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「たいけん→はっけん→ほっとけん」からのカリキュラム

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書誌情報

インタビュー対談 「たいけん→はっけん→ほっとけん」からのカリキュラム (特集 わが人権学習カリキュラム)

発行日 2005年5月
著者 川口泰司、森実
収録誌 解放教育
出版社 明治図書出版

見られる場所

CiNii 雑誌 - 解放教育

内容

メディア:「たいけん→はっけん→ほっとけん」からのカリキュラム.pdf

部落解放同盟山口県連の川口泰司が愛媛県宇和島市の部落出身だと自己紹介しており、愛媛県宇和島市内に部落があることを暴露している。また大阪市の「日之出地区」という同和地区の存在を暴露している。川口によると日之出地区とは「新幹線で分断」された場所であることから、新大阪駅を通過する東海道新幹線沿いにあることが読み取れる。以下が当該発言である。

森:日之出をモデルにしたアニメの「あした天気になあれ」っていうビデオがあるでしょ。あれはとっても好きなビデオで、暮らしぶりがよくわかる。まさに運動に立ち上がるところが描かれてますよね。ところが、あれを見ても学生の印象に残るのは、立ち上がったというところよりも、厳しかったという方だなという印象があるんですよ。
川口:たとえば新幹線が開通するんだけども、それの闘争があったんですよね。新幹線で日之出が分断される。

大阪市に「日之出」という地名は現存しないが、

  • 日之出保育所 大阪市東淀川区東中島4-11-25[1]
  • 大阪市立日之出障害者会館 大阪市東淀川区西淡路1-13-25[2]

等の施設がある為、川口の発言から同和地区を特定することは容易に可能である。日之出障害者会館は東海道新幹線の北側に、日之出保育所は南側に位置する。川口は本書の発言により、これ等施設の利用者や周辺住民が「部落民」だと暴露(アウティング)している。

また川口泰司は以下のようにも述べている。

川口:愛媛の方にいくと、ムラの子が自分を語ることはもうえらいことで、授業で地区を出すか出さんかで大もめ。だって学校でもムラの子が数名だから。愛媛でも、「この町に部落があるとは言わないでください」と。「宇和島にはあるってことは会館の館長と話をして、まあいいってなったけど、この町にあるということは……う-ん」ってなるわけね。「なんでよ?」って。「そこからスタートしないと始まらないじゃん」って.確かに、地区の子が学校に一人しかいないとかね、学年に一人いるかいないかだったら、ほんとに針のむしろになるかもしれないと思うけど、僕はそこから出発したい。僕が講演をしてても、自分の町には部落はない、この学校には地区の子なんかいない、と思って生徒たちは聞いてるんですよ。まあせいぜい「同じ愛媛の兄ちゃんの話や、愛媛にも部落差別があるのか」ぐらいな程度。そうじゃないでしょ。この授業を、まわりの母ちゃんは遠い話として、聞いてる。でも、地区の母ちゃんも、参観日にきてる。自分の息子はどんな思いをして聞いてるんやろうかなって、揺れながら聞いている。そんなお母ちゃんがその教室に「いる」のに、「いない」ことになってる。それが僕には耐えられないんです。存在が「ある」のに「ない」ことになってる。

川口:ムラの子が「いる」のに「いない」ことになって進む授業。江嶋修作さんが言う、「タテマエ」「タテジワ」「タニンゴト」になってしまう。結局、自分の言葉で先生が語ってなかった。なんで?それは教師っていう枠があるからなん。自分の弱さとか、ぶっちゃけ「俺の親が反対してんねん」とかね、教師自身が言われへんといかん。その反対してる親に、まだまだ語り切れてない自分がおるねん、ということは出せてない。そんな自分を出せてないのに、子どもたちにはその揺れや葛藤を求め、ホンネで語れと。子どもに求める前に、まず先生が揺れや葛藤を語ろうよ。じゃあ子どもらだって出してくるよ。そのスタンスが問われてると思う.徳島の板野中学校での全体学習の実践。僕はすごく衝撃を受けたんですよ.当時の板野中学校の森口健司さんや吉成正士さんとか、自分のありのままの姿を語っている。その先生の姿勢をみて、子どもたちが安心して、本音で思いを返していく。

このように、川口泰司は親御さんの同意を得ずに子どもに部落民をカミングアウトさせることを強く推奨している。親御さんは子どものカミングアウトにより自身が部落民だと強制的に暴露されてしまうため、川口自身が主張していた「地元や当事者の同意を得た」[3]ものとは到底言えないことが、この発言から窺える。親御さんが部落民を隠したいが為に、子どものカミングアウトを止めさせたいのなら、その意見を尊重するのが「地元の当事者との協議・信頼関係」「地元や当事者の同意」に基づく判断ではないのか。川口泰司が言うような「子どもがカミングアウトする前に親がカミングアウトすべき」などいう発想は、自分の我儘を押し通したいだけの「アウティング」でしかない。

川口泰司は『解放教育』(2006-02)で以下のように述べている。

最後に、最近「寝た子を起こすな」という意見が、また強く言われ始めています。この意見に対して、先生や社会啓発の担当者は、もっと自分の言葉で、わかりやすくシンプルにメッセージを出す必要があると思うんです。ボクはこの意見に対しては、いつもこう言っています。このビーカーに泥水を入れてごらん。このビーカーに入った泥水飲んでと言えば、誰も飲まないでしょう。でも、この泥は一時間すると下に沈殿するよ。上から見たらきれいな水。飲めるんじゃないかと飲んだらたいへんですよ。この泥がボクたちの中にすり込まれた差別意識。自分のより下を求めて、ほっとする気持ち。世間体を気にして生きる自分。冠婚葬祭の中で「一般常識」としてすり込まれる「イエ」意識やケガレ意識、「男らしさ」「女らしさ」など。人権教育・人権啓発って、このビーカーの水を混ぜる作業。つまようじでいい。小さな力でもいい、混ぜているとやがては、対流が起こって、下の泥がフワーと浮き上がってくる。ビーカーが濁ってくる。研修を受ければ、受けるほど、差別が何か見えてくるから、自分の中にあった、加差別性や被差別性が、いっぱい見えてくる。そんなドロドロしたものを見たら、誰だって、こんな自分じゃ嫌だ〜、ちょっとは美しくなりたいと思うよね。その泥を少しずつ少しずつでもすくい続ける作業.それが人権学習。やらなければ、沈殿しているだけ。いざ結婚など利害が絡んだときに、沈殿していた泥が浮き上がってくる。だから、どんどんビーカーを混ぜて、どんどんその泥を取り除いていこうよ。

[4] 「カミングアウトであれば部落の地名を公表しても良い」「研究であれば部落の地名を公表しても良い」として、自分以外の当該部落出身者の立場を思いはからない自身の加害者性を、川口泰司や部落解放同盟、その他部落研究者は反省すべきではなかろうか。

出典

  1. http://www.city.osaka.lg.jp/kodomo/cmsfiles/contents/0000012/12686/25hinode.pdf
  2. http://www.manabi.city.osaka.jp/yoyaku/shisetsuInfoDetailInfo.html?shisetsu_code=161&searchmode=2&kubunno=121
  3. 川口泰司は以下のように述べている。
    当事者のカミングアウトと、他者が「暴く」アウティングは意味がまったく違います。カミングアウトは自身が差別を乗り越えるうえで、相手や状況を判断して主体的にするもので、アウティングは単なる「暴き」です。同和教育における部落民宣言、立場宣言は、部落の子どもたちが、差別に負けない力をつけ、肯定的なアイデンティティの確立、反差別の仲間づくりを目指しておこなわれてきました。その前提として、しっかりとした部落問題学習や仲間づくり、地元の当事者との協議・信頼関係のうえでおこなってきました。地元や当事者の同意もなく、勝手にアウティングする行為とはまったく異なります。
  4. 川口泰司の「ビーカーの泥水」に似た表現として、住田一郎の「澱」がある。住田一郎は以下のように述べている。関西大学学術リポジトリ: カミングアウト(部落を名乗る)の意味について
     わたくしは被差別部落住民が自ら「部落を名乗る=カムアウトする」ところから部落問題との主体的な対峙が始まるとすら考えている。特に、特措法下33年間にもおよぶ同和対策事業終結後の現在ではますますこの感が強い。なぜなら、特措法によって、おおむね物と物との関係(いわゆる「格差」=劣悪な生活環境等)は大きく改善されてきたが、人と人との関係から生み出される部落差別問題(「障壁」)の解決には程遠く、むしろ同和対策事業の改善によってそっとしておく、積極的には関わらない課題とされ、人びとの内面に澱のように張り付いてしまっているように思えるからである。澱のように張り付いている限り、部落差別問題は素通り可能な他人事であるが、澱が攪拌されないという保証はないのである。むしろ近年インターネット上に掲載された夥しい数の差別自称や結婚をめぐる差別事件などは非部落民側から一方的に攪拌されている。澱はわたくしたち部落住民の手によって主体的に攪拌されるべきなのである。そのためにも、地域社会における部落差別問題での対等で自由なコミュニケーションが途絶えてはならない。

     大阪市内の被差別部落は判で押したように、解放会館(特措法終結後に名称が変更、現市民交流センターすみよし北等)や他の公共施設、住宅がすべて鉄筋化された外観を持っている。「今日における被差別部落の象徴になっているこの事実を、あなたはどのように考えているのか」と、部落解放運動を始めて間もない被差別部落の活動家に真顔で聞かれたことがある。彼の疑問は、一目でわかってしまう住環境、景観に地区住民は異を唱えないのか、というものであった。

    川口泰司と住田一郎の、どちらが相手の論考を参照したのかは定かでない。