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佐々木寛治

提供: 同和地区Wiki
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豊中市協議会 

住所・電話番号は『電話帳検索・実』及び『Yahoo!検索』に掲載されている。 https://archive.fo/NWjyC

←被差別部落出身ではない。ブログ「ストーン・リバー」( http://burakusabe.exblog.jp )の管理人。

ブログ「ストーン・リバー」は鳥取ループ氏の氏名、住所・電話番号等の個人情報を掲載した上に、鳥取ループ氏が「同和について研究」していることを暴露している。

http://archive.is/icvMs

鳥取ループ氏との論争を「とよなか人権文化まちづくり協会」の広報誌に掲載している。

http://web.archive.org/web/20170915160452/http://jinken.la.coocan.jp/kikanshi/no.52.pdf

1. 事件の経過「部落地名公開事件」のその後
佐々木 寛治(事務局長)
1 月6日  鳥取ループが「復刻本」の販売を予告するとともに、データを公開
2月8日  復刻本(4月1日発行)の予約注文をアマゾンで開始
3月22日  解放同盟員が横浜地裁に出版・販売停止の仮処分を申し立てる
3月28日  横浜地裁が仮処分を認める決定を出す3 月29日 東京法務局が「説示」する
4 月4日  解放同盟員が横浜地裁相模原支部にリストの削除の仮処分を申し立てる
4月18日  横浜地裁相模原支部がサイト削除を命ずる仮処分(出版・放送などでの公表も禁ずる)決定を出す
4月19日  解放同盟員ら211人が1人110万円(総額2億3千万円)の損害賠償を求めて東京地裁に提訴
7 月5日 第1回口頭弁論(東京地裁)
2.「鳥取ループ」との論争~ブログ「ストーン・リバー」より~ 個人ブログ「ストーン・リバー」で「『鳥取ループ』に告ぐ」と題した記事を載せたところ、「鳥取ループ」およびその関係者からコメントが書き込まれ、ちょっとした「論争」になりました。彼らがどんな考え・意図のもとにこんな事件を起こしたのか、その一端が読み取れると思いますので、そのまま転載します。 
 
なお、●Commented by sayamazikenの部分は私のコメントです。

「鳥取ループ」に告ぐ【2016-04-21 17:19】「鳥取ループ」(示現舎)が、80年前の被差別部落の調査資料「全国部落調査」のデータをインターネット上に掲載した件で、横浜地裁相模原支部は部落解放同盟の「差別を広げるものだ」とする申し立てを認める「仮処分」をおこなった。このいわゆる「部落地名総鑑」のインターネット版によって、インターネットにつなぐことができれば、誰でも・いつでも全国の被差別部落の所在地に関する情報をタダで手に入れることができる。 豊中でも毎年のように「同和地区問い合わせ」事件がおきているように、どこに部落があるのか?どこが部落か?ということを知りたい人は後を絶たない。もちろん、それは差別をなくすためにではなく、部落を避けたい、関わりたくないという差別意識からの行為だ。だから、こうした人たちにとっては、この情報はありがたいことはまちがない。すでに情報はあちこちに広がっている。そして、それは結婚や就職などの身元調査に密かに使われるかもしれない。その結果、出自があばかれ、差別事件が起こることも避けられない。「鳥取ループ」は言う。「全国部落調査の出版は差別ではなく、差別につながるとも考えていない」「全国部落調査の出版妨害こそ差別であり、人権侵害である」「隠すことこそが差別の原因になっている」と。部落の所在地を公開することによってどんな事態がおこるのか、ちょっと想像しただけでわかるはずだ。しかし、彼らはそんなことには「関心」がない。「隠すこと=差別」という間違った物差しでしか、部落問題を見ていない。私たちは所在地を「隠している」のではない。部落問題の解決につながるのであれば、きちんと明らかにしている。 部落差別はなぜ起こるの?所在地を公開しないことが原因だって?公開すれば部落差別はなくなるって?ウソでしょう?マジでそんなことを信じているの?無知をさらけだして恥ずかしくないの?ほんとにオメデタイ人たちだ。部落問題をまともに考えているとはとても思えない。人々の差別意識を刺激し、部落差別をあおることを平気でする、これは明らかに「犯罪」だ。速やかに「仮処分」に従い、データを削除し、過ちを認めて謝罪すべきだ。

コメント
◆ Commented  by  miyabet  at  201604-21 21:56  鳥取ループです。このくらいの事をしないと、これからも議論から逃げ続けていたでしょう。次の世代のためには、50年も100年もタブーにしてはいけないのです。鳥取、大阪、滋賀の同和地区マップを公開しても大きな問題は起きませんでした。もっと楽観的になるべきです。仮処分の内容は既に履行しました。しかし、データは各所に散らばって私も把握できないので、もう意味はありません。

◆Commented  by  聖代橋  at  2016-0421 22:18 >部落問題の解決につながるのであれば、きちんと明らかにしている。H小学校事件でMがO先生の父親の出自を暴いたのも「部落問題の解決につながる」からでしょうか?だとすれば、Mの行為は「部落問題の解決につなが」りましたか?部落解放同盟が具体的にどのような基準で「部落問題の解決につながる」か否かを区別しているのか教えてください。 

● Commented  by  sayamaziken  at 2016-04-22 07:02  コメント、ありがとうございます。「これくらいの事」とは思えません。とても大きな事です。タブーにしないことはその通りですが、こうした事は意味が違います。「楽観的」になれたらいいですが、現実がそうはさせません。後始末はできない?責任放棄ですか?ひょっとしたら、それが「目的」だったのではないですか? 個別の事件は把握していませんので、コメントできませんのでご了承ください。「基準」については、私自身としては、ケースバイケースとしか申し上げられません。それを誰が決めるのかということになろうかと思いますが、双方の関係性によって自ずから決まるもので、厳格な線引きがあるわけではありません。 私には「地名の公開」が、どうして部落問題の解決につながることになるのか、全く理解できません。ぜひ、教えていただきたいと思います。

◆Commented by 通りすがり at 201604-22 07:39  いやいや、「地名の公開」が、どうして部落差別になるのかと。その地名を理由にして差別を行う人間が悪いのであって、資料を公開した人間を差別者とする考え方こそが差別だよ。

◆ Commented  by  miyabet  at  201604-22 08:28 「現実がそうはさせません」ということは、あきらめて現実を受け入れるということです。しかし、私は現実を変えたいと思っています。少なくとも、部落の地名を言ったり、調べたりすると糾弾されるような現状は、部落を特別視させる結果にしかなっていません。それをさせないためには、公開のものという既成事実を作る必要があります。 

● Commented  by  sayamaziken  at 2016-04-22 09:39 「地名を理由にして差別をする」のは悪いことですが、その地名を提供する人は悪くはないのですね。差別に利用されることを知りながら、なぜそうするのか理解できません。差別が起こる現実を変えたいと私も思っています。だから、差別の現実をあきらめて受け入れる気はないし、微力ですが、日々努力をしているつもりです。 特別視は、地名に関わっておこるものではないと思います。部落差別がなぜ起こるのか、根源的な理由は私にもわかりませんが、部落差別がたどってきた歴史にあることは間違いないと思います。地名だけにこだわり、そこに問題を焦点化するのは、木を見て森を見ないことではないかと思います。 公開によって引きこされる事態をどう引き受けるのかという問題もあります。おそらく、それは無限責任になるはずです。ぜひ、そのこともお考えいただきたいと思います。

◆ Commented  by  miyabet  at  201604-22 10:50   公開によって引きおこされる事態をどう引き受けるのか…例えは悪いですが、誰かが「ババ」を引かないといけません。そうでなければ、永久に秘密なのか公開なのかあやふやな状態を続けることになります。解放同盟にその勇気がないから、私がやったのです。東京新聞にも答えましたが、もし「部落」というものが、平家の落人部落や忍者の隠れ里のように観光名所になれば素晴らしいと思いませんか。

● Commented  by  sayamaziken  at 2016-04-22 15:34   あえて「ババ」を引いたというわけですか。ということは握った「ババ」をどうするのか、そこまで考えてのことですよね。確信犯なのですから、しっかりお示しいただきたいです。部落は「観光名所」にはならないでしょう。なぜなら、近づきたくない、関わりを持ちたくないというのが、多くの人の本音だからです。それが所在地(地名)を公開することによって「変わる」ことは全く期待できないと思います。逆の結果しかもたらさないでしょう。なぜ、公開が部落解放につながるのか?理解できません。

◆Commented  by  聖代橋  at  2016-0422 18:00  『同和と在日6』(2012年)32-33頁からの引用です。今日に至るまで、部落解放同盟の方々は下記の矛盾を合理的に説明できていません。これが最大の論点なのではありませんか。>「寝た子を起こすな」とかつては勇ましく地区名を明かし差別と貧困解消を訴え、奨学金、住宅貸付金、固定資産税の減免措置を得てきた。>ところが今になって、それが差別だ、地区名どころか隣保館の設置条例まで隠せという現実。しかも「無関心なのが差別を助長する」彼らは、こうも訴えた。(1)「寝た子を起こすな」論で行くなら、部落問題はもう終わったものとし、被差別部落を特定する情報の流布を認めない代わり、優遇措置も諦めなければならない。(全解連・人権連の立場がこれですね)(2)「寝た子を起こせ」論で行くなら、部落問題は今なお深刻であるとし、優遇措置の恩恵にあずかる代わり、被差別部落を特定する情報の流布は認めなければならない。(かつての部落解放同盟はこうでしたね。情報の流布を認めるどころか、「狭山同盟休校」や「部落民宣言」に見られるように、むしろ積極的に推進していました) まとめると、今の部落解放同盟は「寝た子を起こすな」論と「寝た子を起こせ」論のいいとこ取りをしようとしている、そこに理論的な脆弱さがあるのではないでしょうか。「森田益子による身元暴きはきれいな身元暴き。鳥取ループによる身元暴きは汚い身元暴き」という言い分は成り立たないでしょう。 

◆ Commented  by  sayamaziken  at 2016-04-22 20:26   部落解放運動は「寝た子起こす」との闘いでもあったと思うし、それは今もなお核心的な課題としてあります。振り返れば、「特措法」による「地区指定」を受け、同和対策事業が実施された時が、大きなチャンス(分岐点)だったと思います。その時であれば「公表」は可能であったと思います。しかし、そういうところまで事態は進みませんでした。その時点では、そのことが部落解放運動にとって戦略的な意味を持っているとの認識は希薄だったのでしょう。また、部落問題のとらえ方においても、差別・被差別の二分法が優勢でしたから、部落外との関係をどうこうするという問題意識は希薄だったことが影響していたと思います。 だから、指摘にはうなずく点もありますが、それは今の時点だから言えることで、当時、そうした問題提起をする人はなかったのではと思います。その意味では、運動の限界を時代を超えてどうのこうのと言っても意味がないと思います。もちろん、批判の自由はありますが。

◆ Commented  by  uesugi77  at  201605-10 23:33  私的な会話の一部分や、出所不明の落書きなどを取り上げて大規模な糾弾を繰り広げてきたのだから、外部住民が「関わりたくない」「そういう地域に住みたくない」と考えるのは、リスク回避として当然ではありませんか。しかも暴力を伴った糾弾行為についての謝罪も、公式にすることがない。つまり今後も同様のことを起こす可能性があるわけです。解放同盟が過去の糾弾を謝罪するのでなければ、こわい意識は絶対に消えません。

● Commented  by  sayamaziken  at 2016-05-11 08:03  そのような「見解」は珍しくはありませんが、それ自体、とても偏っていると思います。「糾弾」=「暴力」ではありませんし、そのような認識を誰もが持っているわけでもありません。意図的に流布され、拡散され、「真実」のごとくに定着した部分が大きいと思います。また、「こわい」意識も「糾弾」から派生したものではないと思います。水平社が創立される以前から、もっと言えば、部落差別なるものが生まれると共に刻印されていたと思います。単純に切り分けるのは心地いいかもしれませんが、重大な誤謬を孕んでいることもあることを知るべきでしょう。

◆Commented  by  被糾弾者の本音  at 2016-05-12 08:21 >「糾弾」=「暴力」ではありません私が糾弾を受けた時も、そのように言わされました。本心と正反対のことをね。「私は差別者です。申し訳ありません」「同盟の方々がなさっていることは、暴力ではありません」と。なぜなら、そうしないと糾弾が終わらないですから。解同には「糾弾をどこまで続けるか決める」「糾弾をどこまで拡大するか決める」という権力があります。その権力を使って解同の望むことを言わせているわけです。構図としては、ストーカーがターゲットに刃物を突き付けて「俺を愛しているか?  正直に言え」と迫るのと同じです。自分を守るためには誰しも「あなたを愛している」と言わざるを得ない。しかしそれを聞いて「ああ、俺は愛されているのだ」と満足するのは狂人だけです。こんな行為に、教育的効果があるわけがないですね。 解同は「糾弾こそ解放運動の生命線である」と言いつつ、「部落差別は今なお深刻な問題である」とも言っています。長年の糾弾闘争にもかかわらず部落差別が今なお解消できていないとすれば(何をもって「部落差別の解消」と見るかは定義がないので「部落差別は今なお深刻な問題である」という便利なフレーズは永久に利用できるわけですが)、それは糾弾に教育的効果がないのが大きな原因である、ということになぜ思い至らないのでしょうか。(続く) 

◆Commented  by  被糾弾者の本音  at 2016-05-12 08:23 (続き)解同は狭山事件における「自白の強要」を問題にしています。しかし解同が被糾弾者を締め上げる手口は、狭山事件で警察や検察が石川一雄を締め上げた手口とそっくりそのまま同じです。矢田事件で教師たちを脅して「私は差別者です」と言わせた解同と、狭山事件で石川一雄を脅して「私が犯人です」と言わせた警察や検察と。両者は鏡に映したようにそっくりです。 私から虚偽の「差別告白」を引き出した解同の役員連中はご満悦でした。矢田事件で虚偽の「差別告白」を引き出した大阪府連の連中も、さぞ満足だったことでしょう。しかしその満足の内容は、関源三や長谷部梅吉の満足感とそっくり同じであることを自覚すべきです。 「王様のお召し物は立派ですね」と阿諛追従されて悦に入っている裸の王様の満足感、とも言えましょう。 最後にもう一つ指摘しておきますが、物理的暴力だけが暴力というわけではありません。私は今でも、解同によって精神的にレイプされたと考えています。糾弾の教育的効果なるものの実態、かくのごとし。 

● Commented  by  sayamaziken  at 2016-05-12 20:27  コメントをいただき、ありがとうございます。どういう方か全くわからないので当惑もしていますが、お返しをしたいと思います。いわゆる「暴力的な糾弾」の体験者ということですが、おそらくそれは「事実」なのでしょう。というのは、私にはその成否を判断することができないからです。ですから、そのように受け止めたいと思います。おっしゃるように糾弾には絶大とも思えるような力があります。それを「権力」と呼ぶ人もいますが。でも、それはある日突然に降ってきたものでしょうか?そうではないです。長い間、差別に呻吟してきた部落民がその桎梏を跳ね返すべくあげた鬨の声に端を発しているのだと思います。そのことを抜きに「糾弾」を云々することはできないと思います。それが時代の変遷の中で、「行き過ぎ」や「過ち」もあったかもしれません。しかし、だからと言って「糾弾=悪」とするのは間違っていると思います。あやまってる現実を是正するには「行き過ぎ」が不可避なことは部落問題に限りませんから。 狭山事件とも関連付けておられますが、国家権力と運動団体とを混同した物言いは、それ自体おかしいことは自明だと思います。解放同盟がどのような「力」を持っていたとしても、国家権力のそれとは雲泥の違いがあるし、それは「権力」と呼べる代物ではないことは明らかです。この点は、峻別してほしいと思います。 トラウマがまだおありだということについては、深く心に留めたいと思います。どうすればいいのか、私にもわかりませんが、可能なことなら「対話」をすることではないかと思います。

◆ Commented  by  miyabet  at  201605-11 22:18  でも、全国部落調査は発行禁止なんですよね。権力側には寛容であれと言っておきながら、自分たちは誰よりも不寛容。狭山事件の証拠開示にして評議員のページも、特定秘密保護法にしても、権力側には公開しろと言っておきながら、自分たちは誰よりも秘密主義。そのようなダブルスタンダードに違和感を感じませんか? 

● Commented  by  sayamaziken  at 2016-05-12 08:18 「ダブルスタンダード」ですか?何と何とを比較しておられるのでしょうか?そもそも権力側と非権力側とは峻別すべきでしょう。それを一緒くたにするのは、言葉が悪いですが、「味噌も糞も・・・」の類だと思います。もちろん、miyabet  さんは解放同盟を「権力」同様に見なしておられるのですから、そうした誤謬も止むを得ないのかもしれませんが。ブログ「ストーン・リバー」 ⇒ http://burakusabe.exblog.jp/

佐々木寛治の指摘通りである。鳥取ループと同様に部落地名総鑑を出版及びインターネットで公開し、部落差別を扇動・拡大させた部落解放同盟大阪府連合会は部落民、同和地区住民に謝罪し、一刻も早く部落の地名を記載した全書籍を焚書すべきである。

なお、不動産業者が同和地区を特定することは明白な差別行為であるにも関わらず、佐々木寛治は「不動産業者が同和地区の施設を掲載しないのは差別だ」などと意味不明な持論を展開した上、豊中人権まちづくりセンター(大阪府豊中市岡町北3-13-7)が同和地区だと暴露している。(よくも鳥取ループを差別者呼ばわりできたものである。)このようにして同和地区を掲載しても差別、掲載しなくても差別と都合良く言いがかりを付けられる立ち位置を部落解放同盟は獲得している。

https://archive.fo/11CDf

平成23年10月(2011 OCTOBER)
●08〜09

ひゅうまん通信

府条例改正施行
土地報告書と同和地区
マンション建設・販売に潜む差別意識
昭和60年(1985)に制定された「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」が一部改正され、10月1日から施行されます。マンションなどを建設する際、その土地や周りが同和地区かどうか調査、報告することを規制するもので、これまで規制の対象となっていた興信所・探偵社業に加え、不動産会社や広告会社など土地調査に関わる全事業者が対象となります。
条例改正のきっかけとなった土地調査とともに、市内でのマンション建設の事例から、今なお根強く残る同和地区への差別について考えます。(人権政策室)

差別を助長する土地調査報告
今回の改正は、平成19年(2007)1月、府民から府へ「府内の市場調査会社が同和地区の差別につながる調査・報告を行っている」と相談があったのがきっかけです。府の調査の結果、マンション建設を行う不動産会社、マンション広告を作る広告会社、広告制作に必要なデータを集める市場調査会社の3つの業界で、対象の地域が同和地区かどうかを調査・報告することが、少なくとも10年以上前から行われていたことが分かりました。
不動産取引、特にマンション建設には必ずといっていいほど土地調査が行われます。駅からの距離やスーパーなどの商業施設の数などはマンションの販売価格を決める重要な判断材料になりますし、これらを調査することは全く問題がありません。しかし、調査会社の報告書では、不要なはずの同和地区かどうかといったことまで報告されていることが府の調査で判明したのです。
しかし当時、条例の対象は興信所・探偵社業者に限定されていたため、不動産会社などが行う土地調査は規制の対象外となっていました。

豊中人権まちづくりセンターが消えた?
豊中市でも、同様の事例が確認されています。「不動産のチラシに豊中人権まちづくりセンター以外の建物は全て掲載されているのに、なぜセンターだけ掲載していないのか。意図的に掲載していないとしか考えられない」と、平成21年に販売されたマンションの広告を見て話すのはとよなか人権文化まちづくり協会事務局長の佐々木寛治さん(60歳)。同センターは昭和48年に設立。同和問題をはじめ、さまざまな人権問題に取り組む拠点施設です。同協会事務局が、このマンションの販売用ホームページを確認すると、やはりセンターは「ない」ことになっていました。不動産会社や広告を制作した広告会社に問い合わせると、「見落としていた」という答えが。その後、マンション付近の土地調査書を見せてもらうと、そこには、「同和地区」という言葉を使わず、「市内最大の不人気地域」や「学校区も市内最下位校にあたり」などといった何の根拠もない表現を使って「同和地区を含む校区がある」ということを示していました。
 「企業は利益の追求が一番の目的で、マンションの販売価格を決めるために、立地条件を調べることもあるでしょう。しかし、根も葉もないうわさに基づいた調査や報告で勝手に地域や校区の順位付けをし、同和地区に対する差別だけでなく、校区間の差別を生むような報告は許されない」と話す佐々木さん。しかし、調査に関わる事業所だけが差別を助長しているわけではないともいいます。「なぜ同和地区かどうかを報告するのか、なぜ同和地区かどうかが販売価格の判断材料になるのか。それはひとえに買う側に『知りたい』という思いがあるからです」。
「事実、引っ越しなどの際に、市役所や学校へ同和地区がどこにあるかを問い合わせ、同和地区を避けようとする人は後を絶たないそうです。そんな人ほど、自分の行為が、差別を助長していることに気付いていないのです。今ではインターネットなどに流れるうわさが主な情報源となっているので、なんとなく怖い存在だと信じてしまう。こうした意識を変えない限り、差別はなくならないと思います」。

土地調査は誰のために
この条例を所管する府人権室の土井一也課長補佐は「平成19年の事件をきっかけに、府や土地調査に関わる業界では、団結して差別をなくそうとしています。しかし、買う側から同和地区に関する調査の要求がある限り、根本的な解決には至りません」と話します。
条例の改正により、調査報告書から「不人気地域」といった差別を助長する表記はなくなりますが、明るみに出ないところで同じような報告がされていては意味がありません。同和地区に対する差別を解消するために何が必要なのか。同和地区を避けたいと思う人の心はどうすれば変わるのか。今回の改正を機に、社会全体で考える必要があります。