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全國部落調査

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書誌情報

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全國部落調査

発行日 1936年3月
発行所 財團法人中央融和事業協會

概要

融和事業(戦前の被差別事業の改善事業)の積極的計画化のため、財団法人中央融和事業協会が1935年に各府県に部落の状況を照会してまとめたものである。[1]

政府の外郭団体である中央融和事業協会が「全国部落調査」を実施したのは、全国水平社(現在の部落解放同盟)の要請によるものである。

『水平運動史の研究』(第4巻、資料編 下、部落問題研究所)93、99頁に以下のようにある。

3 第三回中央委員会
時 昭和九年一月十二日
所 総本部
出席者 松本治一郎、下田梅次郎、高倉寿美蔵、小林治太郎、生駒長一、上田晋一、朝田善之助、山口賢二、松田喜一、米田富、筒井貞三、木村安一、守山伊ヱ門、岡本磯吉、小西松之助、上田和康、山本凡児、中村政治、松田清次、綾部倉吉、吉岡募、泉野利喜蔵、井元麟之、吉竹浩太郎、北井正一
3 ❲議案❳
第 号案件

全国部落調査に関する件

理由 全国に散在する吾が被差別部落民に関する精確、細密な調査は未だ曽って一度も行はれてはゐない。従って吾々は誤りなき闘争と戦術を決定するために極めて緊要な基準となるべき権威ある資料を有せない状態にある。
(1) すべての部落民の生活状態が如何に窮迫して居り其の要求がどんなに切実であり、その叫びが如何に悲痛なものであるか?
(2) 全国六千部落三百万と称せられる吾々兄弟の内、現在全国水平社支部として登録されてゐるものは、総部落数の五分の一の壱千百であるが、その組織人員は何程であるか?そして又実際影響下に幾程保有してゐるか等の全国水平社の現勢
(3) 吾々の解放戦線を攪乱し、部落民を去勢するために全力を尽して居る(原文七字抹消-編者(ママ))融和団体に組織されてゐる層は如何なるものか? また其の影響はどれほど部落大衆に及ぼされてゐるか?
未組織大衆は如何なる状態にあるか?

以上列記した事項を充分精確に調査会することによって吾々の正しき闘争方針が樹てられ具体的な戦術が決定力されるのである。故に全国各支部の責任ある協力と活動による部落現勢調査の完成を切望し本議案を提出するものである。


数ある調査資料の中でも最大の全国5367同和地区の地名、戸数、人口、職業、生活程度が手書きで記載されている。

本書は戦後も同和対策事業の対象地区の把握や、実態調査、部落史研究のために使われた。

また、1975年に発覚した「人事極秘 特殊部落地名総鑑」をはじめとする、部落地名総鑑の原典とされる。しかし、部落地名総鑑は出処を隠すためか、もとのデータから多少改変がされていたと言われており、原典である本書は部落地名総鑑よりも正確であると言える[2]

政府の外郭団体(財団法人中央融和事業協会)が部落地名総鑑を発刊した恐るべき部落差別は批判されるべきである。しかし部落解放同盟は財団法人中央融和事業協会が部落地名総鑑を発刊していたことを批判するどころか黙殺し、部落差別の事実を告発した同和地区Wiki側を提訴することで差別の片棒を担いでいる。また『全國部落調査』同様政府が作成を主導した『同和対策審議会答申』についても部落解放同盟は批判せず、むしろ称賛している。

なお部落解放同盟矢田支部副支部長の村越末男は財団法人中央融和事業協会の別の部落地名総鑑『融和事業年鑑』を復刊している。

内容の正確性

全国規模では最も多くの数の同和地区が報告された調査である一方、その正確性には注意を要する。

27府県は1935年の調査結果が掲載されているが、新潟県の場合は1928年の調査が掲載されているなど、府県によって調査年にばらつきがある[3]。また、調査者、調査方法にも府県によってばらつきがあると指摘されている[4]。また、ところどころ空欄があるが、これは調査不能であったとしている。

資料には統計表もあるが、府県ごとに調査方法にばらつきがある状態での統計の正確性には疑問を持つべきだろう。また、計数の間違いもある(特に高知県は戸数などが二重計上されている疑いがある)。

府県によって関係世帯が1,2戸しかない地域が掲載されていたり(愛媛県や長崎県や千葉県や新潟県など)、1つの地区が丁ごとに別の地区として集計されていたりするなどしている(大阪府など)。そのため、地区数が多いからといって、他の調査に比べて正確であり、詳細であるとは言えない。

戸数の計数方法が属地主義なのか属人主義なのか説明されていない。おそらく、府県によって基準が違っていると思われる。

旧非人部落まで記載した府県(たとえば島根県)もあれば記載しなかった府県(たとえば京都府)もある[5]。また、一般に旧雑種賎民部落は記載されていないものの、中国地方では茶筅部落(山陽地方)・鉢屋部落(山陰地方)が記載されている[6]。広島県や茨城県では山窩部落も記載されている。

地名は同和地区をピンポイントで指すものではなく、その地域の一部が同和地区である場合が多い。特に戸数が非常に少ない地域は、その地域が同和地区というよりも、その地域に被差別民にルーツを持つ世帯がいくつかあったといった程度の意味しかないと考えられる。

また東京都でいえば浅草亀岡町(台東区今戸)や品川や清瀬や荒川八丁目、神奈川県では横浜市南区や西区の非人部落、さらに東北地方の城下町の被差別部落がほとんど抜けている。その一方で、現在ではダムの底に沈んで消滅した地区や、水害事業で集団移転した地区が載っている。結論として、この調査はあくまで一つの叩き台と見るべきであろう。成沢栄寿は下記のように述べている[7]

『全国部落調査表』には、つぎのような問題点がある。その第一は、少なからざる府県で調査もれがひじょうに多いことである。たとえば、部落問題とのとりくみが皆無ではなかったが、ほとんどみられなかった東北地方の各県では、もともと、未解放部落は少ないが、一般に想像されているほど少なくはなく、大半が調査対象からはずされている。第二に、当時、すでに外見上解体してしまっていた地区はもちろん、極度に混住し、解体が進行していた部落も調査対象外になっている場合が多いことである。たとえば、弾左衛門が居住した江戸外郭の「穢多村」、俗称「新町」[8]は、明治期以来の東京市の資本主義都市としての膨張と関東大震災の災火によって、調査当時、すでに外見上解体してしまっていたが、江戸時代、そこに全国有数の、東日本では比類のない穢多聚落が存在していたことは事実なのである。第三に、調査の視角や時期が府県・市町村によってまちまちであることである。100とか、50とか、あるいは10単位の概数で戸数・人口を示している地区が多く[9]、戸数に、たとえば、5を掛けて人口を算出している場合や人口の調査されていない場合[10]もある。さらに、旧穢多のみを調査対象とした府県もあり[11]、その他の旧賤民を対象に加えている県もあるし[12]、実際には同一の部落であるのに、行政区画上別であることから2地区に分けて数えている場合[13]が相当ある。調査時期は、27県が1935(昭和10)年であるが、他の県は1928ー1934(昭和3-9)年中のいずれかの年に実施している。

筆記者の癖について

本書は手書きであるため読みにくい部分が多々見受けられる。筆記者には以下のような癖があるから判読の際に注意を要する。

  • 「片」の字を「庁」のように書く
  • 「鹿」の字を「廉」のように書く
  • 「智」の字を「椙」「福」のように書く
  • 「北」の字を「並」のように書く
  • 「弓」の字を「兮」「号」のように書く
  • 「出」の字を「山々」のように書く
  • 「佐」の字を「伲」のように書く

このほか、以下のような癖がある。

  • 「飯」の字を「段」のように書く(しかし本当に「段」である場合もある)
  • 「弥」(彌)の字を「沐」のように書く
  • 「竹」の字を「林」「休」のように書く
  • 「桑」の代わりに異体字の「桒」を使う
  • 「世」の代わりに異体字の「卋」を使う

見られる場所

本書はすでに著作権の保護期間を過ぎているため、自由に配布することができる。

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Internet Archiveで見る

製本したものを手にしたい場合は、以下でダウンロードしたデータを使ってオンデマンド印刷業者で印刷することが出来る。安いところでは1000円程度で印刷できる。不要になったものは古書店等に売るか、図書館に寄付するとよい。

印刷用データ

内容

p8-p334 各府縣部落調査

ブラウザで表示

各都道府県のページでテキスト化したものを編集しています。

全ての「現在地」欄を埋める作業を行っています。

  • 原典をテキストに書き起こした際の明らかな誤りは修正してください。
  • 明らかな原典の間違いは原文のママ表記し、「備考」欄にその旨を記述してください。
  • 市区町村名、大字、小字の区切りには半角スペースを入れてください(プログラムによる処理を簡単にするため)。
  • 同和地区特定ガイド便利ツールを活用してください。まずは今昔マップにアクセスするのがよいでしょう。

本書を引用する文献

『部落問題と基本的人権の教育』(村越末男、明治図書出版、1982)では以下のように引用されている。

否、差別者が逆に日本の法律を利用し、糾弾する部落民を罪に陥れているのが現状である。
部落問題を解決すべき全国部落調査の資料が、逆に部落を差別し圧迫する材料として流され、売買されることの意味はまさに絶望的であり、部落問題の重大な今日的(略)

『部落問題入門』(村越末男、明治図書出版、1977)では以下のように引用されている。

部落を解放するための全国部落調査の資料が、逆に部落を差別し圧殺する材料として売買されることの意味は、まさに重大であり、部落問題の今日の状況を象徴する。

なお村越末男(部落解放同盟矢田支部副支部長)は部落地名総鑑のネタ本である『融和事業年鑑』を復刊した当事者である。[14]

荒井貢次郎著『大磯宿小頭助左衛門文書抄--相模国淘綾郡「未解放部落」制度資料考』 120〜121頁で以下のように引用されている。

大磯宿穢多部落は、もと、海岸、鴫立沢にあったが、後全部落民が引移(6)、り現在の大磯町裡道(「裡庭」(7)とも書く、古くは裏町)の部落となったのだ。

7 中央融和事業協会刊「全国部落調査」(昭和8年11月現在)。

部落解放・人権研究所のレポートでは以下のように引用されている。

部落解放研究86号(1992年6月号)子どもの権利条約批准とこれからの解放教育

部会報告 保育部会/婦人・啓発合同部会/反差別国際人権部会・教育地域部門合同部会/前近代史・近現代史部会

なお、戦前に中央融和事業協会がまとめた『全国部落調査』によれば、大阪の部落数が百を超えるなど、にわかに信用しがたい面が指摘できる。他府県の場合はどうなのか、他の調査・統計類も含めて、慎重な資料批判が必要ではないか。

(文責=事務局)

『働くものと部落問題』(戶木田嘉久、部落問題硏究所、1976)72頁では以下のように引用されている。

さきの「全国部落調査」によると田川郡の古河大峰ニ坑には戸数五三、人口ニ一五人(略)

『日本歴史』(日本歴史社、第157~162号、1961)では以下のように引用されている。

全国的な分布状況を図上でみると、次のようなことが認められる。全国部落調査をもとにして、ドットマップにして、未解放部落の解放部落の分布状況の大勢を把握するには(略)

『解放理論の創造』(第2巻、1968)では以下のように引用されている。

大正時代になって、米騒動が勃発し、全国水平社が創立されるに及んで、部落問題が重大な社会問題であることを認識した政府は、大正九年はじめて五万円の地方改善を国の予算に計上し、十一年一月一日現在をもって全国部落調査をおこなった

『関東の部落を行く』(川元祥一、解放出版社、1980)では以下のように引用されている。

一九二一年度、一九三五年度については、中央融和事業協会「全国部落調査」収録の「大正十年内務省調査全国部落統計表」「統計表」に、一九七五年度については総理府「同和対策の現況」収載の「全国同和地区調査関係資料」にもとづいて作成

『日本差別史資料集成』(東京人権歴史資料館、科学書院、2004)では以下のように引用されている。

1960年代には、いわゆる『特殊部落地名総鑑』のタネ本といわれている、中央融和事業協会の作成した『全国部落調査』の報告が(略)

『水平運動史の硏究』(第4巻、部落問題硏究所出版部)では以下のように引用されている。

第号議案全国部落調査に関する件 提出理由 全国に散在する吾が被差別部落民に関する情報、細密な調査は未だ嘗て一度も行はれてゐない。
全国部落調査に関する件(可決)

『和歌山大学教育学部紀要・人文科学』(第21号、1971)80頁では以下のように引用されている。

紀伊続風土記には「志子の脇に皮田三〇ばかりあり」とあり、全国部落調査にも記載されている。

『紀州史研究叢書』(第13号、和歌山大学紀州経済史文化史研究所)9頁では以下のように引用されている。

百人者考には馬湘村皮田が見え、全国部落調査には記載されている。

『東北・北越被差別部落史研究』(原田伴彦、田中喜男、明石書店、1981)56頁では以下のように引用されている。

全国融和事業協会、全国部落調査、昭和ー〇年新潟、佐渡の場合は昭和三年現在であり、各地区ごとに記録されているが八べージによる
大正一三年に実施された内務省調査原簿の閲覧が困難であるため、(略)

『神奈川県の被差別部落』(本田豊、三一書房、1996)では以下のように引用されている。

中央融和事業協会が行った『全国部落調査』によれば、「戸数二二、人口一四五」、職業は「主業、商業、副業  」
同和地区指定は行なっていない横浜市だが、かなり以前から「同和対策事業」に取り組んでいた。

『大和高田市史』(第2巻、大和高田市役所)50頁には以下のようにある。

「北葛城郡高田町」として、「東五丁目、戸数五〇、人口二四三」、職業は「主業日稼、副業農業」。全国部落実態調査

このデータが一致する為、『全国部落実態調査』の元ネタは『全國部落調査』と思われる。

『Race, Ethnicity and Migration in Modern Japan: Indigenous and colonial others』(Michael Weiner、Taylor & Francis、2004)では以下のように引用されている。

22 See Zenkoku Buraku Chosa, 1935, pp.104-115

『全国同和地区の年次別概況調査ならびに1993年現在の府県別概況調査基礎資料』(全国地域人権運動総連合が1998年2月に出版した資料集)の3頁の凡例に、統計情報の出典の一つとして「中央融和事業協会『全国部落調査』(1936年刊。1935年調査) 」が記載されている。

出典

  1. 秋定嘉和「近代と非差別部落」145頁に「内務省は一九〇七(明治四一)年ごろから部落の全国的調査をおこない、大正期に入ると数年次おきに調査の結果を公表していた。」とある。
  2. 第076回国会 内閣委員会 第11号
  3. 渡辺広『未解放部落の史的研究』4頁
  4. 渡辺広『未解放部落の史的研究』4頁
  5. 渡辺広『未解放部落の史的研究』4頁
  6. 渡辺広『未解放部落の史的研究』4頁
  7. 成沢栄寿『日本歴史と部落問題』486-487頁
  8. 現在の東京都台東区今戸。
  9. たとえば大阪府大阪市の南方町など。
  10. 実際は、人口欄に記載のない府県はない。生活程度欄に記載のない福岡県、部落名に記載のない石川県などを読み違えたものと思われる。
  11. おそらく福井県のこと。
  12. おそらく富山県のこと。
  13. たとえば大阪府大阪市の浪速地区。
  14. 私論:部落解放同盟・全国部落調査