 雑商工業 大阪市 浪速区 日本橋 4丁目、日本橋 5丁目の一部 同上。
〃 〃 広田町 一五〇 一一〇〇 雑商工業 大阪市 浪速区 日本橋西 1980年に広田町が日本橋3丁目、4丁目、5丁目、日本橋西1丁目、2丁目、敷津東1丁目、2丁目、3丁目に改称。
〃 〃 勘助町 一丁目 二〇 七〇 雑商工業 大阪市 浪速区 大国 1960年、1980年に勘助町の一部から大国が成立。浜田雅功はペンキ屋の浜田憲五郎を父として大国に生まれた。
〃 〃 〃 二丁目 九五 八〇〇 雑商工業 大阪市 浪速区 大国 同上。
〃 〃 〃 三丁目 一三〇 一一五〇 雑商工業 大阪市 浪速区 大国 同上。
〃 〃 鶴町 一丁目 四五 二〇〇 雑商工業 大阪市 浪速区 敷津西 鶴町は鷗町の誤記。1960年に鷗町の一部から敷津西が成立。敷津西1-7の鴎町公園に折口信夫生誕碑があるものの、折口家は一般民。
〃 〃 鶴町 二丁目 四五 一五〇 雑商工業 大阪市 浪速区 敷津西 同上。

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
大阪市 浪花区 鶴町 三丁目 五〇 二一〇 雑商工業 大阪市 浪速区 大国 同上。
〃 〃 鶴町 四丁目 八五 七一〇 雑商工業 大阪市 浪速区 大国 同上。
〃 〃 小田町 九〇 七八〇 雑工業 大阪市 浪速区 塩草 1980年に小田町が塩草に改称。
〃 〃 栄町 一丁目 三七一 二五〇七 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速西 1887年に栄町が西浜町、1900年に西浜町が西浜南通、西浜中通、西浜南通に改称して1962年に浪速東、浪速西が成立。部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターなにわ(大阪市浪速区浪速西1-3-10)周辺を同和地区だと暴露している。[68][69]
〃 〃 〃 二丁目 二五〇 二〇六八 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速西 同上。
〃 〃 〃 三丁目 二九二 二〇八五 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速西 同上。浪速区浪速西3−6−36に大阪人権博物館がある。部落解放同盟大阪府連の浅居明彦は大阪人権博物館(リバティおおさか)(大阪府大阪市浪速区浪速西3−6−36)について「この土地はかつて被差別部落の住民が、小学校設立のため無償で寄付をした経緯がある。」と発言し、施設と周辺が部落だと暴露している。[70]旧「穢多村」の場所を記載した江戸時代の古地図がGoogle earthに重ねて表示されていたことで部落の場所が特定されてしまうことを部落解放同盟の松岡徹議員(民主党)が国会で指摘したことで、大阪市浪速区浪速西周辺が部落であることが判明した。[71][72]当該地図は「増修改正摂州大坂絵図全」であり、同じ地図が大阪人権博物館で所蔵され、展示もされている。[73]以上のことから大阪人権博物館は差別地図を展示しており、部落解放同盟はそれを黙認していることが発覚した。
〃 〃 〃 四丁目 四二二 一九八二 皮革加工 大阪市 浪速区 浪速西 同上。
〃 〃 〃 五丁目 二八〇 一六六六 皮革加工 大阪市 浪速区 浪速西 同上。
〃 〃 〃 六丁目 一九九 一五六一 皮革加工 下駄靴修繕 大阪市 浪速区 浪速西 同上。
〃 〃 西浜南通 一丁目 八四 四九〇 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 〃 二丁目 一一五 四八〇 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 〃 三丁目 九五 五〇〇 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 西浜中通 一丁目 二〇五 九六七 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 〃 二丁目 七九 四〇二 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 〃 三丁目 一〇〇 四五八 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 西浜北通 一丁目 一三四 五〇一 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 〃 二丁目 七五 四四八 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。

※「50年のあゆみ」325頁では「大阪市浪速区浪速東1丁目~3丁目・浪速西1丁目~4丁目・木津川2丁目・久保吉1丁目の一部・大国町1丁目~3丁目・戎本町1丁目の一部」をまとめて「浪速地区」と呼んでいる。

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釜ヶ崎の地理的範囲。現在の大阪市西成区の太子、萩之茶屋、花園北一丁目、そして出城一丁目と長橋一丁目の各一部などに亘っている。うち花園北を除く全域が『全國部落調査』に記載されている。
釜ヶ崎と鳶田墓所との関係。非人村があったのは現在の大阪市西成区太子1丁目11付近であること、隠坊開があったのは現在の大阪市西成区太子1丁目8近辺であること、仕置場があったのは現在の大阪市西成区太子1丁目6近辺であることがわかる。なお非人村の付近の西成区山王3丁目に飛田遊郭(飛田新地)があり、この地理関係は、東京都台東区千束における非人小屋と吉原遊郭の位置関係に似ている。また鳶田(飛田)も吉原も通称であって公式の地名ではない点で共通している。
西成区出城開地区の範囲を示した図。
部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
大阪市 浪花区 西浜北通三丁目 一〇三 六一六 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 〃 〃 四丁目 一三五 七四二 皮革加工販売 大阪市 浪速区 浪速東 同上。
〃 西成区 東田町 六〇 二八〇 屑買 手传 大阪市 西成区 太子 1973年に東田町が太子に改称。難読部分は「手传」(手伝)。[74]赤井英和の実家は太子2丁目1-11今池湯の隣にあった。
〃 〃 東入船町 一一〇 三七五 履物修繕 手传 大阪市 西成区 萩之茶屋 1973年に東入船町が萩之茶屋に改称。難読部分は「手传」(手伝)。[74]田岡一雄銃殺未遂事件の鳴海清(二代目松田組系大日本正義団組員)の出身地区。秋野暢子やヒップホップMCのSHINGO☆西成の実家も萩之茶屋との説がある。
〃 〃 西入船町 二五 六〇 履物修繕 手传 大阪市 西成区 萩之茶屋 1973年に西入船町が萩之茶屋に改称。難読部分は「手传」(手伝)。[74]
〃 〃 北開、中開、南開出城通、長柄橋通、鶴見橋通、仝北通 二六八三 一七四三五 皮革工 下駄修繕 大阪市 西成区 出城、北開、中開、南開、長橋 香川伸行の実家が鶴見橋通にあった。部落解放同盟は出版した書籍で「大阪市西成区中開三丁目の栗本忠弘さんは、つぎのようにかたっている。」などと個人情報を暴露している。[75]中開1丁目にアーレフ(旧オウム真理教)の道場がある。部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターにしなり(大阪市西成区長橋2-5-33)周辺を同和地区だと暴露している。
〃 〃 津守町 四〇五 二〇二〇 皮革工 下駄修繕 大阪市 西成区 津守 1973年に津守町から津守に改称。大阪府立西成高校、西成公園、津守下水処理場に隣接。[76]部落解放同盟大阪府連の寺本良弘と小林通弘は「西成では同和対策として1970年に隣保館である解放会館、74年に老人福祉センター延寿荘、81年に青少年会館が建設されましたが、2010年に3館が統合され、現在の市民交流センターになりました。」と述べ、西成区内の同和地区の施設、及び施設の周辺が同和地区であることを暴露している。[77][78]なお西成同和地区解放会館については大阪市職員が事務局業務を行う団体(大阪市同和事業促進協議会)への補助事業・委託事業において、実際の支出額とは異なる虚偽の精算報告により捻出した資金を団体の運営資金として使用していた。[79]
〃 〃 長柄中通 一、二丁目、長柄本通 一、二丁目 二〇 八五 日傭 大阪市 北区 長柄東、長柄中、長柄西 1943年までこれらの地域は東淀川区に属して1925年以前は西成郡に属していた。原典は西成区と旧西成郡を混同したもの。[80]1977年に長柄中通が長柄中に改称。
〃 〃 中津本通 三丁目 一〇五 四九五 日傭 草履表製造 大阪市 北区 豊崎 同上。1977年に中津本通が豊崎に改称。許永中の出身地区。
〃 〃 飛鳥町 二三〇 一一五〇 日傭 屑物売買 大阪市 東淀川区 東中島 3丁目の全部、2丁目、5丁目、6丁目の一部[81] 東淀川区は1925年以前は西成郡であり、原典は西成区と旧西成郡を混同したもの。[82]1917年の地図が飛鳥地区協議会のサイトに掲載されている。大阪府立柴島高校、柴島浄水場に隣接。大阪府立柴島高校では上級生が「部落民宣言」(カミングアウト)をする集会がある。[83] この際部落民宣言する上級生の近隣に住む下級生も同時に部落出身だと暴露(アウティング)されることになる。
〃 〃 南方町 二〇〇 一〇〇〇 農業 履物修繕 大阪市 東淀川区 東中島 1丁目の全部、1丁目の一部 同上。柴島浄水場に隣接。『地区基礎調査結果報告書』(大阪市同和対策部、1967)によると、「大和ハウス跡地」は同和地区の指定から除外されている。該当地域は要調査。
〃 〃 日之出町 一八〇 九〇〇 職工日傭 履物修繕 大阪市 東淀川区 西淡路 1丁目、2丁目の一部、淡路1丁目の一部、東中島 1丁目、4丁目、5丁目の一部 同上。1958年に日之出町が西淡路に改称。上田卓三(衆院議員・解放同盟委員長)や北井浩一の出身地区。西淡路に上田姓14件、北井姓5件。東中島に北井姓3件。2000年電話帳。大阪経済大学の平等文博は論文で「日之出地区とは, 大阪市東淀川区西淡路一丁目を中心とする一帯を言う。」と部落の住所を暴露している。[84]2004年10月には、部落解放同盟大阪府連日之出支部の前支部長が、宴席で同席していた別の人権団体の女性職員、水谷麻里子キャロラインさんを名指しして「水谷さんのヌード写真を撮って売り出そう」「(支部の)資金を稼ぐためや」「きょうは水谷さんの自尊心をぼろぼろに傷つけたろうと思っとったんや」と発言した。同席の現支部長も女性の年齢に触れて「この年では、もう売り物にならんな」などと尻馬に乗って揶揄した。[85]2006年当時の日之出支部長は表西貴文だが、セクハラ事件との関連は要調査。社会学者の岸政彦(龍谷大学)は2009年に日之出地区の実態調査を実施したが、どのように同和地区や部落民を特定したのか不明である。[86]部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターひがしよどがわ(大阪市東淀川区西淡路1-4-18)周辺を同和地区だと暴露している。日之出地区は人権アニメ「あした天気になあれ」のモデルとなった「聖地」である。[87]部落解放同盟山口県連の川口泰司によると日之出地区とは「新幹線で分断」された場所であることから、新大阪駅を通過する東海道新幹線沿いにあることが読み取れる。[88]大阪市に「日之出」という地名は現存しないが、
  • 日之出保育所 大阪市東淀川区東中島4-11-25[89]
  • 大阪市立日之出障害者会館 大阪市東淀川区西淡路1-13-25[90]

等の施設がある為、川口の発言から同和地区を特定することは容易に可能である。川口は愛媛県の部落出身の為、大阪市の日之出地区は後から一時的に移り住んだ部落であり、日之出地区の暴露は自発的なカミングアウトでなく(部落差別だと部落解放同盟が主張する)アウティングに該当する。

〃 〃 山口町 一三〇 六五〇 職工日傭 履物修繕 大阪市 淀川区 西中島 同上。[91]
〃 〃 國次町 一〇〇 五〇〇 職工日傭 履物修繕 大阪市 東淀川区 西淡路 同上。1958年に国次町から西淡路に改称。
〃 北区 道本町 六一 二七八 履物修繕、屑買 ランプ口金、牛肉職 大阪市 北区 中崎西 1978年に道本町から中崎西に改称。
〃 〃 舟場町 九一 四六九 履物修繕、屑買 ランプ口金、牛肉職 大阪市 北区 中崎西 1978年に舟場町から中崎西に改称。
〃 〃 浜崎町 四六 一九三 履物修繕、屑買 ランプ口金、牛肉職 大阪市 北区 鶴野町、茶屋町、中崎西 3丁目、4丁目の一部 1978年に浜崎町から改称。

※「50年のあゆみ」336頁では「北開1~2丁目、中開1~3丁目、南開1~2丁目、出城1~3丁目、長橋1~3丁目、鶴見橋1~3丁目、旭1~3丁目、北津守1~4丁目」をまとめて「西成地区」と呼んでいる。

24頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
大阪市 旭区 生江町 五七四 二六八八 履物修繕、土工 大阪市 旭区 生江 3丁目14~25、27、28[92] 1971年に生江町から生江に改称。部落解放同盟大阪府連執行委員長の北口末広は「月刊ヒューマンライツ」において「私は、内閣同和対策審議会答申が一九六五年に出される九年前の一九五六年四月、大阪市旭区にある被差別部落・生江地区に生まれた。」と自己紹介し、生江の部落を無神経にも暴露した。[93][94]

一方北口は「しかし、差別を助長する方向で具体的な地名を同和地区と記すことは明確に差別と捉えてきた。その最も大きな事件は「部落地名総鑑」差別事件である。全国五千数百の被差別部落の地名を克明に記した差別図書である。多くの企業等が就職差別に利用したことが明らかになっている。今日ではネット上に溢れる被差別部落の所在地を掲載したものが重大な差別事案として問題になっている。」と述べている。[95]「月刊ヒューマンライツ」は多くの公共図書館で誰でも自由に閲覧可能である。『関西大学通信』[96]によると、平成10年12月に関西大学の教職員や学生が部落「大阪市旭区生江地区」を訪れるフィールドワークが実施された。この時部落解放同盟大阪府連の矢野知は地区内の施設を案内させ、部落の場所を暴露している。部落解放同盟岡山県連の宮元和子は"私の通った小学校は城北尋常小学校といい、生江町と赤川町の中ほどにありました。2年生ぐらいの頃でしょうか、級友達の中で「生江町の人と遊んだらあかんし、こわいさかい」と言うささやきが誰いうとなく、もれてきたのです。" "部落差別に対する怒りも何も持たない私は、ただ泣くだけの惨めなものでした。"と述べ、部落差別の経験を語る一方で大阪市旭区生江町を部落だと暴露している。[97]部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターあさひ西(大阪市旭区生江3-17-2)周辺を同和地区だと暴露している。

〃 〃 両国町 七二 四五〇 履物修繕、農業 大阪市 旭区 清水 4丁目、5丁目の一部 1943年に両国町の一部から清水が成立。部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターあさひ東(大阪市旭区清水5-6-32)周辺を同和地区だと暴露している。
〃 〃 今津町 二五 一二〇 農業 大阪市 鶴見区 今津北、今津中、今津南 1971年に今津町の一部から今津北、今津中、今津南が成立。
〃 住吉区 住吉町 二二三 一一二二 履物修繕、青物行商 下駄表編 大阪市 住吉区 帝塚山東 1940年に帝塚山東に住吉町の一部を編入。部落解放同盟大阪府連の野村君一は「住吉部落の歴史と解放運動のあゆみ」と題した講座で「住宅があっちに建つ、こっちに建つで、歯抜けに歯を入れたようなもので、あっち向いたり、こっち向いたりしていた。これはあかん、町づくりをちゃんとやっていこうということで、「6つの原則」をつくった。地域の真ん中に公共施設をつくって、その両側に住宅を建てる、ということを基本理念として総合計画をつくろう、ということで、児童館、青少年会館、解放会館、保育所、総合福祉センターといった公共施設をつくった。その両方に住宅を建てるということで、進めました。」と述べ、住吉部落の場所を「児童館、青少年会館、解放会館、保育所、総合福祉センター」周辺だと暴露している。部落解放同盟大阪府連の梶川孝子は「住吉部落の歴史と解放運動のあゆみ」と題した講座で"いまは環境が変わって、地域の環境改善も終わってるから、露骨な差別はないけど、「帝塚山東5丁目に住んでる子と遊んだらあかんで」ということもまだあります。"と述べ、大阪市住吉区帝塚山東5丁目が部落だと暴露している。[98] 部落解放同盟大阪府連の友永健吾は「住吉部落の歴史と解放運動のあゆみ」と題した講座で"さて、2002年3月末の法期限後、どうなっていったのか、ということですが、まず住宅ですが、いま1号館から17号館まで19棟ありますが、その住宅はもともと同和向住宅で、地域住民が入るための住宅でした。これが 2002年4月から、「ふれあい人権住宅」という制度に大阪市が変えました。「ふれあい人権住宅」には、この地域に生まれ育った人だけではなく、小学校区単位ぐらいの人なら入れるようになりました。そのときは、ここが同和地区だとか、部落差別をなくす運動をやっているということも、入居するときに説明したので、それをわかって入ってくる、納得して住んでおられる人が多いと思います。これが2006年4月から、また変わって、大阪市に住んでいる人、大阪市で働いている人なら、だれでも入居できるようになりました。" と、同和地区について紹介している。[99]住吉隣保事業推進協会理事の西村隆英は"大阪市内には、同和地区と呼ばれている所が12地区ありますけども、当時、大阪市で、一番劣悪な地域は生江と住吉だったらしいです。今あります団地が建ってるあたりの3分の2ぐらい、上住吉はもちろん地区外ですし、17号館も完全に地区外ですし、12 から16号館の半分は地区外です。総セン(総合福祉センター)を囲むあたりですね、ここ(市民交流センター)も地区外です。隣の6,7号館も摂津酒造という地区外ですから、非常に狭い地域の中に、人口で言えば、その当時から比べると増えてますけども、世帯数も多かったですし。総合計画が完成して、それ以前と比べると、変わったとしても世帯数で言えば1.5 倍ぐらいですかね。ですから、なかなか総合計画は進みませんでしたので、現在の支部長の前田さんとか私とかを含めて、この地区には住めないということで、総合計画ができるまで4キロ離れた住之江区に集団移転せざるを得なかったという歴史もありました。 まちづくりのなかで、まず1号館から3号館が建ったんですけど、そのあと、解放運動の大きな成果として、財団法人住吉隣保館が建ったわけです。"と述べ、同和地区内の施設と地区外の施設を暴露している。[100]部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターすみよし北(大阪市住吉区帝塚山東5-3-21)周辺を同和地区だと暴露している。
〃 〃 浅香町 二六五 一一九三 商業、農業 日傭 大阪市 住吉区 浅香 1丁目(7、8番除く)、2丁目、苅田 10丁目8番及び11番[101] 1981年に浅香町から浅香に改称。社会学者の野口道彦は浅香西住宅、浅香第2住宅、浅香第3住宅、浅香南住宅、浅香中住宅を同和地区だと暴露している。[102]部落解放同盟大阪府連の山本義彦はインターネット上で「たかだか25年程前には、南を大和川、西に大阪市立大学、東が吾彦大橋、そして北を地下鉄我孫子車庫に囲われた陸の孤島として存在し、その上、大和川の堤防上と河川敷という極めて劣悪な立地条件におかれてきた浅香地区も、ほとんどかつての面影も無い程に整備され、環境面においての部落差別はほとんどその姿を消したといえる。しかも社会資源として、地区内には人権文化センターをはじめ、青少年会館や老人福祉センター、それに診療所や障害者会館、地下鉄車庫跡地には、外国人研修施設、中学校、スポーツセンター、知的障害者授産施設に特別養護老人ホーム、1万坪の中央公園とハード面が軒を並べ、住吉区東南部へと開かれている。」として同和地区「浅香地区」の具体的な場所を暴露している。( www.jinken-osaka.jp/matizukuri/pdf/shien/02/p12.pdf ) 部落解放同盟大阪府連の木村雅一は『部落解放』(1998-11、解放出版社)に「新しく始める--大阪市・浅香の地下鉄車庫跡地利用まちづくりの取り組み (特集 ムラ自慢・支部自慢)」題した寄稿をし、大阪市住吉区浅香の地下鉄車庫跡地が部落だと暴露している。部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターすみよし南(大阪市住吉区浅香2-1-9)周辺を同和地区だと暴露している。 左記の現住所を暴露したのは部落解放同盟浅香支部支部長・塩根仁である。[103]浅香地区に隣接する大阪市立大学は全国的に見ても部落問題研究で先進的であるが、これは同大学が部落解放同盟大阪府連合会の糾弾を受けたことに起因する。[104]
〃 〃 平野京町 一丁目 三〇 一三五 青物行商 大阪市 平野区 平野宮町 1974年の住居表示により改称。
〃 〃 平野浜町 一丁目 一三三 五七三 青物行商 大阪市 平野区 平野宮町、平野市町 同上。部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターひらの(大阪市平野区平野市町3-8-22)周辺を同和地区だと暴露している。
〃 〃 平野浜町 二丁目 一二 五四 青物行商 大阪市 平野区 平野宮町、平野市町 同上。
〃 西淀川区 姫島町 一六 七一 日傭 大阪市 西淀川区 姫島 1972年に姫島町から姫島に改称。
〃 〃 加島町 一五〇 六三四 農業 藁細工 大阪市 淀川区 加島 1丁目31~34番、36番(山陽新幹線以北のみ)、37~49番、58~60番[105] 1974年に加島町から加島に改称。部落解放同盟大阪府連の赤井隆史は「市民交流センターとは、市内の同和地区にあった人権文化センター、青少年会館、老人福祉センターという3つの公的施設を集約・統合した施設を指している」として、大阪市立市民交流センターよどがわ(大阪市淀川区加島1-58-8)周辺を同和地区だと暴露している。左記の現住所を暴露したのは部落解放同盟加島支部支部長・西岡嘉裕である。[106]
計四三 一〇六 一九五六五 一〇四三七五

※「50年のあゆみ」346頁では「大阪市住吉区帝塚山東5丁目、万代6丁目、上住吉1丁目の一部」をまとめて「住吉地区」と呼んでいる。また、同書354頁では「大阪市住吉区浅香1・2丁目、苅田10丁目の一部」をまとめて「浅香地区」と呼んでいる。同書376頁では大阪市平野区平野市町3丁目の一部を「平野地区」と呼んでいる。

大阪の同和事業と解放運動(1958年)

地区の所在地.png

大阪府内の全ての同和地区の地名、戸数、人口、主な産業(1958年9月30日調査)

市町村名 部落名 戸数 人口 主な産業 現在地 備考
大阪市西成区 出城、三開、長橋 6,740 30,826 皮革産業 大阪市 西成区 出城、北開、中開、南開、長橋
大阪市東住吉区 平野浜町 180 884 土方 大阪市 平野区 平野宮町、平野市町
大阪市東住吉区 矢田富田町 591 2,460 行商(ウメ、ショウガ) 大阪市 東住吉区 矢田 5丁目、6丁目、住道矢田3丁目 の一部
大阪市住吉区 住吉町 335 1,423 行商(アオタ) 大阪市 住吉区 帝塚山東
大阪市住吉区 浅香町 520 2,580 クズ物行商 大阪市 住吉区 浅香
大阪市東淀川区 飛鳥町 431 1,687 日雇、土工 大阪市 東淀川区 東中島 3丁目の全部、2丁目、5丁目、6丁目の一部
大阪市東淀川区 日ノ出町 420 1,596 日雇、土工、クツ修理 大阪市 東淀川区 西淡路 1丁目、2丁目の一部、淡路1丁目の一部、東中島 1丁目、4丁目、5丁目の一部
大阪市東淀川区 南方町 220 980 行商(アオタ)、日雇、土工 大阪市 東淀川区 東中島 1丁目の全部、1丁目の一部
大阪市東淀川区 加島町 362 1,507 ホウキ製造、ハタキ荒物行商 大阪市 淀川区 加島 1丁目の一部
大阪市大淀区 中津 131 590 雑業 大阪市 北区 豊崎
大阪市旭区 両国町 110 503 農業 大阪市 旭区 清水 4丁目、5丁目の一部
大阪市旭区 生江町 920 4,600 日雇、土工 大阪市 旭区 生江 3丁目の一部
大阪市浪速区 栄町 2,096 9,432 皮革産業 大阪市 浪速区 浪速西
大阪市北区 舟場町 82 399 クツ材料商 大阪市 北区 中崎西
堺市 協和町 1,936 7,358 クズ物行商、日雇、土方 堺市 堺区 協和町
泉佐野市 下瓦屋南 65 271 針線業 泉佐野市 下瓦屋 『全國部落調査』に記載されていない部落であるが、経緯は要調査。下瓦屋500に泉佐野市立第三中学校があり、同校では2013年、生徒が卒業記念に集団カップルのキス画像をTwitterに投稿、他にも同校生徒の飲酒喫煙、公然猥褻画像がクローズアップされて問題になった。部落解放同盟大阪府連の立山真吉は下瓦屋支部副支部長を名乗り部落の場所を暴露している。( www.city.izumisano.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/36/04iinkaisetti.pdf ) / "下瓦屋南地区の保育所をフィールドワークする!" "到着後さっそく中西常泰支部長と地域民衆史研究会の山中さんより、「地域の歴史と解放運動の成り立ち」の説明を受けました。1967年に部落解放同盟下瓦屋支部が結成され、71年に下瓦屋解放会館、73年に下瓦屋保育所、94年に青少年会館が建設されました。「特別措置法」期限切れ後の同和事業の縮小に伴う保育所統廃合問題に対して存続を求めた取り組みを展開し、2006年に社会福祉法人が経営する「下瓦屋保育園」となりました。解放会館も人権文化センターと改称、2008年からNPO法人「ゆまにて」が運営しましたが、2011年に指定管理が終了し、現在は自主管理で運営されているそうです。" このように部落解放同盟の中西常泰は同和地区の施設及びその周辺が同和地区があることを暴露している。( www.sumiyoshi.or.jp/news/sumirin_news_no38.pdf )
泉佐野市 鶴原東 301 1,269 針線業 泉佐野市 鶴原
泉佐野市 樫井西 233 1,122 土工、クズ物行商 泉佐野市 南中樫井
富田林市 新堂 387 1,712 スダレ産業、土工、クツ職人 富田林市 若松町 1丁目
松原市 更池 718 1,728 食肉(トサツ業) 松原市 南新町
大東市 北条 200 2,050 クズ物行商、土工 大東市 北条
大東市 野崎 160 550 土工 大東市 野崎
箕面市 桜ヶ丘 40 200 土工、手伝人 箕面市 桜ケ丘
箕面市 北芝 125 625 ハナ行商 箕面市 萱野
八尾市 西郡 1,071 4,331 ハナオ産業、土工、日雇、手伝人 八尾市 桂町
八尾市 八尾座 61 248 ニカワ産業、日雇 八尾市 安中町
羽曳野市 向野 599 2,628 食肉(トサツ業) 羽曳野市 向野
守口市 梶北 20 106 農業 守口市 金田町
布施市 荒本 320 1,500 日雇、再生グツ 東大阪市 荒本
布施市 北蛇草 430 2,000 ブラシ産業、再生グツ 東大阪市 長瀬町
貝塚市 東之町 533 2,381 クズ行商、土工、クツ職人 貝塚市 東
豊中市 岡町 150 900 食肉(トサツ業) 豊中市 立花町 2丁目、宝山町 1番地、2番地、3番地
豊中市 上麻田 81 340 農業 豊中市 螢池北町
豊中市 下麻田 40 226 竹細工 豊中市 螢池中町
池田市 北古江 171 917 植木業賞 池田市 古江町
吹田市 光明町 228 1,102 獣皮加工 吹田市 岸部中
吹田市 北之町 148 804 ハナ行商 吹田市 垂水町
吹田市 新町 30 250 雑業 吹田市 高浜町の一部
高槻市 西天川 72 360 農業 高槻市 春日町
高槻市 富田新北町 441 1,978 植木業賞 高槻市 富田町
高槻市 梶原南 38 197 農業 高槻市 梶原
茨木市 沢良宜南 113 628 農業 茨木市 沢良宜浜
茨木市 北中城 77 356 農業 茨木市 中総持寺町
茨木市 道祖本西 236 1,239 日雇、土工 茨木市 豊川
三島郡島本町 広瀬 99 479 農業 三島郡 島本町 広瀬
三島郡三島町 鵜飼野々 24 128 農業 摂津市 鳥飼野々
豊能郡能勢町 地黄乗坂 32 171 農業 豊能郡 能勢町 地黄
豊能郡能勢町 野間出野 31 158 農業 豊能郡 能勢町 野間出野
豊能郡能勢町 杉原 35 182 農業 豊能郡 能勢町 杉原
豊能郡能勢町 下田 62 319 農業 豊能郡 能勢町 下田
豊能郡東能勢村 野間口 112 572 農業 豊能郡 豊能町 野間口
泉南郡泉南町 鳴滝 492 2,196 綿布加工 泉南市 鳴滝
泉南郡岬町 小田平、朝日 459 1,750 土工、日雇 泉南郡 岬町 多奈川谷川
泉南郡岬町 峯地蔵 218 1,139 農業、土工 泉南郡 岬町 淡輪の一部 峯地蔵老人憩の家が淡輪947番地にある。
和泉市 八坂町 1,512 5,991 模造真珠業 和泉市 幸
和泉市 王子町 311 1,302 模造真珠業 和泉市 王子町
北河内郡水本村 灯油 620 2,657 クズ物行商 寝屋川市 明和、高倉、打上新町、打上宮前町、打上南町、小路北町、小路南町、高宮あさひ丘、太秦高塚町
南河内郡美陵町 142 601 農業 藤井寺市 林

都市の下層社会 社会病理学的研究(1962年)

大阪市同和事業促進協議会10年の歩み(1963年)

地区基礎調査結果報告書(1967年)

大阪市の同和事業 昭和42年度(1968年)

日本地誌(1974年)

大阪の同和事業と解放運動―大阪府同和事業促進協議会史―(1977年)

大阪府解連協設立10年のあゆみ-大阪府解連協10周年記念誌-(1981年)

市同促協創立40周年記念誌 40年の歩み(1993年)

市同促協創立50周年記念誌 50年のあゆみ(2003年)

4地区実態調査報告書(2012年)

施設等

関連団体

  • 部落解放同盟中央本部大阪事務所 - 大阪府大阪市浪速区久保吉1-6
  • 部落解放同盟日之出支部 - 大阪府大阪市東淀川区西淡路1-8
  • 部落解放同盟西成支部 - 大阪府大阪市西成区中開3-1
  • 堺市役所部落解放同盟大阪府連合会堺支部 - 大阪府堺市協和町2丁-61
  • 部落解放同盟松原支部 - 大阪府松原市南新町3丁目7-34
  • 部落解放同盟大阪府連鶴原支部 - 大阪府泉佐野市上瓦屋222
  • 部落解放同盟下瓦屋支部 - 大阪府泉佐野市上瓦屋610
  • 部落解放同盟樫井支部 - 大阪府泉佐野市南中樫井476
  • 部落解放同盟大阪府連合会鳴滝支部 - 大阪府泉南市樽井2349
  • 部落解放同盟和泉支部 - 大阪府和泉市伯太町6-1
  • 部落解放同盟沢良宜支部 - 大阪府茨木市沢良宜浜3-12
  • 部落解放同盟高槻富田支部 - 大阪府高槻市富田町4-15
  • 部落解放同盟鳴滝支部 - 大阪府泉南市信達市場2628
  • 部落解放同盟大阪府連合会安中支部 - 大阪府八尾市南本町8丁目1-21
  • 部落解放同盟大阪府連合会杉原支部 - 大阪府豊能郡能勢町杉原30-2
  • 部落解放同盟荒本支部(のち部落解放同盟全国連合会荒本支部となる) - 大阪府東大阪市荒本2丁目5−31
  • 部落解放同盟全国連合会中央本部 - 大阪府東大阪市荒本862-2(上記荒本2丁目5−31と同じ場所かどうかは要調査)
  • 部落解放同盟全国連合会寝屋川支部 - 大阪府寝屋川市明和1丁目25-14
  • 部落解放同盟全国連合会野崎支部 - 大阪府大東市野崎1丁目21-25
  • 部落解放同盟全国連合会北摂支部

解放同盟の支部がある部落は大阪府内に47地区である[107]

  • 自由同和会大阪府本部 - 大阪府堺市宿屋町1丁-22 三徳ビル3F
  • 自由同和会東大阪支部 - 大阪府東大阪市島之内1丁目2-16-503
  • 自由同和会吹田支部 - 大阪府吹田市岸部中1-11
  • 自由同和会浅香支部 - 大阪府大阪市住吉区浅香2-2
  • 自由同和会大阪府連合会住吉支部 - 大阪府大阪市住吉区帝塚山東5-6
  • 全日本同和会大阪府連合会 - 大阪府大阪市北区中津1丁目2−18
  • 全日本同和会大阪府連合会 - 大阪府大阪市中央区大手前1-6
  • 全日本同和会大阪府連合会 - 大阪府大東市野崎1-6-38
  • 全日本同和会大阪府連合会和泉支部 - 大阪府和泉市観音寺町656
  • 全日本同和会大阪府連合会東支部 - 大阪府大阪市中央区北浜1-5
  • 全日本同和会大阪府連合会西支部 - 大阪府大阪市西区本田2-7
  • 全日本同和会大阪府連合会枚方支部 - 大阪府枚方市樋之上町9
  • 全日本同和会大阪府連合会東成支部 - 大阪府大阪市東成区東小橋1-18
  • 全日本同和会大阪府連合会八尾支部 - 大阪府八尾市桜ケ丘3-101
  • 全日本同和会茨木支部 - 大阪府茨木市稲葉町5
  • 全日本同和会福島支部 - 大阪府大阪市淀川区十三本町1-24
  • 全日本同和会城東支部 - 大阪府大阪市城東区関目3-16
  • 全日本同和会寝屋川支部 - 大阪府寝屋川市国守町1404
  • 民権連(大阪) - 大阪府大阪市浪速区塩草2-2-31
  • 全国水平同盟西郡支部 - 大阪府八尾市高砂町3-85-6
  • 全国水平同盟高槻支部 - 大阪府高槻市川添1-18-1
  • 全国新同和連合会関西統括本部 - 大阪府大阪市福島区玉川2丁目9−17

「全国新同和食肉事業協同組合連合会」が大阪府大阪市福島区吉野1丁目5−17にある。

人権啓発センターなど

  • 人権啓発情報センター - 堺市堺区宿屋町1丁1番22号 三徳ビル3階
  • 堺市立人権ふれあいセンター - 堺市堺区協和町2丁
  • 大阪人権博物館 - 大阪市浪速区浪速西3−6−36
  • ふらっと 人権情報ネットワーク - 大阪市港区波除4丁目1番37号 HRCビル9階(同じビルに部落解放同盟大阪府連合会や解放新聞社が入っている)
  • 和泉市立人権文化センター本館 - 和泉市伯太町六丁目1番20号
  • 和泉市立市民文化ホール - 和泉市伯太町六丁目1番20号
  • 和泉市立人権文化センター王子町分館 - 和泉市王子町二丁目2番12号
  • 和泉市立人権文化センター幸分館 - 和泉市幸三丁目1番16号
  • 堺市立舳松歴史資料館 - 堺市協和町2丁目61堺市立解放会館内
  • 富田林市立人権文化センター - 富田林市若松町一丁目9番12号
  • 大東市立北条人権文化センター - 大東市北条三丁目10番5号
  • 大東市立野崎人権文化センター - 大東市野崎一丁目24番1号
  • 大東市立人権教育啓発センター - 大東市谷川一丁目1番1号
  • 箕面市立萱野中央人権文化センター - 箕面市萱野一丁目一九番四号
  • 箕面市立桜ケ丘人権文化センター - 箕面市桜ケ丘四丁目一九番三号
  • 羽曳野市立人権文化センター - 羽曳野市向野2丁目9番7号
  • 東大阪市立長瀬人権文化センター - 東大阪市長瀬町三丁目4-3
  • 東大阪市立荒本人権文化センター - 東大阪市荒本二丁目6-1
  • 泉南市立人権ふれあいセンター - 泉南市樽井九丁目16番2号
  • 島本町立人権文化センター - 三島郡島本町広瀬二丁目22番27号
  • 池田市役所解放会館(現・池田市立人権文化交流センター「ふらっとイケダ」) - 池田市古江町523-1

解放住宅

  • 市営富寿栄団地 - 高槻市富田町2丁目
  • 市営西郡住宅 - 八尾市桂町2丁目 他

その他

[108] [109]

  • 大阪市立市民交流センターなにわ - 大阪府大阪市浪速区浪速西1-3-10
  • 大阪市立市民交流センターよどがわ - 大阪府大阪市淀川区加島1-58-8
  • 大阪市立市民交流センターひがしよどがわ - 大阪府大阪市東淀川区西淡路1-4-18
  • 大阪市立市民交流センターあさひ西 - 大阪府大阪市旭区生江3-17-2
  • 大阪市立市民交流センターあさひ東 - 大阪府大阪市旭区清水5-6-32
  • 大阪市立市民交流センターすみよし南 - 大阪府大阪市住吉区浅香2-1-9
  • 大阪市立市民交流センターすみよし北 - 大阪府大阪市住吉区帝塚山東5-3-21
  • 大阪市立市民交流センターひがしすみよし - 大阪府大阪市東住吉区矢田5-8-14
  • 大阪市立市民交流センターひらの - 大阪府大阪市平野区平野市町3-8-22
  • 大阪市立市民交流センターにしなり - 大阪府大阪市西成区長橋2-5-33
  • 茨木市立総持寺いのち・愛・ゆめセンター - 大阪府茨木市総持寺2-5-36
  • 茨木市立沢良宜いのち・愛・ゆめセンター - 大阪府茨木市沢良宜浜3-12-19
  • 茨木市立豊川いのち・愛・ゆめセンター - 大阪府茨木市豊川4-4-28
  • 茨木市立豊川いのち・愛・ゆめセンター分館 - 大阪府茨木市豊川5-10-28
  • 高槻市立春日ふれあい文化センター 高槻市春日町22-1

市町村別調査結果

同和地区がない市町村

  • 泉大津市
  • 高石市
  • 泉北郡忠岡町
  • 岸和田市
  • 阪南市
  • 泉南郡熊取町
  • 泉南郡田尻町
  • 門真市
  • 四條畷市
  • 交野市
  • 柏原市
  • 河内長野市
  • 大阪狭山市
  • 南河内郡太子町
  • 南河内郡河南町
  • 南河内郡千早赤阪村

出典

  1. 留岡幸助「特種部落と其人口」(『人道』69号所収、1911年刊。1907年調査)
  2. 内務省社会局「全国部落統計表」(内務省社会局『部落改善の概況』所収、1922年刊。1921年調査)
  3. 中央融和事業協会『全国部落調査』(1936年刊。1935年調査)
  4. 同和奉公会『産業調査報告」(1943年刊。1942年調査)
  5. 厚生省よりGHQ民間情報教育局に提出された報告(『資料・占領期の部落問題』所収、1991年刊)
  6. 厚生省社会局「同和対策要望事項調査」(厚生省『同和行政の手引き』所収、1961年刊行。1958年調査)
  7. 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区実態調査結果』(1968年刊。1963年調査および1967年調査)
  8. 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区実態調査結果』(1968年刊。1963年調査および1967年調査)
  9. 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区調査結果の概要』(1972年刊。1971年調査)
  10. 総理府内閣総理大臣官房同和対策室『全国同和地区調査結果の概要』(1976年刊。1975年調査)
  11. 総務庁地域改善対策室『昭和60年度地域啓発等実態把握―生活実態把握報告書―』(1987年刊。1985年調査)
  12. 総務庁地域改善対策室『平成5年度同和地区実態把握等調査―地区概況調査報告書―(統計表編)』 (1995年刊。1993年調査)
  13. 大阪府内の部落民のうち7割は、部落民と結婚したり親戚を頼って移ってきたりしたことによる外部からの転入者である。『別冊東北学』第5巻140頁、小島伸豊「大阪の部落から」による。
  14. 『兵庫の部落史』第1巻120頁
  15. 原田伴彦『日本封建都市研究』
  16. www.blhrri.org/old/info/book_guide/kiyou/ronbun/kiyou_0008-03.pdf
  17. 『穢多非人 社会外の社会』(柳瀬勁介、大学館、1901)
  18. www.blhrri.org/old/info/book_guide/kiyou/ronbun/kiyou_0008-03.pdf
  19. 部落出身者と結婚差別 齋藤直子 / 部落問題論・家族社会学
  20. 『都市型被差別部落への転入と定着』(齋藤直子)
  21. KAKEN — 戦後大阪の都市部落の変容過程に関する総合的研究
  22. 岸政彦は「しばき隊」によるリンチ事件を黙殺していた疑惑について指摘されている。 しばき隊リンチ事件を知っていた北田暁大 - 岸政彦にも関与の疑惑が浮上 : 世に倦む日日
  23. jasr.or.jp/asr/asrpdf/asr09_050.pdf
  24. 大阪府 - 部落問題・人権事典
  25. 国内の電気事業通信事業者の多くが所属する4団体(電気通信事業者協会、テレコムサービス、日本インターネットプロバイダー協会、日本ケーブルテレビ連盟)は、「不当な差別的取扱いを助長・誘発する目的で、特定の地域がいわゆる同和地区であるなどと示す情報をインターネット上に流通させる行為」を禁じ、当該記述は削除対象としている。( tubame-jiro.hatenablog.com/entry/2017/04/20/212033 ) しかし「部落解放・人権研究所」のウェブサイトは部落の具体的な場所・地名を暴露することで結婚差別や就職差別のような部落差別を誘発しており、削除対象であることは明白であるにも関わらず、当該記述はいまだに削除されていない。
  26. 『部落解放同盟大阪府連合会』「山場を迎えた「市民交流センター」存廃問題 橋下市長は差別撤廃のための方向を示すべきだ」
  27. 『大阪市市民の方へ 市民交流センター』(大阪市)
  28. Googleマップをイタズラで書き換えると罪になる?軽犯罪法について | いいねを押したい弁護士ブログ
  29. 毎日新聞社 RECRUITING2016
  30. www.kaihou-s.com/bl/bl_mokuji/bl_201105.htm
  31. 昨日の解放新聞毎日版の記事について - だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)
  32. (6)大阪府立柴島高校 仕事を知る -大阪のキャリア教育 - 大阪日日新聞
  33. *大淀町立大淀病院事件 - Wikipedia
  34. 部落解放同盟大阪府連合会 » 「都構想で『西成区』をなくせます」と書かれたビラ
  35. 『同和教育を知る 差別の現実に深く学ぶ』(本田豊、エムティ出版、1992)
  36. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、306-307頁
  37. https://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6546654.jpg
  38. https://shimajinblog.wordpress.com/2016/10/25/%e4%ba%ba%e6%a8%a9%e8%ac%9b%e5%ba%a7%e2%91%a3%e3%80%8c%e5%b3%b6%e6%9c%ac%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91%e3%82%8b%e9%83%a8%e8%90%bd%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%ae%e4%bb%8a%e3%82%92%e8%80%83%e3%81%88%e3%82%8b/
  39. jinken.city.fukuoka.lg.jp/musics/detail/333
  40. 40.0 40.1 40.2 40.3 40.4 40.5 40.6 40.7 40.8 同和地区における医療活動の実態』(山名伸作、大阪市立大学 学術機関リポジトリ)
  41. 豊川四丁目(とよかわよんちょうめ) - 阪急バス路線物語(BLOG ver.)
  42. ただし、『民主と人権原稿 週刊現代・短期集中連載ルポ「被差別部落を食い物にしたワルたち」をぶった切る』(亀谷義富)によると民権連高槻支部の北脇輝夫は「小西が**(引用者注、富田地区)の生まれだと、そんなこと聞いたことがない、ウソだろう」と述べているという。
  43. archive.is/TtAuK
  44. 月刊「同和と在日」2011年3月号 - 示現舎 | パブー
  45. u37ae (㞮) - GlyphWiki
  46. 高山秀夫『江戸から東京へ 物語でつづる部落の歴史』p.6
  47. 東上高志『川端分館の頃』p.154
  48. http://www.jinken-osaka.jp/pdf/souzou/03/12.pdf
  49. 『樫井部落の歴史』(樫井部落史研究協議会編、泉佐野市、1977)
  50. 『樫井部落文書』(樫井部落史研究協議会編、泉佐野市、1980)
  51. 『島村の歴史と生活』(東の歴史を掘りおこす会編、部落解放同盟大阪府連合会貝塚支部、1982)
  52. 『島村の歴史と生活』(東の歴史を掘りおこす会編、部落解放同盟大阪府連合会貝塚支部、1982)
  53. 岡映『荊冠記』第一部164頁
  54. www.jinken.ne.jp/flat_letter/2015/04/post_4.html
  55. 『部落の民』(中西義雄、潮文社、1957)81頁。人名、地名の大多数を明記。
  56. 西郡部落解放運動史
  57. 4地区実態調査報告書
  58. 4地区実態調査報告書』(大阪市立大学都市研究プラザ 4地区共同まちづくり研究会)
  59. 『大阪市東住吉区矢田部落調査報告書』90-91頁
  60. http://www.zenkokuren.org/2015/07/post_511.html
  61. http://www.zenkokuren.org/cat22/
  62. 『被差別部落に生きる朝鮮人』(部落解放同盟大阪府連合会、解放新聞社大阪支局編、部落解放同盟大阪府連合会、1982)
  63. goo.gl/rdY3TY
  64. 「江戸時代から住みついた先祖を持つ人たちは『東、西、南、北、中。或いは、十二支による方位を冠して呼称される苗字』の家が多い」。方角を冠したのは、連帯感を高めるためだったとする。「私たちのムラ人のうち、何人が苗字を私称していたものか、又は皆無であったのか。文書は勿論のこと、墓石すらも移建された現在、これらを明白にすることは不可能に近い。しかし、明治一〇年のムラ戸数二〇数件のうち、二~三軒が方位名を冠していないようである。もし、苗字を江戸期以来私称していた家があるとするなら、彼らがその該当者であろうと思われる」。2、3軒は、和歌山から来た武士が祖と伝える。『被差別部落・北条の歴史』(大東市北条部落史研究会編、大東市教育委員会、1975)による。
  65. 堺市同和対策事業総合計画書
  66. 正確な範囲は『大阪市社会部調査報告書』に記載されている可能性が高い。
  67. 正確な範囲は『大阪市社会部調査報告書』に記載されている可能性が高い。
  68. 『部落解放同盟大阪府連合会』「山場を迎えた「市民交流センター」存廃問題 橋下市長は差別撤廃のための方向を示すべきだ」
  69. 『大阪市市民の方へ 市民交流センター』(大阪市)
  70. kyotoshikyo.com/news/9gatu/riberty%20saiban.htm
  71. 「グーグル・アース」に差別地名 国会で指摘され引っ込める : J-CASTニュース
  72. Burakumin groups angry at Google Earth | Japan Probe
  73. 『石井記念愛染園を中心とする草創期社会事業の空間的展開』(大阪市立大学都市研究プラザ 水内俊雄)『1806年刊行「増修改正摂州大坂絵図全」(大阪人権博物館特別展示図録『絵図に描かれた被差別民2001年所収』)』
  74. 74.0 74.1 74.2 daitudien-143717 (传) - GlyphWiki
  75. 『現代の部落解放運動 日共・津田羽曳野市長糾弾の闘い』(部落解放同盟大阪府連合会、1974)219頁
  76. 西成公園はホームレス排除の為公園全体がフェンスで囲われ、夜間は閉鎖されている。西成公園自体は同和地区に隣接するものの同和地区外にあり、大阪市当局と地区住民によるホームレスへの差別意識が垣間見られる。
  77. www.nice.ne.jp/forum/?p=243
  78. www.nice.ne.jp/forum/?m=201511
  79. www.city.osaka.lg.jp/somu/cmsfiles/contents/0000024/24224/3-1.pdf
  80. Wikipedia「長柄_(大阪市)」
  81. 6丁目は、改良・同公住宅を建設する際、地区内に更地がないので、飛地だが、緊急的に建てた飛鳥北住宅の場所。
  82. Wikipedia「東淀川区」
  83. (6)大阪府立柴島高校 仕事を知る -大阪のキャリア教育 - 大阪日日新聞
  84. 『日之出地区のコミュニティづくり』(平等文博)
  85. 大阪の解放同盟幹部らがセクハラ - asahi.com : 社会
  86. 「複合下層」としての都市型部落--2009年度大阪市日之出地区実態調査から : 2010-04|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
  87. 「たいけん→はっけん→ほっとけん」からのカリキュラム
  88. 「たいけん→はっけん→ほっとけん」からのカリキュラム
  89. http://www.city.osaka.lg.jp/kodomo/cmsfiles/contents/0000012/12686/25hinode.pdf
  90. http://www.manabi.city.osaka.jp/yoyaku/shisetsuInfoDetailInfo.html?shisetsu_code=161&searchmode=2&kubunno=121
  91. Wikipedia「淀川区」
  92. 地区基礎調査結果報告書
  93. 部落解放・人権研究所「月刊ヒューマンライツ」No.266(2010年5月号)26〜29頁
  94. 部落解放同盟中央本部のハシシタ報道抗議文が公開 - だが待ってほしい早計ではないか通信(フリーライター三品純)
  95. 部落解放・人権研究所「月刊ヒューマンライツ」No.295(2012年10月号)41頁
  96. www.kansai-u.ac.jp/nenshi/sys_img/article_3_84.pdf
  97. 天理大学学報「特月報告 私の生い立ちと識字運動 宮元和子(部落解放同盟岡山県連中央町協議会)」
  98. www.sumiyoshi.or.jp/news/sumirin_news_no20.pdf
  99. www.sumiyoshi.or.jp/news/sumirin_news_no20.pdf
  100. www.osakagas.co.jp/company/efforts/fukushi/jyosei/kenkyu_kako09.html
  101. 4地区実態調査報告書
  102. 『都市部落における住宅要求闘争と入居選考プロセス』 58頁
  103. 4地区実態調査報告書』(大阪市立大学都市研究プラザ 4地区共同まちづくり研究会)
  104. 『大阪市立大学の125年』(大阪市立大学、2007)
  105. 4地区実態調査報告書
  106. 4地区実態調査報告書』(大阪市立大学都市研究プラザ 4地区共同まちづくり研究会)
  107. 『別冊東北学』第5巻139頁、小島伸豊「大阪の部落から」
  108. 『部落解放同盟大阪府連合会』「山場を迎えた「市民交流センター」存廃問題 橋下市長は差別撤廃のための方向を示すべきだ」
  109. 『大阪市市民の方へ 市民交流センター』(大阪市)