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兵庫県

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概況

兵庫県の被差別部落の統計

調査年 地区数 戸数 人口
1907年 330 16225 95972[1]
1921年 339 18547 107608[2]
1935年 341 24043 128963[3]
1942年 - 22116 114717[4]
1946年 - - 128963[5]
1958年 335 38872 178542[6]
1963年 340 44714 地区全体200982、同和関係163545[7]
1967年 331 地区全体50265、同和関係37703 地区全体213948、同和関係162845[8]
1971年 336 地区全体50385、同和関係36750 地区全体198235、同和関係149481[9]
1975年 346 地区全体56333、同和関係39784 地区全体207790、同和関係152988[10]
1985年 347 地区全体56526、同和関係39851 地区全体208480、同和関係153236[11]
1993年 341 地区全体68040、同和関係37200 地区全体206156、同和関係117297[12]
兵庫津絵図(1696年)の一部。夙村の近くに「長吏」の表記がある。現在の神戸市長田区番町地区に該当する可能性あり。

兵庫県神戸市の番町部落は1966年の段階で人口2万2000、世帯数6000を数えた日本有数の大規模な被差別部落である(大阪の西成部落は人口3万)[13]

神戸市内には26ヶ所の被差別部落があり、人口は5万を超える[14]。しかも26ヶ所のうち5ヶ所までが世帯数1000、人口5000以上を数え、全国の大部落の15位以内に入っている[15]。兵庫県全体では人口の5パーセント、すなわち20人に1人が被差別部落民である[16]

また尼崎市戸ノ内町にはもともと被差別部落はなかったが、炭鉱の閉山などに伴って兵庫県外から人口が流入し、地方の被差別部落から来たと自称する者たちが部落民宣言をおこなった結果、1970年9月に部落解放同盟の支部が結成され、解放会館も設置され、今日に至っている[17]

姫路市丸尾町は、1901年に屠場が設置され1955年から同和地区となった[18]。『全國部落調査』には記載がない。『つくられた差別の町 近代姫路・ある部落の歴史』の高田姓の著者は同地の住民。丸尾町に高田姓2件。2000年電話帳。

兵庫県の被差別部落の起源に関する伝承には以下があった。

  • 移住 73(旧同和地区56、旧同和地区外17)
  • 不明 65
  • 汚穢物取扱者 16
  • 旧同和地区の拡大 15
  • 神仏関連 14(神社8、仏閣6)
  • 武士の隠遁 13
  • 皮革業者 11
  • 朝鮮人の子孫 9(移住5、捕虜4)
  • 名家の没落 5
  • 中国人の子孫 4
  • 原住民の子孫 3
  • 高貴な者の従者 2
  • 乞食 1
  • 計 231[19]

番町部落の歴史[20]

  • 住民の祖は漢民族との伝承がある[21]。すなわち舒明天皇の頃の帰化人で、摂津国長田村村主(すぐり)として代々長田神社に隷属し、神事の一部を担当した忌部の一部であるという[22]。坂上田村麻呂の子孫との言い伝えもある[23]
  • 1691年(元禄4年)- 12軒74人の高持ち(年貢を納めた本百姓)として史料に初めて登場。当時の地名は長田村糸木で、職業は農業だが徳川末期には馬借があった[24]。糸木村は捕吏や長吏の役人村でもあった[25]
  • 1868年(明治元年)- 85戸388名の農村部落となる。
  • 1871年(明治4年)- 解放令発布。当時は人口500、戸数100を数えた。
  • 1891年(明治24年)- 神戸港の開港に伴い播州地方の被差別部落(日本の部落人口の1割近くが集中)から人口が流入。土着者は378名から669名、移住・寄留者は10名から1539名に増大。
  • 1897年(明治30年)から1907年(明治40年)- マッチ製造産業の発展を背景に人口が増大。土着者は967名、移住・寄留者は2522名を数えた。奈良県御所市の小林部落では、明治30年から大正初年にかけ、部落人口の半数が神戸に移住している。番町には内番町(もとからの部落)と外番町(はみ出してできた部分)があり、前者は大正時代に戸数1500超、人口7000近くを数えた。
  • 1918年(大正7年)- 「番町部落職業分析」が番町部落に最も多い職業を燐寸職工と記録。次いで農業、土方、皮革工業、馬力挽、藁職、青物商、仲仕の順であった。

昭和になるとマッチ産業に代わってゴム産業が台頭。さらに1995年の阪神淡路大震災で壊滅的な被害を受け、街の大半は新しく再建され、かつての細民窟の面影をほとんど失い、今日に至っている。

なお暴力団の世界には、番町出身の山口組直参の親睦会「番町会」(長田会)が存在したこともある[26]。会員には以下の面々が含まれていた。

  • 加茂田重政(一和会副会長兼理事長、加茂田組組長、元三代目山口組組長代行補佐)[27]
  • 北山悟(一和会組織委員長、三代目山口組若中、北山組組長)[27]
  • 松本博幸(一和会理事長補佐、三代目山口組若中、二代目松本組組長)[27]
  • 大川覚(一和会特別相談役、三代目山口組若中、大川組組長)[27]
  • 中山美一(三代目山口組若頭補佐、中山組組長)[27]
  • 溝橋正夫(一和会常任顧問、三代目山口組若頭補佐、溝橋組組長)[27]
  • 坂井奈良芳(一和会特別相談役、三代目山口組若中、坂井組組長)[27]
  • 中谷利明(三代目山口組若中、中谷組組長)[27]
  • 西岡勇(西岡組組長)
  • 桜井孝之(桜井組組長)
  • 大川健(大川健組組長)
  • 坂田鉄男(坂田組組長)
  • 西脇輝美(西脇(輝)組組長)
  • 西脇和美(西脇組組長)西脇輝美の弟
  • 岸本才三(岸本組組長)
  • 石川裕雄(悟道連合会長)
  • 加茂田俊治(神竜会会長)加茂田重政の弟
  • 澤井敏雄(澤井組組長)
  • 正木年男(正木組組長)
  • 中川宣治(中川連合会会長)
  • 小林治(難波安組組長)
  • 鈴木秀具(鈴秀組組長)
  • 平澤武善(平澤組組長)
  • 加茂田勲武(政勇会会長)加茂田重政の弟
  • 勝野重信(勝野組組長)

加茂田とは兵庫県姫路市豊富町豊富の被差別部落に多い部落姓である。播磨水平社にも加茂田姓の者がいた[28]。加茂田重政は「加茂田姓の発祥は、どうやら姫路のようや。姫路のほうに行くと加茂田、という名字の人がちらほらおる。わしの場合は、四代くらい前の先祖が姫路のほうから丁稚奉公に神戸まで来て、それで長田に住むことになったみたいやな。しかし我ながら珍しい名前や、他にそうはいないっていうしな。鳥の鴨で鴨田はおるけど、加茂田はそうはおらん。なかなか重みもあって、ええ名前なんやろな」と発言している[29]。加茂田重政の実弟の加茂田勇は加茂田組副組長で政勇会会長、同じく実弟の前田登は加茂田組本部長で前田組組長、重政のいとこの加茂田俊治も一和会理事長補佐、三代目山口組若中、神竜会会長。また重政の実父の加茂田松太郎は二代目山口組若衆で、一族には暴力団員が多い。

溝橋姓は2000年の電話帳で全国に23件しか登録がないにもかかわらず、そのうち8件までが被差別部落にあり、うち7件が神戸市番町に偏って分布している。なお、2000年の電話帳では三番町に溝橋正夫と同姓同名の登録がある。1928年の『神戸市要改善地区調査』の調査員にも三番町三丁目の溝橋磯太郎の氏名がある[30]

歌手の杉良太郎(本名は山田勝啓)を番町出身とする説もあるが、公称では神戸市長田区宮川町出身であり、父親は兵庫県三原郡三原町(現・南あわじ市)の出身、母親は鹿児島県徳之島の出身という。

テレビ東京アナウンサーの大橋未歩も番町出身との未確認情報があり(公称は須磨区出身)、実家は長田区で靴工場を経営しているともいわれる。

備考

山口組の企業舎弟である地上げ屋「光誉実業株式会社」(大阪市東住吉区東田辺1-1-15)の社長の朝治博は2008年に弁護士法違反容疑で逮捕され、懲役2年・執行猶予4年の有罪判決を受けた。朝治とは丹波篠山に特有の部落姓である。

朝治姓は2000年の電話帳で9件しか登録のない希少な苗字であることから、朝治博は大阪人権博物館学芸課長の朝治武の親類と思われるが、詳しい続柄は不明であり調査を要する。

なお2008年3月21日付「しんぶん赤旗」によると、光誉実業株式会社は大阪府八尾市の事業系ゴミ収集の認可業者でもあり、丸尾勇(部落解放同盟大阪府連合会八尾支部元支部長、山口組系山健組系健竜会相談役)[31]の肝いりでつくられた八尾市清掃事業協同組合にも加盟している。朝治博は「暴力行為や強要などで二ケタを超える逮捕歴がある」と伝えられている[32]

なお三島由紀夫(本名は平岡公威)は祖父の平岡定太郎が播磨国印南郡志方村の出身であり、志方村には複数の被差別部落があったため、平岡家の出自を被差別部落に結びつける向きもあるが[33]、定太郎の出身地の字上富木は『全国部落調査』に記載がない。

亀田史郎にも被差別部落出身説があるが、出身地の姫路市飾磨区妻鹿は『全国部落調査』に記載がない。

明石書店創業者の石井昭男は父が明石市の部落出身である[34]。「父は敗戦直後、地区からでて、となりの街に居をかまえたのです」と述べている。明石市には複数の部落があるが、石井姓が最も多いのは明石市魚住町西岡で21件。2000年電話帳。

『未解放部落の起源』(落合重信、1978)86頁に以下のようにある。

部落も中峠といわれるように、中村の峙部落である。東下東部落も西筒井部落も中村に接している。神戸市域周辺についても同じようなことがいえるが、一つ一つ書いてゆくことは大変だから、一覧表にかかげよう。

峠部落、東下東部落の位置は要調査。

部落解放同盟が創設した研究機関「部落解放・人権研究所」はインターネットで以下の部落を暴露した。[35][36]

  • 武庫郡芝村(現西宮市)の村営浴場〈戎湯〉
  • 神戸市番町地区の長田村一部協議会
  • 武庫郡六甲村都賀改進会
  • 加古郡部落改善連合会
  • 三原郡賀集村福井北組改善会
  • 武庫郡芝村自彊会
  • 武庫郡住吉村仲区青年会
  • 宍栗郡菅野青年団
  • 神戸市新川地区の神戸矯修会
  • 兵庫県救済協会
  • 揖保郡誉田尋常高等小学校の学区内の部落
  • 飾磨郡花田村高木地区
  • 西宮市芝地区
  • 有馬郡支部貴志村
  • 飾磨郡,赤穂郡,印南郡,武庫郡,加東郡,川辺郡などの部落学校
  • 融和教育研究指定校に指定された神崎郡甘地小学校
  • 神戸市宇治野・宇治川地区
  • 武庫郡武庫村守部新田地区
  • 水平社が組織された武庫郡住吉村,芝村,美方郡浜坂町,神戸市番町地区、筒井地区、加古郡阿閇村,氷上郡成松町,神崎郡甘地村,飾磨郡城南村,飾磨郡花田村、播磨水平社、神崎郡水平社、飾磨郡、加東郡
  • 武庫郡住吉町の朝日燐寸工場
  • 神戸市上池地区、西宮市芦原地区(モデル地区事業)
  • 西宮市立芦原小学校(特別学級設置)
  • 神戸市立玉津中学校、布引中学校、丸山中学校

神戸新聞は『[神戸市に於ける]細民視察』と題した記事で、神戸市内の貧民窟の場所を暴露しているが、これは部落だけでなくスラムを含むものと思われる。[37]

市内の貧民窟といえば葺合新川、生田裏、川西宇治川、荒田裏、今和田新田、糸木村の七大部落、その中でも最も甚しいのが新川の大部落である、新川といえば南本町三丁目から六丁目まで北本町四、五、六丁目、吾妻通三丁目から六丁目まで、日暮通三丁目から六丁目まで、真砂通五六丁目と筒井町の一部、この戸数ザッと一千五百戸又川西即ち生田川以西では磯上通三丁目から六丁目まで、小野柄旭通とも二丁目から五丁目まで、この戸数八百余、右の内最も甚しいのは北本町の三個丁と吾妻通六丁目この人口約一万五千人、その内日給五十銭程度の者一千一百人、救助を要する者七百七十人、又医薬を与えねばならぬ者実に三百四十人、これは最近市役所の統計が表わした悲惨な現状である

別府村騒擾事件

水平社同人による集団暴力事件である別府村騒擾事件(1923年)の被告人の氏名は以下の通りである[38](五十音順)。

  • 新居剛三
  • 池沢鹿蔵(実刑、懲役1年)
  • 角岡光次
  • 角岡辰巳 - 角岡伸彦の父方の祖父[39]
  • 角岡常次(実刑、懲役10月)
  • 川端歌松
  • 小西豊吉
  • 杉本与一郎
  • 玉垣亀市
  • 富田啓三
  • 直川幾太郎
  • 長田調五郎
  • 西田幸一(実刑、懲役10月)
  • 西田健次
  • 西田賞市
  • 西田清吉
  • 前田菊松
  • 桝田石太郎
  • 松本義男(実刑、懲役10月)
  • 森本右教
  • 吉野湊 - 角岡伸彦の母方の祖父[40]

罪名は騒擾罪、公務執行妨害罪、脅迫罪[41]。特に説明がない者らは執行猶予つきの有罪判決を受けた[42]

寺前小学校脅迫事件

水平社同人による集団脅迫事件である寺前小学校脅迫事件(1923年)の被告人の氏名は以下の通りである[43](五十音順)。

  • 石橋源太郎
  • 石橋鉄次
  • 鵜野栄太郎
  • 鵜野兼義
  • 北川卯吉
  • 北川藤三郎
  • 木村愛吉
  • 橋本郁太郎
  • 広納久吉
  • 前川松太郎
  • 前田健二

罪名は全て脅迫罪、全ての被告人が実刑判決を受けた[44]

柏原自動車襲撃事件

水平社同人による往来妨害・逮捕監禁事件である柏原自動車襲撃事件(1923年)の水平社側被告人の氏名は以下の通りである[45](五十音順)。

  • 太田顕太郎
  • 岡本鶴吉
  • 川口春治
  • 小南松太郎
  • 西田重吉
  • 西田治郎吉
  • 橋本甚太郎
  • 橋本滝蔵
  • 橋本谷蔵
  • 広岡清吉
  • 藤平佐吉
  • 増田新太郎
  • 増南吉助

池の上水平社同人による集団脅迫事件

兵庫県加東郡河合村(現・小野市復井町)の水平社同人3名による集団脅迫事件(1924年)の被告人の氏名は以下の通りである[46]

  • 池沢福松
  • 池沢幸太郎
  • 池沢作松

八鹿・朝来暴力事件

部落解放同盟員による集団暴力事件である八鹿・朝来暴力事件(1974年)の被告人の氏名は以下の通りである[47]

  • 丸尾良昭(旧姓山本)- 兵庫県朝来市物部
  • 尾崎龍 - 兵庫県朝来市新井
  • 安井千明 - 兵庫県養父市上野
  • 安井義隆 - 兵庫県養父市上野
  • 坂本逸雄 - 兵庫県養父市薮崎
  • 尾崎文雄 - 兵庫県朝来市澤
  • 大垣秋敏
  • 安井辰雄
  • 杉田邦夫 - 兵庫県朝来市生野町真弓
  • 大垣政次 - 兵庫県朝来市澤
  • 植村勝美(旧姓長島)
  • 戸口英樹(旧姓大川)
  • 坂本修一 - 兵庫県養父市薮崎
  • 石田常夫

文献

全國部落調査(1935年)

兵庫縣 昭和十年一月現在

27頁

『神戸の未解放部落』所収『神戸市の細民に関する調査』(大正13年)には「第三部荒田町改善地区」の項があるものの、この図や『全國部落調査』には神戸市兵庫区荒田町の地名が見えないことから、同地区は「未解放部落」ではなく単なるスラムの可能性がある。ただし荒田町には25戸の同和改良住宅がある。神戸市を参照。
番町地区の地形及び戦災地
番町出身者所有地(明治40年現在調)
番町出身者所有地(昭和25年現在調)
部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
神戸市 灘區 都賀 四一二 二〇三五 農、雇傭労働 花行商 神戸市 灘区 神前町 1931年に都賀の一部から神前町が成立。十三代目弾左衛門の母方の祖母がこの地区から出た。昭和9年7月の『要改善地区内生活状態と口戸調査』(神戸市社会課)の都賀地区の調査員に麻田峰松や細畠由松あり[48]。神前町に麻田姓10件。細畠姓2件。2000年電話帳。
〃 葺合區 筒井 一九四 一〇五二 神戸市 中央区 国香通 1丁目、神若通 1丁目 「大正14年8月調 極秘 神戸市内要改善地帯之考察(神戸市社会課内兵庫県清和会神戸支部)」によると、西筒井部落の場所は「國香通1丁目 神若通1丁目」とある。[49]昭和3年12月末の『神戸市要改善地区調査』(神戸市社会課)では「神若通一、二丁目 国香通一、二丁目一帯」を筒井方面の調査区域としている[50]。西筒井地区は役所の同和地区扱いを拒否して、同和対策事業対象からはずされている。[51]
〃 〃 新川 四八五 二二六七 職工、一般労働、製靴 神戸市 中央区 南本町通 5丁目、6丁目、北本町通 5丁目、6丁目、吾妻通 5丁目、6丁目 「大正14年8月調 極秘 神戸市内要改善地帯之考察(神戸市社会課内兵庫県清和会神戸支部)」によると、新川部落の場所は「南本町5、6丁目 北本町5、6丁目 我妻通5、6丁目」とある。[52]一方「部落調査表(神戸市役所・大正7年7月20日)」によると、「神戸市内偏東部」とある。[53]昭和3年12月末の『神戸市要改善地区調査』(神戸市社会課)では「普通吾々が細民窟として新川と称する区域は南本町五、六丁目、北本町四、五、六丁目 吾妻通五、六丁目、日暮通三丁目の各一部戸数約一千戸を総称するもの」としている[54]。南本町は暴力団菅谷組組長の菅谷政雄の出身地区。菅谷は少年期に長田区藻刈島の屠殺場で働いていた。神戸市中央区吾妻通5-2-20に賀川記念館がある。
〃 神戸區 宇治川 七七四 三六四一 靴、古物、花行商労働 花行商、古物 神戸市 中央区 中山手通 8丁目、下山手通 9丁目、楠町 8丁目、9丁目、1丁目 旧称、風呂谷穢多村[55]。1913年に宇治川町は楠町に改称。「大正14年8月調 極秘 神戸市内要改善地帯之考察(神戸市社会課内兵庫県清和会神戸支部)」によると、宇治川部落の場所は「中山手通8丁目 下山手通9丁目 楠町9丁目 同1丁目」とある。[56]一方「部落調査表(神戸市役所・大正7年7月20日)」によると、「下山手通9丁目 中山手通8丁目 楠町8丁目 楠町1丁目」とある。[57]昭和3年12月末の『神戸市要改善地区調査』(神戸市社会課)では宇治川方面の調査区域を「下山手通九丁目、中山手通八丁目、楠町一丁目一部、楠町八丁目各一帯」としつつ「下山手通八丁目に少数現住者あるも之を削除す」としている[58]。昭和9年7月の『要改善地区内生活状態と口戸調査』(神戸市社会課)の宇治川地区の調査員に初瀬義市あり[59]。下山手通、中山手通、楠町に初瀬姓1件ずつ。2000年電話帳。
〃 林田區 番町 一〇五七 五二六二 土木、日傭、労働 各種行商 神戸市 長田区 三番町、四番町、五番町 の各一部(これに六番町の一部を加える説もある[60] 「大正14年8月調 極秘 神戸市内要改善地帯之考察(神戸市社会課内兵庫県清和会神戸支部)」によると、番町部落の場所は「三番町2、3、4丁目 四番町3、4、5丁目 五番町3、4、5、6丁目 六番町5丁目」とある。[61]一方「部落調査表(神戸市役所・大正7年7月20日)」によると、「三番町3、4丁目 四番町3、4、5、6丁目 五番町3、4、5丁目」とある。[62]また、番町地区の視察記を書いた畑道雄によると「部落は三番町二丁目より四丁目へ、四番町三丁目より六丁目へ、五番町三丁目より五丁目へかけて、東西四町五十間、南北三町二十九間、戸数一一一八、人口五五六八人(大正七年調査)」という[63]。一方、昭和3年12月末の『神戸市要改善地区調査』(神戸市社会課)では畑道雄の挙げた地区のうち、四番町六丁目だけは調査区域から外している[64]。地元の解同支部員の姓が平林であることを『解放新聞』が暴露している[65]。部落解放・人権研究所研究員の内田龍史は「国勢調査小地域集計から見る 神戸市B地区の変化と現状 - 部落解放・人権研究所」という論文の中で「本稿で取りあげるのは、兵庫県神戸市長田区に所在するB地区である。」「B地区は、江戸期には長田村に属する「糸木」と呼ばれ、明治期には「西野」とも呼ばれるようになった。1889年に長田村など8カ村が合併して林田村となり、1896年には林田村が神戸市に合併されたのにともなって「西野」も神戸市に編入された。1907年の道路区画整理の完成に際し、「B」の名で呼ばれるようになった。」と番町地区が同和地区であることを暴露している。[66]かつて四番町4-27に部落解放同盟番町支部があった。[67]
〃 須磨區 手嵜 二一七 一二七八 農漁、一般労働 各種行商 神戸市 須磨区 行平町、鷹取町、青葉町 「大正14年8月調 極秘 神戸市内要改善地帯之考察(神戸市社会課内兵庫県清和会神戸支部)」によると、手崎部落の場所は「鷹取駅前」とある。[68]神戸の未解放部落』19頁には「手崎部落は、中屋敷とも、仲須磨ともいわれ国鉄鷹取駅から南へ下ったところに位置している部落」とある。昭和3年12月末の『神戸市要改善地区調査』(神戸市社会課)では「中屋敷、下手崎一、二丁目 上手崎一、二丁目 外浜一、二丁目各一帯」を手崎方面の調査区域としている[69]
姫路市 城東町 城東町 二〇九 八八八 屠畜、土木日傭、精肉 農業、古物其他 姫路市 城東町 部落改善団体「城東町戸主会」(代表者は松本富蔵)があった[70]。城東町京口台に松本姓3件。2000年電話帳。
〃 砥堀 第二區 五五 二三三 農、養蚕、河川漁 莚打、雑役 姫路市 砥堀
西宮市 芝 芝地區 八四四 四四六七 農業、行商 日雇労働 西宮市 西福町、神明町、芦原町、両度町、高松町、南昭和町、丸橋町 1933年まで芝村が存在した。芦原地区に以下の姓の者がいた。亀田、辻村、寺下、寺田、中沢、藤野、松平(淡路島出身)[71]。他に以下の姓の者がいた[72]。豊原、西口。同地の水平運動家に岸本姓の者がいた[73]。他に以下の姓の者がいた[74]。西田、松村。
〃 津田町 津和町 一四八 八五六 行商 日雇労働 西宮市 津田町
武庫郡 武庫村 守部新田 五九七 二六四九 出稼 農業、藁細工 尼崎市 南武庫之荘 1972年、1975年に守部から南武庫之荘に改称。在日朝鮮人や沖縄県出身者との混住が著しい地区[75]
〃 住吉村 仲區 五三〇 二〇六〇 農、製靴、仲仕、土工 神戸市 東灘区 住吉宮町 1966年に住吉宮町が成立。この地区からは十三代目弾左衛門(出生名、寺田小太郎)が出ている。
〃 精道村 上打出 二三五 一〇五八 農、商、日傭 花賣 芦屋市 上宮川町 灘本[76]姓が大原町に8件、上宮川町に3件。2000年電話帳。灘本昌久の父方の祖父である灘本忠左衛門もこの地区から出ている。神戸三宮出身のイラストレーター灘本唯人(出生名は灘本整)や浄土真宗本願寺派の灘本愛慈、大阪商工会議所専務理事の灘本正博(芦屋市立宮川小学校出身)、甲南大学教授の灘本明代、甲子園大学教授の灘本知憲、建築家の灘本幸子が親類にあたるかどうかは要調査。
〃 大庄村 今北 二〇四 一〇二五 農業 日稼 尼崎市 西立花町 1983年に今北の一部から西立花町が成立。
〃 山田村 東下 一〇六 五九〇 農業 出稼 神戸市 北区 山田町東下
川辺郡 中谷村 北野 三二 一八八 農業 芝籠 川辺郡 猪名川町 北野

28頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
川辺郡 中谷村 上阿古谷 二八 農業 芝籠 川辺郡 猪名川町 上阿古谷
〃 小浜村 東米谷 一七六 一〇五一 農業 藁製品 宝塚市 今里町、三笠町、星の荘 1970年、1972年、1975年に米谷の一部を別の地名に変更。今里町5-1に宝塚市役所まいたに人権文化センターあり。宝塚市の米谷地区に以下の姓の者がいた[77]。島上、村上。島上姓6件。2000年電話帳。
〃 大瀬村 木津下 三六 一八七 農業、牛馬車 莚、菰籠 川辺郡 猪名川町 木津 下庵
〃 川西町 竹角 七〇 三六〇 農業 日稼 川西市 火打[78] 初代弾左衛門は、この地区から出たとの伝承がある[79]。岩畑姓5件。2000年電話帳。
〃 長尾村 平井 二一 一四七 植木、農業、日雇労働 藁製品 宝塚市 平井
〃 夛田村 石道 三二 一六七 農業、瓦製造 行商、其他 川西市 石道
〃 小田村 神嵜 一三八 六九六 農、職工、土工 日稼 尼崎市 神崎町
〃 〃 潮江 五八 三九六 農業 日稼 尼崎市 潮江 松本隆博・松本人志兄弟の実家があった(のち尼崎市富松町に移転)。松本家が部落か一般かは不明だが、父の松本譲一は国鉄職員。祖父の松本昇次郎は土建業者で刺青があった。なお隆博は2013年7月31日、奈良県橿原文化会館で「部落差別等撤廃と人権確立を目指す奈良県民会議」に参加している。なお浜田雅功の尼崎市での実家も潮江にあった(出生地は『全國部落調査』にも記載の見える大阪市浪速区大国)。高須光聖の実家は潮江の果物屋「御影屋」(尼崎市潮江1丁目20-21 フレッシュコア)。
〃 〃 西長洲 三五 一八七 農業 藁打、土工 尼崎市 西長洲町
有馬郡 藍村 牛渕 五〇 二三二 農業 陶器行商、藁製品 三田市 西相野 1956年に牛渕から西相野に改称。藍村牛淵は宝暦年間に丹波牛力瀬から開墾のために住みついたのがはじまり。[80]
〃 〃 黒蓮 三七 農業 同右 三田市 黒蓮の位置は要調査。『部落民』(西田秀秋、新人物往来社、1979)307頁に『有馬郡藍村内 XXX 村門ノ三名東山村ヨリ移住シタルモノ』とあるが、黒蓮に該当するかは要調査。
〃 高平村 片古 五〇 二三二 竹器製造 農業 三田市 鈴鹿[81] 1956年に片古から鈴鹿に改称。
〃 道場村 照願寺 七五 四二〇 農業、日稼 行商 神戸市 北区 道場町塩田 道場町塩田2771に浄土真宗の照願寺あり。大正9年度の部落改善事業の地元代表者に中田米吉あり[82]。中田姓6件。2000年電話帳。
〃 中野村 加茂 三〇 農業 莚製造 三田市 加茂
〃 〃 宮脇 一一 五四 農業 日稼 三田市 宮脇
〃 〃 北浦 三四 一九三 農業 莚製造 三田市 北浦
川辺郡 大瀬村 清水東 三一 一七三 農業 薪焼、莚菰 川辺郡 猪名川町 清水東 大瀬村は六瀬村の誤記。

29頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
有馬郡 八夛村 上中村 一五 九五 農業 藁製品 神戸市 北区 八多町中
〃 貴志村 池尻 五二 三三四 三田市 池尻
〃 〃 廣澤 二三 一五二 三田市 広沢
〃 本庄村 東山 四七 二六八 藁製品、行商 三田市 東山 有馬郡本庄村の村長に当選した小向井姓の者がいた[83]。小向井姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 大畑 三一 一七五 竹及藁細工 三田市 大畑
〃 〃 四八 藁細工 三田市 洞
〃 〃 溝口 二三 一二〇 藁細工、煙草耕作 三田市 溝口
〃 三輪町 桑原東 二八 一五一 日稼 三田市 桑原 神功皇后の三韓征伐の際に来た朝鮮人が祖と伝える。同地には辻本姓の者がおり、勢多姓の者が住む家の後ろに高麗塚があるのは朝鮮人が帰化した証拠とする[84]。桑原378-3に桑原東集会場あり。辻本姓6件、勢多姓なし。2000年電話帳。
明石郡 大久保村 西八木 七五 四一二 瓦製造 明石市 大久保町八木
〃 〃 西大窪 六〇 三三〇 藁細工 明石市 大久保町大窪
〃 〃 北松隂 二〇 一一〇 明石市 大久保町松陰
〃 櫨谷村 栃■木 六三 四八一 神戸市 西区 櫨谷町栃木 判読不能部分は「栃〻木」と読める。[85]要検証。神戸市西区(旧:明石郡櫨谷村)の地区では、神戸市北区にあった淡河城の城主が逃れた際に匿った農家が3戸あり、近くの山の名から以下の姓を賜ったと伝える[86]。樫原、平山、横山。樫原姓26件、平山姓29件、横山姓24件。2000年電話帳。
〃 神出村 二九 一五一 神戸市 西区 神出町南
〃 〃 池田 七九 四七七 神戸市 西区 神出町池田
〃 押部谷村 上西盛 四二 二一一 農業、竹箒 藁製品 神戸市 西区 押部谷町西盛
〃 〃 養田 二四 一五二 神戸市 西区 押部谷町養田 1932年5月9日に神戸地方裁判所で判決を受けた加古川市尾上町養田出身の大西姓の者がいた[87]。大西姓9件。善本姓6件。2000年電話帳。
〃 岩岡村 野中 一九五 一一八七 農業 神戸市 西区 岩岡町野中

30頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
明石郡 魚住村 大見 一九二 一〇七五 農業 藁細工 明石市 魚住町西岡
〃 平野村 印路 一七 九〇 神戸市 西区 平野町印路
〃 〃 中津 一一 六〇 神戸市 西区 平野町中津
〃 〃 繁田 一〇 五一 神戸市 西区 平野町繁田
〃 林嵜村 鳥羽 一三五 七六三 土工 明石市 鳥羽
〃 林嵜村 船上 四一 明石市 船上町
〃 垂水村 東垂水 一八六 九四五 日雇 神戸市 垂水区 東垂水町
〃 玉津村 上池 六四〇 三二一三 農業、日稼 職工、日雇 神戸市 西区 玉津町上池 1497年(明応6年)3月に彦根の大岡又四郎という武士が落人となり、現在の明石城の裏に来住して、後に城の整備のため現在地に移住したと伝える[88]。大岡又四郎は吹矢の名人として知られており、殺人を犯したため一族を引き連れて落ちて来たと伝える。末裔として大岡姓の者が登場する[89]。同地に杉岡姓の者がいた[90]。玉津町上池313-16に二代目西脇組の本部がある。大岡姓1件、杉岡姓7件。2000年電話帳。
〃 〃 吉田 二六 一三〇 農業 叺莚 神戸市 西区 玉津町吉田 1822年(文政5年)1月に加古郡下澤村から金子利兵衛、1828年(文政11年)頃に加古郡印南新村から柿澤佐七が来住したのが起源と伝える[91]。金子姓、柿澤姓いずれもなし。2000年電話帳。
〃 〃 下津橋 一〇 五八 神戸市 西区 玉津町出合 玉津町出合736に下津橋城跡がある。
〃 〃 居住 二二 一一〇 神戸市 西区 玉津町居住
〃 〃 今津 二五 神戸市 西区 玉津町今津
美嚢郡 細川村 細川中 二七 一九八 莚織 三木市 細川町細川中
〃 久留美村 加佐 六八 三一四 藁仕事 三木市 加佐
〃 〃 島町 一八 一二五 三木市 鳥町 島町は鳥町の誤記。舟坂姓19件。2000年電話帳。
〃 口吉川村 笹原 三六 二一二 三木市 口吉川町笹原 岸中姓6件。2000年電話帳。
〃 淡河村 淡河町 四六 二六五 神戸市 北区 淡河町淡河

31頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
美嚢郡 志染村 戸田 二〇 一〇五 農業 藁仕事 三木市 志染町戸田
〃 〃 吉田 八一 五二八 三木市 志染町吉田 部落改善団体「修徳会」(代表者は橘田藤次郎)があった[92]。橘田姓35件。2000年電話帳。
〃 〃 廣野 五〇 二八二 三木市 志染町広野
〃 別所村 西這田 五四 二八三 叺製造 三木市 別所町西這田 春川姓7件。2000年電話帳。
〃 〃 下石野 一四 七五 三木市 別所町下石野
〃 〃 相野 一六 八三 三木市 別所町花尻 別所町花尻668-2に相野公民館がある。
加東郡 中東條村 三六 一九七 加東市 藪
〃 〃 森尾 二〇 一三九 加東市 森尾 藤浦姓6件、前田姓2件。2000年電話帳。
〃 社町 窪田 八五 四二五 莚叺、古物商 加東市 窪田 西田姓8件、前田姓16件。2000年電話帳。
〃 市場村 池尻 三三 二一六 叺製造 小野市 池尻町 前田姓9件。2000年電話帳。
〃 大部村 土橋 一一〇 六〇二 藁細工 小野市 広渡町 『加東郡誌』によると「大部村土橋字郷上百四番地」に「超晃山 光宗寺」がある。[93]広渡町104の浄土真宗の光宗寺。前田姓9件。2000年電話帳。
〃 来住村 横山 三九 二一五 商工業 小野市 下来住町 前田姓26件。2000年電話帳。『加東郡誌』によると「来住村下来住字深田千五百七番地」に「紫雲山 浄福寺」があり、「壇徒 加東郡来住村(横山)」とある。[94]下来住町1506の浄土真宗の浄福寺。
〃 米田村 久米 一〇八 六一五 莚織其他 加東市 久米 新田氏の家臣だった粟生姓の者が祖と伝える[95]。1925年に加東市久米で発生した長谷川派と的場派の西教寺の住職擁立をめぐる加東郡西教寺騒擾事件の容疑者に以下の姓の者がいた[96]。大西、大東、鐘搗(かねつき。加東市が最多の稀姓)、上谷、塩寺(しおでら。都道府県別では秋田県、市町村別では加東市が最多の稀姓)、柴崎、高橋、竹中、田中、富島、西浦、長谷川、毛利、安田(2人)、山口、山本(2人)。鐘搗姓2件、塩寺姓7件。2000年電話帳。
〃 河合村 三一 一六八 小野市 復井町 『加東郡誌』によると「河合村復井字芝ノ後六百八十一番地」に「了智山 教覚寺」がある。[97]復井町682の浄土真宗の教覚寺。
〃 〃 池ノ上 二八 一六四 小野市 復井町 『加東郡誌』によると「河合村復井字池ノ上七番地」に「福田山 金剛寺 (宗派 曹洞宗)」がある。[98]復井町1357-1の曹洞宗の金剛寺。池沢姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 大寺 四二 二二六 小野市 新部町 バス停に「大寺」あり。
〃 〃 井ノ口 五四 三二五 小野市 新部町 新部町1820に井ノ口公民館がある。

32頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
加東郡 河合村 西森 六〇 四一七 農業 莚織其他 小野市 昭和町 1954年に西森が昭和町に改称。『加東郡誌』によると「河合村西森三百九十九番地」に「城谷山 福善寺」がある。[99]昭和町399の浄土真宗の福善寺。本沢姓10件、前田姓7件。2000年電話帳。
〃 下東條村 浮坂 一〇四 四九六 小野市 小田町 浮坂 部落解放同盟兵庫県連委員長だった小西弥一郎は下東條村出身だが、浮坂部落か小田野池部落かは不明。
〃 〃 小田野池 二二 九一 小野市 小田町
夛可郡 日野村 前島 七三 四二八 藁製品 西脇市 前島町 中根姓9件。2000年電話帳。
〃 西脇町 上野 三九 二七一 荷馬車 西脇市 上野 高瀬民部守の家臣だった田中姓の者が祖と伝える[100]。 前田姓11件。2000年電話帳。
〃 〃 大野 二七 一六二 藁製品 西脇市 大野 近江田姓5件。2000年電話帳。
〃 〃 坂本 一三 七九 西脇市 坂本
〃 〃 寺田 一六 一一二 西脇市 寺内 寺田は寺内の誤記。
〃 中町 東山 八八 五二九 日稼 多可郡 多可町 中区東山
〃 〃 高岸 八六 四二八 多可郡 多可町 中区高岸
〃 比延庄村 高嶋 二四 一三五 西脇市 高嶋町
〃 杉原谷村 杉原 五三 二七〇 荷馬車挽 多可郡 多可町 加美区杉原
〃 〃 奥豊部 四〇 一九九 多可郡 多可町 加美区奥豊部
加西郡 富田村 行安 一六 六七 屑物商 農業 加西市 西谷町 『兵庫県小字名集 3(西播磨編)』に西谷町の小字として行安谷が記載。ふりがなは「いきやすだに」。
〃 夛加野村 四四 二三二 農業 藁加工 加西市 島町 織部姓14件。2000年電話帳。
〃 北條町 黒駒 六七 三五四 日雇 加西市 北条町黒駒 神功皇后による三韓征伐の際の朝鮮人が帰化したとする伝承がある[101]。部落改善団体「黒駒戸主会」(代表者は塚原市松)があった[102]。菅原姓26件、塚原姓14件。2000年電話帳。
〃 下里村 野田 九〇 五三〇 叺織 加西市 野田町 東一姓16件、西田姓11件、前田姓13件。2000年電話帳。

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
加西郡 下里村 中西 四二 二三〇 農業 叺織 加西市 中西町
〃 九會村 下宮木 五七 二六七 加西市 下宮木町 志方城の落城後の1596年から1615年(慶長年間)に落人となった澤下宇右衛門が祖と伝える[103]。九会田姓3件、九會田姓1件、沢下姓5件、沢中姓20件。2000年電話帳。
〃 芳田村 下郷 五四 三二六 商業、日稼其他 西脇市 岡崎町 1954年に下郷が岡崎町に改称。[104]西脇市明楽寺町の明楽寺付近が下郷であると兵庫県『兵庫県史』(1974年)第1巻434頁にある。大正9年度の部落改善事業の地元代表者に坂部藤吉あり[105]。坂部姓3件。2000年電話帳。
〃 在田村 五九 三一〇 農業 加西市 北町 元正天皇の皇女が安芸の厳島神社の参拝後、717年に同地で没した際の供人の馬頭六郎兵衛が祖と伝える[106]。馬頭姓6件。2000年電話帳。
加古郡 高砂町 木曽 七〇 三一五 藁製品 高砂市 高砂町木曽町
〃 氷岡村 西大野 七四 三四五 叺、炭俵作り 加古川市 加古川町大野 氷岡村は氷丘村の誤記。
〃 〃 横田 三六 一七八 加古川市 加古川町溝之口字上横田 同上。加古川町溝之口に一角姓10件。2000年電話帳。
〃 〃 西河原 一六 七三 加古川市 加古川町西河原 同上。
〃 加古川町 南備後 一四七 八一一 日稼 加古川市 加古川町南備後 部落改善団体「進善会」(代表者は小南覚太郎)があった[107]。小南姓3件、生柄姓6件。2000年電話帳。
〃 〃 西河原 八一 四〇七 叺製造 加古川市 加古川町西河原 旧・氷丘村の西河原との関係は要調査。旧・氷丘村は旧・加古川町と加古川沿いに隣接していることから、同一地区が複数の自治体にまたがっていた可能性あり。
〃 〃 篠原町 三九 一九九 加古川市 加古川町篠原町
〃 神野村 北神野 七〇 四二三 莚叺造 加古川市 神野町神野 部落改善団体「神野北部奨徳会」(代表者は今出茂吉)があった[108]。今出姓10件。2000年電話帳。
〃 二見町 西二見 一一二 七〇四 明石市 二見町西二見 中渕姓24件、山端姓41件。2000年電話帳。
〃 八幡村 下村 四二 二三〇 藁製品 加古川市 八幡町下村
〃 別府町 別府 九七 五〇三 加古川市 別府町別府 吉野姓19件、西田姓14件、新居姓6件、角岡姓5件。2000年電話帳。別府村騒擾事件(1923年)の舞台。ライターの角岡伸彦の出身地区。角岡の父方の祖父(角岡辰巳)と母方の祖父(吉野湊)はそれぞれこの騒擾事件で検挙され有罪判決を受けた。
〃 平岡村 一色 一七 加古川市 平岡町一色
〃 〃 新在家 一二 九〇 加古川市 平岡町新在家

34頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
加古郡 平岡村 西谷 五〇 加古川市 平岡町西谷
〃 母里村 川北 五〇 二四九 加古郡 稲美町 印南 川北
〃 〃 道孤 二七 一九八 加古郡 稲美町 印南 道狐 道孤は道狐の誤記。
〃 〃 相野 三三 二〇七 加古郡 稲美町 草谷 相野
〃 阿閇村 本莊 三八 一八七 莚製造 加古郡 播磨町 本荘
〃 〃 二子 一三〇 六七六 加古郡 播磨町 二子 西田姓9件、福寿姓8件、福壽姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 野添 二八 一三九 加古郡 播磨町 野添 加古郡播磨町野添の上田姓の者が差別発言を受けたとする[109]。 上田姓9件。2000年電話帳。
〃 〃 古田 五〇 二六五 加古郡 播磨町 古田 西田姓5件。2000年電話帳。
〃 天満村 中村下 七〇 四〇〇 加古郡 稲美町 中村 部落改善団体「報徳会」(代表者は池田宇之松)があった[110]。中村に池田姓23件、大路姓46件。2000年電話帳。
〃 〃 中村向 一三五 八一二 莚叺織 加古郡 稲美町 中村 向山
〃 野口村 長砂 五八 二八七 加古川市 野口町長砂
〃 〃 坂元 二四 一二一 加古川市 野口町坂元
〃 〃 良野 一一 四八 加古川市 野口町良野
印南郡 米田村 米田 四四 二六五 藁加工 高砂市 米田町米田 高砂市(旧:印南郡米田村)の地区は以下の姓の者が祖と伝える[111]。上田姓10件、北姓12件。2000年電話帳。
〃 志方村 志方町 二二五 一一三〇 叺製造、靴下加工 加古川市 志方町志方町
〃 〃 投松 一三三 五八六 加古川市 志方町投松 舛賀姓10件、桝賀姓1件。2000年電話帳。
〃 伊保村 中筋 六三 一九五 縄細工 高砂市 中筋 高砂市(旧:印南郡伊保村)の地区は岩本姓の者が祖と伝える[112]。岩本姓3件。2000年電話帳。
昭和38年度『同和地区実態調査報告書』(兵庫県姫路市高木地区)113-114頁「附対象地区略図 花田村全図」。

35頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
印南郡 西神吉村 一二九 六六八 農業 行商 加古川市 西神吉町辻 玉垣姓5件。2000年電話帳。
〃 東志方村 廣尾 九二 五三二 加古川市 志方町廣尾
〃 平莊村 小畑 一三二 八〇七 加古川市 平荘町小畑 浦井姓7件。2000年電話帳。
〃 上莊村 二五 一七五 藁細工 加古川市 上荘町 上荘町国包に部落改善団体「積善会」(代表者は松本兵蔵)があった[113]。松本姓なし。2000年電話帳。
〃 西志方村 西原 二二 一二〇 農業他 加古川市 志方町原 バス停に「西原」あり。
飾磨郡 鹿谷村 前之庄 九三 四九二 農業 姫路市 夢前町前之庄 北岡姓9件。2000年電話帳。
〃 花田村 高木 五五〇 二七〇〇 皮革製造 農業 姫路市 花田町高木 神功皇后による三韓征伐の際の朝鮮人が帰化したとする伝承がある[114]。同地区の兵庫県水平社同人に清水、新井、坂谷の各姓あり[115]。浦本姓3件、大垣姓21件、金田姓18件、北角姓5件、北中姓7件、熊本姓10件、坂谷姓7件、崎塩姓7件、関本姓10件、高田姓3件、西本姓2件、新田姓9件、前田姓14件、増田姓5件、村上姓5件、森本姓7件、和田姓11件。2000年電話帳。
〃 四郷村 上鈴 二一三 一二三五 姫路市 四郷町上鈴 部落改善団体「正義青年会」(代表者は峯松富蔵)があった[116]。峰松姓2件、大矢姓7件、水瀬姓13件。2000年電話帳。
〃 〃 中鈴 九六 六八七 南部表 姫路市 四郷町中鈴 寺脇姓6件。2000年電話帳。
〃 〃 見野 一三二 九四三 ガット 姫路市 四郷町見野
〃 高浜村 袋尻 九八 五八二 農業 藁製品 姫路市 飾磨区 堀川町、上野田 5丁目
〃 英賀保村 英賀 三六 二一六 日雇 姫路市 飾磨区 英賀宮町
〃 谷外村 豊国 三二 一五三 藁製品 姫路市 飾東町豊国 松浦亜弥の卒業した姫路市立谷外小学校がある地区。ただし同校には姫路市田寺東の市立安室東小学校から転入しており、松浦が同和地区出身か否かは要調査。
〃 高岡村 上手野 一五〇 九四二 日稼 姫路市 上手野
〃 余部村 実法寺 九一 五三五 膠製造其他 姫路市 実法寺
〃 城南村 庄田 二五六 一五五二 日稼 姫路市 庄田
〃 甘地村 小谷 八五 五一〇 農業 養蚕 神崎郡 市川町 小谷 神崎郡市川町小谷出身の水平運動家に清水姓の者がいた[117]。清水姓2件。2000年電話帳。

36頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
飾磨郡 甘地村 千原 四二 二七三 農業 土木 神崎郡 市川町 千原 浦島姓2件、前田姓14件、養父姓7件。2000年電話帳。
神嵜郡 粟賀村 寺野 八五 四八四 縄叺 神崎郡 神河町 寺野 広納姓21件、前田姓8件。2000年電話帳。
〃 寺前村 野村 七九 五五八 日稼 神崎郡 神河町 野村 鵜野姓28件、前田姓10件、北川姓8件、石橋姓7件。2000年電話帳。
〃 〃 八重 三七 二三七 神崎郡 神河町 鍛治 『兵庫県小字名集 3(西播磨編)』に鍛治の小字として八重ノ上、八重ノ向ヒの記載あり。
〃 〃 鍋田 六一 神崎郡 神河町 大河 『兵庫県小字名集 3(西播磨編)』に大河の小字として鍋田の記載あり。
〃 田原町 西野 六四 三四五 莚叺製造 神崎郡 福崎町 西田原 西野
〃 鶴居村 五七 三三三 神崎郡 市川町 澤
〃 〃 美佐 九二 五二六 神崎郡 市川町 美佐 神崎郡市川町(旧:神崎郡鶴居村)では、1733年頃に神崎郡神河町寺野から西新兵衛という者が来住したと伝える。また、子孫は西田姓を名乗っている[118]。西田姓2件。2000年電話帳。
〃 〃 鶴居 二四 一三六 神崎郡 市川町 鶴居
〃 〃 神嵜 四一 二三五 神崎郡 市川町 神崎
〃 〃 田中 一二 五三 神崎郡 市川町 田中
〃 〃 小室 二三 一三三 同、養鶏 神崎郡 市川町 小室
〃 豊富村 津熊 一二二 五七五 藁加工 姫路市 豊富町豊富 1878年まで津熊村が存在。加茂田姓7件、西田姓9件。2000年電話帳。
〃 中寺村 野田 二七 一六三 姫路市 香寺町野田
〃 川辺村 澤辺 二二 一〇七 養蚕 神崎郡 市川町 沢辺は川辺の誤記の可能性。市川町の大字として東川辺、西川辺がある。
〃 〃 保喜 六六 四一〇 荷車挽 神崎郡 市川町 保喜
揖保郡 揖西村 四〇 二〇七 山稼 たつの市 揖西町構 作本姓5件、根本姓8件、松芳姓11件。2000年電話帳。

37頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
揖保郡 揖西村 清水新 七〇 三五八 農業 土木 たつの市 揖西町清水新 玉村姓11件。2000年電話帳。
〃 揖保村 松原 一八八 一三八〇 皮革業 農業 たつの市 揖保町松原 稲田姓4件、嶋田姓10件、中嶋姓6件、湯浅姓4件。2000年電話帳。
〃 太市村 向山 一一 六一 農業 土木業、日稼 姫路市 太市中 姫路市太市中(向山)は、1725年頃に来住した岡本栄介という者が祖と伝える[119]。 岡本姓7件。2000年電話帳。
〃 神岡村 澤田南部 一〇二 四八四 皮革製造 たつの市 神岡町沢田 たつの市立神岡小学校(たつの市神岡町上横内51)は「地域の歴史を知り、住民から聞いた話を通して言葉を紡いだ。例えば、被差別部落解放を目的とする全国水平社の結成過程を学」んでいることから、校区に部落が含まれることは確実である。[120]徳永参二の出身地区。徳永姓19件。2000年電話帳。
〃 旭陽村 福井 一四〇 七六五 膠製造 姫路市 網干区福井 部落改善団体「崇徳社」(代表者は大森槇太郎)があった[121]。大森姓なし。2000年電話帳。
〃 誉田村 一三五 六八〇 藁製品 たつの市 誉田町誉 寺元姓3件、森口姓7件。2000年電話帳。
〃 半田村 本條 五三 三三二 土工 たつの市 揖保川町本條
〃 越部村 仙正 一一二 六〇一 叺莚其他 たつの市 新宮町仙正 たつの市(旧:揖保郡越部村)の地区は、以下の姓の者が祖と伝える[122]。碓井、田中、前田、正木。新宮町仙正34−1にたつの市新宮食肉センターがあり、地元住民の約半数はここに関係した仕事をしている。『龍野市史編集資料目録集』(龍野市史編纂専門委員会)に「片岡明氏文書」があるが、部落解放同盟の片岡明幸と関係あるか否かは不明。[123]碓井姓5件、前田姓7件、片岡姓6件、2000年電話帳。
〃 〃 段ノ上 三〇 一七九 たつの市 新宮町段之上
〃 河内村 袋尻 四〇 二四〇 土木 たつの市 揖保川町袋尻
〃 東栗須村 森本 五九 三三〇 藁製品 たつの市 新宮町善定 森本
〃 〃 平野 二一 たつの市 新宮町平野
〃 香島村 上笹 四八 二八九 日雇、藁細工 たつの市 新宮町上笹
〃 林田村 下構 一一九 五四七 日稼 姫路市 林田町下構 姫路市(旧:揖保郡林田村)では、三木姓の浪士が後花園天皇の治世の1428年から1464年の間に来住しており、後に零落した藩士が集まり汚穢物を扱うことで賤視されたとする。また、大給姓の者は鳥取付近の藩士だったと伝える[124]。大給(おおぎゅう。他に読みあり)は、姫路市が最多の稀姓。大給松平家の読みは「おぎゅう」。大給姓2件。2000年電話帳。
〃 石海村 塚森 二七 一三七 土工 揖保郡 太子町 塚森
赤穂郡 坂越村 西浜市 五七 二七五 下駄草履其他 赤穂市 浜市 浜市372に坂越隣保館あり。前田姓9件。2000年電話帳。夏目漱石は1913年から1914年にかけて、播州坂越の岩崎太郎次と名乗る者から缶入りの茶を贈られ、富士登山の絵に賛をしてくれ、赤穂義士に関する俳句を書いてくれとねだられたが断った[125]。すると岩崎は「茶をやったのに書かないなら茶を返せ」と執拗に要求するようになった[126]。漱石は岩崎の言動にあきれて「どうも穢多かユダヤ人でもなけりゃ、こんなケチなことは言わなかろう」と疑い、播州近くの男に岩崎の地元を調べさせた[127]。すると「坂越というのは播州でも素封家の揃っているところだそうだ」との回答であった[128][129]。しかし『全國部落調査』にはこの通り坂越に被差別部落があったと記録されている。もっとも岩崎個人が被差別部落民だったかどうかは不明である。
〃 鞍居村 土井 二二 一〇一 日稼其他 赤穂郡 上郡町 尾長谷 尾長谷980に土井公民館あり。

38頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
赤穂郡 若狭野村 上松 五六 三一一 農業 土工人夫 相生市 若狭野町上松
〃 有年村 野田 三七 一八七 藁細工 赤穂市 有年楢原 バス停に「楢原野田」あり。桐谷姓17件、中田姓9件、旧谷姓6件。2000年電話帳。
〃 高雄村 眞殿 一四 六三 赤穂市 真殿 『細工人由緒書』は赤穂市真殿の河東(かとう)家に所蔵されている[130]。河東姓10件。2000年電話帳。
〃 上郡町 東町 一〇五 三三五 日稼 赤穂郡 上郡町 上郡 東町
佐用郡 長谷村 田中 一〇 四四 藁細工 佐用郡 佐用町 口長谷 橋本、水見(みずみ。茨城県筑西市が最多の稀姓)姓の者が祖と伝える[131]
〃 久嵜村 久嵜 一一 佐用郡 佐用町 久崎
〃 中安村 小山 五七 三三■ 物品販賣其他 佐用郡 佐用町 小山 朝田善之助は小山に100戸あまりの部落があること、住民の姓に森崎があることを暴露している[132]。また岡映の叔父(母の妹の夫)の森脇鶴吉はこの地区の人[133]。森崎姓11件。森脇姓8件。2000年電話帳。
〃 西庄村[134] 上月 四〇 二二六 佐用郡 佐用町 上月 祖開姓5件。2000年電話帳。
〃 〃 早瀬 一九 九〇 佐用郡 佐用町 早瀬
〃 佐用町 西山 五五 二八六 藁細工 佐用郡 佐用町 佐用
〃 三日月町 熊谷 二三 一〇一 山稼 佐用郡 佐用町 三日月 熊谷は能谷の誤記。
宍粟郡 城下村 八九 四一七 藁細工 宍粟市 山崎町野 仲川姓12件。2000年電話帳。
〃 〃 下比地 五四 二七四 宍粟市 山崎町下比地 本江姓4件。2000年電話帳。
〃 〃 金谷 三七 宍粟市 山崎町金谷 「その九軒も松本を名乗る五軒は親子兄弟で、山田を名乗る四軒もいとこ同士、本当に前からの家といったら二軒だけです」。宍粟市山崎町金谷に関する記述。以前は17、18戸で、谷本姓、増田姓の者は転出したとする[135]。松本姓、山田姓、谷本姓、増田姓いずれもなし。2000年電話帳。
〃 神戸村 嶋田 一〇七 五四四 宍粟市 一宮町嶋田 『わが部落の歴史』(稲田耕一、部落問題研究所出版部、1972)の著者の出身地区。同地では水戸の糺姓の武士が住んで慕われていたことから糺(ただす)を姓とした[136]。部落改善団体「島田(ママ)戸主会」(代表者は稲田宇太郎)があった[137]。稲田姓3件、岡西姓6件、糺姓8件。2000年電話帳。
〃 戸原村 下宇原 五〇 三〇四 宍粟市 山崎町下宇原 宍粟市山崎町下宇原は、1578年(天正5年)12月19日に播磨国司の志水一郎越中守永俊が美作国江見村より来た際に雑役夫として2、3人が来たのが起源と伝えており、直系の子孫は仲田姓を名乗っている[138]。仲田姓2件。2000年電話帳。
〃 菅野村 木谷 一一三 七四四 山稼 宍粟市 山崎町木谷 森蔭姓23件。2000年電話帳。

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
宍粟郡 下三方村 福中 三五 二三一 農業 宍粟市 一宮町福中
〃 〃 田ノ尻 一六 九五 宍粟市 一宮町生栖 バス停に「田の尻」あり。
〃 安師村 長野 六〇 二七八 山稼其他 姫路市 安富町長野
〃 〃 三坂 三二 一六一 姫路市 安富町三坂 大正9年度の部落改善事業の地元代表者に三木平二あり[139]。三木姓9件。2000年電話帳。
〃 〃 瀬川 三五 一八八 姫路市 安富町瀬川 表西姓8件、北郷姓2件、北野姓5件、北前姓2件。2000年電話帳。
〃 千種村 西山 六一 三〇八 日稼 宍粟市 千種町西山 一般地区は「奥西山」、被差別部落は「口西山」と呼称して自治会も別[140]。2003年の報告では39世帯、約100名[141]。橋下姓2件、橋本姓4件。2000年電話帳。橋下徹の父方のルーツである可能性。
城崎郡 日髙町 上鶴岡 一二九 七〇〇 藁細工 豊岡市 日高町鶴岡 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「城崎郡日高町鶴岡上」(209戸、915人)として記載がある。
〃 三江村 庄境 四五 二三二 日稼 豊岡市 庄境 池口姓4件、宮垣姓9件。2000年電話帳。『但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「上庄境」(69戸、334人)として記載がある。現在、上庄境は庄境のバス停の名に現存。
〃 香住町 香住 七一 三八七 日雇 豊岡市 香住 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「城崎郡香住町西香住」(129戸、563人)として記載がある。
〃 中竹野村 和田 三五 一七七 [142] 豊岡市 竹野町和田 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「城崎郡竹野町和田」(43戸、211人)として記載がある。伊垣姓2件、杉垣姓6件。2000年電話帳。
〃 奈佐村 四六 二二二 杞栁製造 豊岡市 庄 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「庄」(40戸、196人)として記載がある。
出石郡 資母村 畑山 二六 日雇其他 豊岡市 但東町畑山 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「出石郡但東町畑山」(6戸、28人)として記載がある。
〃 〃 木村 二三 養蚕其他 豊岡市 但東町木村 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「出石郡但東町木村」(6戸、26人)として記載がある。
〃 髙橋村 佐田 一三 石工佐官 豊岡市 但東町佐田 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「出石郡但東町佐田」(1戸、3人)として記載がある。
〃 出石町 寺町 一〇八 五七八 土木請負、日雇 豊岡市 出石町寺町 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「出石郡出石町寺」(116戸、563人)として記載がある。
養父郡 八鹿町 下網場 一〇三 五二一 日稼運搬 養父市 八鹿町下網場 下網場の訓みはシモナンバ。京井姓3件。2000年電話帳。
〃 養父市場村 西䉤崎 一〇三 五四五 藁製品 養父市 薮崎 坂本姓6件。2000年電話帳。同地にいた八鹿・朝来暴力事件の2人の被告人は坂本姓。大正9年度の部落改善事業の地元代表者に坂本熊吉あり[143]

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
養父郡 建屋村 下町 四四 二三九 農業 土木請負其他 養父市 建屋 建屋の訓みはタキノヤ。通称、新町。地元の解同支部長の姓が仲谷、支部婦人部長の姓が砂原であることを『解放新聞』が暴露している[144]。砂原姓11件。仲谷姓なし。2000年電話帳。
〃 関ノ宮村 和土 一八 七七 養蚕其他 養父市 三宅 和土
〃 〃 下吉井 二一 八七 藁細工其他 養父市 吉井 バス停に「下吉井」あり。
〃 大屋村 大屋市場 三一 一五六 養父市 大屋町大屋市場 旧名は向井(ムケエ)[145]。解同の支部員の姓に尾崎、林田があることを『解放新聞』が暴露している[146]。尾崎姓14件、林田姓5件。2000年電話帳。
〃 宿南村 宿南 五五 運搬 農業 養父市 八鹿町宿南 別名、川東。
〃 大藏村 西土田 五四 二三三 農業 日雇 朝来市 和田山町土田 前田姓14件。2000年電話帳。
〃 広谷町 十二所 六一 三二三 商業 農業 養父市 十二所
〃 〃 上野 四二 二三一 農業 日雇 養父市 上野 安井姓50件。2000年電話帳。同地にいた八鹿・朝来暴力事件の3人の被告人は安井姓。起訴に至らなかった被逮捕者にも安井姓が2名。「この部落では、安井姓が非常に多くて、『安井』と言われることが差別の代名詞であったという」[147]
〃 〃 新津 一二 六八 養父市 新津
朝来郡 與布土村 溝黒 七三 三七九 養蚕其他 朝来市 山東町溝黒 『部落改善ニ関スル参考資料』(兵庫県内務部社会課)の「朝来郡協同会規約」では、同村の支部の所在地が「山才」となっている[148]。現在、溝黒付近に山歳集会所がある。
〃 栗賀村 早田 三二 一五九 朝来市 山東町早田 栗賀村は粟鹿村の誤記。『部落改善ニ関スル参考資料』(兵庫県内務部社会課)の「朝来郡協同会規約」では、同村の支部の所在地が「百合」となっている[149]。早田の別名かどうかは要調査。
〃 梁瀬町 小谷 二七 一五一 日稼 朝来市 山東町小谷
〃 和田山町 枚田岡 九七 五二六 藁細工 朝来市 和田山町枚田岡 大正9年度の部落改善事業の地元代表者に藤井恵霊峯あり[150]。藤井姓3件。
〃 中川村 一五三 七七五 出稼土工 朝来市 澤 大垣姓26件、尾崎姓30件、垣田姓6件、丸尾姓8件。2000年電話帳。八鹿高校事件の主犯である丸尾良昭(旧姓は山本)の出身地区。
〃 生野町 眞弓 八一 三四七 鉱山坑夫 朝来市 生野町真弓 1920年の改善事業での代表者に朝来郡生野町真弓(現・朝来市生野町真弓)朝来郡協同会真弓支部の軌保昇證がいた[151]。また1928年の『神戸市要改善地区調査』の指導員にも県社会課属の軌保昌範の氏名が見える[152]。映画監督で路上詩人の軌保博光の出身地区の可能性あり。軌保姓1件。2000年電話帳。
美方郡 兎塚村 福岡中町 一三 五五 日雇 美方郡 香美町 村岡区福岡
〃 村岡町 村岡大向 一二 三六 美方郡 香美町 村岡区村岡 大向

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
美方郡 照来村 夛子 三四 農業 日雇 美方郡 新温泉町 多子 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁によると過疎化のため1963年に消滅。
〃 浜坂町 三七 一六六 屑物、牛馬商其他 美方郡 新温泉町 浜坂 浜坂2135-1に隣保館の新温泉町文化会館、浜坂2491に浄土真宗の宝宣寺がある。[153][154]『日本近代教育と差別 部落問題の教育史的研究』(安川寿之輔、明石書店、1998)92頁に「城崎郡香住小学校が「目の前という至近距離」にある「部落」に分教場が設けられたのと、美方郡浜坂小学校の芝部落の子どもの分教場の開設は同じ九六年のことである」とある。『但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁に「美方郡浜坂町栄町」(50戸、227人)として記載がある「芝村」地区と同じ[155]
〃 小代村 大谷 一〇 四六 藁細工 美方郡 香美町 小代区大谷
氷上郡 芦田村 東芦田 二〇 一四七 日雇 丹波市 青垣町東芦田
〃 〃 田井縄 一九 一〇三 牛馬挽 丹波市 青垣町田井縄 大南姓8件。2000年電話帳。
〃 〃 西芦田 二六 一四九 丹波市 青垣町西芦田
〃 〃 口塩久 二三 一四六 日雇 丹波市 青垣町口塩久
〃 柏原町 室谷 三四 一八四 丹波市 柏原町柏原 室谷 部落改善団体「改善同盟会」(代表者は古倉仙之助)があった[156]。柏原に谷口姓[157]18件。古倉姓なし。
〃 前山村 上竹田島 二九 一二二 丹波市 市島町上竹田
〃 久下村 北島 六四 三三〇 運搬業 丹波市 山南町長野
〃 〃 南島 五九 二九六 丹波市 山南町大谷
〃 成松町 西中 一七八 九九九 荷車挽 藁加工 丹波市 氷上町西中 橋本姓15件、木戸口姓10件、西田姓10件、増南姓4件。2000年電話帳。
〃 〃 常楽 二四 一三二 農業 丹波市 氷上町常楽
〃 葛野村 柿柴 二七 一七一 馬車挽 丹波市 氷上町柿柴
〃 美和村 東勅使 八九 四九五 養蚕 丹波市 市島町東勅使
〃 〃 與戸 三六 丹波市 市島町与戸
〃 生郷村 石生南町 四九 三〇五 丹波市 氷上町石生 竹岡姓3件。2000年電話帳。

42頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
氷上郡 沼貫村 油利 三五 一七五 農業 丹波市 氷上町油利
〃 〃 下谷 四一 二〇五 丹波市 氷上町 下谷の位置は要調査。『兵庫県史: 史料編、近世』(第4巻、今井林太郎、兵庫県)370-371頁には『氷上郡久下谷川村』あるが、関連性は要調査。(丹波市山南町久下小学校区は鎌倉時代以降、上野(こうずけ)より久下氏が地頭職として移り住み、久下谷と呼ばれている。丹波市山南町谷川2276に久下小学校がある。)
〃 黑井村 古河 五六 二六七 丹波市 春日町古河 田和姓5件。2000年電話帳。
〃 和田村 北和田 一三五 六七二 馬車挽 丹波市 山南町北和田
〃 〃 金倉 三〇 丹波市 山南町和田 金倉
〃 幸世村 日比宇 四三 二四八 藁細工 丹波市 氷上町日比宇 中垣姓5件。2000年電話帳。
〃 〃 赤穂 一六 七五 丹波市 氷上町井中 赤穂 『兵庫県小字名集 4(丹波編)』に氷上町井中の小字として赤穂の記載あり。丹波市氷上町井中の赤穂地区の松茸山入会権闘争に関係した同地の矢尾姓の者が4人いた[158]。氷上町井中に矢尾姓12件。2000年電話帳。
〃 〃 山根 二一 一〇八 履物製造 丹波市 氷上町市辺 山根
〃 〃 夛田野 一三 五七 丹波市 氷上町氷上
〃 春日部村 七日市 六二 三八七 養蚕 丹波市 春日町七日市
〃 〃 池尾 一九 九四 丹波市 春日町池尾
〃 吉見村 北岡 二〇 八〇 丹波市 市島町北岡本
〃 国領村 国領 四一 二二三 丹波市 春日町国領
〃 〃 東中 二七 一五〇 丹波市 春日町東中
〃 〃 柚津 一〇 五一 丹波市 春日町柚津
夛紀郡 城北村 沢田島 三〇 一七六 日稼 篠山市 沢田
〃 南河内村 西坂本 一九 一一七 篠山市 西阪本 西坂本は西阪本の誤記。

43頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
多紀郡 南河内村 西木ノ部 一七 九三 農業 篠山市 西木之部 西木之部は江戸時代から1889年まで西木ノ部と表記した。
〃 〃 川西 一八 一〇一 木工 篠山市 川西
〃 八上村 小夛 二六 一六三 荷車挽 篠山市 小多田 小夛は小多田の誤記。篠山町連続差別落書き事件(1983年)の舞台。同事件の犯人と疑われた解放同盟小多田支部長は東山(とうやま)姓。小多田支部前副支部長は西本姓。同支部員に西尾姓あり。東山姓1件。西本姓6件。西尾姓5件。新家姓18件。2000年電話帳。
〃 〃 渋谷 二五 一五四 篠山市 渋谷
〃 〃 松ノ木 二七 一六八 篠山市 京町 1958年に松ノ木が京町に改称。
〃 畑村 四八 二四〇 篠山市 菅
〃 福住村 箱谷 二五 一五七 篠山市 箱谷
〃 〃 安口 二〇 一一二 篠山市 安口
〃 岡野村 有居 二三 一四五 縄製造 篠山市 有居
〃 〃 風深 二六 一一一 篠山市 風深 小川姓8件、前田姓11件。2000年電話帳。
〃 古市村 牛ヶ瀬 三一 一五一 篠山市 牛ケ瀬
〃 草山村 遠方 一八 七五 篠山市 遠方
〃 味間村 中野 四〇 二一九 篠山市 中野 植野姓8件、西田姓11件。2000年電話帳。
〃 〃 東吹中山 三二 篠山市 東吹
〃 日置村 八上新八上上 二九 一六一 牛馬車挽 篠山市 日置、八上上
〃 〃 上宿 一二 六四 篠山市 上宿
〃 〃 井ノ上 一五 篠山市 井ノ上

44頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
多紀郡 日置村 畑井 一四 六五 農業 牛馬車挽 篠山市 畑井
〃 〃 一一 六八 篠山市 辻
〃 〃 曽地 四四 篠山市 曽地奥
〃 〃 野々垣 一五 八一 篠山市 野々垣
〃 〃 西荘 五一 二〇七 篠山市 西荘 朝治姓2件、中西姓12件。2000年電話帳。
〃 今田村 東庄 一三 七一 篠山市 今田町東庄
〃 大山村 明野 四二 養蚕 篠山市 明野
津名郡 佐野村 畦ヶ内 一七 九八 仲仕 淡路市 佐野 畦ケ内
〃 塩田村 赤堂 一三 五八 日稼 淡路市 里 赤堂
〃 多賀村 糸谷 二〇 九八 淡路市 多賀 糸谷 多賀2135付近に糸谷ふれあい館がある。
〃 中田村 西側組 一二 八七 淡路市 中田
〃 洲本町 桑間 光宮 一一九 五七〇 洲本市 桑間 光の宮 光宮姓2件。2000年電話帳。
〃 〃 下内膳 東組 一六 六八 洲本市 下内膳
〃 〃 津田 丸山 四三 洲本市 津田
〃 由良町 婦野 二八 一二六 日稼 農業 洲本市 由良町由良 小婦野
〃 都志町 西山 二一 一一九 農業 日稼 洲本市 五色町都志
〃 富島町 岡畑 二二 一二二 淡路市 富島 岡畑

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
津名郡 山田村 山田 八一 農業 藁細工 淡路市 山田
〃 野島村 梨本 三七 一六八 日稼 淡路市 野島蟇浦 梨本
〃 志築町 石神 五七 二七九 漁業其他 淡路市 志筑 石神
〃 中川原村 安坂組、下組 三〇 一四三 藁細工 洲本市 中川原町安坂 中川原町中川原は2015年3月9日の淡路5人殺害事件の舞台。
〃 生穂町 近江原 二四 一三五 マッチ職 淡路市 生穂 近江ケ原
〃 育波村 西組 三八 二二八 日稼 淡路市 育波
〃 鮎原村 三ノ原 二六 一四七 出稼 洲本市 五色町鮎原三野畑 三ノ原は三野畑の誤記。
三原郡 倭文村 神道組 二一 九八 藁細工 南あわじ市 倭文神道
〃 八木村 野原 一二〇 七九二 製縄 南あわじ市 八木野原
〃 賀集村 福井北垣 四一 二六三 南あわじ市 賀集福井 部落改善団体「改善会」(代表者は石若岩吉)があった[159]。石若姓3件。2000年電話帳。
〃 北阿萬村 筒井 四三 二五八 南あわじ市 北阿万筒井
〃 湊町 湊口 一二 七八 南あわじ市 湊里
〃 沼島村 奥谷 一八 一〇四 養蚕 南あわじ市 沼島
武庫郡 良元村 藏人 三〇七 一六〇九 行商 宝塚市 蔵人
川辺郡 立花村 塚口宮ノ町 八〇 四一六 藁加工 尼崎市 塚口本町
〃 〃 高松 一五四 八九八 尼崎市 南塚口町 8丁目付近 1970年に南塚口町が成立。通称「上の島」(かみのしま)[160]。南塚口町に嘉勢姓4件、川面姓10件。2000年電話帳。
〃 〃 水堂 五六 三二一 行商其他 尼崎市 水堂町

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
川辺郡 稲野村 堀池 一一七 八〇六 農業 行商其他 伊丹市 堀池 奈良時代の僧である行基による昆陽池築造に従事した者が祖と伝える。同地に以下の姓の者がいた。石橋、掛越(かけごし。鹿児島県が最多の稀姓)、奥田(2人)、河井(2人)、河本、北村、杉本、田中、中村(2人)、前田、村田、森田(4人)、山口(2人)[161]。大正9年度の部落改善事業の地元代表者に奥田義貞あり[162]。掛越姓1件、奥田姓1件、河井姓10件、河本姓5件、北村姓2件、杉本姓8件、中村姓7件、前田姓6件、村田姓4件、森田姓1件、山口姓5件。2000年電話帳。
有馬郡 有馬町 東町 七三 四三〇 日雇 神戸市 北区 有馬町 東町の位置は要調査。宝泉寺の南隣の有馬集会所は旧称が東之町集会所。
〃 〃 射場 二六 一四一 農業 日雇 神戸市 北区 有馬町 射場
〃 有野村 二郎字川西 八二 三二八 神戸市 北区 有野町二郎
〃 長尾村 尾嵜 二七 神戸市 北区 『歴史と神戸 第18巻第4・5号』に収録の神戸市小字名集に長尾村から成立した長尾町宅原、長尾町上津のどちらにも尾崎の記載はない。長尾町宅原の小字に岡崎はある。
美嚢郡 中吉川村 貸潮 四八 三〇三 藁加工 三木市 吉川町貸潮 部落解放同盟の井本武美は「僕は1938年10月、兵庫県の三木市、吉川町借潮(ママ)という部落に生まれた。」と発言し部落の場所を暴露している。( kyotoshikyo.com/archives/suihei90/imoto.htm )井本姓8件。2000年電話帳。
多可郡 黒田庄村 前坂 一四九 九三八 職工 西脇市 黒田庄町前坂 浅尾姓6件、門上姓8件、亀尾姓7件、北脇姓7件。2000年電話帳。
神埼郡 香呂村 広瀬 五四 三二七 藁加工 姫路市 香寺町広瀬
〃 福嵜町 馬田 一一五 五四一 行商 神崎郡 福崎町 馬田 植岡姓3件。2000年電話帳。
城崎郡 奥佐津村 下岡 二五 一一三 藁加工 美方郡 香美町 香住区下岡 但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には「城崎郡香住町西下岡」(26戸、87人)として記載がある。
養父郡 高柳村 高柳向 一五 七一 養蚕 養父市 八鹿町高柳
〃 〃 八木向 三五 一九六 養父市 八鹿町八木 八木向は向八木の誤記。
氷上郡 佐治町 澤野 八四 五二九 藁加工 丹波市 青垣町沢野 釜口姓8件、古西姓4件、西田姓13件、古川姓18件。2000年電話帳。
津名郡 浦村 宮前中浜 七一 四〇五 漁業 淡路市 浦 宮前 浦に中浜姓22件。2000年電話帳。
〃 鳥飼村 古池 二九 一五六 日雇 洲本市 五色町鳥飼浦
三原郡 堺村 石原 四三 洲本市 五色町下堺 石原
飾磨郡 国野村 御着 三〇 二〇〇 藁加工 姫路市 御国野町御着 大矢姓5件。2000年電話帳。

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部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
神崎郡 船津村 西光寺野 三〇 一七五 農業 藁細工 姫路市 船津町 西光寺野
津名郡 岩屋町 西岡 五三 一三二 漁業 淡路市 岩屋 西岡
計二二二 三四一 二四〇四三 一二八九六三

※このほか『但馬に生きる 部落の歴史』(1970年)105-106頁には、消滅した部落として「豊岡市和久田」の記載がある。戸牧川が豊岡小学校(豊岡市中央町16-5)の校庭の下に潜るところに、かつて「和久田池」にかかっていた「和久田橋」の道標があり、「和久田池」は埋め立てられて豊岡小学校の校庭になっていることから、和久田は現在の豊岡市中央町近辺と思われる。なお、豊岡小学校の南隣にあたる豊岡市京町5に部落解放同盟北但支部連絡協議会がある。また豊岡市京町8-1に西気屋靴店があり、豊岡市中央町17-13に「植村美千男のかばん修理工房」があり、豊岡市京町12-73に鞄縫製者トレーニングセンターがあり、14軒のカバン販売店が軒を連ねる「カバンストリート」もあることから、和久田地区が本当に部落として消滅したのかどうかは疑問の余地がある。

但馬に生きる 部落の歴史(1970年)

神戸の未解放部落(1973年)

県内の同和地区

施設等

隣保館

  • 姫路市立高木総合センター - 兵庫県姫路市花田町小川553番地2
  • 姫路市立庄田総合センター - 兵庫県姫路市庄田96番地
  • 姫路市立津熊総合センター - 兵庫県姫路市豊富町豊富3410番地1
  • 姫路市立見野総合センター - 兵庫県姫路市四郷町見野964番地5
  • 姫路市立上手野総合センター - 兵庫県姫路市上手野66番地1
  • 姫路市立上鈴総合センター - 兵庫県姫路市四郷町上鈴328番地3
  • 姫路市立福井総合センター - 兵庫県姫路市網干区福井80番地1
  • 姫路市立下溝総合センター - 兵庫県姫路市林田町下構50番地
  • 姫路市立城東町総合センター - 兵庫県姫路市城東町122番地2
  • 姫路市立丸尾町総合センター - 兵庫県姫路市丸尾町1番地4
  • 姫路市立中鈴総合センター - 兵庫県姫路市四郷町中鈴76番地1
  • 姫路市立堀川総合センター - 兵庫県姫路市飾磨区堀川町95番地22
  • 姫路市立西御着総合センター - 兵庫県姫路市御国野町西御着532番地1
  • 姫路市立砥堀二区総合センター - 兵庫県姫路市砥堀431番地1
  • 姫路市実法寺総合センター - 兵庫県姫路市実法寺665番地1
  • 姫路市立豊岡総合センター - 兵庫県姫路市夢前町前之庄4353番地5
  • 姫路市立長野総合センター - 兵庫県姫路市安富町長野138番地2
  • 尼崎市立上ノ島総合センター - 兵庫県尼崎市南塚口町8丁目7-25
  • 尼崎市立神崎総合センター - 兵庫県尼崎市神崎町37-3
  • 尼崎市立水堂総合センター - 兵庫県尼崎市水堂町2丁目35-1
  • 尼崎市立今北総合センター - 兵庫県尼崎市西立花町3丁目14番1号
  • 尼崎市南武庫之荘総合センター - 兵庫県尼崎市南武庫之荘11丁目6-15
  • 尼崎市立塚口総合センター - 兵庫県尼崎市塚口本町2丁目28-11
  • 明石市立鳥羽厚生館 - 兵庫県明石市野々上1丁目11番地の14
  • 明石市立弁財天厚生館 - 兵庫県明石市小久保5丁目14番地の5
  • 明石市立松陰厚生館 - 兵庫県明石市大久保町松陰字鴨作95番地の2
  • 明石市立西大窪厚生館 - 兵庫県明石市大久保町大窪字南開知353番地
  • 明石市立西八木厚生館 - 兵庫県明石市大久保町八木字盤若田599番地の3
  • 明石市立美里厚生館 - 兵庫県明石市魚住町西岡字見里996番地の1
  • 明石市立上西厚生館 - 兵庫県明石市二見町西二見字山口515番地
  • 西宮市立若竹生活文化会館 - 兵庫県西宮市西福町15番12号
  • 芦屋市立上宮川文化センター - 兵庫県芦屋市上宮川町10番5号
  • 伊丹市立人権啓発センター - 兵庫県伊丹市堀池2-2-20
  • 相生市立上松隣保館 - 兵庫県相生市若狭野町上松字山崎120番地
  • 豊岡市立豊岡隣保館美庄館 - 兵庫県豊岡市庄境1066番地
  • 加古川市立中央隣保館 - 兵庫県加古川市加古川町備後332番地の1
  • 加古川市立東部隣保館 - 兵庫県加古川市別府町中島町17番地
  • 加古川市立西部隣保館 - 兵庫県加古川市平荘町小畑1355番地の1
  • 加古川市立志方会館 - 兵庫県加古川市志方町志方町1186番地
  • たつの市立総合隣保館 - 兵庫県たつの市揖保町松原14番地4
  • たつの市立誉隣保館 - 兵庫県たつの市誉田町誉84番地
  • たつの市立福栖会館 - 兵庫県たつの市新宮町福栖466番地
  • たつの市立上笹会館 - 兵庫県たつの市新宮町上笹273番地8
  • たつの市立段之上会館 - 兵庫県たつの市新宮町段之上431番地3
  • たつの市立仙正隣保館 - 兵庫県たつの市新宮町仙正104番地
  • たつの市立本條自治会館 - 兵庫県たつの市揖保川町二塚281番地7
  • たつの市立上袋尻自治会館 - 兵庫県たつの市揖保川町袋尻102番地1
  • 赤穂市立坂越隣保館 - 兵庫県赤穂市浜市372番地
  • 赤穂市立有年隣保館 - 兵庫県赤穂市有年楢原734番地2
  • 西脇市立大野隣保館 - 兵庫県西脇市大野176番地
  • 西脇市立芳田の里ふれあい館 - 兵庫県西脇市岡崎町172番地の28
  • 西脇市立隣保館上野会館 - 兵庫県西脇市上野243番地
  • 西脇市立黒田庄隣保館 - 兵庫県西脇市黒田庄町前坂294番地の1
  • 宝塚市立くらんど人権文化センター - 兵庫県宝塚市中野町22番19号
  • 宝塚市立まいたに人権文化センター - 兵庫県宝塚市今里町5番1号
  • 宝塚市立ひらい人権文化センター - 兵庫県宝塚市平井6丁目3番38号
  • 三木市立総合隣保館 - 兵庫県三木市志染町吉田823番地
  • 高砂市立みのり会館 - 兵庫県高砂市米田町米田55番地の1
  • 川西市立川西市総合センター - 兵庫県川西市日高町1番2号
  • 小野市立コミュニティセンターいちば - 兵庫県小野市市場町53
  • 小野市立コミュニティセンターきすみの - 兵庫県小野市下来住町71-3
  • 小野市立コミュニティセンターおおべ - 兵庫県小野市敷地町1570-1
  • 小野市立コミュニティセンターかわい - 兵庫県小野市新部町907
  • 篠山市立畑ふれあい館 - 兵庫県篠山市菅239番地6
  • 篠山市立日置ふれあい館 - 兵庫県篠山市西荘202番地
  • 篠山市立西紀ふれあい館 - 兵庫県篠山市川西70番地
  • 篠山市立味間ふれあい館 - 兵庫県篠山市中野28番地
  • 篠山市立古市ふれあい館 - 兵庫県篠山市牛ケ瀬78番地1
  • 養父市立みふね会館 - 兵庫県養父市八鹿町下網場455番地
  • 丹波市立氷上文化センター - 兵庫県丹波市氷上町西中107番地1
  • 丹波市立七日市会館 - 兵庫県丹波市春日町七日市303番地1
  • 朝来市朝来福祉会館 - 兵庫県朝来市伊由市場178番地
  • 朝来市牧田岡会館 - 兵庫県朝来市和田山町枚田岡475番地
  • 加東市立窪田隣保館 - 兵庫県加東市窪田115番地4
  • 猪名川町立木津総合会館 - 兵庫県川辺郡猪名川町木津字上山23番地
  • 多可町立多可町隣保館 - 兵庫県多可郡多可町中区天田340番地1
  • 稲美町立西部隣保館 - 兵庫県加古郡稲美町中村1043番地の1-2
  • 稲美町立東部隣保館 - 兵庫県加古郡稲美町印南2549番地の4
  • 市川町立市川町隣保館 - 兵庫県神崎郡市川町千原149番地の1
  • 太子町立南総合センター - 兵庫県揖保郡太子町塚森131番地
  • 上郡町立東町総合センター - 兵庫県赤穂郡上郡町上郡1190番地
  • 佐用町立隣保館中安ふれあいセンター - 兵庫県佐用郡佐用町安川239番地
  • 新温泉町文化会館 - 兵庫県美方郡新温泉町浜坂2135番地の1
  • 社会福祉法人イエス団賀川記念館 - 兵庫県神戸市中央区吾妻通5丁目2-20
  • 洲本市立総合隣保館(洲本市立人権文化センター) - 洲本市桑間169番地1

小集落改良住宅

朝来市

  • 真弓第1団地 - 朝来市生野町真弓660番地4
  • 真弓第2団地 - 朝来市生野町真弓508番地7
  • 真弓第3団地 - 朝来市生野町真弓391番地1
  • 桐が丘荘団地 - 朝来市和田山町土田500番地
  • 清水荘団地 - 朝来市和田山町土田105番地

篠山市

  • 中野改良住宅 - 篠山市中野
  • 牛ケ瀬改良住宅 - 篠山市牛ケ瀬
  • 小多田改良住宅 - 篠山市小多田
  • 菅改良住宅 - 篠山市菅

宍粟市

  • 大森 - 宍粟市千種町千草751番地1
  • 西山 - 宍粟市千種町西山8番地5, 宍粟市千種町西山47番地1, 宍粟市千種町西山53番地, 宍粟市千種町西山91番地, 宍粟市千種町西山122番地, 宍粟市千種町西山130番地
  • 大寺 - 宍粟市千種町千草780番地

稲美町

  • 小集落地区改良住宅 - 稲美町中村字下沢地区

教育集会所

  • 相生市立教育集会所 - 相生市若狭野町上松字西柄70番地
  • 戸田教育集会所 - 三木市志染町戸田223
  • 加西市立社会教育集会所 - 加西市北条町黒駒285番地の1
  • 枚田岡教育集会所 - 朝来市和田山町枚田岡
  • 木谷教育集会所 - 宍粟市山崎町木谷81
  • 金谷教育集会所 - 宍粟市山崎町金谷324
  • 加生教育集会所 - 宍粟市山崎町加生87-4
  • 下比地教育集会所 - 宍粟市山崎町下比地101
  • 下宇原教育集会所 - 宍粟市山崎町宇原198-1
  • 野教育集会所 - 宍粟市山崎町野210番地1
  • 関宮教育集会所 - 養父市三宅694-1
  • 養父市立建屋教育集会所 - 養父市建屋209番地
  • 養父市立大屋教育集会所 - 養父市大屋町大屋市場540番地
  • 下網場児童遊園 - 養父市八鹿町下網場313番地
  • たつの市立構教育集会所 - たつの市揖西町構213番地2
  • 市立仙正教育集会所 - たつの市新宮町仙正118-1
  • 市立段之上教育集会所 - たつの市新宮町段之上431-1
  • 市立前島教育集会所 - 西脇市前島町
  • 多可町教育集会所 - 多可郡多可町中区東山200番地3
  • 稲美町立下沢教育集会所 - 加古郡稲美町中村1805番地
  • 佐用町教育集会所 - 佐用郡佐用町佐用469番地1
  • 香美町西下岡公民館 - 美方郡香美町香住区下岡455番地
  • 香美町横町会館 - 美方郡香美町村岡区福岡465番地

人権啓発センターなど

  • 兵庫人権交流センター - 神戸市長田区三番町2丁目6−4(同じ建物に社団法人兵庫人権問題研究所が入っている)
  • 兵庫人権会館 - 神戸市中央区山本通4-22-25(同じ建物に部落解放同盟兵庫県連合会が入っている)
  • 伊丹市立人権啓発センター - 伊丹市堀池2丁目2番20号
  • 姫路市役所 交流振興局人権啓発センター - 姫路市本町68−290
  • 加古川市人権文化センター - 加古川市加古川町備後332番地の1
  • 宝塚市役所 まいたに人権文化センター - 宝塚市今里町5-1
  • 宝塚市役所 ひらい人権文化センター - 宝塚市平井6丁目3-38
  • 宝塚市役所 くらんど人権文化センター - 宝塚市中野町22-19
  • 丹波市人権啓発センター - 丹波市氷上町成松字甲賀1番地

関連団体

部落解放同盟は兵庫県内に219箇所の支部を置き、同盟員は約8000人を数える。

  • 部落解放同盟兵庫県連合会 - 兵庫県神戸市中央区山本通4丁目22−25 078-222-4747
  • 部落解放同盟兵庫県連合会番町支部 - 兵庫県神戸市長田区四番町6丁目54 078-577-3343
  • 部落解放同盟兵庫県連合西中支部 - 兵庫県丹波市氷上町成松55 0795-82-4190
  • 解放同盟丹波支部連絡協議会 - 兵庫県丹波市氷上町朝阪490-1
  • 部落解放同盟兵庫県連合会米谷支部 - 兵庫県宝塚市今里町5−1 0797-87-2002
  • 部落解放同盟神戸市連絡協議会 - 兵庫県神戸市長田区四番町6丁目54 078-381-6747
  • 部落解放同盟三田市支部連絡協議会 - 兵庫県三田市池尻710 079-564-5311
  • ひょうご部落解放・人権研究所 - 兵庫県神戸市中央区山本通4丁目22-25 078-252-8280
  • 部落解放同盟尼崎市連絡協議会 - 兵庫県尼崎市東難波町4-10
  • 部落解放同盟兵庫県連合会尼崎戸ノ内支部
  • 部落解放同盟兵庫県連合会川西ギフト - 兵庫県川西市日高町1
  • 部落解放同盟兵庫県連合会川西支部 - 兵庫県川西市火打1-7
  • 部落解放同盟兵庫県連合会伊丹支部 - 兵庫県伊丹市堀池タカセキ76
  • 部落解放同盟宍粟支部協議会 - 兵庫県宍粟郡山崎町鹿沢95
  • 部落解放同盟兵庫県連合会西播支部連絡協議会 - 兵庫県姫路市田寺1-6
  • 部落解放同盟上手野支部 - 兵庫県姫路市上手野66
  • 部落解放同盟三木市支部連議会 - 兵庫県三木市本町2-9
  • 部落解放同盟三田市支部連絡協議会 - 兵庫県三田市池尻7
  • 西紀町役場部落解放同盟西紀連絡所 - 兵庫県多紀郡西紀町川西
  • 部落解放同盟北但支部連絡協議会 - 兵庫県豊岡市京町5
  • 部落解放同盟北但支部連絡協議会 - 兵庫県豊岡市山王町11-28
  • 解放同盟出石支部 - 兵庫県出石郡出石町宵田98
  • 部落解放同盟県連沢支部青年部本部・沢支部事務局 - 兵庫県朝来郡朝来町伊由市場
  • 自由同和会兵庫県川西支部 - 兵庫県川西市美園町1
  • 全日本同和会兵庫県連合会 - 兵庫県尼崎市久々知西町1丁目10-5 1F
  • 全日本同和会兵庫県連合会本部 - 兵庫県尼崎市尾浜町3丁目31-21
  • 全日本同和会兵庫県連合会東播支部 - 兵庫県姫路市北条口1-59
  • 兵庫人権連 - 兵庫県神戸市長田区三番町2-6-4
  • 人権連西播地区協議会 - 兵庫県姫路市花田町高木73
  • 全解連東播地区協議会 - 兵庫県西脇市前島町199
  • 全解連上池支部 - 兵庫県神戸市西区玉津町新方201-11
  • 部落解放同盟全国連合会芦原支部 - 兵庫県西宮市西福町15-22
  • 部落解放同盟全国連合会加古川支部(準備会)
  • 部落解放同盟全国連合会番町支部(準備会)
  • 部落解放同盟全国連合会南武庫之荘支部(準備会)
  • 部落解放同盟全国連合会播州赤穂支部

出典

  1. 留岡幸助「特種部落と其人口」(『人道』69号所収、1911年刊。1907年調査)
  2. 内務省社会局「全国部落統計表」(内務省社会局『部落改善の概況』所収、1922年刊。1921年調査)
  3. 中央融和事業協会『全国部落調査』(1936年刊。1935年調査)
  4. 同和奉公会『産業調査報告」(1943年刊。1942年調査)
  5. 厚生省よりGHQ民間情報教育局に提出された報告(『資料・占領期の部落問題』所収、1991年刊)
  6. 厚生省社会局「同和対策要望事項調査」(厚生省『同和行政の手引き』所収、1961年刊行。1958年調査)
  7. 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区実態調査結果』(1968年刊。1963年調査および1967年調査)
  8. 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区実態調査結果』(1968年刊。1963年調査および1967年調査)
  9. 内閣総理大臣官房審議室『全国同和地区調査結果の概要』(1972年刊。1971年調査)
  10. 総理府内閣総理大臣官房同和対策室『全国同和地区調査結果の概要』(1976年刊。1975年調査)
  11. 総務庁地域改善対策室『昭和60年度地域啓発等実態把握―生活実態把握報告書―』(1987年刊。1985年調査)
  12. 総務庁地域改善対策室『平成5年度同和地区実態把握等調査―地区概況調査報告書―(統計表編)』 (1995年刊。1993年調査)
  13. 東上高志『川端分館の頃』所収「神戸の部落」
  14. 東上高志『川端分館の頃』所収「神戸の部落」
  15. 東上高志『川端分館の頃』所収「神戸の部落」
  16. 東上高志『川端分館の頃』所収「神戸の部落」
  17. www.lit.osaka-cu.ac.jp/geo/pdf/ooa/ooa11.pdf
  18. 『つくられた差別の町 近代姫路・ある部落の歴史』(高田寛明、解放出版社、1978)
  19. 『貧民窟と少数同胞』(井上貞蔵、厳松堂書店、1923『部落 2(日本庶民生活史料集成 第25巻)』(原田伴彦編、三一書房、1980)所収)
  20. 東上高志『川端分館の頃』所収「神戸の部落」
  21. 神戸の未解放部落』付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」
  22. 神戸の未解放部落』付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」
  23. 神戸の未解放部落』付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」
  24. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』132頁
  25. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』132頁
  26. 山之内幸夫『ヤクザという生き方: 都市の底に棲む男たちの物語!』145頁
  27. 27.0 27.1 27.2 27.3 27.4 27.5 27.6 27.7 『烈侠 加茂田重政』41頁
  28. 『兵庫県水平運動史料集成』(兵庫部落解放研究所編、部落解放同盟兵庫県連合会、2002)
  29. 『烈侠 加茂田重政』15-16頁
  30. 神戸の未解放部落』417頁
  31. 八尾市入札妨害恐喝事件の主犯。
  32. 2008年3月21日付「しんぶん赤旗」
  33. 部落出身の中上健次が対談で「たとえば三島由起夫〔ママ〕は被差別部落の血が流れてるよね」と発言している。礫川全次「厠と排泄の民俗学――補論」(『民俗とナショナリティ』批評社、2004年12月)p.35を参照。
  34. https://archive.is/F8WA
  35. 兵庫県 - 部落問題・人権事典
  36. 国内の電気事業通信事業者の多くが所属する4団体(電気通信事業者協会、テレコムサービス、日本インターネットプロバイダー協会、日本ケーブルテレビ連盟)は、「不当な差別的取扱いを助長・誘発する目的で、特定の地域がいわゆる同和地区であるなどと示す情報をインターネット上に流通させる行為」を禁じ、当該記述は削除対象としている。( tubame-jiro.hatenablog.com/entry/2017/04/20/212033 ) しかし「部落解放・人権研究所」のウェブサイトは部落の具体的な場所・地名を暴露することで結婚差別や就職差別のような部落差別を誘発しており、削除対象であることは明白であるにも関わらず、当該記述はいまだに削除されていない。
  37. www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10066024&TYPE=PRINT_FILE&POS=1
  38. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、276頁
  39. 角岡伸彦『ふしぎな部落問題』34頁
  40. 角岡伸彦『ふしぎな部落問題』34頁
  41. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、276頁
  42. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、276頁
  43. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、279-280頁
  44. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、279-280頁
  45. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、280-281頁
  46. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、300-301頁
  47. 「八木川の流れ絶えることなく いま、あらためて語る“あの日々”のすべて」(公正民主的な同和行政と地方自治・教育・人権を守る兵庫県共闘会議, 1981)p.102-106
  48. 神戸の未解放部落』481頁
  49. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】12 9頁
  50. 神戸の未解放部落』347頁
  51. 『歴史公論』(第4巻、1978)381頁
  52. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】12 9頁
  53. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】1 18頁
  54. 神戸の未解放部落』347頁
  55. 「兵庫県御免許開港神戸之図」(若林良・吉田豊樹蔵 慶應4年)(『週刊朝日百科 世界の地理』No.49 1984年9月 織田武雄「古地図散歩43」に収録)
  56. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】12 9頁
  57. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】1 14頁
  58. 神戸の未解放部落』347頁
  59. 神戸の未解放部落』482頁
  60. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』130頁によると六番町は確かに番町部落の一部である。
  61. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】12 9頁
  62. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】1 10頁
  63. 神戸の未解放部落』付録「特殊部落に就きて──神戸市長田村視察記──」
  64. 神戸の未解放部落』347頁
  65. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』130頁
  66. http://www.blhrri.org/old/info/book_guide/kiyou/ronbun/kiyou_0195-03_uchida.pdf
  67. 『部落民』(西田秀秋、新人物往来社、1979)527頁
  68. 日本近代都市社会調査資料集成6 神戸市社会調査報告書【含・兵庫県】12 9頁
  69. 神戸の未解放部落』347頁
  70. 神戸の未解放部落』62頁
  71. 『東上高志同和教育著作集 第8巻 社会同和教育の実践』(東上高志、あゆみ出版、1984)
  72. 『記録阪神・淡路大震災と被差別部落』(兵庫部落解放研究所編、解放出版社、1996)
  73. 『部落問題事典』(部落解放研究所編、部落解放研究所、1986)
  74. 『兵庫県水平運動史料集成』(兵庫部落解放研究所編、部落解放同盟兵庫県連合会、2002)
  75. 『尼崎部落解放史 本編』(尼崎部落解放史編纂委員会編、尼崎同和問題啓発促進協会、1988)
  76. 「ある日、警官が落し物だといって『灘本』という名前を書いたカバンをもってきたんです。母が、うちの物ではないが、灘本は珍しい名字だというと、警官は、いや兵庫のほうにはたくさんありますよ、というんです。それを聞いた母は、灘本という名字をもっているかぎり、いずれ部落であるということがわかると思ったらしいんです。実際は灘本という名字がすべて部落なわけではないんで、母の思い違いなんですが、ともかく、人の口から聞かされるよりはと、私たち兄弟を呼んで話をしてくれたんです」。灘本昌久の発言。灘本(なだもと)は芦屋市が最多の稀姓。『部落の過去・現在・そして…』(こぺる編集部編、阿吽社、1991)より。
  77. 『記録阪神・淡路大震災と被差別部落』(兵庫部落解放研究所編、解放出版社、1996)
  78. 『地域史研究: 尼崎市立地域研究史料館紀要』(尼崎市立地域研究史料館、1971年)第1~4巻41頁に「竹角(火打)」とある。
  79. 塩見鮮一郎『乞胸江戸の辻芸人』46頁
  80. 『兵庫の部落史』(第1巻、臼井寿光、のじぎく文庫、神戶新聞出版センタ一、1980)143頁
  81. 『角川日本地名大辞典』第28巻821頁
  82. 神戸の未解放部落』63頁
  83. 『解放新聞 1947年5月15日号』(解放新聞社)
  84. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  85. 「栃木」の読みは「とちのき」であり、「栃ノ木」と記した可能性もある。
  86. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  87. 『多木製肥所争議史』(小林末夫、岡山部落問題研究所、2003)
  88. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  89. 『差別の壁の前で』(神戸新聞社会部編、解放出版社、1984)人名はイニシャルが多い。
  90. 『記録阪神・淡路大震災と被差別部落』(兵庫部落解放研究所編、解放出版社、1996)
  91. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  92. 神戸の未解放部落』61頁
  93. 『加東郡誌』744頁
  94. 『加東郡誌』731頁
  95. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  96. 『新聞記事からみた水平社運動』(田宮武、関西大学出版部、1991)
  97. 『加東郡誌』724頁
  98. 『加東郡誌』724頁
  99. 『加東郡誌』722頁
  100. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  101. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  102. 神戸の未解放部落』61頁
  103. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  104. https://ja.m.wikipedia.org/wiki/芳田村_(兵庫県)
  105. 神戸の未解放部落』63頁
  106. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  107. 神戸の未解放部落』62頁
  108. 神戸の未解放部落』61頁
  109. 『新聞記事からみた水平社運動』(田宮武、関西大学出版部、1991)
  110. 神戸の未解放部落』62頁
  111. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  112. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  113. 神戸の未解放部落』62頁
  114. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  115. 北原泰作『賎民の後裔-わが屈辱と抵抗の半生-』188, 199頁
  116. 神戸の未解放部落』61頁
  117. 『部落問題・人権事典』(部落解放・人権研究所編、部落解放・人権研究所、2001)
  118. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  119. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  120. 神戸新聞NEXT|西播|いじめない明るい学校へ 神岡小児童が6カ条発表
  121. 神戸の未解放部落』61頁
  122. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  123. 龍野市史編集資料目録集 (竜野市): 1980|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
  124. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  125. 夏目漱石『硝子戸の中』
  126. 夏目漱石『硝子戸の中』
  127. 「漱石山房座談」(『反響』1914年4月)
  128. 「漱石山房座談」(『反響』1914年4月)
  129. 野町均『永井荷風と部落問題』74-77頁
  130. 『赤穂部落文書』(赤穂部落文書編集委員会編、赤穂市教育委員会、1974)
  131. 『兵庫県部落沿革調』(兵庫県内務部議事課、1913、1914『近代民衆の記録 9 部落民』(西田秀秋編、新人物往来社、1979)所収)村名以下は伏字としている。
  132. 朝田善之助『新版 差別と闘いつづけて』222-225頁
  133. 岡映『荊冠記』第一部54頁
  134. 同村鎌谷では大正9年度の部落改善事業の地元代表者に大谷仁九郎あり。『神戸の未解放部落』63頁。ただし鎌谷の地名は『全國部落調査』に記載がない。
  135. 『わが部落の歴史』(稲田耕一、部落問題研究所出版部、1972)
  136. 『かわた村は大騒ぎ』(稲田耕一、部落問題研究所、1991)
  137. 神戸の未解放部落』62頁
  138. 『播磨に於ける特殊部落成立の伝説』(藤本政治、伝説研究会、1924)
  139. 神戸の未解放部落』63頁
  140. ・西大阪水平社創立80周年記念事業 「全国部落めぐり」報告
  141. ・西大阪水平社創立80周年記念事業 「全国部落めぐり」報告
  142. 柳田國男は「茶筅及びサヽラ(毛坊主考の七)」の中で「城崎郡竹野村の茶筅が、竹細工及び田畑小作の外に渡守を職業として居た」と述べている。
  143. 神戸の未解放部落』63頁
  144. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』96, 100頁
  145. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』123頁
  146. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』121, 123頁
  147. 田宮武「被差別部落の生活と闘い」289頁(明石書店)
  148. 神戸の未解放部落』77頁
  149. 神戸の未解放部落』77頁
  150. 神戸の未解放部落』63頁
  151. 神戸の未解放部落』(兵庫県部落解放運動史研究会編、兵庫県部落解放運動史研究会、 1973)63頁。神戸市の29地区の地名を明記し位置図を掲載。
  152. 神戸の未解放部落』418頁
  153. 東京人権歴史資料館「日本差別史関係資料集成」240頁に「但馬国二方郡浜坂芝村惣道場宝宣寺一木仏寺号安永二年発己六月甘三日」とある。
  154. 『被差別部落形成史の研究 畿內における一向一揆の関連のなかで』(船越昌、部落解放研究所、1976)117頁には「美方郡浜坂町栄町には、芝四郎という人物がいて、〈芝城〉を構えて六軒衆を支配していたと伝えている。この芝四郎の末孫が与四郎といい、文明年間に蓮如の影響で道場をおこし、寛政四年(一七九三)に西本願寺より寺号公称を得て宝宣寺と称した」とある。
  155. 『但馬に生きる』119頁
  156. 神戸の未解放部落』62頁
  157. 『部落問題・人権事典』(部落解放・人権研究所編、部落解放・人権研究所、2001)阪神・淡路大震災で被害のあった44地区の地名を明記。
  158. 『兵庫県水平運動史料集成』(兵庫部落解放研究所編、部落解放同盟兵庫県連合会、2002)
  159. 神戸の未解放部落』62頁
  160. 解放新聞社編『被差別部落 II都市』142頁
  161. 『伊丹被差別部落のあゆみ』(伊丹部落史研究会編、伊丹市、1982)
  162. 神戸の未解放部落』63頁