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同和地区Wikiの趣意[編集]

同和地区Wikiの目的は、全ての同和地区(別名・被差別部落、未解放部落、あるいは単に「部落」、路地)の正確な情報を調査することです。

上記の目的以外の、二次的な目的・思想信条・所属団体・社会的立場といったことは一切問いません。ただ「同和地区を特定する」という共通の目的を持つ人々によりこのWikiは作られます。


「取り組みのおおきな目標は、たとえ自分の生まれ育ったところが部落だと分かっても差別されないような社会を作るということが目標であります。部落を隠したりすることが、差別からの解放ではない。部落だと分かっても差別されない社会を作ろう。家族に障害者がおっても障害者差別を受けないような社会をつくろう。こういうことであります」(近畿大学教授・奥田均)[1]
「部落民でありながら、それを隠すことは、自分自身に対して部落差別をしていることだ」(部落解放同盟東京都連合会書記長・奥田義一)[2]
「部落民としての誇りを持てば苦しみがなくなる」[3]、「(小笠原政子教諭は)差別におびえ苦しんでいることだろう。部落民としての誇りを持ち、部落民宣言をさせて、苦しみを取り除いてあげるべきだ」[4]、「同和教育課長は、自分の妻にさえ部落民宣言をさせることができない差別者である」[5]、「部落民宣言をしない小笠原政子は、差別者である」[6]、「(部落出身の)父親のことに触れたくないと言うのは、父親に対する差別である。草葉の陰で泣いているだろう」[7]、「一ツ橋小事件を振り返って、私は一切自分自身が間違っていたとは思っていません」[8](部落解放同盟高知市協・森田益子議長による部落民宣言の強要についての見解)
「鳥取ループの運営する示現舎が、『全国部落調査』を刊行するそうです。ぼくはこの出版自体は良いことだと思います。なぜなら、水平社運動宣言に書かれた『穢多であることを誇りうるときがきたのだ』という言葉と、『住んでいるところを隠す』のは矛盾しているからです。なぜ誇りをもっている故郷を隠さねばならないのか」(ノンフィクション作家・上原善広)[9]
「引用されたネット上の内容が部落差別を助長するというなら、原資料である公刊された書籍の内容は部落差別を誘引することにはならないのかとの疑問が起こる。」

「私は公刊された『10年の歩み』(私の父は大阪市同促協の理事を勤めており、そのときに書いた著書である)は、当時の被差別部落の厳しい実態を、その改善に取り組む地区住民及び大阪市当局の動きに則して紹介するものであり、公開(広く読まれること)が前提とされており、ネット上に掲載されることも問題はないと考えている。」[10]

「1)部落かどうか尋ねること。
2)部落かどうか調べること。
3)部落かどうか教えること。
1)はダメで、2)「部落かどうか調べること」、これもダメだというのです。これ調べることは不可能じゃないです。国家行政に行けば殆んど揃っていますから、見ようと思えば見られるのです。これは閲覧自由ですから、『同和はこわい考』に関しては封書にしてありましたが、広島のある図書館では『同和はこわい考』は見せなかったそうですが、そんなあほなことをやったそうです。3)ですが、「部落かどうかを教えること。」教えない、これが一番罪なことと思いますね、何故かと言えば、「住吉は部落ですか」と聞いたときに、わたしは「うんそうだよ」と答える、部落民だということがあるからかもしれないけれど、ところが皆さんが、私が名乗って言うわけですから、「聞いたけれど住吉って部落ですか」とみなさんが聞かれて「うんそうや」と答えたら、「部落かどうか教えた」ことになりますから、差別者になるわけです。これでいえば、われわれの口を閉ざすだけじゃなくて、部落問題を解決しようとしている人の口まで全部閉ざしてしまう。こんなことおかしいとぼくは思って反対しています。」[11]

「私は以下の三点によって、部落の所在地はオープンにされるべきだと考えている。
①全国水平社が研究者に差別用語も含め、部落の地名明示について門戸を開いた時点で、被差別部落の所在地についてオープンにされたものと考える。いうまでもなく、水平社創立宣言には「エタであることを誇り得る時が来たのだ」と謳っている。
②1969年の「同和対策事業特別措置法」下の33年間、被差別部落は対策事業の受益者として、被差別部落である事実を部落住民は受け入れてきた。それ故、各自治体への「同和対策事業によってつくられた施設の所在地はどこですか」との問いに、自治体側は拒否できず、明らかにせざるを得ない。
③もともと被差別部落は地域社会に根差した差別事象である点から考えるなら、地域社会において「明示する」ことに蓋をしつづけることは困難であり、むしろ私たち自らが積極的に「寝た子を起こすな」とする人々と闘ってきた運動にも逆行するものである。」[12]
(部落解放同盟大阪府連住吉支部・住田一郎)
「いまから思えば、水平社結成時点で全国の部落の所在地を発表すべきだった。あるいは戦後にリセットされたとき公表すべきでした」
「地名総鑑という本は、なんら悪いものではない。それを利用した企業が悪いのです」(作家・塩見鮮一郎)[13]
「部落であることのアイデンティティが危機にさらされ、自分に、父母に、地域に誇りを持てなくなってしまう現状を、文化的社会的権利が侵害されているととらえる」(部落解放同盟栃木県連合会書記長=当時・和田献一)[14]
「固有名を消し、個人の肖像にモザイクをかけて、それが個人情報保護だという精神からは、「新しい言葉」は生まれない。「慌てず、向き合い、引き受ける」。わたしは部落解放運動の中で、この三つを言い続けてきた。 
 ところが「被差別部落(同和地区)の地名を出すのは差別だ」と言い募る幹部がいた。そこで彼に言ってやった。「あのね、部落解放運動とは、平地に乱を起こすことやないか。“地名を明示するな。被差別部落(同和地区)がどこにあるかを教えるな”と言うのなら、解放新聞に載る地名、荊冠旗の都府県連名・地区協議会名・支部名を全部イニシアルしなさいよ」と。彼は黙ったままだった。

 被差別部落(同和地区)とその出身を引き受ける気概がなくて、どうして「被差別の誇り」を語るのか。自分にとって利益になりそうなときは名乗り、まずいなと感じるときは隠す。それでは「部落民」なるものの存在証明(アイデンティティー)は、いかにもいいかげんだということになるではないか。

 部落解放運動は水平社創立(1922年)以来、この課題とまともに向き合ったこなかった。その結果、部落問題は相変わらず「厄介な問題」として残ってしまった。わたしは、「マイナスイメージの記憶と伝承を断ち切り、和解と関係の修復のために尽力したい」と思っている。時間はあまり残されていない。健康に留意して、やるよ」(岐阜大学元教授・藤田敬一)
「部落差別からの解放を目指すためには、「たじろがず、向き合って、引き受ける」ことが重要だと、わたしは部落解放運動の中で言い続けてきた。それは、名前や地名、解放会館や公民館、隣保館の住所などが表示されることへの不安が消えず、その都度、ドキュメンタリー映画などが「お蔵入り」する場合があり、「部落解放運動とはいったい何なのか」と自問してきたあげくの結論だった。あの野中広務さんですら、魚住昭さん(『野中広務─ 差別と権力』講談社の著者)に、「うっすらと涙をにじませた目で私を睨みつけながら言った。『君が部落のことを書いたことで、私の家族がどれほど辛い思いをしているか知っているのか。そうなることが分かっていて、書いたのか』」と言ったという(350頁)。「隠蔽と暴露」。この果てしない循環の渦の中から部落解放運動は水平社創立以来92年経ってもいまだに脱却できていないということだ。新しい感性が育まれつつある一方で、「被差別部落とその子どもたちが通う学校区に移り住むことを避ける」という人も多い。部落解放同盟だけでなく、一度でも「部落解放!」を口にした人は、この難問に答える責任があるのではないか。」(岐阜大学元教授・藤田敬一)
「わが子よ

おまえには

胸張ってふるさとを名のらせたい

瞳をあげ 何のためらいもなく

"これが私のふるさとです"と名のらせたい」[15]
「もう地名を隠す時代じゃない。名前を出すことの意味の方が大きい」(長野県上高井郡小布施町の昭和町部落出身の町会議員・北沢栄造)[16]
「当事者たちが立ち上がる、名乗って強くなっていけということ。これは今改めて考えておかないといけないことではないかと思いますね。ちょっと本に地名を載せた時、差別をばらまくから止めた方がよいのではとなる。基本的には全部出していく。それで差別するのならしてみろという構えがないとだめではないかという気がする」(人権センターながの事務局長・高橋典男)[17]

編集方法[編集]

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編集者の心得

出典[編集]

  1. 2013年7月23日、鳥取市での講演 メディア:奥田均講演.ogg‎
  2. 荻原栄吉『練馬に生きて』54頁
  3. https://ja.wikipedia.org/wiki/一ツ橋小学校事件
  4. 「高知の人権裁判」小笠原政子
  5. 「高知の人権裁判」小笠原政子
  6. 「高知の人権裁判」小笠原政子
  7. 「高知の人権裁判」小笠原政子
  8. 森田益子『自力自闘の解放運動の軌跡』241頁
  9. 「全国部落調査」発刊について
  10. 『関西大学人権問題研究室室報』(第46号、2011年1月10日発行、関西大学人権問題研究室)「被差別部落の明示は差別なのか」(住田一郎)
  11. カトリック大阪教会管区部落差別人権センターたより
  12. 『関西大学人権問題研究室室報』(第48号、2012年1月10日発行、関西大学人権問題研究室)「部落解放研究第45回全国集会に参加して」(住田一郎)
  13. 塩見鮮一郎『どうなくす? 部落差別』72, 80頁
  14. 『栃木県部落解放運動の歩み』所収「栃木県の被差別部落と部落解放運動」66頁
  15. 丸岡忠雄「ふるさと」
  16. 朝日新聞長野支局「ルポ 現代の被差別部落」朝日文庫版p.297
  17. 『明日を拓く 東日本の部落・差別問題研究』87号61頁。