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全国の同和地区

提供: 同和地区Wiki
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被差別部落の分布図(早稲田大学部落問題研究会文学班が1961年に作成)
府県別の水平社団体数・加盟人員数と糾弾事件数
全國部落分布圖(大正十年三月調)

同和地区Wikiの趣旨

同和地区Wikiは「部落解放同盟により部落民だと暴露(アウティング)された被害者」により運営され、部落解放同盟が『全國部落調査』を元ネタにして部落地名総鑑を作成・出版した部落差別を告発し、部落差別の解消を目的に運営されているにも関わらず、朝日新聞や部落解放同盟山口県連書記長の川口泰司は差別を助長するサイトなどと歪曲して報道しました。

同和地区Wikiの目的・趣旨は部落解放同盟による部落差別を検証するをご覧ください。

なお部落解放同盟東京都連の長谷川三郎(ABDARCの上川多実の父親)は差別図書『全國部落調査』を悪用し、「東京には多くの被差別部落が存在する。」「戦前の融和事業の対象とされたところをはじめ、多くの同和事業が実施されなかった地域が、またそのまま放置されるのを看過できない。」などと述べ、既に一般地区である東京都の一部地域を「同和地区」に指定するよう画策していることを指摘させていただきます。これらの地域にお住まいの方は、部落解放同盟の画策により「同和地区」に指定されると「同和地区出身者」となり、就職差別・結婚差別等の部落差別を受けるおそれがあります。

この他、同和地区Wikiは

  • 朝日新聞論説委員の伊藤昇氏が部落解放同盟と共同で部落地名総鑑『同和対策審議会答申』を作成し部落差別を拡大させていた事実
  • 部落解放同盟は『全國部落調査』の公開・出版は差別と言いながら、政府に『全國部落調査』を作成するよう要請していた事実
  • 全國部落調査』の作成者である「中央融和事業協会」の会長は、「A級戦犯」であり極右でもあり元内閣総理大臣でもある平沼騏一郎氏である事実
  • 部落解放同盟山口県連書記長の川口泰司は同和地区Wikiを差別サイトなどとレッテルを貼っているが、川口が勤務していた大阪市人権協会(部落解放同盟系人権団体)が部落地名総鑑『40年の歩み』『50年のあゆみ』を出版していた事実
  • 大阪市浪速区大国町のように部落解放同盟や大阪市人権協会、大阪府人権協会の要請により同和地区にされた場所があり、その住民は「同和地区出身者」とされたことを知らされていなかった事実
  • 部落差別解消推進法の周知活動をしている「同和問題解決人権政策確立要求大阪実行委員会」の井上龍生氏は、「インターネット上の書き込み、結婚差別、土地取得で同和地区か調べるなど、まだまだ表に出ていない部分で差別は根強くある」と訴えているが、その井上龍生氏こそが大阪市浪速区大国町を同和地区するよう行政に要請し部落差別を拡大させた「大阪府人権協会」の役員である事実[1][2]
  • 川口泰司が所属する部落解放同盟山口県連は、部落解放同盟に所属しない部落問題研究者に「部落の地名を公開しないのが差別だ」などと言いがかりを付け、「部落・同和地区の記載のない書籍の出版を妨害」した事実
  • 社会学社の齋藤直子は部落解放同盟の研究所に所属し、部落解放同盟大阪府連の協力のもと部落地名総鑑を入手し、同和地区の調査を名目に科研費1820万円を獲得していた事実
  • プライバシー侵害などと言いがかりを付け同和地区Wikiを提訴した部落解放同盟の片岡明幸は、一方で部落解放同盟の機関誌には「部落を隠している為に差別事件が起きている」と本音を語っていた事実

など、部落解放同盟が自作自演で数々の差別事件を引き起こしている事実を告発しています。

このように川口泰司上川多実の関係者が引き起こした差別事件を告発する同和地区Wikiに対し、川口泰司上川多実が差別サイトなどと言いがかり付け提訴しているのは政治的意図があってのことと思われます。飯のネタ(同和対策事業)の為に「同和地区」を生み出し、差別の被害者を増やすことは許されるものではありません。荻上チキ齋藤直子川口泰司上川多実片岡明幸等、同和地区Wikiをメディアで散々批判した論者はこの重大問題の説明責任を未だに果たしていません。

概況

全国の同和地区数、同和地区人口は諸説あり、政府による調査では以下の通りとされている。[3]

調査年 地区数 地区人口
1921年 4,853 829,773
1935年 5,365 999,687
1958年 4,133 1,220,157
1962年 4,160 1,113,043
1967年 3,545 1,068,302
1971年 3,972 1,048,566
1975年 4,374 1,119,278
1987年 4,603 1,166,733
1993年 4,442 892,751

俗に全国の被差別部落の数は6000といわれるが、本田豊によるとこれは長吏系部落のみの数であり、広島などの山窩系や茶筅系、島根などの鉢屋、熊本や福岡などの山窩系や非人系部落を含めると1万近くにのぼるのではないかという[4]

1935年の全国部落調査による府県別被差別部落数、ならびに1934年の白山比咩神社の調査による府県別白山神社数は以下の通りである。ただし数値の正確性には異説がある[5]

府県名 部落数 白山神社数
東京 20 40
埼玉 263 102
神奈川 31 21
栃木 104 44
群馬 262 93
茨城 57 41
千葉 39 53
山梨 23 25
長野 333 96
静岡 52 56
愛知 35 220
岐阜 21 525
福井 6 421
石川 47 156
富山 233 106
新潟 59 232
山形 0 76
秋田 1 86
青森 0 9
岩手 0 27
宮城 0 30
福島 8 42
三重 193 26
和歌山 111 7
大阪 106 6
奈良 77 15
滋賀 67 27
京都 147 11
兵庫 341 10
岡山 373 2
広島 426 2
山口 154 6
島根 147 2
鳥取 97 4
香川 48 3
愛媛 593 6
高知 69 7
徳島 86 14
福岡 475 22
佐賀 20 12
長崎 62 6
熊本 45 11
鹿児島 54 7
大分 71 9
宮崎 9 データなし
沖縄 0 データなし
北海道 0 データなし

自治体別同和地区人口比率[6]

市町村名 比率 総人口 備考
高知県吉川村 73.40 2161 現・香南市
福岡県大任町 61.30 6624
滋賀県甲良町 42.94 8903
福岡県碓井町 40.42 6999 現・嘉麻市
徳島県吉野町 40.13 9124 現・阿波市
高知県赤岡町 39.80 3859 現・香南市
福岡県方城町 39.35 8156 現・福智町
福岡県金田町 39.14 8770 現・福智町
滋賀県豊郷町 39.00 7259
島根県大和村 38.90 2260 現・美郷町
福岡県赤村 36.30 4004
福岡県川崎町 33.00 22296
滋賀県虎姫町 30.85 6253 現・長浜市
埼玉県南河原村 28.56 4274 現・行田市
奈良県菟田野町 27.70 5455 現・宇陀市
京都府井手町 26.53 9434
福岡県赤池町 24.60 10023 現・福智町
福岡県糸田町 23.70
高知県奈半利町 23.60
和歌山県御坊市 23.00
奈良県三宅町 22.83
高知県室戸市 22.77
京都府笠置町 22.30
徳島県板野町 21.70
奈良県御所市 21.21
兵庫県市川町 21.10
高知県東洋町 20.80
奈良県安堵町 20.61
和歌山県那賀町 20.40 現・紀の川市
福岡県桂川町 17.00
福岡県豊津町 16.50 現・みやこ町
兵庫県黒田庄町 15.66 現・西脇市
福岡県筑穂町 15.01
岡山県勝田町 14.11 現・美作市
福岡県勝山町 13.40 現・みやこ町
奈良県三郷町 10.14

都道府県別調査結果

北海道地方

東北地方

「東北地方には城下町以外に『部落』はなかったかのようにいう人もあるが、これは誤りである。(略)著者の踏査したわずか十数カ所に限っても、城下町以外に、港町や街道の要衝などに部落は現存している」(『日本歴史と部落問題』(成沢栄寿)504頁)

「浅草に弾左衛門配下の有力手代だった太鼓屋さんがあるのですが、南部から出てきたと称しています。胴の木を東北に求めたこともあったようです。太鼓づくりは昔ながらの技術ですね。東北にも太鼓屋さんがあると思いますが、その人々もかつて『賤民』とされていた人々でしょう」(『別冊東北学』(第5号)159頁、藤沢靖介「部落差別のあり方と東北の特質を考えたい」)

(参考)1882年に発表された東北地方ならびに北海道の藩県別の穢多と非人の数[7]

藩県 穢多 非人
相馬 56 117
棚倉 107 29
三春 33 30
磐城平 73 34
98 -
湯長谷 509 9
松川 - 60
白河 209 13
角田 68 238
二本松 45 36
若松 788 61
福島 75 136
仙台 396 742
登米 125 377
盛岡 189 -
一関 31 93
胆沢 62 257
江刺 - -
弘前 488 8
7 12
八戸 54 -
黒石 39 -
七戸 13 -
米沢 557 18
新庄 14 52
上山 151 7
天童 16 -
鶴岡 145 132
山形 24 62
秋田 94 4
本庄(ママ)[8] 89 -
岩崎 14 -
亀田 45 -
矢島 14 -
松山 17 55

1870年の統計では、東北地方全体で穢多4638人、非人2456人とある[9]

関東地方

(参考)東日本、特に関東地方の被差別部落と白山神社の関係

移転する以前から今戸にあった近隣の白山神社に祈願し、病気の子息が平癒したことで浅草弾左衛門が配下の部落に白山神社を祀るように指令したのは、1769年(明和6年)と伝える。配下の有力小頭の一人である相州下古沢太郎右衛門が建築費二十両以上を出費して飯山に白山神社を建立(『白山大権現御造営記録(1769年)』本杉重三郎家所蔵)したのは、この命によるものであろう。この「白山建立」は、明和3年(1766)を機に、太郎右衛門配下の小組頭達が弾左衛門より独立を許され、自身の勢力が衰える中でのことでもあり、一種の対「弾左衛門対策」であったかも知れない。

ただし前田速夫の説によると被差別部落民と白山信仰の関係は弾左衛門より遥かに古いという。「通説は、白山神社が被差別部落に多く祀られているのは、子供が重病のとき、白山神に祈って全快したのを喜んだ東国のエタ頭浅草の弾左衛門が邸内に加賀白山権現を勧請したのにならったからだとするけれど、実はこの白山権現は千葉胤直が嘉吉元年(1441)に勧請したもので(「今戸神社略記」)、これまで見てきたように、被差別部落と白山神の結びつきは、それよりずっと以前から始まっている。(中略)明和六年(1769)に弾左衛門は配下の部落に白山神社を勧請するよう命じたが、それ以前から白山神社を祀る部落があることを証言していて貴重である」と前田は『白の民俗学』で述べている。

川元祥一「白山神社、あるいは白山信仰と被差別部落との関係は、関東地方においては特別深いものがある。関東地方においては、被差別部落に必ず白山神社がまつられている。必ずと私は書いたが、これはほとんど正確な表現といえるだろう」[10]

柴田道子「白山神社は部落の氏神といわれ、東日本のどこの部落にもある。はくさんさまともしらやまさまとも、あるいは権現さまとも呼ばれている。おどろくのは、どんな辺地の小さな部落にも白山神社があることだ。白山神社がきめこまかにすみずみの部落までひろまっていたことがわかる」[11]

柴田道子「東、北信地方の白山神社は部落に一つずつあり」「中信地方に行くと、各マキごとにあった。南安曇郡豊科町真々部では、十数戸という小さな部落に四つの白山さまが祭られていた」[11]

柴田道子は白山信仰について「部落の信仰として東日本の端々までゆきひろまった」[12]とも述べているが、木下浩は「いささか過大にすぎる」と柴田を批判している[13]。木下浩によると、新潟県内の被差別部落で白山神社を祀っているのは上越市・南魚沼市・村上市で各一箇所ずつしかないという。

また「被差別部落に必ず白山神社がまつられている」ことは「白山神社が祀られている場所は必ず被差別部落である」ことを意味するものではない。「(白山神社が)ないところもかなりある」と本田豊は発言している[14]

一般的にいって、愛知県以東の東日本の部落と白山神社が密接に結びついているのに対して日本一の数をほこる岐阜県では部落との関係を見出せない[15]。岐阜県ではわずかに木地師の信仰していた白山神社がある[15]。福井県、石川県、富山県の北陸三県でも岐阜県と同じく無関係[15]。愛知県、静岡県から関東各都県、長野県、新潟県、山形県、福島県、宮城県の各県の部落には一部を除いて必ず白山神社が祀られている[15]

本田豊「愛知県より東の各都県の部落には、必ずといってよいほど白山神社が祀られている。野本武一は生前、1960年代に未組織部落をオルグしたとき、部落の所在がわからない場合、まず白山神社をさがして歩くところから始めた、と語っていた」[16]

本田は「部落と白山神社の関係についての北限は、太平洋側は仙台、日本海側は米沢までの地域とみてよいと思う」」と述べている[17]。しかし「最上千種」(1778-1792年頃成立か)には、現・山形市下条町の穢多部落について「白山の社有」とある[18]

本田は「関西の部落には白山神社は全くないのです。しかし、例外として堺の方の部落にたった1ヵ所だけあるということです」とも言っている[19]。この記述は祭神の一つに白山大神を祀っている大阪府堺市南区片蔵645の櫻井神社か境内に末社の一つとして白山社を祀っている大阪府堺市南区宮山台2丁3−1の多治速比売神社の可能性がある。

なお、香川県観音寺市観音寺町の被差別部落には白山神社がある。また三重県では津市白山町川口、津市白山町八対野、津市白山町山田野、津市白山町南家城の各被差別部落に白山神社あるいは菊理比咩命を祀る神社がある。長崎県島原市白山町には穢多池という字があり、白山神社もある。すなわち、被差別部落と白山神社の関係の西限は愛知県というわけではない。被差別部落と白山神社の関係の西限についてを参照。

柳田國男は

関東地方は穢多部落の氏神は例は浅草新谷町を始として多くは白山神社を祀れり。此点は頗る興味ある事実にして他の特殊部落にも此神を崇祀する例少なからず。
讃州木田郡下高岡村の白山相人は極めて卑賤なる陰陽師にして白山に仕ふ。生計の為に箕を作る。
奥州地方の「モリコ」又は「イタコ」と名づくる一種の巫女は口寄を為すに白山明神の名を唱えて祀る。
又甲州に昔白神筋と称する特殊部落ありしが如き、何れも偶合には非ざるべし。

と述べており[20]、被差別部落と白山神社の関係を弾左衛門支配地に限定していなかった。

茨城県石岡市柿岡字踊坊にある箕作り山窩の部落について、筒井功は「豊迫村」の仮名のもとに、こう記述している[21]

村の氏神は白山神社である。その境内には古木が多い。創建されてから数百年は、たっているだろう。しかも、もとは別の場所にあったが、火事で焼けてしまい、現在地へ移されたとの伝承がある。立村当時から氏神だったことは、まずまちがいあるまい。
不思議なことだが、箕作り村には白山社を氏神として祀るところが少なくない。わたしがこれまでに訪ねた典型的な箕作り村30ほどのうち、5カ所がそうであった。その所在地は東北、関東、東海(2カ所)、四国とかなり広い範囲に及んでいる。
白山信仰は、石川、岐阜県境にまたがり、福井県境にも近い白山(2702メートル)を神体とする山岳信仰に発している。それゆえ白山社は、その膝もとの北陸地方や岐阜県北部には、けっこう多い。けれども、これ以外の地域では、全神社に占める比率は平均して1%程度にすぎない。ところが、箕作り村にあっては、6分の1に達しているのである。これは単なる偶然とは思えない。
豊迫の伝説によると、この村の最初の住民は新田氏の臣下であったとされている。新田氏とは、むろん新田義貞(1301-1338年)か、その類縁であろう。南北朝期の敗軍の将である。それに連なる家を、ここでは「十六苗(びょう)」と呼び、白山神社の祭礼の折りには常に上席に列していた。
ところが、白山神社を氏神とする四国の箕作り村には、白山とは別に新田神社があり、「咳」に効く神さまとして村人から大事にされてきた。新田氏の故郷は群馬県太田市である。そこから遠く離れた2つの箕作り村で、ともに新田氏とのつながりをも伝えていることになる。これもまた、おそらく偶然ではあるまい。ちなみに、群馬県およびその近隣の被差別部落には、新田氏との関係を伝承しているところが少なくない。

北陸地方

中部地方

近畿地方

中国地方

四国地方

九州地方

日本国外

アメリカ合衆国カリフォルニア州フレズノ近辺には、被差別部落から移民が行われたことがある[22]

アメリカ合衆国ハワイ州の日系移民の間で部落差別が問題になったこともあり、1930年には岡村議によって「悪因習を滅絶せよ」という呼びかけがなされた[23]。岡村議はハワイにおける水平運動の創始者とされている[24]

また、ブラジルの日系人社会における部落差別の存在を野口道彦が報告している[25]

出典

  1. ABC WEBNEWS|【大阪】法律施行から1年 差別解消を訴え
  2. 役員と組織図|組織・事業の概要|一般財団法人 大阪府人権協会
  3. 同和対策審議会答申(附属書類全文)』95頁
  4. 『白山神社と被差別部落』(本田豊)116-117頁
  5. 『白山神社と被差別部落』(本田豊)77-78頁
  6. 『今日の部落差別』(解放出版社、1997年)
  7. 『統計集誌』(第8号、1882年、呉文聡)
  8. おそらく本荘の誤記。
  9. 『全国同和地区の年次別概況調査ならびに1993年現在の府県別概況調査基礎資料』12頁
  10. 『関東の部落を行く』(川元祥一)42頁
  11. 11.0 11.1 『被差別部落の伝承と生活: 信州の部落 古老聞き書き』(柴田道子)17頁
  12. 『被差別部落の伝承と生活: 信州の部落 古老聞き書き』(柴田道子)23頁
  13. 『辺縁の未解放部落史研究』(木下浩)113頁
  14. 『白山神社と被差別部落』(本田豊)117頁
  15. 15.0 15.1 15.2 15.3 『白山神社と被差別部落』(本田豊)76頁から80頁の大意。
  16. 『白山神社と被差別部落』(本田豊)76頁
  17. 『白山神社と被差別部落』(本田豊)82頁
  18. 『記録史料と日本近世社会: 記録史料に関する総合的研究 3』39頁、横山陽子「近世後期山形藩の被差別民に関する基礎的考察」
  19. 『白山神社と被差別部落』(本田豊)139頁
  20. 「所謂特殊部落ノ種類」(『定本柳田國男集』第27巻)
  21. 筒井功『サンカの真実 三角寛の虚構』220-221頁
  22. 『表現の自由と部落問題』(成澤榮壽)83頁
  23. 『部落解放』(第269号、1987年12月)101-113頁
  24. 「悪因習を滅絶せよ」の中林清文による序文。
  25. 『人権問題研究』(12・13合併号、2013年、大阪市立大学)97-110頁、野口道彦「ブラジル日系コロニアと部落問題」