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熊本県

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天草郡における松橋「穢多」の納屋の分布図。

概況

本田豊は「熊本などに行くと、部落の中に必ず辛崎神社というのがある。このカラというのは、唐か辛のどちらかを書くらしい。その辛崎神社の総本社というのは滋賀県だという話ですが、それがどういう関係なのかはまだわかっていない」[1]と述べている。806年(大同元年)に滋賀県の俘囚を福岡県の太宰府に移配したという記録があり、福岡県を経由して熊本県に移住した可能性が疑われる[2]。福岡県福岡市東区にある志賀海神社との関係も指摘されている[3]。先祖が滋賀県から来たという伝承は、八代市や上益城郡嘉島町にあり、河原巻物にもあるとする[4]

「それから熊本では、文禄慶長役のとき、加藤清正がつれてきた捕虜が住みついたのが部落のはじまりといういわゆる異民族説の伝承が非常に根強くて、現在でも、そのように思い込んでいる人がかなりいます」[5]。著者は史料から否定している。

「肥後熊本藩でも、近世部落の人々はほとんどが真宗門徒(東本願寺派)であった」としており、浄土真宗との関係も深かった[6]。人吉藩では浄土真宗を禁教としており、信仰が判明すれば獄門、流罪となっていた[7]

1889年の熊本県の調査では、各郡に以下の地区があった[8]。()は非人の地区。

  • 玉名郡 4(2)
  • 鹿本郡 6(16)
  • 菊池郡 3(14)
  • 阿蘇郡 5(26)
  • 飽託郡 3(6)
  • 上益城郡 5(25)
  • 下益城郡 4(18)
  • 宇土郡 1(0)
  • 八代郡 2(18)
  • 葦北郡 0(9)
  • 球磨郡 4(0)
  • 天草郡 0(34)
    • 計 37(168)

熊本県の旧同和地区には島と古閑のつく地名が多いとする[9]。また、古閑は空閑地を開墾した小区画の呼称としている[10]

ある旧同和地区は、かつてゲスマチという差別地名だったとする。漢字では下衆町か。また、湿地に関する以下の地名があるとしている[11]。()の漢字表記は推測。

  • ウシロムタ(後牟田)
  • カワハラ(河原)
  • シマ(島)
  • ハマタ(浜田)

「もともとは山窩だったといわれている被差別部落は各地にあります。私が直接見聞したのでも、熊本、広島、三重にありました」[12]。沖浦和光の発言。

傾向として、県内の部落には松永、豊田、宮本、中川の各姓が多い。

菊池郡水平社同人による集団脅迫・暴行事件

菊池郡水平社同人による集団脅迫・暴行事件(1923年)の被告人は以下の通りである[13](五十音順)。

  • 富岡英方
  • 豊田亀八
  • 豊田留次郎
  • 中川政行
  • 中川安善
  • 野口太次郎
  • 松永勝人
  • 松永光平(菊池郡合志村大字竹迫字上町、通称「屯頭」在住。現在の合志市竹迫日向)
  • 松永末彦
  • 丸山悟

文献

全國部落調査(1935年)

熊本縣 昭和十年四月現在

328頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
熊本市 春竹町 春竹 春竹 三〇七 一五九四 商、手工業 日傭、行商 熊本市 中央区 春竹町春竹、南熊本 南熊本に叢姓3件。2000年電話帳。水平運動家の深川武、水平運動家で衆院議員(社会党)の宮村又八の出身地区。同地は730戸あり、関係世帯は7割と豊田姓の者が発言する[14]
〃 本庄町 中原 本庄 一一一 六五九 〃 〃 熊本市 中央区 本荘 鈴木田姓6件。2000年電話帳。
飽託郡 日吉村 乙高江 新村 一〇〇 四七三 農業 熊本市 南区 南高江 「乙高江」という地名は存在したことがない。明治43年帝国陸軍測量の1/50000地形図によると日吉村高江は現在の南区南高江1丁目18の光顕寺の付近。
宇土郡 不知火村 浜田 浜田 六一 二八四 商業 行商、養豚 宇城市 不知火町高良 浜田 宇城市不知火町高良浜田には堀口姓の太鼓屋がある[15]。1881年11月28日に結成された復権同盟の発起人に同地(旧:宇土郡高良村)の津本姓の者が2人いた[16]。不知火町高良に津本姓3件。2000年電話帳。
玉名郡 伊倉町 新村 一〇九 六一〇 日傭 玉名市 伊倉北方 西田端、東田端 玉名市(旧:玉名郡伊倉町)にあった水平社に以下の姓の者がいた[17]。森川、吉川。田端姓17件。2000年電話帳。
〃 弥富村 古閑区 古閑 四七 二一五 日傭、養豚 玉名市 岱明町古閑
〃 有明村 中増永 中増永 三八 二二八 日傭 荒尾市 増永 中増永区 荒尾市(旧:玉名郡有明村)出身の水平運動家に坂田姓の者がいた[18]。同地の部落解放同盟荒尾支部に坂田姓の者がいた[19]。他に以下の姓の者がいた[20]。田端、糸永。坂田姓15件、田端姓20件。2000年電話帳。
〃 坂下村 向村 向村区 六七 三三七 養蚕、日傭 玉名郡 南関町 玉名郡南関町上坂下、南関町下坂下のいずれか不明。要調査。同地に以下の姓の者がいた[21]。木下、白坂。部落解放同盟南関支部に細貝姓の者がいた[22]。下坂下に細貝姓3件、木下姓10件。上坂下に木下姓9件。2000年電話帳。
〃 〃 出登区 一一 四六 玉名郡 南関町 下坂下 出登
鹿本郡 山鹿町 北町 北町 一二〇 六〇四 蚕網製造 山鹿市 山鹿 北町 部落解放同盟山鹿北町支部に大森姓の者がいた[23]
〃 来民町 古閑 南古閑 一四一 七三三 團扇造、養蚕 山鹿市 鹿本町来民 南古閑 豊田姓34件、宮本姓30件。2000年電話帳。この地区の住民は国策で満州に移住させられている。[24]『赤き黄土』(部落解放同盟熊本県連合会鹿本支部、旧満州来民開拓団遺族会編、部落解放同盟熊本県連合会鹿本支部、1988)では、山鹿市鹿本町来民から満洲に移民して1945年8月17日に集団自決した275人の姓名を記載。63戸の世帯主の姓は33個あり[25]、宮本姓が最多だった。また、生き残った1人も宮本姓の者だった。『部落問題・人権事典』(部落解放・人権研究所編、部落解放・人権研究所、2001)では、自決者は271人としている。また、四次に渡った入植者は旧同和地区からが67戸、旧同和地区外からが15戸で、人数は309人としている。『満州移民と被差別部落』(大阪人権歴史資料館、1989)では、自決者は275人としている。同地は、ハワイ、北米、ブラジルにも移民を出しており、大正時代にアメリカで稼いだ後に帰国した者もいた[26]。同地に森山姓の者がいた[27]。同地の部落解放同盟の支部長に村上姓の者がいた[28]。高橋幸春著『絶望の移民史 満州へ送られた「被差別部落」の記録』の取材には、部落解放同盟熊本県連の宮本武一書記長、西川通孝事務局長、解放出版の小林健治氏が協力している。[29]小林は部落の場所が同著の頒布により不特定多数に知られることに加担しながらも、一方で部落地名総鑑の作成は差別と断罪している。[30]
〃 大道村 藤井東 藤井東 九〇 五三六 養蚕、日傭 山鹿市 藤井 東藤井 山鹿市(旧:鹿本郡大道村)に以下の姓の者がいた[31]。川上、富田、富永、永田。藤井に富田姓29件、冨田姓4件、永田姓18件。2000年電話帳。

329頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
鹿本郡 八幡村 石 松原 九六 五三〇 農業 養蚕 山鹿市 石 松原 山鹿市の部落解放同盟山鹿石支部に中島姓の者がいた[32]。石に平川姓6件、宮田姓4件、宮本姓14件、村上姓7件。2000年電話帳。
〃 〃 麦田 五四 山鹿市 下吉田 麦田
〃 千田村 上久野 上久野 五〇 三三〇 山鹿市 鹿央町千田 上久野 守川姓26件。2000年電話帳。
〃 田底村 西宮原 西宮原 八〇 四三九 養蚕、日傭 熊本市 北区 植木町宮原 西宮原
菊池郡 北合仕村 髙永 大迫 二四 一三〇 日傭 菊池市 旭志新明 大迫 菊池市(旧:菊池郡旭志村)に松永姓の者が2人いた[33]。同地の部落解放同盟旭志支部に佐々木姓の者がいた[34]。菊池市旭志の部落解放同盟大迫支部長に上田姓の者がいた[35]。「聞けば六戸ともぜんぶ中川姓。親戚だという」[36]。菊池市旭志の三の西沖地区に関する記述。
〃 菊池村 下西寺 下西寺 一二三 七三三 養蚕 菊池市 西寺 下西寺 西寺地区に以下の姓の者がいた[37]。富岡、中田、枦川(はぜかわ。鹿児島県が最多の稀姓)、丸山、満永、横田。笹本姓5件、中川姓9件、中田姓9件、野口姓4件、松永姓4件、丸山姓4件。2000年電話帳。
〃 津田村 第三區 北村 一二〇 七七五 養蚕、煙草 菊池郡 菊陽町 久保田 上田姓47件、西本姓42件、藤本姓52件。2000年電話帳。
〃 護川村 杉水 源場 二九 一三三 日傭 菊池郡 大津町 杉水 源場 杉水に松永姓15件。2000年電話帳。
〃 合志村 竹迫 日向 三六 二〇八 養蚕 合志市 竹迫 日向 竹迫に松永姓6件。2000年電話帳。
〃 〃 豊岡 原口下區 二九 一六一 合志市 豊岡 原口下
〃 西合志村 合生 立割 五九 三四六 〃、日傭 合志市 合生 立割 松永姓12件。2000年電話帳。
〃 〃 〃 生坪 四二 二五七 〃、養兎 合志市 合生 生坪 松川姓11件。2000年電話帳。
阿蘇郡 中通村 西井手 西井手 三六 二三三 牛馬商 阿蘇市 一の宮町中通 西井手
〃 黒川村 上役犬原 尾島 二五 一一七 日傭 阿蘇市 役犬原
〃 高森町 上在区 久原 四四 農、商業 行商 阿蘇郡 高森町 高森 久原 中川姓14件。2000年電話帳。阿蘇郡高森町(旧:阿蘇郡高森村)で、皮革所を建設した以下の姓の者がいた[38]。岩本、藤川。
〃 白水村 吉田 中島 七五 三六四 農業 日傭 阿蘇郡 南阿蘇村 吉田 片山姓8件、佐藤姓11件、中川姓25件、橋本姓9件、藤本姓12件、宮田姓13件。2000年電話帳。
〃 北小国村 無田組 無田組 一四 九五 阿蘇郡 小国町 字無田組の位置は要調査。部落解放同盟小国支部に以下の姓の者がいた[39]。杉本、秦(4人)、渡辺。秦姓の者は、母が大分に嫁いでいたので大分で生活していたとする[40]
上益城郡 六嘉村 上六嘉 西村 八四 五四五 上益城郡 嘉島町 上六嘉 大森姓9件、小林姓12件、中林姓8件、吉本姓7件。2000年電話帳。

330頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
上益城郡 廣安村 馬水 馬水 三七 二五九 農業 日傭 上益城郡 益城町 馬水 2016年5月23日付で『解放新聞』は馬水が被差別部落であることを写真入りで暴露している。部落解放同盟馬水支部に宮守姓の者が2人いた[41]。他に青年部に宮守姓の者がいた[42]
〃 福田村 平田 平田西組 二四 一六二 養蚕 上益城郡 益城町 平田 津崎姓8件、西川姓16件。2000年電話帳。2016年5月23日付で『解放新聞』は平田も被差別部落であることを被差別部落民の顔写真入りで暴露している。地元の解同支部長の姓は櫨川(はぜかわ)。
〃 白旗村 早川 中早川 三六 二一五 日傭 上益城郡 甲佐町 早川 中早川 早川に入口姓5件、谷頭姓2件。2000年電話帳。
〃 甲佐町 仁田子 吉野 一〇 四三 上益城郡 甲佐町 仁田子 上益城郡甲佐町仁田子に宮田姓の者がいた[43]。谷頭姓2件。2000年電話帳。
〃 浜町 中尾 中尾 三二 一五五 上益城郡 山都町 城平 中尾 城平に藤本姓5件。2000年電話帳。中尾水平社に以下の姓の者がいた[44]。藤岡(2人)、藤沢。
下益城郡 隈庄町 下宮地 萱木 一三二 七五七 熊本市 南区 城南町隈庄 萱木
〃 豊野村 須林 上須林 七六 三六五 宇城市 豊野町巣林 上巣林 巣林に川越姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 糸石 出屋敷 六三 宇城市 豊野町糸石 出屋敷
〃 中山村 中小路 中洲 六〇 下益城郡 美里町 中小路
八代郡 宮地村 宮地 小寺 四七 二九四 商業 行商 八代市 宮地町
〃 宮原町 新村 新村 七一 三七七 農業 日傭 八代郡 氷川町 宮原 新村
〃 太田郷村 上日置 小寺 一四 八四 商業 行商 八代市 上日置町
珠磨郡 人吉町 鬼木町 鶴村 一二 六九 農業 牛馬商 人吉市 珠磨郡は球磨郡の誤記。人吉市鬼木町あるいは人吉市鶴田町字鶴村。要調査。
〃 西村 中福良 尾崎 一一 八二 球磨郡 錦町 西 中福良
天草郡 富岡町 第八区 西紺屋町 二九 一一六 日傭 天草郡 苓北町 富岡 8区
計四〇 四五 二六九〇 一四六一二

このほか、『ルポルタージュ部落 四国・九州編』255頁によると菊池市には、1982年当時の旧市域だけで5地区160戸余りの部落がある。

施設等

県内の唐崎神社(辛崎神社)

  • 熊本県熊本市中央区南熊本1丁目2(辛崎神社)
  • 熊本県八代市西宮町(唐崎神社)
  • 熊本県八代市宮地町[45](現在位置不詳)
  • 熊本県菊池市西寺[46](現在位置不詳。菊池市西寺2116-2118の八坂神社?)
  • 熊本県合志市合生弘生[47](現在位置不詳)
  • 熊本県宇城市不知火町高良[48](現在位置不詳)
  • 熊本県宇城市豊野町巣林[49](現在位置不詳)
  • 熊本県上益城郡甲佐町早川57(辛崎神社)
  • 熊本県上益城郡益城町馬水(唐崎神社)
  • 熊本県上益城郡嘉島町上六嘉914(皮原唐崎神社)

森山沾一『部落解放教育の地域的形成: 自己教育の生成と展開』211頁に「熊本県(肥後藩)の場合、近世からの被差別部落には神社(唐崎・辛崎神社)があり石地域もこの松原神社(通称)が統合の象徴であった」とあり、熊本県山鹿市石1103の松原神社も唐崎神社だった可能性がある。

松下志朗『近世九州被差別部落の成立と展開』347頁に「また志賀宮とか志賀大明神社ということもある。この場合は近江の名所の志賀で唐崎神社(水神)と同体の神と考えられる」とあり、熊本県八代郡氷川町宮原207の志賀神社も唐崎神社だった可能性がある。『肥後国誌』上巻にも「春竹村、高七百六十六石余、小寺という小村あり、またエタ村あり」「当村の内、エタ村には志賀大明神社があり、屠者これを祭る」とある。小寺は現在の熊本市中央区本荘2丁目付近で現在の同地にそのような神社はない。

小集落改良住宅

山鹿市

  • 大宮団地 - 山鹿市中637-6
  • 広町ビル団地 - 山鹿市山鹿1
  • 石団地 - 山鹿市石1371 ほか
  • 良福寺第3団地 - 山鹿市鹿本町来民1896-1
  • 本池団地 - 山鹿市鹿本町来民1746
  • 五区団地 - 山鹿市鹿本町来民1486, 山鹿市鹿本町来民1222, 山鹿市鹿本町来民1486, 山鹿市鹿本町来民1480, 山鹿市鹿本町来民1486
  • 上久野A団地 - 山鹿市鹿央町千田1524
  • 上久野B団地 - 山鹿市鹿央町千田1430

八代市

  • 上日置団地 - 八代市上日置町1810番地1

阿蘇市

  • 阿蘇市小集落改良住宅 - 阿蘇市役犬原39番地

宇城市

  • 上巣林小集落改良住宅 - 宇城市豊野町巣林

菊池市

  • 大迫住宅 - 菊池市旭志新明737番地

山都町

  • 山都町小集落改良住宅 - 上益城郡山都町浜町、城平、城原

小国町

小国町宮原613近辺の集合住宅群である可能性が高い。

教育集会所・同和対策集会所

  • 石集会所 - 山鹿市石1356番地3
  • 藤井集会所 - 山鹿市藤井224番地1
  • 北町集会所 - 山鹿市山鹿1181番地1
  • 鹿本町教育集会所(鹿本教育集会所) - 山鹿市鹿本町来民1398番地1(来民1474とも)
  • 人権同和教育集会所(合志市新古閑集会所) - 合志市福原365-2
  • 大迫集会所 - 菊池市旭志新明753-1
  • 菊陽町馬場集会所(町立教育集会所) - 菊池郡菊陽町原水4659-1
  • 平田教育集会所 - 上益城郡益城町大字平田1236
  • 馬水教育集会所 - 上益城郡益城町大字安永831-1
  • 西村集会所 - 上益城郡嘉島町大字上六嘉917番地

関連団体

  • 部落解放同盟熊本県連 - 熊本県熊本市手取本町8-3
  • 部落解放同盟熊本県連 - 熊本県熊本市神水1-8-8-8
  • 部落解放同盟熊本県連熊本市支部
  • 部落解放同盟熊本県連鹿本支部
  • 部落解放同盟熊本県連荒尾支部
  • 部落解放同盟熊本県連大津支部
  • 部落解放同盟熊本県連益城平田支部
  • 部落解放同盟熊本県連益城馬水支部
  • 部落解放同盟熊本県連甲佐支部
  • 部落解放同盟熊本県連高森支部
  • 部落解放同盟熊本県連八代支部
  • 部落解放同盟熊本県連白水支部
  • 部落解放同盟熊本県連南関支部
  • 部落解放同盟熊本県連旭志支部
  • 部落解放同盟熊本県連菊陽支部
  • 部落解放同盟熊本県連菊池市菊池支部
  • 部落解放同盟熊本県連菊池市泗水支部
  • 自由同和会熊本県本部 - 熊本県上益城郡嘉島町上六嘉883
  • 全日本同和会熊本県連合会 - 熊本県熊本市中央区水前寺6丁目38-10-2F
  • 全日本同和会熊本支部 - 熊本県熊本市九品寺5-14-34-302
  • 人権連熊本県連 - 熊本県熊本市西原3-4-25 菅井幸夫方
  • 全日本同和対策促進会新生会 - 熊本県熊本市竜田町陣内244-2(全日本同和会熊本県連からの分裂組織)

部落解放同盟熊本県連は支部数32、会員1200世帯。

人権啓発センター

  • 荒尾市役所 人権啓発センター - 荒尾市増永1470
  • 八代市人権啓発センター - 八代市千丁町新牟田1502番地1
  • 大津町人権啓発福祉センター - 菊池郡大津町大字杉水932番地の3

市町村別調査結果

出典

  1. 本田豊『白山神社と被差別部落』147頁
  2. 『部落の源流(増補新版)』(高本力、三一書房、1997)
  3. 『肥後の被差別部落』(大塚正文『近世部落の史的研究 下巻』(部落解放研究所編、解放出版社、1979)所収)
  4. 『部落解放研究くまもと 9号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1985)
  5. 『部落解放研究くまもと 9号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1985)
  6. 『近世部落の成立と展開』(寺木伸明、解放出版社、1986)
  7. 『被差別部落史の研究』(山本尚友、岩田書院、1999)
  8. 『部落解放研究くまもと 56号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、2008)
  9. 『肥後の被差別部落』(大塚正文『近世部落の史的研究 下巻』(部落解放研究所編、解放出版社、1979)所収)
  10. 『肥後の被差別部落』(大塚正文『近世部落の史的研究 下巻』(部落解放研究所編、解放出版社、1979)所収)
  11. 『部落解放研究くまもと 13号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1986)
  12. 『日本の聖と賎 中世篇』(野間宏、沖浦和光、人文書院、1985)
  13. 『部落問題・水平運動資料集成』第1巻、284-285頁
  14. 『解放新聞 1982年7月12日号』(解放新聞社)
  15. 『ゼンリン 住宅地図』
  16. 『福岡県被差別部落史の諸相』(福岡部落史研究会編、福岡部落史研究会、1979)
  17. 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
  18. 『部落問題・人権事典』(部落解放・人権研究所編、部落解放・人権研究所、2001)
  19. 『部落解放研究くまもと 22号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1991)
  20. 『部落解放研究くまもと 47号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、2004)
  21. 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
  22. 『部落解放研究くまもと 48号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、2004)
  23. 『部落解放研究くまもと 22号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1991)
  24. https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%A5%E6%B0%91%E9%96%8B%E6%8B%93%E5%9B%A3
    • 秋吉
    • 天野
    • 池田(5戸)
    • 岩木
    • 岩崎
    • 浦川
    • 浦田
    • 大森
    • 岡本(2戸)
    • 片山
    • 川上
    • 木戸川(きどがわ。長崎県が最多の稀姓)
    • 倉田(2戸)
    • 齋藤
    • 高本
    • 竹本
    • 谷川(4戸)
    • 谷山
    • 豊田(5戸)
    • 中川
    • 中田
    • 永田(3戸)
    • 西川
    • 原口
    • 古奥(ふるおく。玉名市が最多の稀姓)
    • 古荘
    • 前川
    • 松山(4戸)
    • 都田
    • 宮本(9戸)
    • 守川
    • 森山(5戸)
    • 吉岡
  25. 『絶望の移民史 満州へ送られた「被差別部落」の記録』(高橋幸春、毎日新聞社、1995)
  26. 『明日、かがやく』(全国部落出身教職員連絡会編、解放出版社、1993)
  27. 『奄美ほこらしゃ』(和眞一郎、南方新社、2005)
  28. 高橋幸春著『絶望の移民史 満州へ送られた「被差別部落」の記録』p.211
  29. http://rensai.ningenshuppan.com/?eid=154
  30. 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
  31. 『部落解放研究くまもと 22号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1991)
  32. 『解放新聞 1994年9月12日号』(解放新聞社)
  33. 『部落解放研究くまもと 22号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1991)
  34. 『解放新聞 1982年6月14日号』(解放新聞社)
  35. 『解放新聞 1982年5月31日号』(解放新聞社)
  36. 『解放新聞 1982年6月28日号』(解放新聞社)
  37. 『部落解放研究くまもと 47号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、2004)
  38. 『部落解放研究くまもと 13号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1986)
  39. 『部落解放研究くまもと 47号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、2004)
  40. 『部落解放研究くまもと 22号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1991)
  41. 『部落解放研究くまもと 47号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、2004)
  42. 『部落解放研究くまもと 11号』(熊本県部落解放研究会編、熊本県部落解放研究会、1985)
  43. 『部落問題・水平運動資料集成 第1巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1973)
  44. 松下志朗『近世九州被差別部落の成立と展開』347頁
  45. 松下志朗『近世九州被差別部落の成立と展開』347頁
  46. 松下志朗『近世九州被差別部落の成立と展開』347頁
  47. 松下志朗『近世九州被差別部落の成立と展開』347頁
  48. 松下志朗『近世九州被差別部落の成立と展開』347頁