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愛知県

提供: 同和地区(被差別部落)Wiki
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概要

愛知県内には1935年の調査で36ヶ所の被差別部落が報告されていたが、のちに部落解放同盟の調査により、3市1町に4地区の被差別部落が新たに特定された[1]。部落解放同盟愛知県連合会によると県内の被差別部落は50地区以上[2]。本田豊は「県下の部落は100カ所をこえる」、「その内訳を大枠で分けるとすれば、エタ系部落、長吏系部落と非人系部落が、およそ3分の1ずつ」と主張している[3]

県下最大の被差別部落はあま市(旧・甚目寺町)の栄地区であり、戸数は700戸、人口は2000人を数える[4][5]。この地区に特徴的な苗字は加藤と堀田である。

「栄は、現在の清洲城ができるとき織田信長の妹おいちの方について江州(滋賀県)からきた皮革職人と刀鍛冶が住みついたのがもとだそうで皮革職人は栄(東今宿)に、刀鍛冶は西今宿にとわかれた」という[6]。人権連議長の丹波正史は西今宿の出身である。ただし父は富山県の出身[7]

名古屋では、城下建設とともに穢多および非人の部落がそれぞれ設けられた[8]。その内訳は、穢多部落が1ヶ所、非人部落が2ヶ所である[9]。穢多部落は押切村こと平野町(現・名古屋市西区則武新町一丁目)であり「穢多ヶ小路」とも呼ばれた[10]

非人部落の一つが乞食町こと入江町(入穢町とも表記[11])であり[12]、現在の名古屋市中区栄の入江町通にあたる。非人部落の今一つは玄海村(現・名古屋市中区新栄二丁目)である[13]

知多市八幡には2015年現在もなお「字穢多坂」という字名が残っている。

なおEXILEの岩田剛典の実家は靴屋のマドラス株式会社(名古屋市中区栄2-15-6)だが、祖先の岩田武七は中島郡東五城村(現・一宮市東五城)の富裕な酒造家の出であり部落出身と見るべき根拠はない。陸上競技選手の神野大地の実家は名古屋市中村区名駅の肉屋「鳥孫商店」だが、部落にルーツがあるか否かは不明。

愛知県に部落が少ないのは、足洗いをして農民になったためではないかとする考察があった[14]

岡崎市生まれの徳川家康について「茶筅の出身であったということはよく知られています」と本田豊はいう[15]。「『徳川家康はわれわれの仲間だ』、『徳川家康は俺たちの仲間だったのに天下をとったら裏切った』。愛知県下だけではなく、全国各地の部落内で話を聞くと、多少の表現の違いはありますが、このような話を聞くことができます」とも、本田はいう[16]。徳川家康の先祖で松平太郎左衛門に見込まれて娘の婿養子となった松平親氏は、群馬県太田市世良田の出で世良田徳阿弥親氏と名乗っていたと伝えられる。また、徳川家康を非人の末裔なのではないかとする村岡素一郎の説もある[17]

1910年に山梨県御坂峠で強盗殺人を働き死刑となった松沢熊吉は、愛知県西加茂郡の非人系の部落(地区名は要調査)に生まれ育ち、のちに漂泊民となってサンカ化した者とされている[18]

文献

全國部落調査(1935年)

愛知縣 昭和十年四月現在

115頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
名古屋市 中區 下奥田町 下奥田 六六四 二九三三 下駄歯入日傭 屑拾ヒ 名古屋市 中区 新栄 2丁目 1933年に下奥田町が菊里町、1947年には青木町・王子町に改称。新栄となったのは1977年。玄海または王子町とも呼称。この地区から出た著名人に、名古屋女子大生誘拐殺人事件(1980年)の死刑囚木村修治がいる。

白山神社が部落成立前に西隣にある。

〃 西區 平野町 平野町 四五一 二一九三 製靴、皮革業 南部表編 名古屋市 西区 則武新町 1丁目 押切村または穢多ヶ小路とも呼称。生駒長一の出身地区。則武新町に生駒姓10件。2000年電話帳。

116頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
名古屋市 南區 西旗屋町 西旗屋 一二一 五〇三 鉄工職 下駄歯入 名古屋市 熱田区 旗屋 旧称、宮川町[19]。1980年に旗屋町の一部から旗屋が成立。旗屋1-10に断夫山古墳あり。旗屋の地区は、清州から移転させられたもので、豊臣秀吉による築城の際に人夫となるのを拒否したためエタにされたという伝承がある[20]。別の伝承には、1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いで敗れた今川氏に仕えていた者が浪人となり、姿を変え織田氏に仕えて死人の埋葬に従事したことで地区を形成したというものがある[21]
豊橋市 花田町 花田石田 六八 三七四 農業 日傭 豊橋市 前田南町 2丁目 グンジガワの呼称があった。「口碑伝うる処に依れば、祖先は大化元年(約一、三〇〇年前)中大兄皇子に随い志賀の国より来りたる際、現在の豊橋市神明に居住せる者にして、永禄七年中大兄皇子四十七代の末孫藤原喜明の時、牧野虎珀なる武将戦に利なくして、喜明以下一三四名戦死したり。時に織田信長喜明の霊に正宗の一刀を与えしより、部落民は之を神体として神明者を創祀し、現今の場所に移住し、徳川時代に至りては通称『グンジガワ』と呼び、番太の類に組し、竹皮・革・草履の製作に従事し来れり」[22]。大化元年は645年で、永禄7年は1564年。
岡崎市 能見町 下屋敷 一〇 五〇 草履製造 岡崎市 元能見町 小字「下屋敷」の位置は要調査。『愛知県下地方改善事業地区調査』では「三 部落の沿革」として「猿屋方、説教方、及び革屋方の三組に別れ、猿屋方は今の□寿町の北部に、説教方は元□見町の北部に、革屋方は元□見町の西部に居住を構え、明治維新の際に及びて猿屋方及び説教方は農民に帰し、革屋方のみ現存し今日に至れり」とある。□寿町は福寿町、元□見町は元能見町。
愛知郡 鳴海町 上汐田 西之端 四五 二一五 履物其他修繕業 南部表編 名古屋市 緑区 鳴海町 上汐田 久野姓8件。2000年電話帳。
東春井郡 小牧町 元町 四八 二一三 行商、農業 農業 小牧市 元町 東春井郡は東春日井郡の誤記。『愛知県下地方改善事業地区調査』では「三 部落の沿革」として「部落の歴史詳らかならざるも、天正年間滋賀県彦根地方及び三重県桑名方面より此処に移住せしに始まりしものの如し。而して其の姓の如きは多く不明なりしが為、明治維新の際桑名より来りたるものを『○堂』とし、彦根より来りたるものを『×伊』とせる等、便宜其の姓を冠したる事実存せり」とある。×伊は滋賀県の彦根藩主だった井伊氏にちなんだもので井伊、○堂は三重県の津藩主だった藤堂氏にちなんだもので藤堂[23]。井伊姓9件。藤堂姓なし。2000年電話帳。
西春井郡 新川町 上河原 一三 四六 漁業 農業 清須市 上河原 西春井郡は西春日井郡の誤記。
丹羽郡 犬山町 犬山南古券 阪井町 二〇 九二 農業 草履製造 犬山市 犬山 南古券
葉栗郡 北方村 北方、宝江新田 新開屋敷 一七 七八 肉行商、下駄歯入 漁業 一宮市 北方町北方 宝江新田
海部郡 津島町 津島、川河毛坪 初日町 二九四 一五一八 三味線、太鼓製造 南部表編 津島市 明天町
〃 甚目寺町 東 東今宿 二三二 一二〇七 呉服行商、草履作 あま市 栄 甚目寺部落を地元では「清洲」と呼ぶ[24]
〃 津島町 津島、有根 下屋敷 一八 九九 日傭 漁業 津島市 永楽町 「海部郡津島町大字津島字有根ホノ割四百二十一番地先」の道路元標が「津島市本町3」にある。[25]
知夛郡 成岩町 寺坊 三〇 一一五 鶏買出、農 南部表編 半田市 寺町 1222年(貞応元年)に無量寿寺が三河国から移る際に崇拝者が共に移住したのが起源と伝える[26]
〃 旭村 大草 西畑 一八 一〇五 下駄製造、鶏買出 日傭、麻裏草履作 知多市 大草 西畑
〃 横須賀町 太田 的場 二六 履物商 東海市 横須賀町 的場市場。
碧海郡 知立町 知立 一里山 四四 二二八 行商 南部表編 知立市 西丘町 一里山 「而して其明治維新前は苗字を附せず、単に熊、越後等と呼び居たりしも、維新後差別的扱い漸次排除さるると共に、苗字を付するに至り、現今の姓は大部分杉浦にして、山本、小松等の姓もあり」[27]。西丘町に杉浦姓18件。2000年電話帳。
幡豆郡 西尾町 鶴城 栄町 一七 九〇 草履製造 行商 西尾市 大給町、伊文町、宮町、矢場町 金山化成の敷地内が元の中心地。350年前に落武者が来住したのが起源と伝える[28]。1925年の文献であることから、1575年のこととなる。
額田郡 幸田村 坂崎 向山 三〇 一五〇 農業 藁加工 額田郡 幸田町 坂崎 迎山 向山は迎山の誤記。杉浦姓18件。2000年電話帳。

117頁

部落所在地 部落名 戸数 人口 主業 副業 生活程度 現在地 備考
西加茂郡 保見村 上伊保 字大黒見 川張 一七 九〇 農業 養蚕 豊田市 保見町 小黒実 大黒見は小黒見の誤記。
〃 髙𣘺村 上野山 上野山 一五 八一 豊田市 上野町 1959年に上野山の一部から上野町が成立。1971年には上野町の一部が高上となる。
南設楽郡 千郷村 稲木 下向山 二六 二二八 草履製造 新城市 稲木 打桐姓4件、藤原姓6件。2000年電話帳。「後三年の役平定後寛治の頃、藤原秀衡の家臣加藤七郎太郎なるものの家族数戸、八名郡八名井村に移住し来り野武士となり、同地居住の穢多族を統率し、其後今の仲野に転居し賤業に従事し、天正九年当下向山に移転したり。守護神として向山社あり、明治五年戸籍編成に際し一般にを(ママ)冠せり」[29]。新城市稲木の地区に関する記述。寛治は1087年から1094年。天正九年は1581年。「一般にを(ママ)冠せり」というのは、姓に共通の字を使用したということか。
〃 〃 法山 字 片山屋敷 下屋敷 一三 一一二 新城市 片山 「本部落の淵源は何等文献は徴するものなきも、巷間の伝説を綜合すれば、神功皇后征韓の俘囚を全国各所に住居せしめ賤業を営ましめしものにて当部落はその一なり。当時夷跡の内片山と称し、和同二年(引用者注、709年)宝飯郡設楽郷片山村と称え、この一族を以て一の部落を形成せり」「此部落の長に近一右衛門と称する旧家あり、近郷同族の取締まりを為し、場合によりては帯刀御免の特権を得たることあり。明治五年戸籍編成に氏を冠し、その藤原姓は史に因りたるが如し」[30]との伝承あり。藤平姓3件。2000年電話帳。
〃 〃 川田 〃 堀合 川田堀合 六四 新城市 川田 堀合
〃 〃 野田 〃 山田屋敷 野田北村 一三 一三二 新城市 野田 山田屋敷
〃 東郷村 有海 有海東原 一九 日傭 新城市 有海
宝飯郡 小坂井町 伊奈 字 新町 伊奈新町 二〇〇 一一一〇 草履製造 豊川市 伊奈町新町 打桐姓2件、山本姓17件。2000年電話帳。
〃 〃 宿 〃 北島 白山 四二 二四〇 豊川市 宿町白山

白山神社が中心にある。

〃 〃 伊奈 〃 茶屋 茶屋々敷 二〇 九二 豊川市 伊奈町茶屋
〃 形原村 〃 形原 淀尻 二五 皮革業 南部表編 蒲郡市 形原町 南淀尻、天神裏

中央融和事業協会調べでかなり古い部落。戸数五は幕末の侠客の市川斧八の影響か。

渥美郡 野田村 野田 〃 瀬古 野田瀬古 一三 八七 農業 養蚕業 田原市 野田町坂瀬古 1400年前の任那からの帰化人が祖とする伝承がある[31]。「部落民の姓は全部亀田と称し、其由来は維新改姓の際に、時の戸長が附与せしとも言い、又以前より総本家に此姓の存せしとも言い、之亦明らかならず。維新当時は戸数三十戸を有し、家運孰れも隆隆なりしこと一般民に劣らざりしも、次第に遊堕の悪風を生じ、戸数も漸次減じて十四戸となり、今尚之が減少の傾向を示せり」[32]。亀田姓2件。2000年電話帳。
〃 田原町 六連 一〇 七九 養蚕、養鶏 田原市 相川町美里台
〃 福江町 古田 長沢 四九 養蚕 田原市 長沢町長沢
八名郡 三上村 勝山 勝山 四五 二二〇 養鶏、藁加工 豊川市 三上町 勝山 山本姓17件。2000年電話帳。勝山城の築城の際に来た2戸か3戸程の武士が祖で、権力の後ろ盾がなくなったことで形成されたのではないかとする[33]。部落の端に白山神社がある。
名古屋市 西区 枇杷島町 宮町 一五〇 七三一 土工、農業 川魚行商 名古屋市 中村区 新富町 宮町は宮野の誤記。1936年に枇杷島町の一部から新富町が成立。宮野は通称で名古屋市中村区枇杷島町の河川敷の地名として残存。近くに墓がある。「県下に於て最も古い歴史を有する貧民窟は西春日井郡枇杷島町の俗に宮野と呼ぶ一部落である。目下戸数六十七、八戸、人口四百有余人あって、此の部落の開基とも云ふべきは今を去る二百年、寛永(引用者注、1624年から1643年)の頃浅野吉右衛門なる武士が殺人して主家を脱走し諸国流浪の末、世を忍び〱んで此の宮野まで流れ着いた。而して此処に無造作な芦葺きの仮庵を作って遂に之を我が死場と定めたのが端緒である」との伝承あり[34]
計二八 三五 三七三二 一三五九三

施設等

隣保館

  • あま市人権ふれあいセンター - 愛知県あま市西今宿平割二32番地
  • 津島市南文化センター - 愛知県津島市今市場町3丁目64番地
  • 名古屋市西文化センター - 愛知県名古屋市西区栄生1丁目3番20号
  • 名古屋市中文化センター - 愛知県名古屋市中区新栄3丁目32番13号
  • 豊川市小坂井文化センター - 愛知県豊川市伊奈町新町170番地2
  • 知立市西丘文化センター - 愛知県知立市西丘町西丘32番1

『同和行政論』第1巻171頁には「一九三七年度以降、愛知県では名古屋市三、甚目寺町、知立町、西尾町、津島町、小坂井町あわせて八隣保館を運用している」とある。

改良住宅

あま市

  • 栄団地 - あま市西今宿平割二、あま市西今宿平割三、あま市西今宿平割四、あま市栄東郷内、あま市西今宿梶村一、梶村二、梶村三

津島市

  • 瑞穂住宅 - 津島市瑞穂町2丁目地内、津島市瑞穂町3丁目地内、津島市東洋町1丁目地内
  • 第2瑞穂住宅 - 津島市瑞穂町1丁目地内外
  • 東洋住宅、東洋町住宅 - 津島市東洋町1丁目地内外、津島市東洋町2丁目地内
  • 第2東洋町住宅 - 津島市東洋町2丁目地内
  • 永楽住宅、永楽町住宅 - 津島市永楽町3丁目地内外
  • 明天住宅、明天町住宅 - 津島市明天町1丁目地内外、津島市明天町2丁目地内
  • 大政住宅 - 津島市大政町1丁目地内外、津島市大政町2丁目地内外
  • 今市場住宅 - 津島市今市場町3丁目地内

教育集会所

  • 上汐田教育集会所 - 名古屋市緑区鳴海町字上汐田447

人権啓発センター

  • なごや人権啓発センター「ソレイユプラザなごや」 - 名古屋市中区栄一丁目23番13号伏見ライフプラザ12階

関連団体

  • 部落解放同盟愛知県連合会 - 名古屋市西区天神山町1−3
  • 部落解放同盟愛知県連合会 - 名古屋市中区新栄1-43-2
  • 部落解放同盟愛知県連合会平野町支部
  • 部落解放同盟愛知県連合会鳴海支部 - 名古屋市緑区
  • 部落解放同盟愛知県連合会王子支部
  • 部落解放同盟愛知県連合会津島支部 - 津島市明天町1-42
  • 部落解放同盟愛知県連合会甚目寺支部 - あま市西今宿平割三17−11
  • 愛知県部落解放運動連合会 - あま市西今宿梶村一55−2
  • 自由同和会愛知県本部 - あま市西今宿字梶村三3-21
  • 全日本同和会愛知県連合会 - 愛知県名古屋市西区樋の口町1−15
  • 全日本同和会愛知県連合会 - 愛知県名古屋市昭和区白金3丁目2番26号
  • 全日本同和会愛知県連 - 岩倉市中本町南白山1-15
  • 全日本同和会甚目寺支部 - 海部郡甚目寺町上萱津深見5(現・あま市上萱津深見5)
  • 愛知人権連 - 名古屋市中村区太閤1丁目19番地54号 名駅たんばビル

白山神社

旧尾張国

  • 名古屋市西区押切2-5-2
  • 名古屋市西区児玉3-19-6
  • 名古屋市西区名塚町4-22-1
  • 名古屋市中村区平池町
  • 名古屋市中村区日比津町
  • 名古屋市中区大須1-30-47
  • 名古屋市中区新栄
  • 名古屋市中区丸の内
  • 名古屋市中区金山1-8-23
  • 名古屋市昭和区石仏町1-71
  • 名古屋市守山区小幡中
  • 名古屋市守山区西城2-10-189
  • 名古屋市守山区守山
  • 名古屋市守山区市場
  • 名古屋市熱田区木之免町303
  • 名古屋市中川区二女子町4-66
  • 名古屋市中川区大当郎3-1505
  • 名古屋市中川区川前町170
  • 名古屋市中川区東起町4-96
  • 名古屋市港区船頭場1-217
  • 日進市本郷町宮下519
  • 半田市白山町4-122
  • 一宮市浅野
  • 一宮市大赤見西川垂133
  • 一宮市木曽川町黒田
  • 一宮市小赤見郷浦32
  • 一宮市丹陽町九日市場
  • 一宮市萩原町高松川田47
  • 一宮市大和町妙興寺
  • 一宮市千秋町加茂郷37
  • 一宮市大和町福森宮前12
  • 一宮市春明南本郷38
  • 一宮市浅井町前野郷西31
  • 一宮市花池2-24-14
  • 一宮市丹陽町伝法寺1156
  • 一宮市木曽川町黒田九ノ通り51
  • 尾張旭市狩宿町3-143
  • 春日井市白山町
  • 春日井市外之原町
  • 春日井市花長町
  • 春日井市松河戸町669
  • 春日井市二子町2-11-3
  • 小牧市大草
  • 小牧市野口神尾前2877
  • 小牧市間々本町41
  • 稲沢市奥田大門町
  • 稲沢市奥田町寺切5582
  • 稲沢市井堀下郷町83
  • 稲沢市祖父江町三丸渕報導寺9
  • 稲沢市横地2-26
  • 稲沢市日下部中町2-58
  • 稲沢市千代町宮南104
  • 稲沢市長束町座守
  • 岩倉市川井町井上1292-1
  • 北名古屋市薬師寺屋敷52
  • 北名古屋市九之坪白山41
  • 北名古屋市高田寺屋敷419
  • あま市北苅上深坪71
  • あま市富塚郷1
  • あま市木折宮ノ前573
  • あま市本郷柿ノ木10
  • あま市篠田大門1
  • あま市金岩宮廓63
  • 江南市後飛保町本郷100
  • 江南市中般若町西157
  • 江南市飛高町宮町60
  • 江南市赤童子町白山121-1
  • 江南市前飛保町西町72
  • 江南市尾崎町白山34
  • 愛西市鵜多須町二本松183
  • 愛西市二子町松原9
  • 常滑市小鈴谷赤松30
  • 常滑市檜原字神水2
  • 犬山市善師野宮蔵洞82
  • 犬山市羽黒南郷66
  • 犬山市仲畑83
  • 津島市高台寺町北浦74
  • 津島市半頭町東之割64-1
  • 津島市青塚町3-76
  • 津島市百町北古農68
  • 津島市百島町源正94
  • 津島市舟戸町2
  • 津島市天王通5-31
  • 知多市新舞子北屋敷7
  • 丹羽郡大口町上小口1-343
  • 丹羽郡大口町下小口1-154
  • 海部郡大治町鎌須賀郷前27
  • 海部郡大治町砂子山ノ前764
  • 知多郡武豊町冨貴郷北101
  • 知多郡南知多町豊浜堀奥34

旧三河国

  • 岡崎市板田町
  • 岡崎市岩中町荒井7
  • 岡崎市魚町16
  • 岡崎市康生町
  • 岡崎市中伊町片坂41
  • 岡崎市中町東丸根37
  • 岡崎市夏山町別沢15
  • 岡崎市橋目町城畑64
  • 岡崎市桜井寺町郷野119
  • 豊川市三蔵子町
  • 豊川市三上町
  • 豊川市御津町金野横手35
  • 豊川市宿町白山20
  • 碧南市久沓町
  • 安城市大岡町宮東43
  • 安城市城ケ入町雨池75
  • 安城市上条町浮橋(上条白山媛神社)
  • 田原市西神戸町大辻139
  • 田原市越戸町大山955
  • 西尾市平原町稲荷48-1
  • 西尾市徳次町宮廻11-1
  • 西尾市大和田町宮越33
  • 西尾市西浅井町札木18
  • 西尾市東幡豆町桑畑山5
  • 西尾市吉良町乙川西大山4
  • 西尾市法光寺町西畑98
  • 西尾市一色町佐久島大山1-30
  • 西尾市一色町野田寄神13
  • 西尾市菱池町蜂ノ尻31
  • 豊橋市大脇町大脇15
  • 蒲郡市竹谷町今御堂89-1
  • 新城市作手高松十郎貝津15
  • 新城市片山178
  • 新城市中宇利曾根川南61-1
  • 額田郡幸田町長嶺北郷中3
  • 豊田市漆畑町大畑1
  • 豊田市岩滝町萩洞470
  • 豊田市花沢町山ノ神21
  • 豊田市力石町中切228
  • 豊田市東大林町平岩2
  • 豊田市幸海町家下21
  • 豊田市東大見町中切24-1
  • 豊田市三箇町青木22
  • 豊田市榊野町京田20
  • 豊田市西細田町釜洞305
  • 豊田市白山町槙田3
  • 豊田市大平町宮ノ前1
  • 豊田市大洞町森下422
  • 豊田市古瀬間町927
  • 豊田市有洞町宮ノ洞1-2-2
  • 豊田市大塚町下落29
  • 豊田市上切町上切789
  • 豊田市乙ケ林町巻ノ下197
  • 豊田市千鳥町梨ノ木150
  • 豊田市霧山町高山2
  • 豊田市野原町黒久郷22
  • 北設楽郡設楽町東納庫スミ川口16
  • 北設楽郡設楽町田口向木屋25-3

本田豊は「愛知県は、西日本と東日本のちょうど中間地帯だが、部落内に白山神社があるのは、かつての三河国に限られ、尾張国には存在しない。そして、三河国でもすべての部落に白山神社があるわけではない。同県下では、どちらかといえば津島神社が多くみうけられる」[35]と述べ、名古屋市中区新栄(玄海村、王子地区)の白山神社については「この白山神社と王子の関係がよく言われるが、実際には白山神社の方が先にあって、江戸時代のはじめ頃、名古屋城下にあつまってきた乞食、牢人が白山神社の境内に小屋がけして集住するようになった。宮司が見かねて小屋を建てさせたのである。そのためのちに、非人部落として位置づけられた。(略)部落が先で神社が後からできたのではない」[36]としている。

しかし全国部落調査に記載のある地区には津島神社は一社もない。そのことを検証する材料として、県下の津島神社の所在地を下記に示す。

津島神社

  • 津島神社 - 名古屋市西区菊ノ尾通3-38
  • 津島神社 - 名古屋市中川区中郷5-146
  • 津島社 - 名古屋市中川区吉津2-126
  • 津島社 - 名古屋市中村区名駅5-38-3
  • 津島社 - 名古屋市中村区名駅南2-1-13
  • 津島社 - 名古屋市緑区大高町北大高畑
  • 津島神社 - 津島市神明町1
  • 津島神社 - 小牧市河内屋新田51
  • 津島神社 - 小牧市小牧原新田1302
  • 津島神社 - 小牧市入鹿出新田郷中559
  • 津島社 - 小牧市中央1
  • 津島神社 - 春日井市稲口町1-7-7
  • 津島神社 - 常滑市樽水町4-77
  • 津島社 - 碧南市天王町7-26
  • 津島社 - 知多市八幡堀之内78
  • 津島神社 - 清須市朝日河原161
  • 津島社 - 清須市清洲永安寺592
  • 津島神社 - 蒲郡市竹島町27
  • 津島神社 - 西尾市吉良町荻原小入道64
  • 津島社 - 西尾市西幡豆町紺屋谷戸10
  • 津島神社 - 弥富市六條町芝切169
  • 津島社 - 弥富市中山町本山43
  • 津島神社 - 一宮市萩原町西御堂郷西切818
  • 津島神社 - 一宮市千秋町加納馬場松下86
  • 津島神社 - 一宮市光明寺天王裏40
  • 津島神社 - 一宮市丹陽町伝法寺横須賀
  • 津島社 - 一宮市千秋町加納馬場郷内89
  • 津島社 - 一宮市玉野宮崎2826
  • 津島社 - 一宮市浅井町江森清水135
  • 津島神社 - 新城市作手保永松枝6
  • 津島神社 - 新城市玖老勢宮本1
  • 津島神社 - 新城市作手善夫笹沢21
  • 津島神社 - 新城市野田西郷30
  • 津島神社 - 新城市作手菅沼室屋24
  • 津島神社 - 新城市愛郷久保貝津17
  • 津島神社 - 岡崎市市場町町裏52
  • 津島社 - 岡崎市冨尾町途茂25
  • 津島社 - 江南市天王町五反林72
  • 津島神社 - 豊田市桝塚西町北屋敷51
  • 津島神社 - 豊田市松平町重田和字堂前20
  • 津島神社 - 豊田市山中町井ノ上240
  • 津島神社 - 豊田市小滝野町大久保12
  • 津島神社 - 豊田市大坪町日向下1
  • 津島社 - 岩倉市東町馬出59-57
  • 津島社 - 北名古屋市能田乾出306
  • 津島社 - 愛西市森川町宮西42
  • 津島社 - 愛西市二子町丸島144
  • 津島社 - 愛西市新右エ門新田町郷前40-2
  • 津島社 - 愛西市町方町彦作堤内19
  • 津島社 - 愛西市草平町道下5
  • 津島社 - 愛西市町方町五軒家9
  • 津島社 - 愛西市小茂井町宮西49
  • 津島社 - 愛西市山路町東郷附51
  • 津島社 - 犬山市橋爪中屋敷34
  • 津島社 - 犬山市塔野地中浦51
  • 津島社 - 岩倉市石仏町天王南1793
  • 津島神社 - 北設楽郡設楽町西納庫松山18
  • 津島神社 - 北設楽郡設楽町東納庫浜井城3
  • 津島神社 - 北設楽郡設楽町三都橋内貝津2
  • 津島神社 - 北設楽郡豊根村下黒川中西3
  • 津島社 - 丹羽郡大口町秋田1-106
  • 津島社 - 知多郡武豊町冨貴郷南33
  • 津島社 - 知多郡南知多町豊浜鳥居28
  • 津島神社 - 知多郡阿久比町卯坂北ノ浦58
  • 津島神社 - 知多郡美浜町古布九条13-20
  • 津島社 - 知多郡美浜町布土明山3
  • 津島社 - 西春日井郡豊山町豊場中之町176
  • 多度社 - 長久手市前熊字志水108(津島神社と合祀)

出典

  1. 『部落解放』第310~316号、57頁
  2. 本田豊『戦国大名と賤民』57頁
  3. 本田豊『戦国大名と賤民』59頁
  4. 『部落解放年鑑』1975年版、368頁
  5. 『部落』第44巻、第545~551号、9頁
  6. 解放新聞社編『被差別部落 II都市』37頁
  7. 『人間と部落』(丹波正史、地域人権ネット、2008)
  8. 部落問題研究所『部落の歴史と解放運動』83頁
  9. 原田伴彦『日本封建制下の都市と社会』241頁
  10. 名古屋市役所『名古屋市史』14頁
  11. 部落問題研究所『部落の歴史と解放運動』83頁
  12. 『名古屋地名年表: 町名の歴史』12頁
  13. 林屋辰三郎『歴史における隷属民の生活』174頁
  14. 『未解放部落史の研究』(渡辺実、吉川弘文館、1965)
  15. 『白山神社と被差別部落』(本田豊、明石書店、1989)
  16. 『戦国大名と賤民 信長・秀吉・家康と部落形成』(本田豊、現代書館、2005)
  17. 『戦国大名と賤民 信長・秀吉・家康と部落形成』(本田豊、現代書館、2005)
  18. 筒井功『サンカと犯罪』p.106-108。
  19. 「又御維新までは宮川町と云ったものである。夫れは此の部落の人が牢番や捕手などに多く使用せられて七人の組頭で全體を支配して居った時代に組頭の一人に宮川喜六と云ふ巾利があって勢威を振った。喜六の勢は中々凄まじいもので町人どもはビリ〱して居ったものださうだ。そこで自然と此部落を宮川町と呼ぶやうになったのである」(『愛知県の部落問題 戦前編』(松浦国弘、愛知人権ネット、2007) )
  20. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  21. 『愛知県・底辺社会史資料集成 部落篇明治期』(松浦國弘編、近現代資料刊行会、2008)
  22. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  23. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  24. 本田豊『戦国大名と賤民』61頁
  25. http://holden.zero-yen.com/road/tsushima/tsushima/index.html
  26. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  27. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  28. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  29. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  30. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  31. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  32. 『愛知県下地方改善事業地区調査』(1925『部落問題・水平運動資料集成 第2巻』(渡部徹、秋定嘉和編、三一書房、1974)所収)地名、人名を明記。
  33. 『戦国大名と賤民 信長・秀吉・家康と部落形成』(本田豊、現代書館、2005)
  34. 『愛知県・底辺社会史資料集成 部落篇明治期』(松浦國弘編、近現代資料刊行会、2008)
  35. 『神奈川県の被差別部落』83-84頁
  36. 『神奈川県の被差別部落』84頁