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「士、農、工、商、えた・ひにん」という嘘について

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「士、農、工、商、えた・ひにん」という言葉をご存知でしょうか。30代以上の方、特に西日本であれば義務教育の中で「江戸時代の身分制度」として教わった方も多いのではないでしょうか。江戸時代は「士」とは武士を意味し、武士の下に「農」(農民のこと)、その下に「工」(職人のこと)、さらにその下に「商」(商人のこと)が位置する階級社会(ヒエラルキー)であった。さらに最下層に「えた」(穢多)、「ひにん」(非人)という身分があり、差別的な待遇を受けていた。「えた」「ひにん」は現在の部落民の源流である。そのように学校で教わった方も多いのではないでしょうか。

しかし、この説は近年の歴史研究で誤りと判明しています。その為に、歴史教科書からは「士、農、工、商」の記述が削除されるに至っています。

最近の教科書には「士農工商」が載っていない? 近年の研究で「不適切だった」と判明 → 教科書から削除に - ねとらぼ

最近の教科書には「士農工商」が載っていない? 近年の研究で「不適切だった」と判明 → 教科書から削除に
おなじみの「士農工商」は身分制度を示す語句として不適切だった。

 江戸時代の身分制度を示す言葉として扱われていた「士農工商」は、もう学校では教えられていない!? そんな話題が、春先からTwitterを賑わせています。

 少なくとも昭和の時代に教育を受けた世代は、武「士」、「農」民、「工」(職人)、「商」人の順の上下関係を示す言葉として、「士農工商」を記憶しています。しかし東京書籍のFAQページを見ると、Q5の項目に「士農工商」の記述がなくなったことが扱われています。FAQページの対象となっている同社の教科書を読んだところ、確かに「士農工商」の記述は見られませんでした。変更が加えられたのは、平成12年度の教科書から。意外にも、16年も前から「士農工商」は消えていたのです。
 
 修正の理由は2点。1つは近年の研究成果から、「士農工商」自体が、身分制度を表す語句として適当でないと判明したことです。江戸時代の身分には、基本的に「武士、百姓・町人等、えた・ひにん等」があり、ほかにも天皇や公家、神主や僧侶などが存在。単純に「士農工商」という表現やとらえ方はされていなかったということです。

 もう1つは、「士-農-工-商-えた・ひにん」という、上下関係の認識も適切ではなかったことです。武士こそ支配層として上位にはなりますが、ほかの身分に支配・被支配の関係はなく、対等なものでした。また、えた・ひにんも「武士-百姓・町人等」の社会から排除された「外」の民として存在させられ、ほかの身分の下位にあったわけでなく、武士の支配下にありました。

 これらの見解から、東京書籍では「士農工商」の記述を廃止。あわせて、明治維新にて「士農工商」の身分制度を改めた政策と認識されがちだった「四民平等」も、平成17年度の教科書から使用されなくなっています。

つまり、「士、農、工、商、えた・ひにん」とは上下関係・階級社会を意味するのではなく、単に「職種」を意味する言葉ということです。江戸時代には武士がいました、農民もいました、職人もいました...。それらの「職種」の中に「えた」や「ひにん」というものもありました、というだけの話なのです。しかも武士以外は身分で言えば横並びの関係です。

部落解放同盟は部落差別の起源をしばしば江戸時代の「えた」「ひにん」に求めています。「えた」は動物の解体を担っていたことが差別の起源としばしば主張されています。

しかし、部落解放同盟の前身である全国水平社が調査を要望したことで、政府の外郭団体である「中央融和事業協会」が全国の被差別部落を実態調査した資料『全國部落調査』によると、部落民の大半の職業は「農家」でした。この事実からしても、部落差別の起源を「えた」による動物解体とするのは無理があり過ぎると言えます。

部落解放同盟は「士、農、工、商、えた・ひにん」という言葉を差別用語と扱い、使用した人を糾弾(吊し上げ)しています。

「士農工商えた非人」で糾弾されたサイゾー | 示現舎

『解放新聞』(2016年12月12日)によると問題になったのは、安達氏の連載記事「鬼金言」。記事は、地の文とカギカッコで同氏のコメントが入るコラム風の「記事広告」だ。文中、AV業者がワンルームマンションを借りるのも困難と訴え「今はネットで検索できるから北海道の不動産屋に行こうが沖縄の不動産屋に行こうが同じなんだよね。ホント人権なんとかに訴えたいくらいだよ。結局、僕は職業カーストの、昔で言えば「士農工商えた非人」の最底辺なんですよ。AV業界にも職業カーストは厳然としてあって、その中でもスカトロなんて撮ってるのは最底辺だしね」と語っている。

これに対して部落解放同盟は、11月5日、中央本部で西島藤彦書記長らが、サイゾー社長、編集長、広告部長、安達氏と面談。同社から反省文を提出させた上で、差別問題を取り上げた企画や差別問題と向き合うことを要請。そして「監督自身の発言全体の内容が、結果として差別を肯定する表現に結びついたことへの反省を求めた」という。

読者の方なら部落解放同盟の対応がミスリードだともうお気付きでしょう。サイゾーが批判されるとしても「『士農工商えた非人』の最底辺など存在しません。武士以外平等な関係ですよ。」と間違いを指摘するだけで十分でしょう。ところが解放同盟は「差別を肯定する表現に結びついた」と批判した上、反省文まで書かせています。

解放同盟は「江戸時代に『えた』『非人』が最底辺の身分だった事実は認めるが、その言葉を現代でも最底辺という意味で使用したのは差別である。」と、さらに間違って解釈していることが窺えます。

さて、このように「身分関係が存在しないにも関わらず」「身分関係が存在するという前提で」「被支配層側が」「支配層側を」攻撃する事例を私達は知っています。

「ルワンダ虐殺」です。

ツチ族とフツ族に元々身分関係は存在しませんでした。ベルギーがルワンダの植民地化を行う過程で、「ツチ族の方がヨーロッパ人に近くて優れている」という人種的差別観を持ち込み、ツチ族をフツ族に対し優位な身分に位置付けました。それがフツ族によるツチ族虐殺の原因であることは知られていることです。

ルワンダ虐殺 - Wikipedia

形は違えど、部落解放同盟の反差別運動は「ルワンダ虐殺」の経緯と類比を為すと言えます。

解放同盟は「カウンターの立場から正しい情報を発信する」と息巻いていますが、解放同盟自身がそもそも正しい情報を理解しないまま、差別者でもない無垢の市民を差別者として吊し上げているのではないでしょうか。

差別は差別する側が悪い、と解放同盟員は事ある毎に言います。そんな解放同盟員にはこう問いたいです。

『ツチ族は、差別者だったのでしょうか?』

間違った意味で「士農工商」を理解している上川多実氏のツイート。歴史教育で否定されたことを何故人権教育で教える必要があるのでしょうか。いわゆる歴史修正主義ではないでしょうか。一方、上川氏に批判された落合陽一氏は「士農工商」の意味を正しく理解していたことが窺えます。[1]