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香川県

提供: 同和地区(被差別部落)Wiki
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概況

香川県は幕藩時代に一国二藩であり、東讃(東部)が松平藩、西讃(西部)が京極藩であった。すなわち、政治のための穢多村もそれぞれにあることとなる。

それ以外にも、島嶼部の一部(塩飽諸島)は上記の大名領ではなく、人名領として90余人の人名に統治させていたので、その政治の中心地にも穢多村が存在することとなった。

また、全国的な穢多、非人の「ヨツ」の呼称以外に香川県と徳島県の一部には「サンガイ」(ミッツ)という階級がある。この階級を「サンカ」(山窩)と同一視することはできない。なぜなら、独特の職業があり、社会システムに組み込まれていたからである。

その「サンガイ」部落の多くは未指定地区であったので混在化が進み、現在では未指定地区のサンガイ部落に対する差別はほぼ解消されている。しかし、指定を受けた同部落は未だ差別が残っているという現象は、同和問題の解決に興味深い事例といえる。また、香川県にあった他の未指定の地区もいまではほとんど差別は見られない。

香川県の同和地区(指定)の、外見的な特徴としては、ほぼ全ての改良住宅などに、太陽熱温水器が付いていることである。逆に言うと、太陽熱温水器が付いていない市営住宅などは、改良住宅ではありえないとも言え、その住民は必ずしも同和地区民ではないということである。

県内の部落の数は45ヶ所、1975年調査では2635世帯、8436人[1]。1986年の県調査では5市21町で指定地区47ヶ所、3147世帯、9105人[2]。ただし解同の県連幹部たちは、雑種賎民を含め実質10万人と主張する[3]。解同県連の「79年度一般運動方針」によると、このほか非人もしくは雑種賎民の部落が50ヶ所(1965年頃の調査によると53ヶ所、1210世帯、4676人)ある[4]。この非人もしくは雑種賎民の伝統的職業は竹細工や淡水漁業、墓守、火葬番、門付けである[5]。なお、この53部落は3つの旧身分グループにわかれている[6]

小豆郡小豆島町出身の中田ボタンの本名は藤長 明。藤長は岡山県津山市加茂町公郷に最も多い部落姓である。

文献

全國部落調査(1932年)

香川縣 昭和七年三月現在

251頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
大川郡 相生村 宮脇 四六 一八七 農、日稼 東かがわ市 吉田 宮脇 東かがわ市吉田に徳本姓の者がいた[7]。吉田に入本姓4件、徳本姓5件。2000年電話帳。
〃 長尾町 上荒井 一五 七三 商、日稼ぎ さぬき市 長尾西上辛立 上荒井は上辛立の誤記。さぬき市の部落解放同盟長尾支部の役員に以下の姓の者がいた[8]。高田(2人)、宮武(2人)。
〃 鴨部村 東川田 二八 一一二 日稼 農、工 さぬき市 鴨部 東川田 さぬき市(旧:大川郡鴨部村)の経済厚生指導者に村上姓の者がいた[9]。同地から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した平田姓の者がいた[10]。鴨部に村上姓6件、平田姓5件。2000年電話帳。

252頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
大川郡 誉水村 横内 三六 一八七 日稼 農、工 東かがわ市 横内 東かがわ市(旧:大川郡誉水村)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した藤崎姓の者がいた[11]。藤崎姓1件。2000年電話帳。
〃 〃 西村 三九 二三三 農業 日傭、工 東かがわ市 西村
〃 神前村 北中村 一二 六四 日稼 さぬき市 寒川町神前
〃 鶴羽村 西山 三〇 一四〇 商、日稼 さぬき市 津田町鶴羽 西山 さぬき市(旧:大川郡鶴羽村)に以下の姓の者がいた[12]。沢田、関本。さぬき市(旧:大川郡鶴羽村)の経済厚生指導者に関本姓の者がいた[13]。鶴羽に沢田姓1件、関本姓1件。鶴羽西町中に関本姓4件。2000年電話帳。
〃 丹生村 山田 一二 六四 東かがわ市 馬篠 東かがわ市(旧:大川郡丹生村)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した山本姓の者がいた[14]
木田郡 西植田村 中原 六一 二七一 〃、商 日稼、工 高松市 池田町 池田町391-7に高松市立中原隣保・児童館がある。高松市池田町に野中姓の者がいた[15]。また戸数は76戸とする。同地に谷本姓の者がいた[16]。野中姓10件、谷本姓10件。2000年電話帳。
〃 前田村 中川上 三三 一五九 日稼 農、商、工 高松市 前田東町 1956年に東前田が前田東町に改称。高松市(旧:木田郡前田村)にあった全国水平社前田支部に以下の姓の者がいた[17]。大浦、杉田。同地から資源調整指導員錬成講習会に参加した以下の姓の者がいた[18]。杉田、中川。杉田姓8件、中川姓8件。2000年電話帳。
〃 〃 中川下 一六 八二 商、農 日稼、工 高松市 前田東町 同上。
〃 井戸村 公文明南 二二 九二 日稼、農 木田郡 三木町 井戸 公文明、さぬき市 昭和 公文明 木田郡三木町とさぬき市の一部にあたる木田郡井戸村の経済厚生指導者に中井姓の者がいた[19]。中井姓が井戸に6件、昭和に5件。2000年電話帳。
〃 平井町 鹿伏 二八 一五四 農業 日稼、商 木田郡 三木町 鹿伏 木田郡三木町鹿伏に藤沢姓の者がいた[20]。藤沢姓5件、塩津姓5件、弥三川姓2件。2000年電話帳。
〃 下高岡村 新開下所 一五 七一 日稼 木田郡 三木町 下高岡 下高岡には新開と新開1がある。木田郡三木町(旧:木田郡下高岡村)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した新川姓の者がいた[21]。新川姓5件。2000年電話帳。
香川郡 鷺田村 上馬場 一五〇 七九四 商、日稼 農、雑 高松市 田村町 1940年に馬場から田村町に改称。高松裁判事件の久本米一、山本雪太郎の出身地区。高松裁判事件をめぐる闘争で、1933年11月25日に警官との乱闘があり、同地の以下の者が検挙されたとする[22]。朝倉、伊尾(いお。東京都が最多の稀世)、板倉、岡村、片岡、島部(しまべ。岐阜県岐阜市が最多の稀姓)、杉本、滝本、田中、中井、西村、藤沢(2人)、藤本(2人)、堀上(3人)、松浦、山本(2人)。同地から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した以下の姓の者がいた[23]。中邑、藤本。同地にあった全国水平社馬場支部に以下の姓の者がいた[24]。滝本、藤沢。1976年の部落解放同盟田村支部の役員に藤原姓の者がいた[25]。全解連の田村町支部に以下の姓の者がいた[26]。滝本、西村、藤沢、堀上、山下。朝倉姓6件、梅林姓5件、片岡姓5件、杉本姓2件、田中姓4件、中井姓2件、西村姓8件、藤沢姓3件、藤本姓5件、堀上姓1件、松浦姓4件、久本姓1件、仲井姓5件、山本姓13件、藤原姓1件、山下姓12件。2000年電話帳。
〃 〃 堀角 八三 三八六 日稼、商 農、工、雑 高松市 上天神町 1940年に上天神町が成立。高松市上天神町では藤井姓が多い[27]。同地にあった全国水平社沖支部に以下の姓の者がいた[28]。田中、速水。藤井姓4件、田中姓5件。2000年電話帳。
〃 由佐村 沖代 四四 二二九 日稼 農、商 高松市 香南町由佐 沖代 高松市香南町由佐の水平運動家に河田姓の者が2人いた[29]。同地から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した以下の姓の者がいた[30]。河田、田中。河田姓15件、田中姓7件。2000年電話帳。
〃 直島村 新潟 三八 一八一 日稼 農業 香川郡 直島町 文教区 直島の被差別部落は町立直島小学校・中学校から道路を隔てて反対側にある小山の迫っている細い地帯で「文教区」と呼ばれていると『解放新聞』が暴露している[31]。「崖を背にして、陽のささない路地の奥。そこは、ゆきどまりで、T字型に家がならんでいた」という[32]。「香川県香川郡直島町(その他)1921−7」近辺の可能性。
小豆郡 池田町 北條 五七 二七二 商、農 小豆郡 小豆島町 池田 池田1192-4に小豆島町北条教育集会所がある。小豆郡小豆島町(旧:小豆郡池田町)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した江南姓の者がいた[33]。同地の部落解放同盟池田支部長に角田姓の者がいた[34]。江南姓3件、角田姓1件。2000年電話帳。
〃 大部村 野間西 一八 八二 漁業 商、日稼 小豆郡 土庄町 大部

253頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
小豆郡 豊島村 三五 一三四 日稼、農 商、雑 小豆郡 土庄町 豊島家浦
〃 草壁町 一二八 五二八 〃、〃 小豆郡 小豆島町 草壁本町 小豆郡小豆島町の部落解放同盟草壁支部に坂本姓の者がいた[35]。友永姓11件、隼姓4件。2000年電話帳。坂本姓なし。2000年電話帳。
〃 福田村 遠丁浜 二〇 七九 商、日稼 漁、雑 小豆郡 小豆島町 福田 遠丁浜は遠手浜の誤記。
〃 北浦村 小海浜 二五 一三五 日稼、農 工、雑 小豆郡 土庄町 小海 甲 小豆郡土庄町の部落解放同盟小海浜支部長に中野姓の者がいた[36]。小海甲に中野姓1件。2000年電話帳。
〃 安田村 六〇 二九九 漁、商 日稼、農 小豆郡 小豆島町 橘 小豆郡小豆島町橘に以下の姓の者がいた[37]。下間(2人)、野上。同地に海野姓の者がいた[38]。橘甲に下間姓5件、速見姓6件、海野姓9件。橘に速見姓1件、海野姓3件。野上姓なし。2000年電話帳。
〃 渕崎村 川西 六七 三〇〇 日稼、商 小豆郡 土庄町 淵崎 甲 淵崎甲1853−3に川西自治会館がある。小豆郡土庄町(旧:小豆郡淵崎村)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した中邑姓の者がいた[39]。中邑姓なし。2000年電話帳。
綾歌郡 西庄村 醍醐下 六〇 三〇一 商業 〃、日稼 坂出市 西庄町 醍醐北[40] 坂出市加茂町から移転して成立した部落[41]。坂出市の部落解放同盟西庄支部の役員に以下の姓の者がいた[42]。大藤、牧野、山条。同地に中村姓の者がいた[43]。同地から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した山條姓の者がいた[44]。同地に長坂姓の者がいた[45]。同地では、大藤、山条が多い[46]。西庄町に大藤姓16件、山条姓8件。山條姓1件[47]。2000年電話帳。
〃 川津村 上西原 四八 二九四 日稼、商 農業 坂出市 川津町 上西原 坂出市の部落解放同盟川津支部の役員に西川姓の者がいた[48]。同地に山田姓の者がいた[49]。同地に大北姓の者がいた[50]。同地にあった全国水平社川津支部に山下姓の者がいた[51]。川津町上西原に西川姓3件、山田姓1件。2000年電話帳。
〃 長炭村 大原 三三 一五三 商業 農、日稼 仲多度郡 まんのう町 長尾 大原 仲多度郡まんのう町(旧:綾歌郡長炭村)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した藤川姓の者がいた[52]。長尾に藤川姓2件。2000年電話帳。
〃 法勲寺村 西内■ 三二 農業 商、日稼 丸亀市 「西内■」の■が判読不能。丸亀市飯山町東小川字西内の可能性もある。別には「西坂元」の可能性。[53]
〃 〃 中尾 一二 七七 商業 丸亀市 飯山町上法軍寺 中尾 丸亀市(旧:綾歌郡法勲寺村)にあった全国水平社法軍寺支部に中岡姓の者がいた[54]。上法軍寺に中岡姓12件。2000年電話帳。
〃 川西村 金山 三四 一五二 日稼、商、農 丸亀市 川西町南 川西町南679-6に丸亀市役所金山児童館あり。丸亀市川西町南(金山)出身の解放運動家に本多姓の者がいた[55]。「むかし、土器川の西側に出水(ですい。きれいな水の出る所)があって、そこに池脇、唐池、藤沢という三人の浪人が住んでいた。ある時水争いが起きて、三人は追い出されてここに移ってきた。それが、金山の始まりで、今の住民はその三人の子孫にあたる」[56]。同地の起源について、上記の本多姓の者が語ったもの[56]。唐池の読みは「とうち」としており、大阪府泉佐野市の2戸のみの稀姓。香川県の者として塘地姓の記載がある[57]。唐池の異形か。塘地(とうち。他に読みあり)は、神奈川県、福岡県、長崎県が最多の稀姓。同地に北山姓の者がいた[58]。同地にあった全国水平社金山支部に以下の姓の者がいた[59]。坂本、藤原。本多姓3件、北山姓3件、坂本姓4件、藤原姓7件。2000年電話帳。
〃 羽庄上村 高橋 一八 一一一 日稼 商、農 綾歌郡 綾川町 羽床上 羽庄上は羽床上の誤記。羽床上260に高橋集会所がある。
〃 端岡村 下向田 二六 一二八 農、商 日稼 高松市 国分寺町新居 下向田 高松市国分寺町新居に仲西姓の者がいた[60]。同地では大西、西岡が多い[61]。仲西姓3件、大西姓21件、西岡姓6件。2000年電話帳。
〃 羽床村 有岡 一〇 五一 農業 商業 綾歌郡 綾川町 北 北322-1に有岡集会所あり。
〃 滝宮村 有岡 一三 四九 農業 綾歌郡 綾川町 滝宮 地区名が有岡とあるのは南原の誤記の可能性がある(綾川町を参照)。
仲多度郡 與北村 東西原 七〇 三七五 日傭、商 農業 善通寺市 与北町 部落名は東原の誤記。解放新聞社編『被差別部落 西日本編』223, 228頁によると、金倉川を隔てて東側が東原(ひがしばら)、西側が西原で、前者が被差別部落、後者は一般地区。部落に接する3ヶ所の一般地区は、それぞれ部落との境界に墓地を置いている[62]。善通寺市(旧:仲多度郡与北村)にあった全国水平社与北支部に角山姓の者がいた[63]。同地で全国水平社与北支部を脱退して協和会を組織した以下の姓の者がいた[64]。大川、西山。同地に杉田姓の者がいた[65]。同地から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した大川姓の者がいた[66]。角山姓1件、大川姓13件、梅林姓2件、杉田姓18件。2000年電話帳。

254頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
仲多度郡 象郷村 荒井 一四 九二 農業 商、日稼 仲多度郡 琴平町 苗田 同地に以下の姓の者がいた[67]。和泉(2人)、大川、杉田、田中(2人)、平岡(3人)、藤間、吉田。和泉姓2件、大川姓なし、杉田姓1件、田中姓1件、平岡姓なし、藤間姓なし、吉田姓5件。2000年電話帳。
〃 本島村 山根 四〇 二二四 農、日稼 丸亀市 本島町笠島 本島町笠島100-2に山根文化センターがある。塩飽勤番所からごく近い山の中腹に山根部落があり、地元の解同支部長の姓は岡田であると『解放新聞』が暴露している[68]。同地出身の本多姓の者がいた[69]。岡田姓3件。本多姓なし。2000年電話帳。
〃 四箇村 一七 九六 商、農 日稼 仲多度郡 多度津町 山階 佃
三豊郡 勝間村 法寺 一八 八一 〃、〃 三豊市 高瀬町下勝間 三豊市(旧:三豊郡勝間村)の経済厚生指導者に平尾姓の者がいた[70]。平尾姓3件。2000年電話帳。
〃 比地仁村 柳添 一九 八二 商業 農、日稼 三豊市 高瀬町比地 柳添 比地仁村は比地二村の誤記。三豊市(旧:三豊郡比地村)にあった全国水平社柳添支部に柳生姓の者がいた[71]
〃 仁尾町 三五 二三五 〃、〃 三豊市 仁尾町仁尾 浦の谷 三豊市の部落解放同盟仁尾支部に以下の姓の者がいた[72]。高畠(2人)、藤沢(2人)。
〃 上高野村 東岡 四六 二〇〇 商、農 日稼 三豊市 豊中町上高野 福田村事件(1923年9月6日)で殺害された行商団の出身地区。『世界史としての関東大震災: アジア・国家・民衆』74頁では被害者の姓が合田、藤田とされているが、同書82頁に「人名はすべて仮名」とある。被害者の姓は『東京日日新聞』房総版1923年10月30日の記事「行商人殺も有罪」で民生(たみふ)、西山、藤澤と報じられているが、民生は谷生の誤記の可能性あり。福田村事件の被害者の隣人で、現在は千葉県野田市に住む浜田姓の者がおり[73]、「実はこれは初めて明かすことなんですけども、私の父親が戸籍を買ったのですよ。差別から家族を守るために、姓を変えるという手段をとったのでしょう。大変な苦労をしたのですよ。それで谷生の姓から濱田の姓に十六人、五家族がなった」と明かしている[74]。また、同事件で生き残った者に大前姓の者がいた[75]。三豊市の部落解放同盟豊中支部の役員に高岡姓の者がいた[76]。同地の部落解放同盟豊中福岡支部にも高岡姓の者がいた[77]。同地の部落解放同盟福岡支部に中嶋姓の者がいた[78]。また、64戸の地区とする[78]。三豊市(旧:三豊郡上高野村)から四国各県中堅青年研究協議大会に出席した平岡姓の者がいた[79]。高岡姓5件。谷生姓4件。浜田姓3件。大前姓1件。中嶋姓1件。平岡姓1件。2000年電話帳。
〃 財田大野村 西 五二 農、商 三豊市 山本町財田西
〃 財田村 野田原 二六 商、農 三豊市 財田町財田上 野田原
〃 〃 下川 一〇 農業 三豊市 財田町 小字下川の位置は要調査。
〃 観音寺町 白浜 五〇 三〇〇 日稼、商 農、工 観音寺市 観音寺町 白浜甲 全国水平社観音寺支部に以下の姓の者がいた[80]。塩田、高丸。
計四三 四八 一七〇一 七三八四

県内の同和地区(指定地区に限る)

以下、所在地などはすべて、各自治体の条例などを基にしたものである。 よって、未指定地区は記されていないことに注意。

また、歴史的にはっきりしている穢多村には④、上記のサンガイ部落には③を付す。不詳な地区については何も記さない。

なお、部落名の読みを( )に記す。不詳なものには記さない。

同和地区の無い市町村

多度津町

丸亀京極藩の支藩であったので、行政のための穢多村が存在していた。未指定であったので今や地元の古老でもその家の特定が困難であり、地区も混在化が進んで痕跡がほとんど無い状態である

宇多津町

かつて存在していたサンガイ部落は混在化が進み痕跡がない。

施設等

関連団体

  • 部落解放同盟香川県連合会 - 香川県高松市番町5-7-11
  • 部落解放同盟香川県連合会 - 香川県丸亀市川西町南715-1
  • 部落解放同盟香川県連合会与北支部 - 香川県善通寺市与北町2870-15
  • 部落解放同盟坂出市連絡協議会 - 香川県坂出市室町2-1-34
  • 部落解放同盟丸亀市連絡協議会 - 香川県丸亀市土器町4292-2
  • 部落解放同盟香川県連合会高瀬町協議会 - 香川県三豊郡高瀬町新名797-1
  • 部落解放同盟香川県連合会高瀬町協議会 - 香川県三豊市高瀬町下勝間2109-2
  • 部落解放同盟香川県連合会観音寺支部 - 香川県観音寺市観音寺町489
  • 部落解放同盟香川県連合会豊中福岡支部 - 香川県三豊市豊中町上高野福岡
  • 部落解放同盟香川県連合会平木支部 - 香川県木田郡三木町大字平木
  • 部落解放同盟香川県連合会本島支部
  • 自由同和会香川県本部 - 香川県高松市天神前10-9-1 妹尾ビル3F
  • 自由同和会高松市連合会 - 香川県高松市塩上町7-2
  • 全日本同和会香川県連合会本部 - 香川県高松市観光町597
  • 全日本同和会香川県連合会本部 - 香川県高松市春日町1643-3
  • 全日本同和会香川県連合会本部 - 香川県高松市池田町439
  • 全日本同和会香川県連合会 - 香川県高松市池田町457-1
  • 香川人権連 - 香川県高松市塩上町 2-6-5 古川ビル

教育集会所

  • 坂出市西庄教育集会所 - 坂出市西庄町1252番地
  • 善通寺市東原教育集会所 - 善通寺市与北町2961番地の1
  • 小豆島町北条教育集会所 - 小豆島町池田1192番地4
  • 小豆島町福田教育集会所 - 小豆島町福田甲1193番地
  • 井戸教育集会所 - 香川県木田郡三木町大字井戸2631番地1
  • 白山教育集会所 - 香川県木田郡三木町大字下高岡2123番地1
  • 琴平町立教育集会所 - 琴平町苗田1020番地の1

人権啓発センター

  • 香川部落解放・人権啓発センター - 香川県丸亀市川西町南715-1 

関連文献

  • 『解放新聞』「特集・香川の部落で」1980年4月14日号(小豆島の橘地区と渕崎地区)、4月28日号(高松市田村町)、5月12日号(直島)、5月26日号(塩飽本島)、6月2日号(善通寺市与北町)、6月23日号(善通寺市与北町)。

出典

  1. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』199頁
  2. 『香川の部落解放運動史 戦後編』243-244頁
  3. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』199頁
  4. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』200-201頁
  5. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』200-201頁
  6. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』200-201頁
  7. 『解放新聞 1966年1月25日号』(解放新聞社)
  8. 『香川の部落解放運動史(戦後編)』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2004)
  9. 『融和時報(縮刷版) 1934年10月1日号』(三一書房、1982)
  10. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  11. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  12. 『部落問題・水平運動資料集成 補巻1』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1978)
  13. 『融和時報(縮刷版) 1934年10月1日号』(三一書房、1982)
  14. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  15. 『解放新聞 1956年2月1日号』(解放新聞社)
  16. 『融和時報(縮刷版) 1939年9月1日号』(三一書房、1983)
  17. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  18. 『更生(復刻版) 7巻』(中央融和事業協会編、不二出版、1988)
  19. 『融和時報(縮刷版) 1934年10月1日号』(三一書房、1982)
  20. 『更生(復刻版) 4巻』(中央融和事業協会編、不二出版、1988)
  21. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  22. 『部落問題・水平運動資料集成 補巻2』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1978)
  23. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  24. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  25. 『香川の部落解放運動史(戦後編)』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2004)
  26. 『解放の道 1977年4月15日号』(解放の道新聞社)
  27. 『ゼンリン 住宅地図』
  28. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  29. 『自立・解放への道(軌跡) 結成五十年と本』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2007)
  30. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  31. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』212頁
  32. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』212頁
  33. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  34. 『解放新聞 1976年10月4日号』(解放新聞社)
  35. 『解放新聞 2006年8月14日号』(解放新聞社)
  36. 『解放新聞 2001年2月26日号』(解放新聞社)
  37. 『解放新聞 1974年7月22日号』(解放新聞社)
  38. 『解放新聞 1976年10月4日号』(解放新聞社)
  39. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  40. 『香川の部落解放運動史 戦後編』389頁で解同香川県連執行委員長の大藤良平は醍醐下を「カミ・シモは差別」との理由で醍醐北と改めさせたと語り、醍醐北が被差別部落であることを暴露している。
  41. 『香川の部落解放運動史 戦後編』390頁
  42. 『香川の部落解放運動史(戦後編)』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2004)
  43. 『融和時報(縮刷版) 1939年9月1日号』(三一書房、1983)
  44. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  45. 『解放新聞 2001年10月15日号』(解放新聞社)
  46. 『ゼンリン 住宅地図』
  47. 『香川の部落解放運動史 戦後編』389頁で解同香川県連執行委員長の大藤良平が「西庄村役場でも、村長をしていた人が絶えず我々を差別していました。『山條』は今は『山条』となっているが、元々は『山條』でした。これは差別や」と発言し、山條(山条)が部落姓であることを暴露している。
  48. 『香川の部落解放運動史(戦後編)』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2004)
  49. 『水平新聞 1935年2月5日号』(部落問題資料文献叢書 第4巻』(世界文庫、1972)所収)
  50. 『融和時報(縮刷版) 1938年9月1日号』(三一書房、1983)
  51. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  52. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  53. http://www.hanzan-minami-e.mei.ed.jp/htdocs/?action=common_download_main&upload_id=15
  54. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  55. 『部落問題・人権事典』(部落解放・人権研究所編、部落解放・人権研究所、2001)
  56. 56.0 56.1 『自立・解放への道(軌跡) 結成五十年と本』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2007)
  57. 『明治之光 大正7年分』(『社会改善公道(覆刻)』(西播地域皮多村文書研究会編、西播地域皮多村文書研究会、1984)所収)
  58. 『解放新聞 2004年6月21日号』(解放新聞社)
  59. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  60. 『更生(復刻版) 3巻』(中央融和事業協会編、不二出版、1988)
  61. 『ゼンリン 住宅地図』
  62. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』224頁
  63. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  64. 『部落問題・水平運動資料集成 補巻2』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1978)
  65. 『融和時報(縮刷版) 1939年9月1日号』(三一書房、1983)
  66. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  67. 『社会改善公道(覆刻)』(西播地域皮多村文書研究会編、西播地域皮多村文書研究会、1984)
  68. 解放新聞社編『被差別部落 西日本編』218頁
  69. 『解放新聞 2006年5月15日号』(解放新聞社)
  70. 『融和時報(縮刷版) 1934年10月1日号』(三一書房、1982)
  71. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)
  72. 『解放新聞 1997年10月27日号』(解放新聞社)
  73. 『解放新聞』2002年9月2日号
  74. 『明日を拓く 53・54号』(「明日を拓く」編集委員会編、東日本部落解放研究所、2003)
  75. 『福田村事件の真相 第1集』(千葉福田村事件真相調査会編、千葉福田村事件真相調査会、2001)
  76. 『香川の部落解放運動史(戦後編)』(部落解放同盟香川県連合会編、部落解放同盟香川県連合会、2004)
  77. 『解放新聞 1976年11月29日号』(解放新聞社)
  78. 78.0 78.1 『明日を拓く 36号』(「明日を拓く」編集委員会編、東日本部落解放研究所、2000)
  79. 『融和時報(縮刷版) 1940年11月1日号』(三一書房、1983)
  80. 『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)