平成29年4月18日 匿名編集の制限を解除しました。様子を見て再度制限するか検討させていただきます。

平成29年4月12日 東京法務局人権擁護部第二課(三戸誠)からの削除要請に条件付きで応じる方針としました(詳細)。

トーク:全国の同和地区

提供: 同和地区Wiki
移動先: 案内検索

http://n26ctrxseoly4mnj.onion/index.php?title=%E5%85%A8%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%90%8C%E5%92%8C%E5%9C%B0%E5%8C%BA&diff=prev&oldid=9522 この版で対話拒否無言リバート氏(仮名)は「トークで論争する気にもならない」と対話拒否を宣言していますが、私の側から6点だけコメントしておきます。

  • 「弾左衛門は近所にあったからこれに祈願しただけのことである」

→「近所にあったから」と弾左衛門自身が述べている史料にはお目にかかったことがありません。そのような代物が存在するのであれば後学のためにご教示願いたく存じます。

  • 「明和6年を機に、(それまで村に白山があろうと無かろうと)弾左衛門が配下の部落に白山神社を祀るように指令した」

→そもそもこの指令なるものは史実なのでしょうか。未検証の伝説に過ぎないのではないのでしょうか。本田豊『白山神社と被差別部落』83頁では「一七六九年に、弾左衛門が配下の部落に白山神社を祀るように指令した、という杉本重利の説は、意外と真相を伝えているのかもしれない」と推測する書き方になっています。『別冊東北学』第5巻163頁には「白山神社がどのように広がったのか、どうして被差別部落に多いのか、分かっていないというべきでしょう」とあります。

  • 「全ての部落が明和六年以前から白山神と特別な「結びつき」があったという文献を先ず記せ」

→前田速夫がどの著書の何頁で「全ての部落が」と書いているのか、後学のために是非ご教示ください。『白の民俗学』の148頁における「それ以前から白山神社を祀る部落がある」との記述は「全ての部落がそうである」という意味には取れません。誰も「全ての部落が」と言っていないのであれば、上記の要求そのものが無意味です。

  • 「否定だろうが肯定だろうが、前田をまともに取り上げる研究者がいたら是非お目にかかりたい」

→民俗学者の六車由実が『異界歴程』の書評を書いています。ci.nii.ac.jp/naid/40005779207

  • 「「白山と被差別部落」の源流を朝鮮にまで求めてしまうこの著者の思考法に「電波」を感じてる」

→対話拒否無言リバート氏が個人的にどのような感想を持とうが自由ですが、白山信仰の源流を朝鮮に求める説が前田以外にもあるのは事実です。具体的には『福井県史: 資料編』第14巻449頁、長野市立博物館『古代中世人の祈り: 善光寺信仰と北信濃』、岩鼻通明「韓国民俗学の研究動向と課題」(山形県民俗研究協議会『山形民俗』第9号)、金達寿『日本の中の朝鮮文化: その古代遺跡をたずねて』251頁、川元祥一『被差別部落の生活と文化史』141頁などです。信憑性はともあれ、そのような説も存在する事実を記すことに何か問題があるでしょうか。個々の出典の信頼性は閲覧者が自分の頭で判断すべきことでしょう。

  • 「曖昧な理屈で単なる「貧民窟やスラム」まで含めて部落地区を水増し("非人系部落"とは何ぞや)しても、喜ぶのは団体だけであろう」

→非人の概念に関する対話拒否無言リバート氏の誤解についてはトーク:同和地区特定ガイドを参照してください。なお大阪市浪速区大国町の事例のほか、宮崎県や大分県でも解同や同和会が同和補助金を目当てに「えせ同和地区」を作っていると全解連や日本共産党は主張しています。しかし、大分県東国東郡武蔵町(現・国東市武蔵町)の事例では自治体が壬申戸籍に基づいて同和地区指定をおこなっており、むしろ地元住民の「オレたちは、部落民でもないのに」という主張の側に疑念があります(部落民であることを当人が知らないか、知っていても否認したいケース)。そもそも団体の思惑を気にするのであれば、当プロジェクトに参加すること自体が矛盾しているのではないでしょうか。127.0.0.1 2016年6月13日 (月) 17:44 (JST)