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神奈川県

提供: 同和地区(被差別部落)Wiki
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概況

浅草の弾左衛門が由比ヶ浜出自としているが自称であり確証はない。由比ヶ浜の長吏は鎌倉幕府の捕方であり、死刑執行人であった。長吏は長いこと、鎌倉鶴岡八幡宮の祭りでは祭列の先頭に立ち、穢れた空間を清める存在として欠かせない存在であった。彼らによって清められた空間を神輿や神人や供僧らが渡って行く。

鎌倉市内では極楽寺村と小袋谷村(新編相模国風土記には長吏3戸。2軒のみ現存)の二箇所。大船北側の玉縄城にあった一派は廃城後に藤沢橋付近に移住。 台(丁目ではない地区)・山ノ内字藤源治(刀鍛冶「藤源治助真」の屋敷が山ノ内村にあった(『皇国地誌 山ノ内村残稿』記載))・岩瀬字土腐の三箇所については文献に記載は無い。

神奈川県内には行政に把握されているだけで34地区の被差別部落があり、そのうち未指定地区が17地区。同和対策事業未実施地区が11地区。ただし行政に把握されていない被差別部落もあり、実態は50地区前後と解同は主張する[1][2]。横浜市内の被差別部落は瀬谷区・金沢区・緑区など5ヶ所しかないと言われているが、本田豊によるとこの5ヶ所は単に穢多や長吏の集住地に過ぎず、黒船の浦賀来航以降に品川や芝浦の非人溜から移されて警備の仕事に従事していた者の集住地(南区など)を含んでいないという[3]。その他、横浜市の行政関係者の共通認識としては市内の同和地区は20ヶ所ともいわれるが、金沢区1ヶ所、南区3ヶ所、中区・港北区・瀬谷区・緑区・神奈川区に各1ヶ所(合計9ヶ所)ともいう説もある[4]。神解連の調査では、1977年の段階で28ヶ所という[5]。1921年の調査や1935年の調査に比べて地区数が5ヶ所減った理由は、戦災により京浜地帯の部落が壊滅的な打撃を受けたこと、戦後に人口が急増したことであるという[6]

神奈川県の被差別部落の統計[7][8]

調査年 地区数 戸数 人口
1921年 33 932 5712
1935年 31 933 5400
1967年 3 - -
1971年 4 - -
1975年 4 391 1805[9]
1985年 4 391 1805

『東日本の被差別部落』(明石書店)16頁には「神奈川県では、1982年の法期限末に、駆け込み的に地区指定が行われ、現在2地区が指定されている」との記述がある。この2地区という数値は同書の15頁の図表(1971年と1975年に4地区)と矛盾しており、誤植かどうか不明である。三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻19頁によると、県内の指定地区は秦野と厚木と山北と大磯にある。ただし同書の198頁には以下の記述もある(同書の刊行は1977年)。

今日における『同和行政』の対象は『秦野』『厚木』『山北』『大磯』『横須賀』の5地域であり、そのほか対象地域を設定しないが『同和行政』を行なっているのは横浜、川崎です。
横浜、川崎の両市をのぞく、5対象地域における市や町の独自予算はほとんど組まれていません。
また昨年行なわれた全国調査による資料を見てみると『対象地域』は5であり、413世帯、1907人となっていますが実際には31地域、1200世帯、9500人以上であります。(正常化連の活動内での資料)

神奈川県の指定地区の実態(1971年)[10]

当該地区がある自治体 混住率 人口 戸数
秦野市 100% 919 200
厚木市 100% 510 95
山北町 87.8% 195 39
大磯町 47.3% 77 21

『新編相模風土記』による天保年間(1830年から1844年)の長吏部落の実態[11]

村名 長吏
小八幡村(現・小田原市) 17軒
山王原村(現・小田原市) 31軒
南茶屋町(現・大磯町) 18軒
田村(現・平塚市) 18軒
藤沢宿(現・藤沢市) 14軒
本郷村(現・海老名市) 12軒
子易村(現・伊勢原市) 28軒
板戸村(現・伊勢原市) 4軒
神戸村(現・伊勢原市) 6軒
曽谷村(現・秦野市) 62軒
瀬谷村(現・横浜市瀬谷区) 9軒
極楽寺村(現・鎌倉市) 8軒
岡田村(現・厚木市) 12軒
厚木村(現・厚木市) 8軒
下古沢村(現・厚木市) 34軒
中依賀村(ママ)[12](現・厚木市) 6軒
吉浜村(現・湯河原町) 9軒
川村(現・山北町) 15軒
関本村(現・南足柄市) 8軒

以下、『ドキュメント差別糾弾』に登場する"被差別部落(但し、江戸期、もしくはぞれ以前に由来する地区は一つも無い)"を紹介する。ほとんどは解放令以降、港湾労働力として集まった貧民(元非人や元野非人も一部に含まれる)により自然発生した「貧民窟、もしくは近代的スラム」であり、計画的に配置、集住された地区ではない。

  • 横浜市S地区(西区浅間町[13]? 南区清水ヶ丘?)、N地区(南区中村町) - 江戸時代末期、日米通商条約などにより横浜の開港を迫られ、当時寒村であった横浜を港にする突貫工事の労働者の寄場が起源。[14]
  • 横浜市Y地区(南区八幡町?) - 横浜周辺に多い谷戸にひらかれた町並。県内の大きな被差別部落からの移住者が多い。江戸時代末期、外国人居留地と日本人商社街の夜の警備をしていたのが当時の被差別部落民だった。彼らは、県内各地の被差別部落から交代で来ていた。この地区は今でも道が狭く、バラック建てに近い小さな家が軒を並べている。地区の南側に高台がある。[15]
  • 横浜市M町[16] - 南区南太田町。通称"乞食谷戸"。『横濱繁盛記(明治36年)』によれば、「明治14年(1881)、横浜に浮浪してきた、"菅原虎吉"という者が紙くず拾いをはじめ、この(久保山の)山腹に住むようになった。そして(中略)人口が500人以上になった。(中略)十数件の長屋を持ち貸している一ノ瀬栄吉や園田作蔵などの家主は、2間くらいの家に住んでいる」、「住民は貯蓄をし杉山神社の祭礼の費用」にあてた、という。80年代半ばに廃刊した横浜のタウン誌『浜っ子』には「1893(明治26)年、斉藤芳次郎(通称・三楽)という、(中略)東京出身の理髪職人がいた。その彼が久保山に「慈善堂」という乞食を収容する長屋を建てた」とある。久保山に建つ新善光寺の境内には斉藤芳次郎の像がある。以後、大正12年(1923)の関東大震災の義捐金を基に設立された財団法人・同潤会により、「南太田町不良住宅地区改良事業」が行われることとなる。 

神奈川県内には川崎、横浜、大磯、秦野、山北の5ヶ所に部落解放同盟神奈川県連の支部があり[17]、やがて小田原、横須賀、伊勢原、厚木、湯河原にも支部が生まれた[18]。県連事務局は山北町岸1149に置かれているが、山北の地区は38戸に過ぎない[19]

横浜市では、1980年に青和会の流れを引く運動家が六浦支部を結成した[20]

小田原市の地区は約65戸。戦国時代末期、太郎右衛門と共に長吏頭として登場する小田原の太郎左衛門が、この村にいた[21]

横須賀市の地区は約20戸。このほか、戦前の海兵団の施設を作るとき周辺に強制移転させられた家が40戸以上ある[22]

厚木市下古沢の地区は約170戸[23]。この地区に特徴的な苗字は本杉、頼住、伊藤、仲田である。山北町岸字南原の地区(別名は別所)は戸数約55戸である[24]

藤野豊は、神奈川県で最大の部落は秦野にあると述べている[25]。秦野の曾屋部落からは、町会議員の森崎和三郎や、俳人の井上自衛(出生名・三川松助)が出ている[26]。神権連の本部は秦野市曾屋5705にある。

一方、本田豊によると、県下最大の部落は横浜市南区にあり非人系であるという[27]。そして秦野の部落を県下最大の長吏系部落と位置づけている[28]。本田豊によると、横浜、小田原、秦野の部落はいずれも100戸を超える[29]

横浜市西区西戸部町には「豚谷戸」との俗称があった[30]。横浜市中区南太田町は「乞食谷戸」と呼ばれていた[31]。これらの地区を指して、小島烏水は「豚谷戸だの、乞食谷戸だのといふ綽名があって、特殊の部落も、その窪地にある、かういふ部落が、新開港場の横浜にあるのは、珍しい」と記している[32]

1921年の内務省の統計資料では、神奈川県内の被差別部落数は33ヶ所、戸数は932戸とされた[33]

県下では明治時代に招友義会が新平民へのキリスト教伝道に従事し、溝の口に拠点となる教会を建て、その周辺の被差別部落から調査・伝道を開始した[34][35]。招友義会では、1894年の年末から一週間にわたり県下各地の被差別部落を調査したが、その訪問先は小田原、酒匂、横浜市小机、横浜市十日市場、川崎市馬絹、川崎市下作延、世田谷区奥沢、世田谷区等々力、世田谷区喜多見、調布市布田、稲城市矢野口などであった[36][37]。1921年の内務省社会局の調査では、馬絹の被差別部落は戸数25、人口164、主業は農業及び商業となっており、屠獣や製皮は行っていなかった[38][39]

川崎市麻生区早野の未指定地区は、1935年の中央融和事業協会「全国部落調査」によると戸数19、人口170、主な職業は主業が「雑」、副業が「農」となっている[40]。また1921年の内務省「全国部落所在地調」では戸数20、人口118、職業は農業および商業となっている[41]。宗教は時宗である[42]

横浜市小机の被差別部落は、1934年11月の中央融和事業協会「全国部落調査」によると戸数22、人口145、職業は主業が商業、副業が「雑」、生活程度・中となっている[43]

本田豊は「川崎市内にYという姓ばかりの30戸ほどの部落がある。ここは中世の鎌倉攻めのときに、たくさんの矢が降ったからYという姓がついた、といわれています。部落内を旧鎌倉街道が通っています」[44]とも述べている。本田豊の『神奈川の被差別部落』の「武蔵小杉、早野」のくだりは解同川崎共闘会議での講演をそのまま起こしたものであり、他の表現からして何か具体的地名、又は地図を別途配布した上での説明になっている。仮に本田が早野について話しているのであれば、隣接する鉄町との間の旧地名である「矢崎前(鉄町に"矢崎原"という地名があり、且ての小名は"矢崎")」を指している可能性はある。

横須賀市について、鳥取ループは「歴史的には公郷町《くごうちょう》にも被差別部落が存在していたが、こちらは戦後間もない頃には既に消滅していたようである」[45]と述べている。公郷町は古くは宗源寺村(曹源寺村)と呼ばれ、下古沢の太郎右衛門の配下で、小組頭名は"仁兵衛"。1802年で5戸。江戸時代の街道筋を記した『浦賀道見取絵図』には"穢多村"及び"白山神社"が描かれている。絵図に出ている複数の神社の位置から推定すると、現在の県立横須賀高校(公郷町3-109)の敷地内か周辺で、旧浦賀道に面した辺りと思われる。又、白山神社自体は堀ノ内(現三春町)」の春日神社(三春町3-33)に合祀されている。

このほか『長吏と特殊部落』(菊池山哉、東京史談会、1953) によると平塚市馬入にも部落があり、部落民の一軒は飯曾根氏、一軒は坂下氏であったという。渡守に起源をもつ部落と伝えられる[46]

LUNA SEAの真矢(本名は山田真矢)の実家は秦野市元町1の「肉のしんき亭」だが、部落にルーツがあるか否かは不明。なお、この肉屋は祖父が始めた店であり、父は能楽師である。

助左衛門文書

大磯宿の長吏小頭助左衛門の支配下にあった村は以下の通り[47]。非人小屋の存在が知られる村には◯を付す。
相模川流域の穢多と非人の分布図。助左衛門とは大磯の長吏小頭のこと。

大磯場

  • ◯大磯宿
  • ◯中小磯村
  • ◯西小磯村
  • ◯仲丸村
  • 馬場村
  • ◯国府新宿
  • 月京村
  • 二之宮村
  • ◯塩海村
  • ◯梅沢村
  • 釜野村
  • 押切村
  • 前川村
  • ◯中里村
  • ◯一色村
  • 五分一村
  • 井ノ口村
  • 西久保村
  • ◯黒岩村
  • 虫久保村
  • ◯山入村
  • ひとふえ村
  • 山ノ上村
  • ◯吉沢村
  • ◯寺坂村
  • 生沢村
  • ◯北ノ端村
  • ◯高麗寺村
  • ◯山下村
  • 高根村
  • ◯万田村
  • ◯出縄村
  • ◯坂間村
  • ◯公所村
  • ◯広川村
  • 千須谷村
  • 片岡村
  • 飯嶋村
  • ◯入野村
  • ながもち村
  • 河内村
  • ◯徳延村
  • とも氏村
  • 松延村
  • 久松村
  • 別名村
  • 北大縄村
  • ◯寺田縄村
  • 平等寺村
  • 豊田村
  • 宮下村
  • ◯南原村
  • ◯中原村
  • ◯馬入村
  • ◯須賀村
  • ◯八幡村
  • ◯平塚村

藤沢場

  • ◯(3ヶ所)藤沢宿
  • 石上村
  • ◯鵠沼村
  • 辻堂村
  • ◯引地村
  • 羽鳥村
  • ◯四ツ谷村
  • ◯小和田村
  • 菱沼村
  • 甘沼村
  • ◯茅ヶ崎村
  • ◯南湖村
  • 松尾村
  • ◯柳島村
  • 中島村
  • 町家村
  • 今宿村
  • 浜の郷村
  • 矢畑村
  • ◯円蔵村
  • 西久保村
  • ◯香川村
  • ◯高田村
  • 赤羽根村
  • 杉戸村
  • 寺尾村
  • 行谷村
  • ◯堤村
  • ◯芹沢村
  • 打戻村
  • 菖蒲沢村
  • ◯円行村
  • 遠藤村
  • ◯石川村
  • 大場村
  • 亀井野村
  • 今田村
  • 下土棚村
  • ◯長後村
  • 下和田村
  • 飯田村
  • ◯和泉村
  • ◯仲田村
  • 汲沢村
  • 深谷村
  • ◯上俣野村
  • 千束村
  • 七ツ木村
  • ◯西俣野村
  • 下俣野村
  • ◯原宿村
  • 小雀の内字山谷
  • 関谷村
  • ◯渡内村
  • 宮の前村
  • 高谷村
  • 弥勒寺村
  • 柄沢村

田村場

  • 田村
  • 横内村
  • 大神村
  • 戸田村
  • 平間村
  • 城所村
  • 沼目村
  • 下嶋村
  • 打間木村
  • 豊田村
  • 小峯村
  • 新土村[48]
  • 馬入村
  • 須賀村
  • 小稲葉村
  • 四之宮村
  • 八幡村
  • 下谷村
  • 大嶋村
  • 落合村
  • 小鍋島村
  • 長沼村
  • 粕谷村
  • 馬後村
  • 一之宮村
  • 小谷戸村
  • 小動村
  • 田端村
  • 萩園村
  • 今宿村
  • 大曲村
  • 倉見村
  • 宮原村
  • 獺郷村
  • 打戻村

岡田場

  • 四ツ谷村
  • 岡田村
  • 酒井村
  • 戸田村
  • 小柳村
  • 津古久村
  • 西小柳村
  • 見附島村
  • 下落合村
  • 粕谷下村
  • 粕谷村
  • 高盛村
  • 竹林寺村
  • 石田村
  • 裏高盛村
  • 川久保村
  • 上愛甲村
  • 愛甲村
  • 上落合村
  • 船子村
  • 下長谷村
  • 恩名村
  • 戸室村
  • 温水村
  • 林村
  • 妻田村

その他

上記のほか、田名場、依知場、神戸場も存在したが、範囲は特定できない[49]

文献

全國部落調査(1934年)

神奈川縣 昭和九年十一月現在

24頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
横浜市 神奈川区 小机町 根崎 二二 一四五 商業 横浜市 港北区 小机町、鳥山町の一部
久良岐郡 六浦荘村 三分 髙谷 四九 二七六 職工 横浜市 金沢区 六浦東 2丁目の一部

25頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
橘樹郡 宮前村 馬絹 矢中 二一 一〇三 農業 川崎市 宮前区 馬絹
〃 高津町 下作辺 谷戸 三一 一五五 農業 川崎市 高津区 下作延 2丁目 下作辺は下作延の誤記。
都筑郡 新治村 十日市場 坂下 一八 農業 横浜市 緑区 十日市場町
〃 川和町 池辺 池辺 六七 農業 横浜市 都筑区 池辺町
〃 柿生村 早野 下分 一九 一七〇 農業 川崎市 麻生区 早野
三浦郡 浦賀町 馬堀 馬堀 五五 三三〇 商業 横須賀市 馬堀町 3丁目の一部[50]
〃 武山村 林 東町 三二 一五七 農業 横須賀市 林 2丁目の一部[51]
〃 北下浦村 野比 中村 一一 六四 農業 横須賀市 野比 2丁目の一部[52]
鎌倉郡 鎌倉町 極楽寺 極楽寺 一三 八四 商業 鎌倉市 稲村ガ崎 1丁目
〃 瀬谷村 上瀬谷 竹村 二二 一二〇 農業 横浜市 瀬谷区 竹村町、上瀬谷町
高座郡 相原村 橋本 前村 三九 農業 相模原市 緑区 橋本
〃 田名村 陽原 陽原 三〇 農業 相模原市 中央区 田名 陽原
〃 有馬村 本郷 下河内 一五 一〇七 農業 海老名市 本郷 下河内
〃 藤澤村 藤澤 本部屋 三三 一七二 商業 藤沢市 藤沢 "本部屋"は"木部屋(旧"正木町")"の誤記。
中郡 大磯町 裡道 三一 一二〇 商業 中郡 大磯町 大磯
〃 神田村 田村、大神 田村、大神 三四 一五五 農業 平塚市 田村 9丁目、大神
〃 相川村 岡田 岡田上 一九 一三六 農業 漁業 厚木市 岡田 4丁目

26頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
中郡 伊勢原町 板戸 大塚戸 一八 九三 農業 伊勢原市 板戸、大竹の一部
〃 高部屋村 上粕屋 石倉山、丸山 六六 三九一 農業 伊勢原市 上粕屋、西富岡と子易の一部
〃 比々多村坪ノ内 長燈籠 一二 六九 農業 伊勢原市 坪ノ内、神戸と串橋と笠窪の一部
〃 秦野町 曽屋 中野 一三五 八七二 農業 職工・商業 秦野市 曽屋 中野
足柄上郡 山北町 岸 南原 三〇 一九五 農業 足柄上郡 山北町 岸
〃 東足柄村 関本 新村 二〇 農業 南足柄市 関本
足柄下郡 酒匂村 酒匂、山王原 南市場、中町 七七 二八五 商業 小田原市 酒匂 4丁目、東町 1丁目
〃 吉浜村 吉浜 千歳ヶ岡 三六 一九三 農業 足柄下郡 湯河原町 吉浜 千歳ヶ岡
愛甲郡 南毛利村 愛名 北ヶ谷戸、浅見山上 二三 一四七 農業 厚木市 愛名 北ヶ谷
〃 小鮎村 飯山、下古沢 下飯山、下古沢下分 九七 五〇〇 農業 厚木市 飯山、下古沢
〃 依知村 中依知 中村 四六 農業 漁業 厚木市 中依知
〃 厚木町 旭町 旭町 四一 農業 厚木市 旭町 3丁目
計三一 三一 九三三 五四〇〇

市町村別調査結果

施設等

隣保館

  • 秦野市ほうらい会館 - 神奈川県秦野市曽屋5798番地の3
  • 横浜市第一隣保館(現存せず) - 神奈川県横浜市中区南太田町字富士見耕地948[53]
  • 横浜市第二隣保館(現存せず) - 神奈川県横浜市中区中村町字中居1314[54]
  • 横浜市第三隣保館(現存せず) - 神奈川県横浜市神奈川区浅間町字鹿島662[55]
  • 横浜市第四隣保館(現存せず) - 神奈川県横浜市鶴見区潮田町字向原1732[56]
  • 横浜市第五隣保館(現存せず) - 神奈川県横浜市中区西戸部町字小松原 旧産院内[57]

同和住宅

  • 横須賀市市営武ハイムA棟 - 横須賀市武1-21−21 →現在は一般募集に転換。
  • 小田原市市営東町住宅 - 小田原市東町1-6-16[58](小蔦姓2件、金子姓3件、2000年電話帳。小蔦姓は全国で小田原市東町が最多、2000年電話帳で10件。昭和31年版『全国工場通覧』752頁に小田原市山王原43の株式会社小蔦製革工場の名前が見える。代表者は小蔦幸之助)
  • 山北町町営南原住宅(改良住宅) - 山北町岸1270番地
  • 秦野市市営薬師原団地 - 神奈川県秦野市下大槻224-1ほか(解同枠あり)

人権啓発センター

  • 神奈川人権センター - 神奈川県横浜市磯子区森3-3-17-217

関連団体

  • 部落解放同盟神奈川県連合会 - 神奈川県足柄上郡山北町岸1149
  • 部落解放同盟神奈川県連合会横浜市協議会 - 神奈川県横浜市金沢区六浦東2-13-34
  • 部落解放同盟神奈川県連合会横浜市中支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会六浦支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会川崎支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会大磯支部(のち部落解放同盟全国連合会神奈川大磯支部→部落解放運動協議会神奈川県本部湘南大磯支部に改名)
  • 部落解放同盟神奈川県連合会秦野支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会小田原支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会山王支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会横須賀支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会伊勢原支部
  • 部落解放同盟神奈川県連合会厚木支部 - かつて厚木市水引にあったとの情報あり
  • 部落解放同盟神奈川県連合会湯河原支部
  • 部落解放同盟 - 神奈川県横浜市中区弥生町4-42-303
  • 部落解放同盟 - 神奈川県横浜市中区海岸通3-9
  • 神奈川県地域人権運動連合会県連事務所 - 神奈川県秦野市曽屋5803-3 → 神奈川県秦野市曽屋5705
  • 神奈川県地域人権運動連合会横浜支部 - 神奈川県横浜市金沢区六浦東2-12-27
  • 神奈川県地域人権運動連合会川崎支部
  • 神奈川県地域人権運動連合会厚木支部 - 神奈川県厚木市厚木町3-3(かつて厚木市水引にあったとの情報あり)
  • 神奈川県地域人権運動連合会伊勢原支部
  • 神奈川県地域人権運動連合会横須賀支部
  • 神奈川県部落解放運動連合会平塚支部
  • 神奈川県部落解放運動連合会大磯支部(現存せず)
  • 全日本同和会神奈川県連合会 - 神奈川県横浜市中区花咲町3-98
  • 全日本同和会神奈川県連合会 - 神奈川県足柄上郡大井町西大井266
  • 全日本同和会横浜支部 - 神奈川県横浜市中区太田町6-82
  • 全日本同和会神奈川県連合会横浜支部 - 神奈川県横浜市南区花之木町2-29-1
  • 全日本同和会神奈川県連合会川崎支部
  • 全日本同和会神奈川県連合会厚木支部 - 神奈川県厚木市下古沢20-3
  • 全日本同和会神奈川県連合会平塚支部 - 神奈川県平塚市浅間町7-16
  • 全日本同和会神奈川県連合会横須賀支部
  • 全日本同和会神奈川県連合会伊勢原支部
  • 全日本同和会綾瀬支部 - 神奈川県綾瀬市吉岡2790
  • 自由同和会神奈川県本部 - 神奈川県小田原市城山4-5-13ランダムハウス城山202号室
  • 自由同和会神奈川県本部 - 神奈川県小田原市城山1-4-1 新幹線ビル2F
  • 自由同和会神奈川県連合会大和支部 - 神奈川県大和市福田2-1-6-1
  • 自由同和会神奈川県連合会西湘支部事務局 - 神奈川県小田原市鴨宮666
  • 全国自由同和会神奈川県連合会本部 - 神奈川県中郡二宮町二宮816-1

神奈川県における行政対応団体は解同と人権連と全日本同和会のみ。自由同和会には対応していない[59]。また、同和会からの分裂組織に神奈川県同和会(1978年7月結成)、新神奈川県同和会(1987年8月結成)があった。後者は利権を批判して除名された者が結成したものの、のち除名を取り消されている。

正常化神奈川県連(現・神権連)は第2回大会で「この1年間の正常化連は、4支部 1準備会から9支部 1準備会へと発展した。これらの成果の上に立って、来年の第3回大会までに、鎌倉、横須賀、湯ヶ原(ママ)など5地区に組織を建設し同盟員の倍加を勝ち取る」との努力目標を発表しているが[60]、鎌倉や湯河原に正常化連の支部ができた痕跡は確認できない。ただし正常化神奈川県連の資料に

1975年(昭和50年)横浜、秦野、厚木、山北、の4支部と川崎支部準備会で県連を発足しました。
第2回大会を迎える今日、伊勢原、小田原、平塚、の新らしい(ママ)支部へと発展し、大磯、横須賀、湯ヶ原(ママ)、相模原、などに支部準備会や協力者が組織されました。

との記録はある[61]

なおgooタウンページでは神奈川県藤沢市善行坂1-11-2に「部落解放同盟」(電話番号0466-90-3321)の登録があるが、この電話番号は中山製函株式会社(神奈川県藤沢市弥勒寺2-1-9)に使われており、詳しい事情は要調査。

「部落解放同盟関東連合会神奈川県本部」が神奈川県横浜市旭区万騎が原32-1-1-310にあるものの、行政対応していない泡沫団体である。部落解放同盟との関係は不明。「部落解放同盟関東連合会」(東京都港区虎ノ門3丁目18-6)との関連も不明である。なお「部落解放同盟関東連合会神奈川県本部」の電話番号045-369-4115は、「有限会社藤伸」(神奈川県横浜市旭区万騎が原32-1)にも使われている。

また「NPO法人 全国同和会人権啓発会議」を名乗る団体が、神奈川県横浜市中区末吉町2-25-1ナイスアーバン横浜伊勢佐木町403号と神奈川県大和市中央2-7-2HBビル5Fに登録されている。代表者氏名は髙折恭彦。

県内の白山神社

  • 神奈川県横浜市神奈川区浦島町373-7(『新編武蔵風土記稿』に「穢多村に東光寺と白山社あり」と記載。幕末に地区ごと現在地に移転。1802年は10戸。明治20年(1887)頃で10戸。中心姓は福田・竹井。他に中臣姓も見られる)
  • 神奈川県横浜市港北区小机町110(小机住吉神社。合祀された白山は、小机城外郭跡の富士仙元大菩薩碑付近の白山社か?)
  • 神奈川県横浜市港北区小机町1451(曹洞宗臥龍山雲松院の参道右手の小高い丘に、正一位稲荷大明神と共に合祀)
  • 神奈川県横浜市港北区新羽町3918(合祀されて杉山神社)
  • 神奈川県横浜市港北区新吉田町3490(合祀されて若雷神社)
  • 神奈川県横浜市港北区下田町3-1-4(下田神社。境内社として白山神社あり)
  • 神奈川県横浜市港北区高田西4-34-35(塩谷寺。白山社あり)
  • 神奈川県横浜市港北区大曽根台9-30(大乗寺。門外に白山稲荷合社あり)
  • 神奈川県横浜市港北区下田町3-11-5(眞福寺。本堂に向って左に白山辨財天第六天天神稲荷秋葉合社あり)
  • 神奈川県横浜市鶴見区馬場1-2-1
  • 神奈川県横浜市鶴見区馬場4-7-5(寳藏院。境内に白山神社あり)
  • 神奈川県横浜市鶴見区下末吉6-19-31(祠のみ、寶泉寺境内)
  • 神奈川県横浜市鶴見区潮田町3-131-1(合祀されて潮田神社)
  • 神奈川県横浜市磯子区上町12
  • 神奈川県横浜市磯子区栗木2-13-21(合祀されて栗木神社)
  • 神奈川県横浜市南区別所2-30-29(白山社)
  • 神奈川県横浜市南区井土ケ谷上町33-2(住吉神社。井土ケ谷下町、旧井土ヶ谷村下ノ前の白山社を合祀。『新編武蔵國風土記稿』では、下ノ前の白山社を「長吏の鎮守」と記載。小頭名は"清左衛門"。天保年間で5戸。明治20年(1887)頃も5戸。"下ノ前"の地名は下之前住宅(同町27-1)や、隣接する下の前公園(南太田2-31)に残る。現在は同公園から蒔田橋までに分布。中心姓は福田・渋谷)
  • 神奈川県横浜市港南区上永谷5-1-5(永谷天満宮境内)
  • 神奈川県横浜市緑区白山2-35-1
  • 神奈川県横浜市緑区台村町546(祠のみ、弘聖寺境内)
  • 神奈川県横浜市緑区東本郷4-12-16(本郷神社。末社として白山神社あり)
  • 神奈川県横浜市青葉区市ケ尾町1057-17(祠のみ、朝光寺境内)
  • 神奈川県横浜市青葉区奈良2-4-7(松岳院。境内に入って左の方山丘の半腹に白山社あり)
  • 神奈川県横浜市磯子区峰町623(峰白山神社)
  • 神奈川県横浜市栄区東上郷町1216-331(旧地番44-9。元は旧六反町。1324か1384年長倉町1へ移転。上郷町745-1にも分祀。1976年現社殿に移転)
  • 神奈川県横浜市栄区上郷町745-1(合祀されて思金神社)
  • 神奈川県横浜市泉区下飯田町742
  • 神奈川県横浜市泉区岡津町1432(永明寺。白山社あり)
  • 神奈川県横浜市旭区さちが丘59(長昌寺。門をへて左に白山社あり)
  • 神奈川県横浜市金沢区六浦東2-13-20(高谷白山神社。1812年11月社殿再建、1852年5月修繕の記録がある。1893年で氏子戸30戸。1980年に鳥居建替え)
  • 神奈川県横浜市金沢区釜利谷南2-44-16(白山堂。東光寺持ち。1371年頃、釜利谷に白山堂が祭られていた記録が金沢文庫の古文書にある)
  • 神奈川県横浜市金沢区瀬戸18-14(瀬戸神社。合祀神 伊邪那岐命・伊邪那美命・木花咲耶姫命・菊理姫命他)
  • 神奈川県横浜市戸塚区矢部町788(雲林寺。白山社あり)
  • 神奈川県横浜市戸塚区川上町546(徳翁寺。白山社あり)
  • 神奈川県横浜市瀬谷区三ツ境8-24付近(白姫神社)
  • 神奈川県横浜市瀬谷区本郷3-38-2(大門大六天。白山大権現あり。通称"白山様"。)
  • 神奈川県横浜市瀬谷区本郷3-36-6(徳善寺内。境内に金毘羅と白山を祭った堂有り)
  • 神奈川県横浜市瀬谷区竹村町19-2
  • 神奈川県川崎市宮前区馬絹986(馬絹神社。1910年に白山他4社を合祀、神明神社と改称。1986年に現名称に)
  • 神奈川県川崎市宮前区野川419(影向寺。本堂の艮に白山山王合社の祠あり)
  • 神奈川県川崎市麻生区白山4-3-1(旧白山社。王禅寺村真福寺谷鎮守。山口村白山神社から分社)
  • 神奈川県川崎市麻生区上麻生3-5(山口白山公園内白山神社跡。元の山口村白山神社。月読神社へ合祀。王禅寺村(真福寺)白山社へ分社)
  • 神奈川県川崎市麻生区上麻生7-38-4(山口谷村の白山神社を合祀。月読神社となる)
  • 神奈川県川崎市麻生区上麻生6-37-6(東林寺。本堂の乾の方に稲荷白山明神合祠あり)
  • 神奈川県川崎市麻生区栗木1-10-1
  • 神奈川県川崎市麻生区栗木台1-15-1(林清寺。本堂に向って右に白山社あり)
  • 神奈川県川崎市高津区下作延7-10-1(祠のみ、円福寺境内)
  • 神奈川県川崎市中原区新丸子東2-980(京濱伏見稲荷神社。1951年創建。境内に摂末社として白山神社あり)
  • 神奈川県川崎市中原区木月1-20-1(住吉神社(旧矢倉神社)に1909年合祀。合祀前の場所は旧上之町996。"住吉"は旧住吉村の地名に由来)
  • 神奈川県川崎市中原区下小田中5-3-15(全龍寺。寺に入って左の方に白山社あり)
  • 神奈川県川崎市中原区上小田中7-20-5(泉澤寺。寺を入って左の方、小祠前に稲荷白山合社あり)
  • 神奈川県川崎市川崎区宮本町7-7(合祀されて稲毛神社)
  • 神奈川県川崎市幸区南加瀬1-2-2(天照皇大神。祭神の一つが白山比咩命)
  • 神奈川県藤沢市下土棚1065("一般"個人持ち)
  • 神奈川県藤沢市藤沢668付近(白山宮。『江島道見取絵図』には3つの白山神社が書かれている)
  • 神奈川県藤沢市遠藤2539(御嶽大神。祭神の一つが菊理媛命)
  • 神奈川県藤沢市辻堂元町3-9-21(合祀されて白山三島神社。"一般"個人宅内)
  • 神奈川県鎌倉市稲村ガ崎1-6-5
  • 神奈川県鎌倉市山ノ内字藤源治(祠のみ)
  • 神奈川県鎌倉市今泉3-13-20
  • 神奈川県鎌倉市二階堂903(杉本寺本堂右手、祠のみ)
  • 神奈川県厚木市飯山3233(古沢太郎右衛門の建立。『明和六年(1769)正月 白山大権現御造営記禄(本杉重三郎家所蔵)』あり)
  • 神奈川県厚木市愛甲2-20(現在は合祀されて熊野神社)
  • 神奈川県厚木市岡田4-19-5(三島神社。近隣した村民持ちの白山社の石祠有り。「寛延二年(1749)九月廿九日」の銘文)
  • 神奈川県厚木市三田2455-4付近(白山宮跡。元は"一般"個人持ち)
  • 神奈川県厚木市上依知1516(宝泉寺境内白山社。奉納主名と共に「大正九年(1920)」の銘文)
  • 神奈川県厚木市中依知554付近(消滅)
  • 神奈川県海老名市本郷2657(現在は合祀されて本郷神社)
  • 神奈川県海老名市上郷1-20-1(龍昌院。境内に白山社あり)
  • 神奈川県綾瀬市早川1802付近
  • 神奈川県伊勢原市上粕屋1334(上粕屋神社。祭神の一つが菊理媛命。石倉の白山社が合祀されている)
  • 神奈川県伊勢原市上粕屋1646南側(石倉神社。白山社は上粕屋神社に合祀)
  • 神奈川県伊勢原市上粕屋2496(中丸・一之郷地区。神奈山神社に隣接。焼失して石碑のみ入口に残る)
  • 神奈川県伊勢原市上粕屋1160(洞昌院。白山社が合祀されている)
  • 神奈川県伊勢原市坪ノ内9(福昌院。白山神明稲荷秋葉山王合社あり)
  • 神奈川県伊勢原市三ノ宮1472(比々多神社。末社として白山社あり)
  • 神奈川県秦野市曽屋1-8-28(曾屋神社。祭神の一つが菊理媛命。明治6年(1873)に中野の白山神社等を合祀)
  • 神奈川県秦野市曽屋5267
  • 神奈川県秦野市千村1115
  • 神奈川県秦野市西田原787北側
  • 神奈川県平塚市土屋2840南西側("一般"個人持ち)
  • 神奈川県平塚市平塚1098(現在は合祀されて春日神社)
  • 神奈川県平塚市田村下町小字馬場(2008年に祠と丸石と台座が処分され、小字改戸の天獏社に合祀)
  • 神奈川県平塚市田村上町小字尾崎
  • 神奈川県平塚市東真土3-5-8(真土神社。"真土騒動"の松木長右衛門が近隣の7つの神社を併合)
  • 神奈川県茅ヶ崎市芹沢2169(現在は合祀されて腰掛神社)
  • 神奈川県足柄上郡中井町岩倉
  • 神奈川県足柄上郡山北町岸1900(現在は合祀されて八幡神社)
  • 神奈川県足柄上郡大井町上大井331(三島神社)
  • 神奈川県小田原市上曽我1967
  • 神奈川県小田原市酒匂4-8
  • 神奈川県小田原市東町1-19-21(市営東町住宅(東町1-6-16)から南に300m弱の「70区 白山児童遊園地」内に位置)
  • 神奈川県小田原市扇町5-7-29(多古白山神社。旧地番"多古669"。県指定無形民俗文化財である小田原囃子の開催地)
  • 神奈川県小田原市鬼柳77付近
  • 神奈川県小田原市風祭863(万松院。境内の鎮守として白山社あり)
  • 神奈川県小田原市城山2-23-3(桃源寺。白山社あり)
  • 神奈川県小田原市板橋831(興徳寺。白山社あり)
  • 神奈川県足柄下郡箱根町湯本431
  • 神奈川県足柄下郡箱根町底倉390(熊野神社)
  • 神奈川県南足柄市矢倉沢1483(旧"字関場"。付近の1535番が矢倉沢裏関所跡。関番衆は小田原から出張してきたという)
  • 神奈川県横須賀市大津町4-22-22(現在は合祀されて諏訪神社)
  • 神奈川県横須賀市平作6-7-1(現在は合祀されて平作神社)
  • 神奈川県横須賀市馬堀町3-19-3付近(昭和29年(1954)、堀之内の真福寺に社殿移転。『三浦郡神社明細帳』によれば、移転前の旧地名は大津村字"新富")
  • 神奈川県横須賀市林2-11(数回移転の後、現在は「林2丁目第2公園」内)
  • 神奈川県横須賀市浦賀1-9-1付近(老朽化にて倒壊。『三浦郡神社明細帳』記載では「元禄元年(1688)九月に字芝生長川居住人民勧請。長川久兵衛私有地。信徒61人」)
  • 神奈川県横須賀市西浦賀1-1-13(西叶神社。祭神は誉田別尊、息足姫尊、白山比媛大神。西浦賀の総鎮守)
  • 神奈川県横須賀市三春町3-33(春日神社。公郷町3丁目の白山社を合祀)
  • 神奈川県横須賀市西逸見町2-70(鹿島神社に合祀。元は西逸見町1)
  • 神奈川県三浦市南下浦町菊名161-1(旧地番149)
  • 神奈川県逗子市山の根2-4-1(山の根熊野神社。明治10年(1877)に白山社他6社を合祀。白山社の祠は昭和20年代まで残存)
  • 神奈川県逗子市久木6-2(久木神社。旧久野谷村の白山神社を合祀)
  • 神奈川県相模原市中央区水郷田名1-8(田名八幡宮に合祀。元は"白山"ではなく"権現様"と呼ばれ、旧地名「望地(もうち)」にあった)
  • 神奈川県相模原市緑区長竹1185-6
  • 神奈川県相模原市緑区名倉4524(石楯尾神社。祭神の一つが菊理媛命)
  • 神奈川県相模原市緑区東淵野辺3-25-1
  • 神奈川県相模原市緑区根小屋2862(龍像寺。白山社あり)
  • 神奈川県相模原市南区新戸2075(白山姫神社。一般村民持ち)
  • 神奈川県相模原市南区上鶴間本町8-54-21(泉龍寺。白山社あり)
  • 神奈川県座間市入谷3-3583(星谷寺。境内の鎮守として白山社があった)
  • 神奈川県座間市入谷1-3530(龍源院。境内の鎮守として白山社あり)
  • 神奈川県中郡大磯町大磯1253(祭神は伊弉冊命。町立裡道児童館の隣。江戸時代には鴫立沢の左岸に面した海浜の丘の上に祀られていた)
  • 神奈川県中郡大磯町高麗坊地577

神奈川県足柄下郡湯河原町に白山神社はないように見えるが、神奈川県足柄下郡湯河原町宮下359-1の五所神社は二見加賀之助重行が湯河原に金沢の白山信仰を伝えるべく開いたものであり、主祭神九柱の中に諾冉二柱を含むことから、本来は白山神社だったのではないかとの指摘がなされている。

県内の青和会支部所在地[62]

神奈川県に水平社は誕生せず、1924年、県内務部長を会長とする青和会が発足し、県下13部落を対象に世話役活動を進めた[63]。その後、青和会の支部は21ヶ所に拡大した。

  • 鎌倉郡鎌倉(現在の鎌倉市):1925年2月22日設立。ただし藤野豊『忘れられた地域史を歩く: 近現代日本における差別の諸相』44頁によると「青和会鎌倉支部は、円覚寺周辺の人々を組織し、被差別部落とは直接関わりを持たなかった」という。
  • 久良岐郡六浦荘(現在の横浜市金沢区):1925年8月22日設立。
  • 横須賀(現在の横須賀市):1925年10月18日設立。
  • 三浦郡北下浦(現在の横須賀市):1926年2月6日設立。
  • 愛甲郡小鮎(現在の厚木市):1926年3月5日設立。
  • 中郡秦野(現在の秦野市):1926年3月20日設立。
  • 橘樹郡宮前(現在の川崎市宮前区):1926年5月5日設立。
  • 三浦郡浦賀(現在の横須賀市):1926年5月23日設立。
  • 鎌倉郡瀬谷(現在の横浜市瀬谷区):1926年10月20日設立。
  • 中郡高部屋(現在の伊勢原市):1928年7月21日設立。
  • 足柄下郡酒匂(現在の小田原市):1929年7月1日設立。
  • 中郡神田(現在の平塚市):1931年4月11日設立。
  • 中郡伊勢原(現在の伊勢原市):1932年3月14日設立。
  • 三浦郡武山(現在の横須賀市):1933年9月12日設立。
  • 足柄上郡山北(現在の山北町):1936年2月27日設立。
  • 橘樹郡高津(現在の川崎市高津区):1936年7月~1937年3月に設立。
  • 高座郡有馬(現在の海老名市):1936年7月~1937年3月に設立。
  • 中郡相川(現在の厚木市):1936年7月~1937年3月に設立。
  • 足柄下郡吉浜(現在の湯河原町):1936年7月~1937年3月に設立。
  • 愛甲郡南毛利(現在の厚木市):1936年7月~1937年3月に設立。
  • 中郡比々多(現在の伊勢原市):1938年10月13日設立。

1960年、神奈川県に全日本同和会が誕生[64]。1973年、部落解放同盟(朝田派)が神奈川県連を結成[65]。1975年、正常化神奈川県連が誕生[66]。すなわち、神奈川県では保守系の同和団体が最も古い歴史を持っている。

関連文献

  • 中丸和伯『神奈川県の歴史』
  • 読売新聞社『神奈川県の歴史』
  • 渡辺実『未解放部落史の研究』
  • 『相模風土記稿』全6巻(雄山閣)
  • 『相模古文書』全5巻
  • 『江戸部落民の生活』(雄山閣)
  • 『江戸非人の生活』(雄山閣)
  • 『日本歴史』(新日本新書)
  • 井上清『部落の歴史と解放理論』
  • 中西義雄『部落解放運動の歴史と理論』
  • 大町雅美『幕末の農民一揆』
  • 日本共産党『同和問題と日本共産党』
  • 前田家文書
  • 部落解放同盟神奈川県連合会秦野支部編『中野・河原町の歴史:学習会』(部落解放同盟神奈川県連合会秦野支部、1994年)
  • 『ドキュメント差別糾弾』
  • 『東日本の被差別部落』(明石書店)
  • 本田豊『神奈川県の被差別部落』
  • 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻
  • 藤野豊『神奈川の部落史』
  • 荒井貢次郎、藤野豊『近世神奈川の被差別部落』

外部リンク

出典

  1. 『ドキュメント差別糾弾』
  2. 『東日本の被差別部落』(明石書店)15頁
  3. 本田豊『神奈川県の被差別部落』205頁
  4. 本田豊『神奈川県の被差別部落』9頁
  5. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻23頁
  6. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻23頁
  7. 本田豊『神奈川県の被差別部落』11頁
  8. 『東日本の被差別部落』(明石書店)15頁
  9. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻19頁
  10. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻19頁
  11. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻22頁
  12. 中依知村の誤りと思われる。
  13. 旧地名は芝生(しぼう)。黒澤明『天国と地獄』で「地獄」として描かれた地区。浅間町からは稲川会初代会長の稲川聖城(出生名・稲川角二)が出ている。ただし稲川の父は福島県岩瀬郡岩瀬村(現・須賀川市)出身。
  14. 『ドキュメント差別糾弾』41-42頁
  15. 『ドキュメント差別糾弾』82頁
  16. 『ドキュメント差別糾弾』99頁
  17. 『ドキュメント差別糾弾』139頁
  18. 『ドキュメント差別糾弾』148頁
  19. 『ドキュメント差別糾弾』141頁
  20. 『ドキュメント差別糾弾』144頁
  21. 『ドキュメント差別糾弾』145頁
  22. 『ドキュメント差別糾弾』147頁
  23. 『解放新聞』1984年3月5日付、6頁
  24. 『解放新聞』1984年3月12日付、4頁
  25. 藤野豊『神奈川の部落史』48頁
  26. 藤野豊『神奈川の部落史』129頁
  27. 本田豊『神奈川県の被差別部落』11頁
  28. 本田豊『神奈川県の被差別部落』11頁
  29. 本田豊『神奈川県の被差別部落』11頁
  30. 『吾等の神奈川縣』87ページ
  31. 『同潤会十年史』124ページ
  32. 『小島烏水全集』235ページ
  33. 藤野豊『神奈川の部落史』154頁
  34. 本田豊『神奈川県の被差別部落』44頁
  35. 『日曜叢誌』1894年9月号
  36. 『部落解放教育資料集成』第1巻296-297頁
  37. 日本プロテスタント史研究会『日本プロテスタント史の諸問題』152頁
  38. 本田豊『神奈川県の被差別部落』48頁
  39. 『日曜叢誌』1894年9月号
  40. 本田豊『神奈川県の被差別部落』140頁
  41. 本田豊『神奈川県の被差別部落』140頁
  42. 本田豊『神奈川県の被差別部落』142頁
  43. 本田豊『神奈川県の被差別部落』12-13頁
  44. 本田豊『白山神社と被差別部落』135頁
  45. 月刊「同和と在日」2011年1月号「横須賀市―同和地区が消えた街に残された同和住宅」
  46. 『日本の特殊部落』(菊池山哉、東京史談会、1962)
  47. 『近世日本身分制の研究』(塚田孝、兵庫部落問題研究所、1987)135-136頁。
  48. 真土村の誤記?
  49. 『近世日本身分制の研究』(塚田孝、兵庫部落問題研究所、1987)122頁。
  50. 月刊「同和と在日」2011年1月号「横須賀市―同和地区が消えた街に残された同和住宅」
  51. 月刊「同和と在日」2011年1月号「横須賀市―同和地区が消えた街に残された同和住宅」
  52. 月刊「同和と在日」2011年1月号「横須賀市―同和地区が消えた街に残された同和住宅」
  53. 『横浜市史稿: 政治編3』第3巻788-789頁
  54. 『横浜市史稿: 政治編3』第3巻788-789頁
  55. 『横浜市史稿: 政治編3』第3巻788-789頁
  56. 『横浜市史稿: 政治編3』第3巻788-789頁
  57. 『横浜市史稿: 政治編3』第3巻788-789頁
  58. 『部落解放』1982年、第185~189号、129頁
  59. http://web.archive.org/web/20070709190522/http://www013.upp.so-net.ne.jp/Isemori-jinken/newpage3-1.htm
  60. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻211頁
  61. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻182頁
  62. 藤野豊『神奈川の部落史』143頁
  63. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻137頁
  64. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻137頁
  65. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻138頁
  66. 三木民夫『神奈川県の部落の歴史と解放運動』第1巻138頁